04 心の分かれ道 思い出
白宮がそう言った後、僕の服を掴んで離さなかった。でも、僕は今すぐ家に帰ってゲームをしたいだけで、ここで時間を無駄にしたくなかった。それで、彼女の手を振り払って立ち去ろうとしたが、さっき彼女が言ったことを思い出して、やっぱり少し手助けしてあげることにした。
僕は彼女の隣に座った。しかし、ここはトイレの入り口で、正直少し奇妙に感じたので、「ここから離れて話せないかな?」と尋ねてみた。
白宮は下を向いていた頭を上げて、「でも……私はトイレの匂いが好きなんだもん……」と無邪気な顔で僕に言った。彼女のその言葉を聞いた僕は、彼女の服を掴み、その場から引っ張り出すことにした。
その時、学校はもう閉まる時間が近づいていて、僕は「先に家に帰ったらどう?」と聞いた。すると、彼女は悲しそうで失望した表情をしながら、「わかった……じゃあ……その……林月、一緒に家まで帰ってくれない?歩きながら話してもいいかな……」と僕に言った。
そこまで言われてしまうと、断るのも気が引けてしまい、彼女と一緒に学校を出て、ゆっくりと家まで歩いて彼女を送ることにした。
「あのね、林月、私は本当にそんなに嫌われてるのかな?私、別に何もしてないのに、いつも他人に笑われちゃうんだ。だから、結局私はどうすればいいの?」白宮は心配そうな口調で尋ねた。
「人間なんてさ、適当でいいんだよ。どうせ人間っていう生き物は他人を利用して優越感を得るだけで、自分の問題と向き合おうとしないんだから……」林月は気の抜けた調子で答え、その口ぶりはまるで戯言のようだった。
「そうなの?じゃあ……ねえ、林月には夢とかあるの?」白宮は興味深そうにさらに尋ねた。
「夢?さあ、知らないな、はは。でも、全くないわけじゃないよ。あるとすれば、平凡だけど冒険心のある生活を送りたいかな。それと、他人に嫌われない人間になりたい。恐怖や困難を恐れない人間にもね。それに一番大事なのは、弱い立場の人を助けて、彼らが自分の人生の目標を見つけられるようにしたいんだ。」林月は少し考えながら答えた。言葉の調子は相変わらず気楽そうだったが、その中には少しばかりの真剣さが込められていた。
「そうなんだ……なんでかはわからないけど、私も怖がらない人になりたい。他人の行動で自信を失わないような、そんな人に。そして……私が守りたい人を守れるようになりたい!」白宮は突然元気になり、その声には強い決意が込められていた。
夕日の光が私たちを包む中、白宮の表情はもう以前のように沈んでいなかった。彼女の目には、もう陰鬱な雲はなく、まるで夕日のように暖かい輝きが宿っていた。
私たちは白宮の家の前まで歩いていった。彼女は前を見つめ、その顔には喜びが溢れていた。その時、傷ついた野良猫が一匹やってきて、彼女の前で立ち止まった。白宮はその猫を指さして言った。「ねえねえ、知ってる?この猫、私が元気なときにいつも遊びに来るんだよ。それでね、私、いつも親にバレないようにこっそり家に連れて帰ってご飯をあげるんだ。」そう言いながら、彼女はしゃがんでその猫を抱き上げ、笑顔で私の方を見た。
「そ、そうなの?」林月は少し困惑した表情で答えた。なぜ彼女が急にそんなことを話し始めたのか、よくわからない様子だった。
私が帰ろうとしたその時、白宮はそっと私の服の裾を掴んだ。振り返ると、彼女の顔は少し赤くなっていて、低い声でこう言った。「あの……ありがとう、林月。今日、私に付き合ってくれて。それで……私たち、友達になれるかな?」
そこまで言われてしまうと断るのも気が引けてしまい、彼女が抱いている猫の頭を軽く撫でて、笑いながら答えた。「いいよ、はは。」
あの日から、彼女は毎日学校で僕を探して遊ぶようになった。そうして、僕たちは何でも話し合える友達になった。この友情は中学を卒業するまでずっと続いた。
