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異世界の庭師 ~花の記憶を紡ぐ者~  作者: 凪木桜
第2章 庭園の秘密とアイリスの過去
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第2話 アイリスの告白

 夜が明けた頃、俺は庭園の片隅に立っていた。薄明かりの中、自分の前に広がるのは、まだ荒れたままの風景だった。だが昨夜の決意が、自身の目に映るもの全てにわずかな希望の光を与えていた。


 その時、背後から微かな足音が聞こえた。振り返ると、柔らかな光に包まれたアイリスが佇んでいる。彼女は静かに微笑み、歩み寄ってきた。


「桂。約束通り、今日は少しだけ庭園の秘密をお話ししましょう」


 アイリスの声は、まるで風に乗るささやきのように穏やかだったが、その奥にはどこか影が差しているように感じられた。俺はその影を見逃さず、軽く頷いて答えた。


「頼むよ。俺は、この庭園を理解するためにも、もっと知りたいんだ」


 アイリスは少しだけ視線を落とし、どこか躊躇うように口を開いた。


「この庭園は、かつては私と共に生きる存在でした。でも、今では私そのものとなっています。そして、それを壊してしまったのもまた、私自身なのです」


 俺はその言葉に眉をひそめた。彼女の告白は予想外だったが、彼女の表情に込められた痛みが嘘ではないことを感じ取った。


「壊してしまったって、どういうことだ?」


 アイリスはゆっくりと歩きながら語り始めた。彼女の視線は、遠い過去の記憶を追うように庭園を彷徨っている。


「私は元々、この庭園を守る独立した妖精として存在していました。でも、その役目を果たすだけでなく、欲を持ってしまったのです。もっと美しい庭園にしたい、もっと多くの命を育てたい、そんな願いがいつしか強くなりすぎてしまい……」


 彼女はそこで一度言葉を切り、深く息を吐いた。俺は彼女の隣で、ただ静かに話を聞いていた。彼女が何を語ろうとしているのか、その全てを受け止める覚悟ができていた。


「私は庭園の力を無理に引き出そうとしました。その結果、庭園は壊れ始めました。命の循環が狂い、花々が枯れ、土地は荒れ果てた。全て私の過ちだったのです」


 アイリスの声は微かに震えていた。その姿は、俺にとって意外なものだった。彼女は庭園を守る強大な存在だと思っていたが、今目の前にいるのは、一人の悔恨に囚われた女性だったのだ。


「アイリス……その時、あなたはどうしたんだ?」


 俺の問いに、アイリスは悲しげに微笑んだ。


「私は、自分の罪を償うために、この庭園と一体となりました。そして、庭園が再生する日を待ち続けることを選んだのです。けれど、それには私一人では限界がありました。だから、あなたのような存在を求めたのです」


 俺は彼女の言葉に一瞬息を呑んだ。自分がこの庭園に呼ばれた理由が、少しずつ明らかになっていく。


「俺を選んだ理由は……何なんだ?」


 アイリスはその問いに対してすぐには答えなかった。彼女の瞳は深い憂いを帯び、微かに揺れていた。


「それは、あなた自身が一番よく知っているはずです。あなたの中にある後悔と、誰かを救いたいという強い想い。それが、この庭園と共鳴したのです」


 俺はその言葉を聞きながら、自分の胸の内にあるものを再確認するように目を閉じた。確かに、自分には取り返しのつかない後悔がある。そして、それを償いたいという気持ちが、どこかで自身を突き動かしているのかもしれない。


「でも、俺にこの庭園を再生できる力が本当にあるのか?」


 俺の問いは自信のなさを露わにしていた。アイリスはそんな俺を見つめ、優しく微笑んだ。


「力なんて必要ないのです。必要なのは、花たちと向き合い、彼らの声を聞くこと。それだけで十分なのです」


 アイリスの言葉に、俺は少しだけ救われたような気がした。彼女の信頼が、自分に新たな勇気を与えてくれる。


「わかった。俺は、この庭園と向き合う。そして、少しずつでも再生させていく」


 その言葉に、アイリスの微笑みが深まった。彼女はそっと俺の肩に手を置き、穏やかな声で語りかけた。


「ありがとう、桂。あなたがここにいてくれることが、私にとってどれだけ心強いことでしょう」


 その瞬間、二人の間にある何かが通じ合ったような気がした。俺の心には、新たな目標が刻み込まれる。同時に、アイリスの過去を受け止める覚悟も固まっていく。


 朝の光が庭園を照らし始めた頃、アイリスはそっと立ち上がった。


「今日はここまでにしましょう。庭園はまだ荒れているけれど、あなたがいる限り、きっとまた花々が咲き誇る日が来るでしょう」


 彼女の言葉を聞きながら、俺は静かに頷いた。自分の中で、何かが変わり始めている。それは小さな一歩かもしれないが、確実に未来へと続く道だった。


 アイリスが去った後、俺は一人庭園に立ち尽くしていた。その目に映るのは、荒廃した地面の先に広がる可能性だった。そして、その可能性を信じる力が、自身の中で芽生えつつあった。

ご一読くださり、ありがとうございました。

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