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わくらば続編 星辰の光  作者: ヒノマコト
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序章2 佳姫の嫁




 翌朝、急いで支度をして王城へ向かった。椿は長旅で疲れて寝ていたので顔を合わせていない。佳姫は四六時中暴れているわけではないようだ。


 ジーンは朝から休むことなく仕事した。二日後にはネーベルへ発つ。中央の貴族たちと関税関係の話をまとめ、外交担当の伯爵と綿密に打ち合わせした。諜報部からは砂漠の帝国についての報告書が届いた。よくよく読んでみるとジーンへの要望が書いてある。諜報部は国家において特別な存在なので、要望を無視することはできない。仕事が増えた、と溜め息を吐いた。


 夜を迎え、疲れ切って屋敷に戻ると椿と佳姫が暴れている。


「また噛みやがった! なんで鳴いてるか分かんねえっつってんだろ、いい加減にしろ!」

「キュッ」

「うるせえ!」


 椿と佳姫は居間で格闘している。無言で大佐を見ると、珍しく謝られた。


「私にはどうすることもできませんでした」

「大佐が負けを認めるのか」

「負けというか面倒臭いです。ああ、いつものご友人が来られるそうですよ」


 ちょうどそこで使用人が来客を伝えた。アルヴィとヘイスター教授が到着したそうだ。ジーンは安堵して二人を迎えに行った。

 アルヴィは戸惑った様子で立ち尽くしており、ヘイスター教授も仏頂面だった。


「ジーン先輩、椿さんに呼ばれて来ました。佳姫が暴れてるとか何とか……大丈夫ですか?」

「全然大丈夫じゃない。ヘイスター、おまえの力が必要だ」

「はあ……この時期は忙しいので帰りたいです」

「そう言わず。あの佳姫が鳴き声を上げて暴れてるんだぞ」


 話しながら二人を居間へ案内した。仰向けで床に転がる椿の喉笛に、佳姫が喰らいつこうとしている。急所を裂かれたら普通に死ぬ。ジーンは慌てて椿を助けに行った。


「喉はまずい。佳姫、やめるんだ」

「キュ、キュウ!」

「じたばたするな! 獲れたての魚か!」


 佳姫を引き剥がしたのだが、びちびち跳ね回って逃げようとする。鋭い爪が床を抉ってぞっとした。椿が傷だらけになるのも納得だ。やはり佳姫は恐ろしい。


「ジーン先輩、大丈夫ですか」

「離れろ。危ないぞ」


 アルヴィは心配そうにしているのに、ヘイスター教授は欠伸をしてソファに座っている。


「元気ですね」

「この状況でそんな呑気なことを……! 早く佳姫を何とかしろ!」


 椿も起き上がって抗議する。


「わざわざマリスから来たんだぞ! 毛玉に何が起きてるのか調べろよ! 見ろ、俺の悲惨な姿!」


 全員で騒ぐとようやくヘイスター教授が円陣を展開した。


「じゃあとりあえず佳姫を落ち着かせます」


 ヘイスター教授は円陣の中に複雑な古代語を綴り、暴れる佳姫に魔導を付与した。青白い光に包まれると、佳姫はようやく大人しくなった。しかし見るからに不機嫌だ。興奮していた理由を明らかにしなければ解決しない。


「ヘイスター、佳姫の考えが分かるか」

「種族によっては分かりますが、佳姫は無理ですね。佳姫が棲息していた万象の門は特殊だったので、精霊の意思伝達も独特なんです。鳴き声から解析できたらいいんですが」


 どうやらヘイスター教授でも難しいらしい。皆が悩む中、アルヴィはひょいと佳姫を抱き上げた。


「佳姫が何を訴えているのか分からないんですね。契約していた大巫女さんはどうだったんでしょう」


 話している内容より、佳姫を犬のように抱いていることが気になる。椿がズタボロになるまで暴れた佳姫にまったく臆していない。アルヴィのこういうところは大胆というか、図太いと思う。


「そうだ、朱玲に聞いてみましょう」


 アルヴィは意気揚々と第三の言語を展開し、朱玲を召喚した。第三の言語に佳姫が牙を剥いていたが、アルヴィは気付いていないようだ。本当に図太い。


 朱玲はひらひらとアルヴィの周りを舞い、佳姫を見下ろした。かつて大巫女と契約していた二体。意思疎通は可能だと思うが、仲が悪いので心配だ。ちゃんと会話できるのだろうか。

 朱玲と佳姫の視線が合う。二体はしばらく見つめ合い――睨み合っているのかもしれない――やがて朱玲がヘイスター教授の元へ移動した。朱玲は羽を震わせて何かを伝えている。