だけど、僕は家の事情でそのことをすっかり忘れてしまっていた。覚えているのは、この写真が中学卒業の時に撮ったもので、彼女が僕の卒業アルバムに無理やり押し込んだ電話番号もそこに残っていたということ。でも……
弟の言葉から、彼女の今の状況を知った。僕は今の彼女に会うのが怖かった。あの時、「お兄ちゃんや家族を守る」と言っていた彼女が、今はこんなふうになってしまうなんて。彼女が今どんな気持ちなのか、僕にはわからない。でも、どれだけ怖くても、どれだけ緊張しても、彼女を助けに行かなければならないと思った。たとえそれが必ず失敗する賭けだとしても、悲惨な結末をまた目の当たりにするのは嫌だったから……
その時、外は大雨が降り出していた。緊張した心が鼓動と共にどんどん速くなっていく。彼女の連絡先も、今の姿もわかっている僕は、思わず外へ飛び出した。雨の夜、ただひたすら走り続けた。どんなに道が滑りやすくても、この瞬間に倒れるわけにはいかなかった……。
地面には鮮やかな赤い血痕が広がり、血はすでに地面に染み込み、あちこちに伸びていた。傷口は悪化し続け、腫れ上がり、膿んで崩れていく。空気には鼻をつく鉄錆のような血の匂いが充満していた。息を切らし、まだ痛みに慣れる暇もない僕の耳に、背後から重く力強い足音が響いてきた。
その足音は一歩一歩近づいてきて、見えない圧力のように僕の心拍をさらに乱れさせた。必死に体を支えながら振り返ると、眩しいほどの金髪をした男が陰影の中から現れた。口には火のついたタバコを咥え、煙が彼の顔を包み込み、その冷たい眼差しを曖昧にしていた。彼は僕をじっと見つめながら、足を止めることなく近づいてくる。その様子はまるで、もがき苦しむ獲物を楽しむ捕食者のようだった……。
「お前、この俺の邪魔をするつもりか?どうやら俺たちは敵同士のようだな、兄弟!」金髪の男はそう言うと、突然勢いよく突進してきて、俺に激しくぶつかってきた。その瞬間、俺の傷口はまるで引き裂かれたように全てが破裂し、鮮血が泉のように体内から噴き出した。
こいつはおそらく弟の手下だろう。しかし、今の俺の状態では彼に敵うはずもない。ましてや、大量出血のせいで視界はすでにぼやけている。
男は顔を上げ、口元に冷笑を浮かべながら言った。「久しぶりだな、兄弟……」
そう言うと、彼は耳障りで狂気じみた笑い声を上げ始めた。その笑い声に耐えながら、俺は彼の手を振りほどき、歯を食いしばって前へと走り出した。
この男が一体何者なのか全くわからないが、一つだけ確かなことがある――こいつは俺を殺すつもりだ。
俺は必死に前へ走り続け、ついにある交差点にたどり着いた。足を止め、振り返って彼に向かって中指を立ててやった。それを見た男は激怒し、怒鳴りながらこちらへ突進してきた。ちょうどその時、大型トラックが走ってきたのを見計らい、俺は素早く道路を横切った。しかし、彼はトラックに跳ね飛ばされた。
だが……彼は死んではいなかった。ただ右脚の骨が折れただけだった。彼は血を流す脚を引きずりながら、ポケットから注射器のようなものを取り出すと、ためらうことなく自分の脚に突き刺した。注射器の中の液体が注入されると、彼は再び立ち上がり、また俺に向かって突進してきた。
「ドンッ!」次の瞬間、彼の足が俺の背中を強烈に蹴り飛ばした。俺は地面に叩きつけられ、体はほとんど動けなくなった。男はその注射器を拾い上げ、容赦なく俺の体に突き刺そうとした。針が血管に突き刺さる激痛に耐えながら、俺は歯を食いしばり、拳を固く握って彼の顔面に叩き込んだ。その一撃で彼の動きが止まった隙に、俺は何とか身をよじって抜け出し、渾身の力で彼の顎を蹴り上げた。男は痛みに顔を抑え、よろめきながら後退した。
