第26話
失われた鉱山を発見した夜、私たちは希望と興奮の中で眠りについた。
水晶の淡い光が洞窟内を照らし、まるで夢の中にいるかのようだった。
王子の隣で、私は彼の温かい体温を感じながら、この旅が王国に、そして彼自身に、どれほどの希望をもたらすかを考えていた。
しかし、同時に、胸の奥には一抹の不安もよぎる。
この莫大な資源が、本当に王国に平和をもたらすのだろうか。
それとも、新たな争いの火種となるのではないか。
その答えは、まだ誰も知らない。
それでも、私は王子の傍で、彼の決断を信じ、共に歩んでいく覚悟を決めていた。
夜が明け、私たちは再び王都への帰路についた。
鉱山の発見という偉業を成し遂げた喜びは大きかったが、同時に、この事実をいかにして王宮に伝え、そして活用していくかという、新たな課題が私たちを待っていた。
王子は、帰り道も、その表情を真剣なものにしていた。
彼の心は、すでに未来の計画で満たされているようだった。
帰路は、往路よりも心なしか早く感じられた。
それは、達成感と、王都での新たな動きへの期待が、私と王子を駆り立てていたからだろう。
私たちは、道中、鉱山の利用法について話し合った。
王子は、採掘方法、資源の輸送、そしてそれらをどのように国の経済と軍事に活かすかについて、具体的なアイデアを次々と口にした。
彼の言葉は、現実的でありながらも、この国の未来を強く変えていこうという、揺るぎない意志に満ちていた。
「この鉱山から得られる金属は、国の財政を潤すだけでなく、新たな武器の開発にも役立つだろう。隣国からの脅威に対抗するためには、軍事力の強化は不可欠だ」
王子の声は、静かだが、その中には並々ならぬ決意が込められていた。
私は、彼の言葉に耳を傾けながら、その重みに身が引き締まる思いだった。
この鉱山が、王国に新たな力を与えることは間違いない。
しかし、その力をいかにして平和に導くか。
それが、私たちの、そして王子の、最も重要な使命となるだろう。
私たちは、再び王宮の裏門からひっそりと戻った。
日が沈み、王都の街並みには明かりが灯り始めている。
長旅の疲れはあったが、私の心は高揚していた。
王宮の中へと足を踏み入れると、見慣れた廊下、見慣れた調度品が、私たちを迎え入れた。
しかし、私たちは、旅に出る前とは違う。
失われた伝説を現実のものとし、この国の未来を大きく変える可能性を秘めた、新たな希望を携えて戻ってきたのだ。
王宮に戻った翌日、王子は国王陛下に謁見し、鉱山の発見を報告した。
私は、謁見室の外で、二人の会話に耳を澄ませた。
国王陛下の驚きと、喜びの声が、扉の向こうから聞こえてくる。
そして、重臣たちも次々と謁見室へと集まってくる。
やがて、王宮全体に、失われた鉱山が発見されたという報が広まり、歓喜の声が上がった。
長年、資源不足に悩まされてきた王国にとって、これ以上の吉報はない。
王宮の空気は一変し、希望と活気に満ちたものになった。
しかし、その歓喜の裏で、私は王子が抱える新たな重責を感じていた。
鉱山の発見は、喜ばしいことばかりではない。
それは、隣国の新たな狙いとなる可能性も秘めているのだ。
王子は、そのことを誰よりも理解していた。
彼の顔には、喜びだけでなく、深い警戒の色も浮かんでいた。
私は、彼の傍で、その感情の変化を見逃さないよう、細心の注意を払っていた。
鉱山の採掘と利用に関する会議が、連日、王子の執務室で開かれるようになった。
私も、秘書として会議に同席し、記録を取り、資料を整理する。
多くの重臣たちが、鉱山の発見に浮かれ、すぐにでも採掘を始めるべきだと主張した。
彼らの目は、目の前の利益にばかり囚われているようだった。
しかし、王子は冷静だった。
彼は、採掘の危険性、環境への影響、そして何よりも、隣国の反応について、慎重な議論を求めた。
彼の言葉は、常に国の未来を深く見据えたものだった。
「この資源は、諸刃の剣となる可能性がある。隣国が、この鉱山の存在を知れば、必ずや奪いに来るだろう。我々は、この資源をいかにして守り、いかにして平和的に利用するかを、慎重に検討せねばならない」
王子の声は、会議室に響き渡る。
彼の言葉に、浮かれていた重臣たちの顔に、徐々に真剣な色が戻っていく。
彼の洞察力と先見の明は、いつも私を驚かせる。
私は、彼の傍で、この人の賢明さと、この国への深い愛情を改めて感じていた。
この人のためならば、どんなことでもできる。
そう、私は心の中で強く誓った。
鉱山の採掘計画は、王子の主導のもと、慎重に進められることになった。
同時に、王子は隣国との新たな外交交渉の準備を始めた。
鉱山の存在は、もはや隠し通せるものではない。
であれば、いかにしてそれを交渉のカードとして利用し、王国の安全を確保するか。
それが、王子の戦略だった。
私は、王子の傍で、連日、外交文書の作成や、隣国の情勢に関する情報の収集に奔走した。
睡眠時間はさらに削られ、疲労は限界に達しつつあった。
それでも、私は王子の力になりたい一心で、自分の体を顧みなかった。
