第十五話 書き記された記憶
あの図書館の古地図――
梨本祐三は、その図面が頭から離れなかった。
あれは紛れもなく、“あの時の少年”が書き記したものだ。
昭和六十三年、事故の直後、現場に居合わせ、じっと何かを見つめていた――あの異様に冷静だった少年の姿が、今も脳裏に焼きついていた。
あの子はただの目撃者じゃない。観察者だった。記録者だった。
まさか、あの子が――
倉地建設の存在も、ありもしない“吉祥寺—大和町支線”のルートも、その動機までをも、書き残していたとは。
(……そうだ、あの地図は仕込みだった。)
梨本の記憶が急速に蘇る。
当時、梨本と尚輝が主導した“第八倉地建設”による架空の支線計画は、鉄道建設という公共事業の名目を騙り、
**周辺の地価を釣り上げるための“誘導装置”**に過ぎなかった。
地元紙に偽の計画案をリークし、都の内部資料を“わざと”外部に流出させた。
それを元に不動産屋が買いあさり、都の予算が入る直前に高額で売り抜ける――
いわば**“バブル時代特有の合法を装った搾取”**だった。
それを、あの子はどこかで見ていた。
誰かから聞いたのか、自ら足を運んで嗅ぎつけたのか――それはわからない。
だが、あの地図には確かに、存在しない支線のルートと、“第八倉地”という文字、そして日付のメモが記されていた。
しかも、その筆跡は、子どもの手によるものだ。
「……奴が残した“証拠”を、図書館が“歴史資料”として保存してしまった……か」
梨本は頭を押さえた。
――なぜ破棄されなかったのか。
――なぜ誰の目にも触れず、今になって再び表に出てきたのか。
そう、あの図書館での騒動――
持ち出そうとした地図、それを遮った女司書、そして背後にいた子どもの気配。
すべてが今、一本の線になって、梨本の脳内に絡みつくように蘇る。
「昭和63年の少年か……」
ぽつりとつぶやいたその声には、かすかな焦りと敬意が滲んでいた。
(あれから三十年以上……今じゃ、五十に届く年か)
だとすれば、あの人物は今――
どこかの会社員か、町の誰かか、あるいは政治やジャーナリズムの世界に潜っているかもしれない。
いずれにせよ、生きている限り、あの“記録者”は再び語り出す可能性を秘めている。
そしてその最初の予兆が、今、“自由研究”という形で、ひとりの少年を通して再燃している。
梨本の指先が震える。
彼にとって、あの地図はもはや紙切れではなかった。
それは――
**決して消せなかった“過去の罪の現場記録”**だった。
そして今、その記録を新たな目で追いかける者が、ひとり、確かに存在している。
名も知らぬ少年に託された、静かなる告発。




