第十話 東屋に集う証言たち
次に諒一が声をかけたのは、やはり白髪の目立つ上品な身なりの老婦人だった。
彼女は公園のベンチで、手製の布袋に入れた日記帳らしきものを取り出していたところだった。
「こんにちは。あの……ちょっと聞きたいことがあって……」
少し緊張しながら近づくと、老婦人は穏やかに笑んだ。
「まあ、こんにちは。暑いのに偉いわねぇ、こんな時間に」
諒一は、自由研究で昔の鉄道計画について調べていると説明した。
「もしかして、吉祥寺から大和町まで伸びる予定だった支線の話かしら」
その一言に、諒一の心臓がどくんと跳ねた。
「ご存じなんですか……!?」
老婦人はにこりと微笑みながら、うなずいた。
「私は牧田悦子っていいます。老人会のメンバーでね、毎朝ここでラジオ体操をしてるのよ。
だいたい終わるのが6時半、そのあとみんなで公園の東屋に集まって、漬け物食べながら昔話に花を咲かせてるの」
「支線のこと、話してくれる人、他にもいますか……?」
「ええ、もちろん。うちの主人なんか、昔、市の土木課にいたから詳しいはずよ。
いちばん記憶がはっきりしてるのは、志村のおじいちゃんかしら。
あの人、地上げの一件で家を潰されそうになって、裁判までやったんだから」
「……裁判まで……」
諒一は思わず声を漏らした。
支線計画が、ただの鉄道の話じゃないことを改めて思い知らされる。
「明日の朝、またここに来なさいな。きっとみんな喜んで話すわよ。
子どもが昔のことに興味を持ってくれるのは、私たちにとっても、ちょっとした誇りなのよ」
悦子さんは、そう言ってにこやかに立ち上がった。
小さな布袋から、ラップに包んだきゅうりのぬか漬けを取り出すと、
「お裾分け」といって諒一に差し出した。
パリッと音を立ててかじると、冷たくて、塩加減もちょうどいい。
その味は、何十年も前の記憶とつながっているような、不思議な深みを持っていた。
諒一は、明日の東屋での“証言集会”を思い描きながら、そっと礼を言った。
夕暮れが公園の木々をオレンジ色に染めていた。
この町に、確かに何かがあった。
何かが起きて、そして誰かが、それを“なかったこと”にした。
だが今、諒一という一人の少年が、それを拾い上げようとしている。
自由研究の名のもとに――いや、それを越えて、記憶の目撃者として。




