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自由研究の冒険  作者: 56号
15/24

第十五話 書き記された記憶

あの図書館の古地図――

梨本祐三は、その図面が頭から離れなかった。


あれは紛れもなく、“あの時の少年”が書き記したものだ。

昭和六十三年、事故の直後、現場に居合わせ、じっと何かを見つめていた――あの異様に冷静だった少年の姿が、今も脳裏に焼きついていた。


あの子はただの目撃者じゃない。観察者だった。記録者だった。


まさか、あの子が――

倉地建設の存在も、ありもしない“吉祥寺—大和町支線”のルートも、その動機までをも、書き残していたとは。


(……そうだ、あの地図は仕込みだった。)


梨本の記憶が急速に蘇る。

当時、梨本と尚輝が主導した“第八倉地建設”による架空の支線計画は、鉄道建設という公共事業の名目を騙り、

**周辺の地価を釣り上げるための“誘導装置”**に過ぎなかった。


地元紙に偽の計画案をリークし、都の内部資料を“わざと”外部に流出させた。

それを元に不動産屋が買いあさり、都の予算が入る直前に高額で売り抜ける――

いわば**“バブル時代特有の合法を装った搾取”**だった。


それを、あの子はどこかで見ていた。

誰かから聞いたのか、自ら足を運んで嗅ぎつけたのか――それはわからない。


だが、あの地図には確かに、存在しない支線のルートと、“第八倉地”という文字、そして日付のメモが記されていた。

しかも、その筆跡は、子どもの手によるものだ。


「……奴が残した“証拠”を、図書館が“歴史資料”として保存してしまった……か」


梨本は頭を押さえた。

――なぜ破棄されなかったのか。

――なぜ誰の目にも触れず、今になって再び表に出てきたのか。


そう、あの図書館での騒動――

持ち出そうとした地図、それを遮った女司書、そして背後にいた子どもの気配。

すべてが今、一本の線になって、梨本の脳内に絡みつくように蘇る。


「昭和63年の少年か……」

ぽつりとつぶやいたその声には、かすかな焦りと敬意が滲んでいた。


(あれから三十年以上……今じゃ、五十に届く年か)


だとすれば、あの人物は今――

どこかの会社員か、町の誰かか、あるいは政治やジャーナリズムの世界に潜っているかもしれない。


いずれにせよ、生きている限り、あの“記録者”は再び語り出す可能性を秘めている。

そしてその最初の予兆が、今、“自由研究”という形で、ひとりの少年を通して再燃している。


梨本の指先が震える。

彼にとって、あの地図はもはや紙切れではなかった。


それは――

**決して消せなかった“過去の罪の現場記録”**だった。


そして今、その記録を新たな目で追いかける者が、ひとり、確かに存在している。

名も知らぬ少年に託された、静かなる告発。


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