第12話
王宮に戻ったリオネル王子は、午餐会の報告を終えると、執務室で一人、静かに思考を巡らせていた。
彼の脳裏には、午餐会でのロゼの姿が鮮明に焼き付いていた。
「…あのメイド、ただ者ではないな」
彼は、独りごちた。
ロゼが放った言葉は、単なる機転の利いた受け答えではなかった。
それは、熟練した外交官でも瞬時に思いつけないような、相手の心理を巧みに操る卓越した話術だった。
しかも、それを、何の訓練も受けていないはずのメイドがやってのけたのだ。
彼女の言葉に、セシリア皇妃の側近である公爵夫人までもが狼狽した。
そして、何よりも、彼女の毅然とした態度と、ベアトリスを守ろうとする強い意志が、彼の心に深い印象を与えていた。
(彼女は、一体何者だ?ただのメイドにはあり得ない。あの振る舞いは、王族か、あるいは高位の貴族の教育を受けた者にしかできないものだ)
リオネル王子は、自身の記憶を辿った。
彼女がこの宮殿に派遣された時の報告書を思い起こす。
ただの孤児院出身のメイド、と記されていたはずだ。
しかし、彼女の言葉の選び方、立ち居振る舞いの端々に、偽装しきれない高貴さが滲み出ているように感じられた。
(ベアトリスの心を、あれほどまでに変えさせた。そして、あの機知と聡明さ…)
彼の脳裏には、ロゼが庭で花に水をやっている姿、ベアトリスに絵本を読み聞かせている姿、そしてあの朝、絵本を守るために身を呈した姿が、次々と浮かび上がってきた。
その全てが、彼の心を掴んで離さない。
「…フッ」
彼は、かすかに笑みを浮かべた。
それは、普段の彼からは想像できないほどの、興味と、わずかな愉悦を含んだ笑みだった。
「面白くなってきたな、ロゼ」
リオネル王子は、自分のメイドに、ロゼの素性を密かに調査するよう命じることを決めた。
彼の心には、ロゼという存在が、単なるメイドではなく、彼自身の、そしてこの国の未来にとって、重要な意味を持つかもしれないという、漠然とした予感が芽生え始めていた。
彼の視線は、既にロゼという一人の女性に向けられ始めていたが、ロゼ自身は、そのことに全く気づいていなかった。