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異世界の庭師 ~花の記憶を紡ぐ者~  作者: 凪木桜
第1章 荒廃した庭園の始まり
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第1話 眩い夕陽と新たな世界

 目の前に広がる夕陽の輝きは、燃え盛る炎のように眩しかった。俺こと稲森桂(いなもりけい)は、その光景に目を奪われたまま、強烈な衝撃と共に意識を手放した。次に目を覚ましたとき、そこは見知らぬ場所だった。


 冷たい大地に頬を押し付ける感触があった。俺は体を起こし、周囲を見回した。頬を撫でる風はどこか異質な冷たさを帯びており、それが生々しい現実感を突きつけてくる。ゆっくりと目を開けると、視界に飛び込んできたのは巨大な大木の根元だった。木肌が捲れ、かつて繁茂していたであろう葉はほとんど落ちており、その枝は骨のように空を突き刺している。


 荒廃した庭園が大木を取り囲むように円形に広がっていた。石畳はひび割れ、その隙間から伸び放題の雑草が姿を覗かせている。花壇はかつて色彩豊かな花々で満たされていたのだろうが、今では枯れた茎や朽ちた葉が無造作に散乱しているだけだ。まるで生命そのものが失われたかのような光景に、俺は言葉を失った。


 俺はふと顔を上げ、空を見た。不気味なほど青白い光が全体を覆い尽くしている。その中心には、太陽のように輝く存在があったが、その光は温かみをまるで感じさせなかった。冷たく、遠く、どこか作り物のような輝きだった。


 ここがどこなのか、自分が生きているのか死んでいるのか、それすらも分からない。目の前の大木はただ無言で立ち尽くし、俺の思考を飲み込むようにその存在感を放っていた。


 ぼんやりと周囲を見渡していると、不意に耳に届いたのは澄んだ声だった。


「目を覚ましたのですね」


 驚いて顔を上げると、そこには幻想的な存在が宙に浮いて立っていた。彼女は淡い光をまとい、その姿は現実離れしている。アイリスの花を思わせる繊細な髪は肩まで垂れ、薄紫のグラデーションがかった瞳が柔らかな光を湛えている。その肌は陶器のように白く、長い睫毛が彼女の表情を一層引き立てていた。


 服装は花弁を模したようなデザインで、光沢のある布地がふわりと揺れている。その足元には透明感のある靴を履いており、まるでこの荒廃した庭園の中において、唯一の美しい存在であるかのようだと、俺は息を飲んだ。


 彼女が一歩前に出ると、その足元に緑色の光が波紋のように広がった。冷たさに支配されていた空間に微かな暖かさが灯ったように感じられた。


 彼女は穏やかな微笑みを浮かべながら、再び口を開いた。


「私はアイリス。この庭園の妖精です」


「アイリス……妖精?」


 俺は困惑しながら問い返した。妖精もそうだが、その名前が、母親の生前好きだった花の名前だったからだ。するとアイリスは、俺の反応に気を悪くするどころか、柔らかな笑みを浮かべたまま地面に降り立った。


「ここは命の記憶を宿す庭園です。そして、この生命の樹がある場所はかつて主庭園と呼ばれ、庭園の象徴とされていました。ですが、ご覧の通り荒れ果ててしまいました」


 アイリスの声には、どこか悲しみが混じっているようだった。その言葉を聞きながら、俺は改めて周囲を見渡した。庭園の荒れ果てた光景は、どこか自分自身の心の中を映し出しているようにも思えた。


「あなたには、この庭園を再生していただきたいのです」


 突然の申し出に、俺は思わず眉をひそめた。


「俺が? どうして?」


「あなたはこの庭園に呼ばれたのです。過去に抱えた後悔を乗り越え、新たな道を歩むために」


 その言葉に俺の胸がざわめいた。後悔、それは確かに自分の中に根深く存在していた感情だ。幼い頃に両親を事故で失い、母親が大切にしていた庭園を放置してしまったこと。その辛い思いは、心の奥底に沈めたはずだった。


「俺はここで何をすればいいんだ?」


 俺の声には、わずかに覚悟が宿っていた。それを感じ取ったのか、アイリスは満足そうに微笑み、手を差し伸べた。


「まずは、荒廃した庭園を観察し、どのように再生させるか考えましょう。私もお手伝いします」


 彼女の手は、信じられないほど温かかった。俺はその手を取ることをためらったが、やがて静かに握り返した。すると、自分の心の中に微かな暖かさが灯るのを感じた。


「わかった。やってみるよ」


 その一言を聞いたアイリスは満足そうに頷いた。


「では、参りましょう」


 彼女が静かに歩き出すと、俺もその後を追うように足を動かした。生命の樹を後にして、放射状に延びる緩やかに下る小道を歩きながら、自分の中に湧き上がる感情を整理しようとしていた。後悔と向き合うことが、果たして自分にできるのだろうか。しかし、アイリスの存在が不思議と自分の背中を押してくれるようだった。


 かつてベンチだったであろう木の残骸が散らばったままとなっているところで、アイリスが立ち止まった。


「ここからが本当の始まりです」


 彼女が示した先には、枯れたバラの枝が迷路の壁のように暗い影を落とし、その奥からかすかな香りが風に混じって漂ってきた。かつての生命の輝きが、どこかで眠っていることを暗示しているようだった。


 俺は深く息を吸い込み、心の中で自分に言い聞かせた。


(やるしかないか……)


 こうして、稲森桂の庭園再生の旅が静かに幕を開けた。

ご一読くださり、ありがとうございました。

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