第7話 初めての収穫
朝陽がゆっくりと庭園を照らし始める中、俺は咲耶と並んで歩いていた。昨晩の夢に現れた美しい庭園の光景は、まだ頭の片隅に鮮明に残っている。しかし、現実の庭園は荒廃し、かつての栄華を窺わせるものはほとんどなかった。それでも、わずかに残る生命の気配が希望を感じさせる。
(そういえば、何も食べていなかったな)
俺はふと立ち止まり、空腹を意識したのはこの異世界に来てから初めてだと気づいた。庭園を歩き回るうちに、身体の疲れとは別の飢えを感じるようになった。もしかしたら、これまでのような食事の取り方をしなくても良いのかもしれない。だが、全く取らなくても良いという訳ではなさそうだ。
「桂さん、大丈夫ですか?」
咲耶が心配そうに問いかける。彼女の手にはジョウロが握られており、昨日の作業の続きを始めるつもりで意気込んでいるのが見て取れた。
「いや、少しお腹が空いたみたいだ。それで気がついたんだが、この庭園には果物や食べられる植物もあるんだろうか?」
俺が尋ねると、咲耶は一瞬考え込んでからにっこり笑った。
「確か近くに果樹園エリアがあるって聞きました。もしかしたら、まだ生き残っている木があるかもしれません!」
「そうだった、果樹園か。よし、そこに行ってみようか」
咲耶が案内するまま、二人で花畑を横切りながら進んだ。ラベンダーやコスモスがぽつぽつと咲いている間を歩く。花々の控えめな香りが空気に混じり、荒廃した庭園にも癒しの雰囲気をもたらしていた。既に拠点として使っている崩れかけた東屋が、前方にその姿を見せた。
「ここ、昔は素敵な休憩所だったんでしょうね……」
咲耶が呟くように言う。柱は苔むし、屋根の一部は崩れている。それでも、東屋の中心に置かれた石造りのテーブルはまだ原型を留めていた。
「少し休憩してから行こうか」
俺が提案すると、咲耶は頷き、ジョウロをそっと置いた。
「ここから果樹園はそんなに遠くないですよ。東に向かって少し歩けば着きます」
庭園の風景を眺めながら一息ついた後、咲耶と俺は東屋を後にして果樹園に向かった。そこは庭園の南東に位置し、咲耶が言う通り歩いて数分の場所だった。
果樹園はかつて多種多様な果実が植えられていたようだが、今はほとんどが枯れている。それでも、一本の木が生命力を感じさせていた。
「見てください! まだ生きてますよ!」
咲耶が木の近くに駆け寄り、枝を指差した。そこには小さな赤い実がいくつか付いていた。俺が近づき、実を一つ手に取る。手のひらに乗せると、それはどこか懐かしい香りを放っていた。
「これ、本当に食べられるのか?」
「大丈夫です。この庭園で生き残った植物は、元々人が育てたって聞きましたので、毒はないと思いますよ」
咲耶の言葉に背中を押され、俺は実を一口かじった。甘酸っぱい味が口の中に広がり、空腹が少し満たされた気がした。
「まだこんな甘い実が残っているなんてな」
俺の感想に、咲耶も嬉しそうに微笑む。
「桂さんが頑張ってくれたから、この木も元気を取り戻したんですよ。今は小さな実ですけど、庭園がもっと再生すれば、きっとたくさんの果実が実るはずです」
その言葉に、俺は庭園の再生がただの景観の修復ではなく、生命そのものの復活だということを改めて感じた。
「この実を少し集めて、今夜は一緒に食べよう」
俺の提案に咲耶は大きく頷き、二人で実を慎重に収穫した。袋に入れるほど多くはなかったが、それでも十分だった。
「桂さん、私の能力も少し使ってみてもいいですか?」
咲耶が少し照れくさそうに尋ねる。
「能力を使うと疲れてしまうのだろ? 無理はしなくていいよ」
「少しだけなら大丈夫です!」
咲耶は木の前に立つと、そっと手を伸ばした。その手のひらから淡い光が溢れ、木の葉が微かに震えた。すると、新たな実がゆっくりと枝に生まれるように膨らんできた。
「これも私の力です!」
咲耶が恥ずかしそうに笑う。
「ありがとう、咲耶。本当に助かるよ」
俺は心から感謝し、木に残る実も大切に摘んだ。
果樹園を後にし、二人は東屋に戻った。そこで集めた果実を分け合いながら、庭園の未来について語り合った。その光景は、荒廃した庭園の中でも小さな希望の芽吹きを感じさせるものだった。
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