俺は再び力を振り絞って立ち上がり、激痛と疲労に耐えながら前へと走り出した。血は俺の体から止めどなく流れ続け、視界はますますぼやけていく。服はすでに真っ赤に染まり、俺はふらふらと街を進むうちに通りすがりの通行人にぶつかってしまった。彼は苛立ったように文句を言ったが、すぐにスマホに視線を戻し、俺の血まみれの様子にまったく気を留めることはなかった。
力尽きそうな体を引きずりながら、俺は数歩前へ進んだ。すると、目の前に見覚えのあるようで、どこか奇妙に感じる家が現れた。
その家の外壁には呪いと罵りの言葉がびっしりと書かれ、不気味さが漂っていた。地面には瀕死の猫が横たわり、弱々しく息をしていた。俺はその場で立ち止まり、迷った。
怖かったのかもしれない。拳を握り締めようとしたが、俺の体はそれ以上動けず、前に進むこともできなかった。また残酷な光景を目にすることへの恐怖、そして真実と向き合うことへの恐れが俺を支配していた。
その時、不意に大きな扉が開いた。中から片目に眼帯をした少女が姿を現した。全身傷だらけの彼女は、冷たい目で俺を見つめていた。俺が何か言おうとした瞬間、彼女が先に口を開いた。
「やっとね、ずいぶん久しぶりだよね?」彼女の声は冷たく静かだった。そしてそう言い終わると、彼女は扉を閉めようとした。
「お前だろ、白宮!俺だよ、来たんだ。お前を助けに来たんだ!」俺は慌てて叫んだ。その声には焦りと正直さが滲んでいた。
「そう?」彼女は動きを止め、少し体を横に向けて俺を見た。そして冷笑を浮かべながらこう言った。「でも、すべてはもう終わったよ。私は昔の弱くて無力だった自分を許せないんだ。私のことはもういないものとして忘れてくれ。お前と私の約束なんて、捨ててここから消え失せろ!」
そう言うや否や、彼女は容赦なく扉を勢いよく閉じた。
「バンッ!」
俺は怒りに任せて、閉じようとする扉を力いっぱい掴み、その瞬間を逃さず彼女の腕を掴んだ。彼女はだらしなく緩んだ下着だけを身にまとい、全身には包帯が巻きつけられていた。俺は緊張と怒りで震えながら彼女の服の襟口を握りしめたが、彼女は険しい表情で俺を睨みつけ、怒りに満ちた声で問い詰めた。
「お前……一体何なんだよ!?私が何を経験してきたかなんて、何一つわかってないくせに!お前なんか、あの頃のただの普通の人間だっただけだろう!」
彼女の声は次第に激しさを増し、ほとんど叫び声のようになっていった。
「もう全部終わったんだ!私は大事な人を守れなかった!当時の約束すら果たせなかった!何をどれだけやっても駄目だったんだ……私は必死にやったんだ、もう辛いんだ……疲れたんだ……痛いんだ……!」
俺は彼女の言葉に呆然とし、失望と衝撃の入り混じった表情で彼女を見つめた。気づけば、自分の手も小刻みに震えていた。
白宮はその場に崩れるようにしゃがみ込み、顔を両手で覆って泣き始めた。そのすすり泣きは震え、絶望に満ちていた。
「お前には何もわからない……私が何を見て、何を失ったのか……お前には何一つわからない……」
「わからない?そうか、俺が何もわかってないって、そう思ってるのか?」俺は拳を握りしめ、止まることなく血が体から流れ出していくのを感じながら叫んだ。
「わからないだと?今の俺には、誰よりもよくわかってるさ。死ぬこと、諦めること、泣くこと……そんなもの全部経験した。だが、今はそんなことをしている場合じゃないんだろう?」白宮の声は苦しみに満ちていた。そして続ける。
「本当は、もしあなただったら、また立ち上がって私を励ましてくれると思ってた。でも……もう誰も信じられない。だから、せめてあなただけは信じたかった……。」
俺の目には涙が溢れ、視界はどんどんぼやけていく。そして口から大量の血を吐き出しながら、必死で体を支えて立ち続けた。
「俺はただ……俺が死ぬ前に、あんたを救いたいだけなんだよ……。」体中に痛みが走る中、俺は倒れることなくそう言い放った。
白宮はゆっくりと地面から立ち上がり、俺の体を強引に家の中へ引きずり込んだ。
