01追憶のカケラ
第一章:追憶のカケラ
概要:
この章では、主人公の陳風耀と彼の恋人林亦涵(りんい杜兰)の物語が語られます。風耀は、過去を懐かしむ男でしたが、彼の心を照らしていた白い月光のような存在、亦涵が彼の人生から消え去った後、彼は懐かしむべき過去を失いました。多年の後、二人は再び出会ったものの、運命の残酷ないたずらで、亦涵は風耀の腕の中で静かに息を引き取ります。彼女の葬儀の日、風耀は彼女のために作ったてんとう虫のオブジェを霊前に吊るし、彼女への無尽蔵の愛と二人の記憶を偲びます。
この章では、風耀と亦涵の出会いから、彼らの恋愛がどのように発展したか、そして最後に彼らがどのように別れを告げたかも描かれています。亦涵が意識不明の状態に陥った後、風耀が彼女を看病する場面や、二人が共有した小さな思い出が細部にわたり描かれ、彼らの深い愛情と悲しい結末が物語られます。
第一章:追憶のカケラ
(序章)
彼は懐古的な男だが、懐かしむべき過去はすでに失われていた。人生のどこかで、白い月光のように心を照らし出す存在があった。しかし人波に消え、二度と戻らない。彼女は去り、二度と戻らなかった。
失われた記憶の断片を辿り、二人は再び同じ場所に立つ。多年の後、彼らはかつて叶えられなかった約束の環島の旅を果たす。だが運命は常に人を弄ぶ。少女は少年の腕の中で静かに目を閉じた。
白い月光は儚く消える。彼が最後に彼女の面影を仰いだのは葬儀の日だった。霊柩を囲む花々は、白と桜色の花弁が無尽蔵の想いを語りかける。それぞれの花は彼女への無尽蔵の愛を、一枚一枚の花びらは二人の記憶を刻んでいた。
葬儀の日、空はしとしとと雨粒を落とす。彼女は雨の日が嫌いだった。晴れた日が好きで、てんとう虫のオブジェを愛した。彼は彼女のために作ったてんとう虫のオブジェをすべて霊前へ吊るし、手触りを追う指先から懐かしの日々が蘇る。恋に落ちたあの頃は、まるで夢を見ているようだった。
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最近の日々は、陳風耀にとって大人になって初めての試練だった。恋人の林亦涵が数日前、マンションの高層から落ちたゴミに頭を打ち、未だ意識不明の状態が続いている。生命反応は安定しているが、意識はどこか遠い場所へと消えている。
「患者の状態はまだ変わりありませんね。しばらく様子を見ましょう」マスクを直す医師の言葉に、風耀は重い足取りで病室へと向かった。ベッドに横たわる亦涵の横顔を見下ろし、目尻に溜まる涙を堪える。愛する少女が突然寝たきりとなり、言葉を交わせない現実に心は絶望と無力感で満ち溢れていた。
亦涵の枕元には、風耀が贈ったてんとう虫のオブジェが置かれていた。彼はそれを手に取り、優しく撫で回す。指先に残る温もりが、二人の出逢いを瞼の裏に浮かび上がらせた。
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床に転がる使いかけの絵の具を拾い上げる。風耀は管の表面を指先でなぞり、そこに残された体温を感じ取る。
「ありがとうございます、あれは私のものでした」顔を上げると、眼鏡をかけた背の高い少女がそこに立っていた。手には筆を持ち、声は柔らかくもどこかはにかみ声が混ざっている。
「すみません、取り乱していました」風耀は絵の具を返しながら、眼鏡を直し、事務室へと向かう。歩みには少しばかりのぎこちなさと詫びの念が混ざっていた。
「生徒会長さんですね?」少女が好奇の目で尋ねる。
「はい、陳風耀と申します。新入部員ですか?」風耀は声に興味と親しみを込めた。
「実は昨学期から入部していたんですが……」亦涵の声に自嘲気味の笑みがこもる。「部長さん、忙しいですからね」
「これからもっと顔を出してくださいよ」風耀は署名簿をめくりながら、ペンを手にする。「名前を教えてください、記憶に刻みますから」
「林亦涵です……多分、いつも隅っこで黙っていただけで」亦涵の声に控えめさと内気さが混ざる。
「林亦涵、覚えたよ」風耀は名前の欄にチェックを入れる。その動作には真剣さと敬意がこもっていた。
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それから毎日、林亦涵が出席簿に名前を記すたび、風耀は彼女に少しだけ視線を向ける。彼の目には関心と好奇心が宿っていた。外向的な風耀と対照的に、亦涵は内気な少女だった。放送委員会では展板を描いたり、隅っこでぼんやりと過ごす姿が、風耀の心に徐々に鮮明なシルエットを刻んでいった。
しかし、彼女の中に眠る言葉の扉は、風耀によって静かに開かれていく。
金曜日の放課後、図書館から戻った風耀は事務室で亦涵と出くわした。
携帯時計を見比べながら、風耀は口を開く。「もうこんな時間だね、ご飯にいきませんか?」その声には誘いと気遣いがこもっていた。
亦涵はほんのりと頬を染め、「はい、行きましょう」と微笑んだ。その笑顔は春の陽射しのように、温かく心地よい。
普段は寡黙な亦涵の口元から、久しぶりの笑みがこぼれる。その表情には安堵と幸せが溶け合っていた。
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金曜日の食堂は平日の喧騒とは打って変わり、どこか懐かしいゆとりが漂っていた。二人は窓際のカウンター席に腰かけ、外に視線を向ける。風に揺れるてんとう虫のオブジェが、無言の物語を紡いでいた。
「実はね、私の夢があるの」亦涵はオブジェを見つめながら、瞳に夢見るような光を灯す。「てんとう虫がいっぱいある世界なら、雨の日なんて来ないはず」
「だったら材料を買ってきて、君に作ってあげるよ」風耀の声には確かな約束と温もりが宿る。「家でよく作ってたから」
亦涵は驚きの表情を浮かべる。「生徒会長さんがそんな手芸がお得意なんて、初めて知ったわ」
「母さんと二人暮らしでね……雨の日が嫌いで」風耀の言葉には懐かしさと切なさが混ざり合っていた。「母さんが遅く帰ってくるたび、心配でたまらなくて」
「孝行ですね……私の親も忙しくて、ほとんど家にいないの。今日の続きは、部室でゆっくり話しましょう」亦涵の声に感慨深い響きが混じる。
二人はしばらく見つめ合った。瞳の奥には理解と共感の光が交差していた。
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食事を終え、並んで歩く林間の小道。亦涵の寮が目前に見える。
風耀が手を振るのを止めると、亦涵は振り返る。「今日、どうもありがとう」その声は感謝と温もりに満ちていた。
その瞳は美しく、心を打つ。風耀は心に刻む。この瞬間が、一生の宝物となることを。
風に揺れるてんとう虫のオブジェが、風鈴の音色を奏でる。まるで物語の序章を告げるかのように、二人の物語は静かに始まりを告げる。
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葬儀の日、空はしとしとと雨粒を落とす。風耀は霊柩前に立ち、亦涵の静かな寝顔を見つめる。彼が作ったてんとう虫のオブジェをすべて吊るし、彼女に最後の温もりを届けようとする。
「亦涵、君のことを一生忘れない」風耀の囁きは、雨音に溶け込む。
白い月光は儚く消え去る。風耀は葬儀の日、彼女の面影を最後に仰いだ。那些てんとう虫のオブジェ、叶わぬままの約束は、彼の心に永遠の痛みとして刻まれる。