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異世界の庭師 ~花の記憶を紡ぐ者~  作者: 凪木桜
第1章 荒廃した庭園の始まり
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第5話 アネモネの芽生え

念の為ですが、年齢制限:R15指定と作品に含まれる要素として、残酷な描写ありを追加させて頂きました。予めご了承くださいますようお願いいたします。

 翌朝、俺は芽が顔を出した場所に立っていた。夜露が乾き切らぬ庭園の空気はひんやりとし、どこか清々しい気配さえ漂わせていた。だが、その美しさはまだ限定的で、庭園全体は荒廃したままだ。土を掘り返した跡や片付け途中の植物の残骸が、昨日の奮闘を物語っている。


 俺はしゃがみ込み、指先で小さな芽に触れた。薄緑色の葉は微かに揺れ、触れると温かさを感じるような気さえした。


「……やっぱり、これが再生の始まりなのかな」


 そうつぶやくと、背後から咲耶の声が聞こえた。


「桂さん、今日はこの芽をもっと元気にしてあげましょう!」


 彼女は笑顔で、水を汲むための桶を持ってきていた。その姿には活力が満ちており、自身の内心の不安が少しずつ和らいでいくのを感じた。


「そうだな。この芽がどれだけ成長できるか、やってみよう」


 二人で手分けして作業を始めた。俺は昨日の湿った土壌からさらに水を確保し、咲耶は腐敗した植物を取り除いて周囲を整えていく。その間、芽はほんの少しずつだが、太陽の光を浴びて成長しているようだった。


 ***


 正午を迎える頃、庭園に不思議な変化が訪れた。俺が種を埋めた場所から、淡い光が漏れ出し始めたのだ。


「桂さん、あそこ!」


 咲耶が指差した先を見ると、光は徐々に強まり、芽の周囲に小さな輪を作り出していた。その輝きは温かく、荒れた庭園の一角を柔らかな緑色で包み込む。


「これは……何が起きているんだ?」


 俺が目を見開いて見守る中、芽は急速に成長を始めた。茎が伸び、葉が広がり、やがて小さな蕾が開花した。それはアネモネの花――繊細でありながらも凛とした佇まいを持つ、美しい一輪だった。


 だが驚くべきことはそれだけではなかった。アネモネの花が咲き誇ると同時に、眩い光が溢れ、そこから一人の少女が現れたのだ。


 少女は十代半ばくらいに見えた。白い肌に淡いピンクの髪、そして花びらを纏ったようなドレスを身につけ、透き通るような瞳で俺を見上げていた。その瞳には深い感謝と穏やかな決意が宿っている。


「あなたが私を目覚めさせてくれたのですね」


 少女は優しく微笑みながら言った。その声は風に乗る鈴の音のように心地よく、俺はしばし言葉を失った。


「君は……アネモネなのか?」


「はい、私はこの庭園に宿る記憶の一部、そして再生の象徴です」


 俺の問いに、アネモネの少女は静かに頷いた。


「この庭園が荒廃してから、ずっと眠り続けていました。けれど、あなたの手で再び目覚めることができたのです」


 その言葉を聞いて、俺は胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。自分の行動が確かに結果を生み出し、目の前の少女の存在を引き寄せたのだ。


 アネモネは一歩前に進み、俺の手をそっと握った。その手は驚くほど温かく、小さな命の息吹そのもののようだった。


「この庭園は、ただ植物が咲くだけの場所ではありません。それぞれの花が、特別な意味や感情を宿しているのです。そして私たちは、その力を通じてあなたを支えます」


「俺を……支える?」


 俺が眉をひそめると、アネモネは頷いた。


「はい。あなたが後悔や痛みを乗り越え、再び前を向くために。この庭園が再生することで、あなたの心もまた癒されるでしょう」


 その言葉には不思議な説得力があった。俺は自分の過去を思い出しながらも、今ここでの役割を少しだけ受け入れる気持ちになっていた。


「俺が……この庭園を再生させることで、俺自身も変わるってことか」


「その通りです。そして、それは決して一人で成し遂げれるものでもありません」


 アネモネはそう言って微笑み、咲耶の方を振り返った。


「咲耶さんもまた、あなたの大切な支えとなるでしょう。彼女の思いと力が、この庭園に大きな変化をもたらすはずです」


 咲耶はその言葉に少し照れた様子で、「私も頑張ります!」と元気よく答えた。その姿を見て、俺は自然と笑みを浮かべる。


 その日の夕暮れ、咲耶と俺はアネモネと共に、花畑エリアの一角に集まっていた。アネモネの花は再び光を放ち、周囲を優しい色彩で染め上げている。


「これが最初の一歩なんだな」


 俺がつぶやくと、アネモネは静かに頷いた。


「はい。わたしたちをきっかけに、他の花たちも目覚めていくでしょう。そして、そのたびに庭園は美しさを取り戻していくのです」


「簡単じゃないだろうが……一つずつやっていくしかないな」


 俺の言葉に、咲耶も力強く頷いた。


「そうです! 私たちなら、きっと大丈夫です!」


 その夜、俺は不安は残るものの、初めて未来への小さな希望を胸に抱きながら眠りについた。庭園の再生の旅路は、まだ始まったばかりだった。

ご一読くださり、ありがとうございました。

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