「……なるほど」

「分かったのか」


 ジーンたちが注目する中、ヘイスター教授は淡々と言った。


「嫁が見つかったので救出したいそうです」

「嫁?」

「つがいの雌です。生きてたんですね」


 ヘイスター教授は棒読みだが、ジーンたちは驚愕していた。


「佳姫は絶滅危惧種だったのに、つがいが生きていた? 本当か?」

「いやその前に嫁って? マジで毛玉に嫁がいるの?」


 一方アルヴィは瞳を輝かせている。


「それで佳姫はこんなに必死だったんですね……! 良い話じゃないですか」


 椿は真顔で首を振った。


「良くねえ。見ろ、俺の傷を」

「佳姫のお嫁さん、どんな子でしょう。早く助けましょう。異界にいるんですか?」

「おまえには俺の傷だらけの姿が見えないのか」

「佳姫、良かったですね。皆さんがいたらお嫁さんを救出できますよ。佳姫がこんなに可愛いんだからお嫁さんもきっと可愛いですね」

「おいジーン、こいつ精霊のことになると本当に頭がおかしくなるぞ」

「そ、それは言い過ぎだ」


 と言いつつアルヴィが少し怖い。椿が傷だらけになっているのに佳姫のことしか見えていない。精霊に魅せられているのでは、と少し心配になる。

 ジーンは焦りながらヘイスター教授に確認した。


「佳姫の嫁が異界のどこかにいるんだな。それで、救助が必要な状況、と」

「おそらくは。佳姫は嫁を助けたくて暴走していました」

「ではすぐに救助を」

「そんなに簡単な話ではありません」


 ヘイスター教授が少し真面目な雰囲気になった。講義でもするように丁寧に説明する。


「ご存知の通り佳姫は第一位の精霊で、すべての能力がずば抜けて高いです。それなのに自力で救助ができない。佳姫の嫁は余程危険な状態にあるか、特殊な何かが起こっているのでしょう。一朝一夕で何とかなるとは思えません。詳しい調査と準備が必要です」

「確かに……佳姫ほど強い精霊が手をこまねいているなんて、かなりの異常事態ということか」


 ジーンは納得したが、椿は訝しげにしている。


「ヘイスターが星辰の力を使えば解決しない? ぶっちゃけそれを期待して王都に来たんだけど」

「星辰の力は万能ではありません。特に異界では、無闇に使えば領域内の環境や精霊の生態に影響を及ぼします」

「じゃあ地道に調べるしかない?」

「さっきからそう言ってます」


 椿は深々と溜め息を吐き、ジーンに寄りかかった。


「俺はもう疲れた。早く解決してほしい」


 あの椿が弱音を吐いている。暴れる佳姫を相手にしていたら仕方ないだろうか。ジーンは椿をソファに座らせ、優しく励ました。


「ヘイスターならどんな問題も解決できる。俺は手伝えないが、信じて頑張ってくれ」

「ジーンは手伝ってくれないの?」

「俺は仕事で明後日からネーベルに発つ。重要な仕事だからいつ帰れるか分からない」


 椿は悲壮な顔をし、アルヴィは残念そうにし、珍しくヘイスター教授も眉を寄せていた。


「銀髪君がいないのは痛手ですね。調査に同行してほしかったのですが」

「また俺をこき使う気か」

「銀髪君は精霊の雌に好かれる体質なんですよ。佳姫の嫁を探すのは適任じゃないですか」

「それを言ったら椿はすべての精霊から好かれたはずだ。ヘイスターだって実験台にしようとしていただろう」


 学生時代、ヘイスター教授が唯一執着した学生が椿だった。椿は「すべての精霊に好かれる」という反則的な特異体質で、精霊異界関連の学者たちから大人気だった。ヘイスター教授も例に漏れず研究に利用しようとしたが、椿はうんざりして逃げてしまった。

 椿は精霊異界関連の講義は一切受講せず、異界に一度も行くこともなく学院を卒業したらしい。


「……ん? 椿は異界へ行ったことがないのか?」

「よく知ってるな」

「噂されていたから……しかしまずいな。椿は調査ができないのか」


 下手をすると異界への行き方を知らない恐れがある。それでは佳姫の嫁の調査どころではない。どうしようか悩んでいると、アルヴィが佳姫を抱いたまま椿に詰め寄った。


「異界へ行かなかったんですか? なんでそんなに勿体ないことを! 椿さんならどんな危険領域にも行けただろうに、どうしてですか!」


 椿はアルヴィの剣幕にだいぶ引いている。佳姫もアルヴィを見上げて「なんだこいつ」と言わんばかりの顔をしている。


「行かなくても問題なかった。なんでそんなに怒ってるんだよ」

「違います、嘆いてるんです。俺に魔力があれば異界に入り浸るのに、何故椿さんは行かなかったんですか」

「だから必要性を感じなくて」

「ひどい! そういう問題じゃないでしょう!」

「おいジーン、こいつをどうにかしろ! 精霊と異界が好きすぎてヤバくなってる!」


 ジーンは謝りながらアルヴィを引き剥がした。普段はもっと冷静なのだが、精霊や異界が絡むと思考回路がおかしくなってしまう。佳姫の嫁という言葉にテンションが上がっているせいもあるようだ。アルヴィの偏執狂が遺憾無く発揮されている。

