第一話 “自由”という課題
三日前、7月最後の日の朝。
夏休みに入ったというのに、早起きしてしまうあたりがまだ小学生らしい。
母親の「宿題、早くやっちゃいなさい!」という“口撃”を背中で受けながら、諒一は居間の扇風機の風を浴びつつ、半分溶けた氷菓子を口に運んでいた。
テレビでは、夏休み特集のコーナーが流れていた。
「きみだけの“じゆうけんきゅう”を見つけよう!」とタイトルが踊り、画面には、虫かごを手にした男の子や、観察日記を広げる女の子たちが映っている。
――カブトムシの成長記録。
――朝顔の観察日記。
――セミの鳴き声の変化と種類の移り変わり。
友達の話を思い出して、諒一は眉をひそめた。
「なんかさ……どれも、子供っぽいんだよな」
クーラーのない家で、扇風機と氷菓子が唯一の避暑道具。
汗をかきながらも、諒一の頭の中には、“人と同じじゃない何か”が引っかかっていた。
「自由研究って、もっとこう……誰もやってない、スゴイこと、ないのかな」
けれど、テレビからは“やさしい先生”の笑顔が、「身近なものを調べるだけでも立派な研究です」と言ってくる。
「立派な研究です、じゃねぇよ……」
諒一はつぶやきながら、最後の一口をくちびるでくわえて、棒だけになった氷菓子のゴミをゴミ箱に放った。
そのときだった。
テレビの最後のコーナーで、ある言葉が引っかかった。
「かつて町に存在した“消えた地図”を調べる、ミステリー研究に挑戦した子もいたんですよ」
“消えた地図”。
それは、諒一が去年の冬、偶然図書館で見つけた、実現しなかった古い鉄道敷設計画の記事を思い出させた。
あの地図には載っていない、けれど確かに存在していた、という“なにか”。
諒一の瞳が、子ども向け番組の最後のワンシーンに、静かに燃え始めていた。
――そうだ、それにしよう。
他の誰もやらない、“自由研究”を。
自分だけの、夏の冒険を。