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第11話


ベアトリス様と私の間に確かな絆が生まれたことで、宮殿の雰囲気はさらに穏やかになった。

ベアトリス様は、以前にも増して私に心を開き、絵本を読み聞かせたり、幼い頃の思い出を語ったりすることが増えた。彼女の言葉の一つ一つに、感情が宿り始めるのが手に取るように分かった。


(ベアトリス様が、こんなに話してくれるようになるなんて。本当に嬉しいわ)


私は、彼女が安心して過ごせるよう、日々の務めに細心の注意を払った。

庭園の希望の花は、今や小さな花壇となり、宮殿にささやかな色彩を添えている。

その花を摘んで、ベアトリス様の部屋に飾るのが、私の日課の一つになっていた。


そんなある日の午後、リオネル王子が宮殿を訪れた。彼はベアトリス様の部屋に入ると、いつもより長く滞在した。

その間、私は給仕室で、翌日の献立について考えていた。すると、部屋の扉がノックされ、リオネル王子の護衛兵の一人が立っていた。


「メイド殿。王子殿下がお呼びです。ベアトリス皇妃殿下の部屋へ」


私は驚いた。

王子が私を呼び出すこと自体、滅多にないことだった。

しかも、ベアトリス様がいらっしゃる部屋で。


(何か、急用かしら?それとも、私が何か粗相でもしたのかしら…)


緊張しながらベアトリス様の部屋に入ると、リオネル王子はソファに座るベアトリス様と向かい合っていた。

二人の間には、どこか張り詰めた空気が漂っていた。

リオネル王子の視線が、一瞬私に向けられた。

その瞳は、いつもの冷徹さの中にも、何か微かな期待のようなものを感じさせるものだった。

しかし、私はそれを、彼が私に何か重要な役割を期待しているのだと解釈した。


「遅かったな。…メイド。ベアトリスが、城の外交儀礼について尋ねてきた。お前は、宮殿で仕える者として、基本的な儀礼を把握しているか?」


リオネル王子は、私を試すような口調で尋ねた。

外交儀礼は、王宮メイドの基礎知識ではあるものの、私がベアトリス様にお仕えするメイドとして、直接関わる機会はほとんどないはずだ。


「はい、王子殿下。基本的な儀礼については、一通り学んでおります」


私がそう答えると、リオネル王子はベアトリス様の方へ向き直った。


「ベアトリス。このメイドに、今から外交儀礼について、模擬演習を行わせる。お前も、王宮での振る舞いを忘れていないか確認するためだ」


その言葉に、ベアトリス様は目を見開いた。

彼女は、王宮の公的な場に出ることを長らく拒否してきた。

リオネル王子は、私を使って、彼女を公的な場へと導こうとしているのだろう。

ベアトリス様の顔には、不安と緊張が入り混じっていた。


「…ですが、リオネル。私には…」

「構わない。お前には、この国のために、まだやるべきことがある」


リオネル王子の言葉は、容赦なかったが、その視線の奥には、ベアトリス様への強い期待と、かすかな励ましが込められているように見えた。

彼は、ベアトリス様を再び公の場に出すことで、彼女の地位を回復させようとしているのだろう。


こうして、私たちは、リオネル王子を前にして、外交儀礼の模擬演習を行うことになった。

私が相手国の使節役を演じ、ベアトリス様が皇妃として応対する。私は、故郷で学んだ知識を総動員し、丁寧な言葉遣いと所作で、ベアトリス様に語りかけた。


「…この度は、遠路はるばるお越しいただき、誠に光栄に存じます。貴国の発展に、心より敬意を表します」


ベアトリス様は、最初こそ戸惑っていたが、私のリードに合わせて、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

その声は、まだ小さかったものの、以前のような震えはなかった。彼女の瞳には、集中と、そしてわずかな決意の光が宿っていた。


リオネル王子は、腕を組み、私たちの様子をじっと観察していた。

彼の表情は相変わらず読み取れないが、時折、私の動きや言葉遣いに、微かな視線が留まるのを感じた。それは、私が皇妃を相手にしているかのように、厳格で正確な対応をしていることを評価している視線だと、私は受け止めていた。


(王子様は、私の仕事ぶりを、細かく見ているのね。ベアトリス様の助けになるなら、どんなことでも頑張らなくては)


演習は一時間に及んだ。

ベアトリス様は疲労の色を見せていたが、最後まで真剣に取り組んだ。


「…よくやった、ベアトリス。そして、メイド」


リオネル王子は、珍しく私たちの努力を労う言葉を口にした。彼の視線は、ベアトリス様から私へと移り、何かを測るような、深く静かな光が宿っていた。

しかし、私はそれを、単にベアトリス様を助けたことに対する評価だと解釈した。

彼の言葉は、メイドとしての私の能力を認めるものだと受け取ったのだった。


「ベアトリス。今度は、実際に王宮の午餐会に出席してもらう」


リオネル王子の言葉に、ベアトリス様は再び顔色を変えた。

しかし、その瞳には、以前のような絶望の色はなかった。彼女は、私の顔をじっと見つめた。

私の腕には、あの時の傷跡がまだ残っている。

私の行動が、彼女に勇気を与えたのだと信じた。


「…ロゼ。貴女が、傍にいてくれるかしら?」


ベアトリス様の言葉に、私は深く頷いた。


「もちろんでございます、ベアトリス様。どこまでも、お供いたします」


その言葉に、彼女の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。

それは、私がこの宮殿に来てから見た中で、最も穏やかな笑顔だった。

ベアトリス様が、王宮の公的な場へ踏み出そうとしている。

その小さな一歩を、私が支えられることに、私は静かな喜びを感じていた。


(ベアトリス様が、少しずつ強くなっているわ。このまま、彼女の居場所を、王宮の中で取り戻せるように、私も全力を尽くすわ!)


私は、ベアトリス様が公の場に出ていくことで、彼女の冷遇された立場が少しでも改善されることを心から願った。

そして、その挑戦を支えることが、私の新たな使命だと強く感じた。

リオネル王子の真意はまだ掴めないが、ベアトリス様のためであれば、どんな困難にも立ち向かう覚悟だった。

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