「馬鹿!あんた、自分がこんな状態なのに、どうして他人のためにそこまでやれるの!?何でよ!?自分だってもう限界なのに……何でそこまで……。」白宮は怒りと悲しみに声を震わせながら問い詰めた。
「ハハ……何のためにだって?俺にもわからないし、知りたくもないさ。でも一つだけ言わせてくれ、白宮。あんた、何もかもを失って、何もできないからって、自暴自棄になるなよ。誰もあんたを信じないなんて思うな。この世界は広いんだ。どんなことがあっても、あんたのそばにはきっと、あんたを気にかけて、信じてくれる人がいる。」
そう言って、俺は震える手を彼女に向かって差し出した。
「彼女は苛立ちを浮かべながらも、俺の手を掴んだ。そして俺は緊張しながら扉の前まで歩いた。
『いいか、白宮。早く行け!お前を狙ってる奴はもうすぐここに来る!俺がやつを引き止めるから、お前は逃げるんだ!』
深く息を吸い込み、無理にでも強い表情を作りながらそう告げると、俺は勢いよく扉を開けた。案の定、あの男が追ってきた。
俺は白宮の手を握りしめながら力強く叫んだ。
『早く逃げろ!あとのことは俺に任せろ!』
そう言いながら彼女の手を振り解き、反対方向に向かって走り出した。しかしその瞬間、俺の服が彼女の手にしっかりと掴まれた。
『バカ!』白宮が突然叫んだ。その声は嗚咽で震えていた。
『あんた言ったじゃない!私はあんたが消えるなんて耐えられない!今のあんたが……あんたが私にとって一番守りたい人なの!もう誰かが私の目の前で死ぬのは嫌なの!』
雨の中、彼女の泣き声がやけに耳に刺さる。
俺は足を止め、心の中が混乱していた。思考がまるで絡まった糸のようにまとまらない。それでも意を決して、俺は彼女に顔を寄せ、彼女の唇に軽く触れた。分かっている。これがどれだけ最低な行為か、そして彼女がどれだけ嫌がることなのか。
でも、これしかない。この方法でしか彼女を手放せないと思った。俺たちはもう二度と会うことはできない。だから、彼女が一番嫌がる方法で去るしかない。
それなのに、白宮は引き下がらなかった。彼女は逆に俺の手首を掴み、涙を浮かべながらも強い意志を宿した目で俺を見つめた。かすれた声で、しかしはっきりと言った。
『ありがとう、バカ……林月。』
そう言うと、彼女の手は少しずつ俺の腕を離れていった。涙が頬を伝い落ちる彼女を一瞥し、俺は彼女から背を向けて走り出した。白宮は去った。俺たちは雨の中、逆方向へと分かれていった。雨脚はますます強まり、風が俺の心をかき乱していく。
その時、男が追いついてきた。彼は容赦なく拳を俺に向かって振り下ろしてきた。俺は拳を握り返そうとしたが、もう体には力が残っていなかった。空中に弱々しく拳を振り上げたものの、その瞬間、腹に彼の蹴りが深々と突き刺さった。激しい痛みに襲われ、血と吐瀉物が口から勢いよく噴き出した。
雨が俺の顔に叩きつける。涙なのか雨なのか分からないものが視界をぼやけさせた。その男は地面に転がる石を拾い上げ、憎々しげに俺の頭めがけて振り下ろしてきた。
俺は歯を食いしばり、最後の力を振り絞って耐えた。俺の心にはただ一つの思いだけが残っていた。
――時間を稼ぐんだ……白宮を必ず逃がすんだ!」
最後、その男は石を思い切り私の頭に叩きつけた。頭皮が裂け、鮮血が頬を伝って流れ落ちていく。彼は続けざまに私の腹を蹴りつけ、内臓が引き裂かれるような激痛が走った。口元から血が止めどなく溢れ、雨水を鮮やかな赤に染め上げた。
その後、意識を失った私を彼は持ち上げて車の後部座席に投げ込んだ。車内では聞き覚えのある旋律が流れていた。それは私が一番好きなバーチャルアイドルの歌声だった。この声は、数え切れないほどの苦しい夜を共にしてくれた。人生が思い通りにいかない時、彼女の歌はいつも一瞬の癒しを与えてくれた。まさか、人生の最後の瞬間に、私のそばにいるのがまた彼女だなんて……