ある夜、執務室で、私が書類の山に埋もれていると、王子が私に声をかけてきた。
彼の顔には、普段よりも一層深い疲労の色が浮かんでいた。
「ロゼ、もう休め。お前まで倒れてしまっては、困る」
王子の声は、静かだが、その中には明確な気遣いが込められていた。
私は、首を横に振った。
「いいえ、殿下。わたくしはまだ大丈夫でございます。それに、殿下こそ、お休みになってください」
私が答えると、王子は私の隣に座り、私の手からペンをそっと取り上げた。
彼の指が、私の指に触れる。
その温かさに、私の心臓は大きく跳ねた。
「お前は、本当に頑固だな」
王子は、苦笑しながら言った。
その表情は、どこか諦めを含んでいるようにも見えたが、同時に、私への深い優しさも感じられた。
彼は、私の疲労を見抜いていたのだろう。
そして、私の努力を、誰よりも理解してくれていた。
「ロゼ、俺にとって、お前はもう、ただのメイドではない」
王子の瞳が、私を真っ直ぐに見つめる。
その琥珀色の瞳は、深く、私を吸い込むかのように輝いていた。
私の頬が、ゆっくりと熱を帯びる。
彼の言葉の意味を、私はまだ完全に理解できないでいたが、その重みは、私の心に強く響いた。
それは、主君とメイドという関係を超えた、もっと特別な感情。
私は、胸の高鳴りを抑えながら、彼の言葉を待った。
「お前は、俺の一番の理解者であり、俺の支えだ。この旅も、鉱山の発見も、お前がいなければ成し遂げられなかっただろう」
王子の声は、静かだが、その中には深い感情が込められていた。
彼の言葉は、私の心を深く揺さぶった。
彼が、そこまで私を高く評価してくれているなんて。
私は、感動で言葉を失った。
「だから…お前には、幸せになってほしい。俺の傍で、ずっと、笑っていてほしい」
王子の瞳は、私を真っ直ぐに見つめていた。
その眼差しには、揺るぎない愛情と、そして私への深い願いが宿っているように見えた。
私の頬は、火が付いたように熱くなり、心臓は激しく脈打っていた。
彼の言葉は、まるで甘い毒のように私の心を支配していく。
しかし、私はその言葉の真意を測りかねていた。
それは、私への「感謝」の言葉なのだろうか。
それとも、「メイドとしての忠誠心」を評価してくれているのだろうか。
あるいは、もっと深い、個人的な感情なのだろうか。
私の頭は混乱し、彼の言葉の真意を捉えることができなかった。
ただ、彼の温かい手が私の手を握り続ける感覚だけが、現実だった。
「殿下…」
私は、言葉を詰まらせた。
私の声は、震えていた。
彼の言葉が、私の心に深く響き渡り、私の中に秘められていた全ての感情を揺さぶった。
それが、主君からの言葉以上の意味を持つことを、私はまだ理解できずにいたが、それでも、彼の傍にいることの幸福を噛み締めていた。
この人のためなら、どんな困難も乗り越えられる。
そう、私は心の中で強く誓った。
しかし、彼の言葉が、私の中で新しい感情の種を蒔いたことは確かだった。
翌日、王子の指揮のもと、隣国への使節団が編成されることになった。
外交官、通訳、そして少数の護衛。
王子は、自ら使節団の代表を務めることを決断した。
彼は、この重要な交渉を、他人に任せるつもりはなかったのだ。
私は、彼の出発の準備に忙殺された。
彼の衣装、書類、そして旅に必要な道具。
全てを完璧に整えなければならない。
この交渉が、王国の未来を左右する。
私は、彼の無事を祈りながら、一つ一つの準備に心を込めた。
出発の朝、王宮の門前には、見送りの重臣たちが集まっていた。
国王陛下も、その場に立っている。
王子の顔は、引き締まり、その瞳は強い決意に満ちていた。
彼は、国王陛下に深々と頭を下げ、そして重臣たちに一瞥を送った。
「では、行ってくる。必ずや、この国の未来を切り開いてくる」
王子の声は、王宮の広場に響き渡る。
その言葉に、重臣たちは一斉に頭を下げた。
私は、彼の傍で、その光景を見守っていた。
彼の言葉は、彼自身の覚悟の表れであり、この国への強い誓いでもあった。
そして、その誓いを、私も共に背負っていくのだ。
王子は、馬に乗り、私にも視線を送った。
その眼差しは、私だけに向けられた、特別なものだと感じた。
私は、彼の瞳に、静かな微笑みを返した。
私の心の中には、彼への深い愛と、揺るぎない希望が、静かに燃え盛っていた。
彼の旅路が、無事に、そして成功裏に終わることを、心から願った。
王子は、門をくぐり、隣国へと続く道を進んでいく。
私は、彼の後ろ姿が見えなくなるまで、ずっとその場に立ち尽くしていた。
王国の未来は、今、彼の双肩にかかっている。
私は、彼が戻ってくるまで、この王宮で、彼の帰りを待ち続ける。
そして、彼の決断が、この国に真の平和をもたらすことを、祈り続けた。
この長い旅が、私たち二人の関係を、さらに深く、強くするだろう。
そして、その先には、私自身もまだ知らない、新たな未来が待っているに違いない。
私は、静かに胸に手を当て、彼の無事を祈った。
王宮の空には、薄雲が広がり、まるで彼の旅路を案じているかのようだった。