 ジーンはアルヴィを宥めつつ、ヘイスター教授を振り返った。


「おまえだけで調査できるか? 何日くらいかかる?」

「現時点では何とも言えません。まずは嫁の場所を特定します。おそらく佳姫が案内してくれるでしょう」

「そうだ、場所は分かってるんだ。調査はそこまで難しくない」

「佳姫が救出できない状況なんて難しいに決まってます」

「今日のヘイスターは正論ばかりで違和感がある」

「私が教授やってることを忘れてませんか?」


 ヘイスター教授が自分の職業を強調するのは初めてだ。それほどジーンも冷静さを失っているらしい。椿と佳姫に暴走したアルヴィという面子は厄介すぎる。頭痛を覚えていると、居間に大佐が入ってきた。その顔が普段より険しい気がして、ジーンは気を引き締めた。


「何かあったのか」

「問題というより面倒なことです」


 大佐は無表情でとんでもない報告をした。


「エレン様が無断でイエィツを飛び出して王都を目指しています」


 ジーンは報告を反芻し、冷や汗を滲ませた。エレンとは妹のエレティアナのことだろう。最近ようやく成人したのにお転婆のままで、父と母が手を焼いていた。現在は西方諸国のとある国に留学しているはずだが、王都を目指しているなんて意味が分からない。


「頼む、一から丁寧に説明してくれ」

「エレン様が家出して、王都に来ようとしています。もうすぐ着くそうです」

「何も丁寧じゃない。何故そんなことに? エレンに何かあったのか?」

「分かりません。閣下も焦っているのか、まともな話ができません」

「父上が焦る……? エレンと喧嘩でもしたのか?」


 あの父が焦るなんて、余程酷い親子喧嘩をしたのだろうか。父は一人娘を溺愛していたので可能性は高い。だが喧嘩の理由が分からない。


「エレンは一人で家出したのか? 護衛士は付いているか? あいつは一応ルアルディ家の令嬢だぞ」

「残念ながら、世間一般的な令嬢ではありません。誰かさんと同じで破天荒です」

「言ってる場合か。エレンを早く見つけなければ」


 保護――というか回収したら家出の理由を聞き、宥めすかして落ち着かせる。そして安全なイエィツへ送り返す。なにせジーンはネーベルへ発つのだ。ジーン不在の王都にエレンが滞在するなんて、想像するだけで不安になる。絶対に何らかの問題を起こすだろう。


 ジーンは大佐にエレン回収の指示を出し、花藍をイエィツへ送った。父から詳しい話を聞かなければならない。ネーベルに発つ前に何としてもこの問題を解決するのだ。けれどジーンは既に大きな問題を抱えている。


「ジーン、結局毛玉はどうしたらいいの?」


 椿が後ろから尋ねてくる。アルヴィも佳姫を抱えておろおろした。


「先輩がネーベルに発つなら、ヘイスター教授が一人で調査するんですか? でもヘイスター教授は学院の講義がありますよね。忙しいんじゃないでしょうか」

「う……ちょっと待ってくれ。妹が家出して王都に向かっているらしい。そっちを片付けてから――」


 事情を説明して待ってもらおうとしたが、椿とアルヴィが騒ぎ出してしまった。


「妹が家出って、大事件じゃないか? 何があってそんなことになったの?」

「エレンさんが家出! しかも王都に! 早く保護しないと危険ですよ、エレンさんは年頃のお嬢さんなんですから!」


 エレンの中身は男と大して変わらない、と言いそうになって慌てて飲み込んだ。色んな方面から怒られる気がする。だが実際エレンは男勝りで強いのだ。何故か戦技と魔導を習得しており、弟のシリルと一騎打ちをして打ち負かしている。大佐の見立てでは三級護衛士の実力があるらしい。魔導師なら二級以上だとか。我が妹ながら恐ろしい。それに、家出といえどさすがに一人ではないだろう。護衛士が何人か付いているはずだ。


「エレンのことは心配要らない。俺と大佐が何とかする」

「でも」

「椿とアルヴィは佳姫のことに集中してくれ。今後の方針はヘイスターにすべて任せる。指示があれば従ってほしい。現在最も優先すべきは安否が分からない佳姫の嫁だ」


 冷静に告げると椿とアルヴィは落ち着いてくれた。場が混乱した時は優先度をはっきりさせると上手くいく――そう経験上知っていたので、何とか乗り切ることができた。ヘイスター教授も納得している。


「では今回は金髪君をこき使うことにします」


 言い方はアレだが、椿は渋々了解した。


「嫁を何とかしないと毛玉が大暴れしそうだし仕方ない。アルヴィの家に滞在していい?」

「いいですよ。客室を使ってください。ヘイスター教授も俺の家へどうぞ」

「では仕事帰りに寄ります」


 この三人はそれぞれ種類が違う危険人物だが、不思議と調和が取れているように思えた。なんだかんだでアルヴィが良い調整役になっているのかもしれない。椿とヘイスター教授は何故かアルヴィに弱いところがある。

 むしろ問題なのはエレンの方だ。家出なんて令嬢がやることではない。しかも時期が悪すぎる。


「ネーベルへ発つ前に解決すればいいんだが」


 そんなジーンの願いは叶うことはなく、この問題は長引いてしまうことになる。




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