第十二話 東屋の証言者たち
翌朝、諒一はいつもより早く目を覚ました。
夜明けの空気はまだ涼しく、昨日までのじりじりした暑さが嘘のようだった。
水筒に麦茶を入れ、母に作ってもらった小さなおにぎりをポケットに入れ、自転車で公園へ向かう。
東屋にはすでに数人の老婦人たちが腰かけており、畳んだレジャーシートや、タッパーに入った漬け物が並べられていた。
朝の陽が木漏れ日になって、東屋の屋根の下に差し込んでいる。
「あら、来たわね」
昨日出会った牧田悦子さんがにっこり笑って迎えてくれる。
「みなさん、この子が昨日話した、**“鉄道の自由研究をしてる子”**なのよ」
諒一が会釈すると、他の婦人たちも「あらまあ」「えらいわねえ」と柔らかく迎えてくれた。
だが、最も驚いたのは、輪の中央にいたひとりの人物を目にしたときだった。
「……え?」
「まあ、やっと気づいたの? 諒ちゃんじゃない」
そこにいたのは、諒一の父・五郎の姉――藤谷圭子だった。
涼しげな帽子を被り、上品なシャツに身を包んだ彼女は、町内会の保健委員として顔が広く、毎朝のラジオ体操では進行役も務めているという。
「支線計画跡地を調べている子って、あなただったのね。昨日、悦子さんから話を聞いて、もしかしてって思ってたの」
にこやかにそう言うと、他の老婦人たちも一斉にうなずいた。
「藤谷さんの甥っ子なら安心ねぇ」
「しっかりした子だわ、きっときちんと話を聞いてくれる」
昨日まで少し感じていた警戒の空気が、一気にやわらいでいく。
町の信頼という鍵を、藤谷圭子という扉が開いてくれたのだ。
「実はね、あの支線の話、うちの町内会でもまだ時々話題になるのよ。あの一帯、地盤が変にゆるくて、新築が建たない場所があったりしてね」
圭子はそう言いながら、懐から古い白黒写真を取り出した。
「これ、昭和63年の春。まさに“支線工区予定地”で撮られた一枚なのよ。みんな知らないけど、このときすでに工事車両は入ってたの」
諒一は思わず前のめりになった。
写真には、泥地に立つ数台の重機と、奥に見える「第八倉地建設」の看板。
工事が正式に発表されたよりも、数ヶ月も早い日付が記されていた。
「工事の前に、無理やり住民に出て行ってもらってね……代替地の話も曖昧なままで。
いま思えば、あれは“先に掘って既成事実にしてしまえ”って動きだったのよ」
「それ……記録には残ってないんですか?」
「ええ、新聞にも出なかった。でもね、ここにいた人たちは、みんな見てるのよ。
わたしたちは、忘れてなんかいない」
悦子さんが、そっと漬け物の入ったタッパーを差し出す。
「さ、口が乾く話ばっかりになるからね。お茶も飲んで」
諒一は、紙コップを受け取りながら、ぐっと喉を潤した。
その味は、何よりも**“証言”の重み**を感じさせるものだった。
――古地図、事件、隠された事故、そして生きた記憶。
つながってきた。
バラバラだったピースが、今ここで、“人の声”によって一つに組み上がろうとしていた。
「もっと、詳しく聞かせてください」
諒一の目は、誰よりも真剣だった。
そして東屋の中で、忘れられた町の記憶が、静かに語られ始めた。




