第6話 咲耶の力、庭園を照らす
翌朝、庭園には新しい息吹が広がっていた。咲いたばかりのアネモネは、夜露をまとった葉を微かに揺らし、朝陽の光を反射して輝いている。その様子に目を奪われながらも、俺は心のどこかで得体の知れない不安を抱えていた。
「これが始まりだと言われても、本当にやれるのか……?」
再生の象徴であるアネモネの花が咲いた。確かな希望も持てた。それでも、この荒廃した庭園全体を復活させるには途方もない作業が待ち受けているだろう。ましてや、自分がそれを成し遂げられるかどうか、確信など持てるはずもなかった。
そんな俺の背中に、明るい声が響く。
「桂さん、今日も一緒に頑張りましょう!」
咲耶が笑顔を浮かべながら走り寄ってきた。その手には小さなジョウロと手袋が握られている。彼女の姿を見ると、どこか気持ちがほぐれるのを感じた。
「おはよう。咲耶、今日も頼むよ」
咲耶の元気な返事を聞きながら、俺は少しだけ気持ちを立て直す。今、自分は一人ではない。咲耶とアネモネという二人の守護者が傍にいる。だからこそ、前に進めるのだと自分に言い聞かせた。
その日の作業は、庭園の中央部分に広がる雑草と枯れた植物の除去から始まった。俺が土を掘り返し、枯れた根を取り除く傍らで、咲耶は雑草を引き抜き、腐葉土を適切に撒いていく。
「桂さん、この辺りの土はすごく乾いていますね。水を撒かないと、新しい芽が出にくそうです」
咲耶が指差した場所は、完全にひび割れた地面が広がっていた。土の中にはほとんど水分がなく、植物が根を張るには厳しい環境だった。
「確かにな。ここに水を撒いて、もう少し柔らかくしようか」
俺は頷き、近くの桶に水を汲むと、その場所にゆっくりと注いでいく。しかし、それだけではどうにもならないのではないかという不安が頭をよぎる。俺の顔に浮かんだ微かな陰りを見て、咲耶は小さく笑った。
「桂さん、少しだけ私に任せてもらえませんか?」
「咲耶に?」
俺が疑問を投げかけると、咲耶は静かに頷き、両手を地面にかざした。
「私、花を育てる力もあるんです。それを試してみますね」
その言葉に驚きつつも、俺は咲耶を見守ることにした。彼女の瞳は真剣そのもので、まるで何か神秘的なエネルギーを秘めているかのようだった。
咲耶の手から淡い光が広がり始めた。それは柔らかな緑色を帯びており、彼女の動きに合わせて地面へと浸透していく。そして次の瞬間、干からびた土壌がじんわりと潤い、まるで生命が宿ったかのように柔らかく変化していった。
「……すごいな」
俺は目を見張りながらその光景を見つめていた。咲耶の力によって荒れ果てていた地面が息を吹き返し、微かな新芽が姿を現している。まるで咲耶の気持ちが庭園に直接伝わっているようだった。
「桂さん、見てください! 新しい芽が出ていますよ!」
咲耶が嬉しそうに指差した先には、小さな葉が顔を出していた。その光景に、俺は心の奥から湧き上がる安堵を覚えた。
「本当に君の力なんだな……こんなことができるなんて、信じられないよ」
「いえ、これは私だけの力じゃありません! 桂さんが土を整えてくれたおかげで、私の力がちゃんと届いたんです! だけど、あまり使いすぎると疲れてしまうので、たくさんは使えないのです……」
咲耶はそう言いながら、はにかむように笑った。その姿は眩しいほどに輝いており、俺はふと視線を逸らしてしまう。
「それって……でも、俺一人じゃ、こんなことはできなかったな」
ポツリとつぶやく俺の声は低く、だがその中にわずかな希望が混じっていた。それに気付いたのか、咲耶はそっと俺の手を取り、力強く握った。
「私たちなら、もっとたくさんの花を咲かせられます。桂さん、これからも一緒に頑張りましょう!」
咲耶の手から伝わる温かさに、俺は小さく頷いた。
その後も二人で協力して作業を続け、庭園の一部が徐々に活気を取り戻していく。夕方になる頃には、新たに芽吹いた花々が柔らかな色彩を放ち、荒廃していた庭園が少しだけ明るくなったように見えた。
「今日はここまでかな」
俺が疲れた声で言うと、咲耶は満足げに頷いた。
「はい! 明日も頑張りましょうね!」
咲耶の元気な声に、俺は自然と笑みを浮かべた。この庭園の再生はまだ始まったばかりだが、二人でならどんな困難も乗り越えられる気がした。
その日の夜、俺は久しぶりに安らかな眠りについた。そして夢の中で、花々が咲き誇る美しい庭園の未来を垣間見たような気がした。
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