永遠の庭に抱かれて
処女作となります。
各話1500-2500文字程度となりそうです。
ご一読いただけると幸いです。
赤く燃えるような夕焼けが、庭園を黄金色に染め上げていた。秋の風が、木々の葉をそっと揺らしながら地面に誘う。その舞い落ちる紅葉は、まるで誰かのために敷かれた絨毯のようだった。
庭園を見渡せる大きなテラスには、古びたロッキングチェアがひとつ。そこに腰掛ける老齢の女性の姿があった。白髪は優美に結い上げられ、深く刻まれた皺が彼女の人生の豊かさを物語る。けれどその目は静かで、深く、何かを見つめるように遠くを眺めている。
彼女の傍らには、柔らかいウールのひざ掛けと小さなテーブルが置かれている。テーブルの上には、柔らかい線で描かれた一枚のスケッチ。そこには庭園でひとり立つ男性の姿が描かれており、その表情には遠い日の希望を宿しているようだった。
ロッキングチェアがわずかに揺れ、その音が秋風に溶け込む。女性は手元にあるカップに指を伸ばし、冷めた紅茶をひと口飲もうとしたが、途中でやめた。その代わりに、彼女の手は膝の上に静かに戻り、目を閉じた。
かつてこの庭園には、季節ごとに色とりどりの花々が咲き誇っていたという。春にはアネモネやカモミール、夏にはラベンダーや向日葵、秋にはコスモスやダリア。冬でさえも、梅が凛として咲き、訪れる者に温もりを与えていた。
だが、今はその美しさも過去のものとなり、庭園の片隅には荒れ果てた痕跡が目立つ。それでも、いくつかの花々はなおもその命を輝かせていた。特に、彼女の目を引くのはカスミソウとキンモクセイの共演だ。
彼女が時間をかけて調整し、秋の庭園を彩るように育てたカスミソウの白い小花は、風に揺れるたびにその純白の輝きを際立たせる。夏の終わりに切り戻しを施し、涼しい夜風とたっぷりの栄養を与えて育てた花々は、まるで彼女の心そのもののように、控えめながらも芯の強い美しさを放っている。その傍らで咲き誇るキンモクセイは、秋の日差しを受け黄金色に輝きながら、甘い芳香を庭園中に漂わせている。
その香りは、彼女に過去の記憶を呼び覚ます。初恋の淡い喜び、別れの痛み、そして永遠に心に残る誰かの面影――。彼女はそっと目を閉じ、深く息を吸い込む。その香りが彼女の胸を満たし、遠い日の記憶に繋がっていくようだった。
彼女の目に、一瞬だけ微かな光が宿る。まるで心の中で何かを確かめるように、彼女はわずかに首をかしげた。表情は穏やかで、どこか達観した空気を纏っている。
誰に語りかけるわけでもなく、彼女の唇がわずかに動き微笑みが増した。彼女の声は誰の耳にも届かず、秋風に溶けてしまった。その表情には、長い人生を歩んできた者だけが知る、静かな満足感があった。
ふいに、ひと筋の涙が彼女の頬を伝う。彼女はそれを気にすることもなく、ただ遠くを見つめ続ける。彼女の視線の先には、沈みゆく太陽と、それを飲み込むように広がる紅葉の森。そして、その先に広がる無限の空。
小鳥が一羽、近くの木から飛び立ち、青空を舞う。その姿を目で追いながら、彼女はそっと目を閉じた。まるでその小鳥の背に乗って、自分も遠くへ旅立つ準備をしているかのようだった。
彼女の手が膝の上で静かに動く。ひざ掛けをそっと握りしめるようにして、その動きが徐々に止まる。呼吸は穏やかで、まるで長い旅を終えた者が深い眠りに落ちるようだった。
そして、最後の息が、穏やかな風と共に彼女の胸から離れた。その瞬間、庭園の花々が一斉に揺れ動く。まるでその命が何かを感じ取ったかのように。そして、遠くから響く鐘の音が静寂を破り、夕陽の中で彼女の存在を永遠に刻む。
傍らのスケッチが一瞬だけ光を受け、その男性の穏やかな笑顔が浮かび上がる。彼女の傍に置かれていることを誇るかのように。
ロッキングチェアは再び静かに揺れ動き、その揺れは徐々に小さくなっていった。彼女の姿はそこにあるのに、その存在はまるで風と一体になったかのようだった。
夕陽はやがて沈み、庭園は深い闇に包まれる。けれどその闇の中でも、カスミソウの純白の小花たちは微かに光を放っていた。まるで、彼女の存在が庭園と共に永遠に生き続けるかのように。
その夜、庭園を照らす月は、どこかいつもよりも優しく、その光で全てを包み込んでいた。
ご一読くださり、ありがとうございました。