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自由研究の冒険  作者: 56号
13/24

第十三話 語られはじめた“昭和六三年”

「何から話したらいいのかしらね……」


悦子さんは、湯飲みを手に持ちながら、遠くの空をなぞるように視線を漂わせた。

東屋の屋根の上では蝉の声が反響し、朝の木漏れ日が柔らかく落ちている。


「昭和六十三年って言えばね、毎日テレビをつければ**“天皇様の容態”**のニュースばっかりだったのよ。

ほら、平成になるちょっと前。だからね……他のことは、世間的にはあんまり話題にならなかったの」


その語り口は、どこか迷いを含みながらも、確かに真実を探る手つきだった。


「3丁目の角に、今でも基礎だけ残ってるとこがあるでしょう? あそこね、昔は変電所だったのよ。

今じゃもう、草が生えてるだけだけど……あの場所でね、事故があったの。」


諒一は、はっとした。

――あそこだ。数日前、自分が立ち止まったあの広い空き地。

コンクリートの土台が、まるで時間の中で取り残されたように放置されていた、あの場所。


「その日、東京電力の協力会社の作業員さんが、中で亡くなったの。

たしか、メンテナンス中に感電して……地下の配線に問題があったんじゃないかって噂だったわ。

救急車が来て、パトカーも来て……あんなに物々しい雰囲気、この町ではそうそうなかったのよ」


他の老婦人たちもうなずいていた。


「ただね、新聞にはほんの一行、しかも地方面の片隅に載っただけ。しかも“詳細は非公表”って。

なんでも“都の施設”だったからって話だけど、正直、あれは変だったわ」


悦子さんは、茶托をくるくると回しながら、思い出すように言葉をつないでいく。


「そのすぐあとだったのよ、あの土地に“太陽光発電施設に転用される”って話が急に出たのは。

“都の再開発の一環”とかってお役所言葉が並んでね。でも実際には、柵を立てて、中を見えないようにしただけ。

誰もそこに近寄らなくなった。あの事故があってから、あの辺りの空気は変わっちゃったのよ」


「……じゃあ、その事故が原因で支線計画も……?」


諒一の問いかけに、悦子さんは首を横に振った。

「支線の計画はもっと前から怪しかったの。

でもね、この事故があってから、町の人たちは声を上げなくなったのよ。

“何かある”ってわかってても、“これ以上は関わらない方がいい”って……」


それは、単なる事故ではなく、“何か”の象徴だったのかもしれない。

地上げの強行、幽霊企業の実態、そして変電所跡地の感電死――

無関係に見えた断片たちが、ゆっくりと、一つの暗い全体像へと近づいていく。


「ねえ、諒ちゃん」

圭子伯母さんが、ふと穏やかに言った。


「“自由研究”って名目だからって、冗談半分でやっちゃいけないわよ。

あんたが知ろうとしてるのはね、いまでも誰かが“触れてほしくない”と思ってることかもしれないから」


諒一は、小さくうなずいた。

夏の蝉が、どこか遠くでけたたましく鳴いている。


でももう、引き返す気はなかった。

なかったことにされてきた“声なき歴史”を、誰かが拾わなきゃいけない。

その誰かが、自分でもいいと思えた。


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