表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新世界復活戦!世界に変化をもたらそう!  作者: 小泉
第2章 異世界!新たなる始まり!
15/22

15 自分を救う贖罪 ー フィナ編

 現実の辛さにはもう慣れたはずなのに、今はどこか違う気がした。

 一人ですべてを背負う覚悟はできていた。他の誰かを巻き込むつもりなんてなかったのに……

 たとえすべてを失っても、それでも……

 本当に、全力でぶつかる必要があるのだろうか?


 フィナの心は揺れていた。目の前の少年を見つめながら、理解できないはずなのに、不思議と少しだけ、前に進める希望を感じた――


 林月はナイフをフィナの首元にぐっと押し当てる。

 強引なやり方だと分かっていても、祖父の関係者たちに対して、これくらいしないと通じないと思ったのだ。

 成功する保証なんてどこにもない。けれど……もう賭けるしかなかった。そう、林月は自分に言い聞かせた。


「バカ野郎! その子に何するつもりだよ!? 頭おかしいんじゃねえのか、お前! 死ねよ!」

 ヴァルが叫びながら林月に詰め寄る。


「バカ……あなたは……」

 フィナが何かを言おうとするが、林月のナイフがそれを遮る。


「大丈夫……いや、こんな弱気なこと言ってる場合じゃないな……

 信じてくれ、フィナ。君は……この場所で初めて、僕を信じてくれた人なんだ。

 だから……僕も、君の力になりたい。ただ、それだけなんだ。」

 林月はそう言った。


「クソッ……本当に何がしたいんだ、お前は!? ナイフを下ろせっての!」

 ヴァルが怒りを露わにする。


「へえ? 関係ないだろ。もう一歩近づいたら……やるからな……」

 林月は少し震える声でヴァルを威嚇した。


 ヴァルは迷いなく飛びかかってきて、拳を振り上げ林月に殴りかかる。

 その瞬間――


 「パシャッ!」


 鋭い音と共に、ナイフから鮮血が噴き出した。

 血が床に飛び散る。


「フフ……言っただろ。これ以上来たら、手加減しないって……」

 林月は苦しげに笑った。


 実際、林月が刺したのは自分の左手だった。

 その流れる血でヴァルを威嚇し、ナイフに血を塗ってフィナの首に押し当てた。まるで、本当に刺したかのように。


「あなた……一体、何がしたいのよ……」

 フィナが動揺しながら言った。


「ごめん……これしか思いつかなかったんだ。ごめん……」

 林月はかすかに呟いた。


「もう……何謝ってるのよ? こんなことまでしてくれて……私、怒れるわけないでしょ……」

 フィナはくしゃくしゃになった服を握りしめながら、そう答えた。


「このクソ野郎! その女を離せよ!」

 ヴァルが怒鳴り、手にした石を投げつけた。


 「バシッ!」


 石はフィナの額に直撃し、血が流れ出した。


「くっ……ごめん、フィナ……そんなつもりじゃなかったんだ。ただ、あのクソ親戚を追い払いたかっただけなんだ。全部、君のために……」

 ヴァルはフィナを見つめながらそう言った。


 フィナの顔に血が流れる中、彼の言葉が彼女の中に嫌悪感として響く。

 思い出すのは、かつて彼女に勝手な期待を押し付けてきた人々の姿――


「もう……やめて……」

 フィナは小さく呟いた。


「大丈夫! 僕が君を救い出すよ! こんなクズ、すぐにぶっ飛ばしてやる! 君を連れて帰ったら……」

 ヴァルは熱っぽく語り続ける。


「ハハ……そういうことか。つまり、お前はフィナと一緒にいたいから頑張ったってわけだ。

 でもその結果が、石投げて怪我させるって? なんて見え見えな口説き方だよ……

 それに、自分で言ってたよな? フィナはじいさんに嫁ぐって。」

 林月は淡々と呟いた。


「てめえ……ふざけんな!!」

 ヴァルは激怒し、また拳を振り上げた。

 その拳は、明らかにフィナの顔を狙っていた。


 もう一発、今度もフィナに向けられた拳。

 林月はナイフを引き抜き、素早くヴァルの顔の前に突き出す――


「てめぇ、何しようってんだ!? この発情した気持ち悪い野郎、近づくなよ! そんな手で彼女を解放させようなんて、無駄なんだよ!」

 林月はそう言い放ち、再びナイフをフィナの首元に押し当てた。


「女なんて所詮その程度のもんだろ? 本気で向き合う価値なんてねぇよ。ただ、たまたま俺が気に入っただけさ。」

 ヴァルは冷笑しながら言った。


 そう言うと、彼は手元から小型の注射銃を取り出し、林月とフィナに向けて発射してきた。

 林月はすぐさまフィナを抱き寄せて、その針弾を避けた。


 ヴァルはもう完全に見境を失っており、フィナの安全などお構いなしに乱射を続ける。

 林月は彼女を庇うため、ナイフで針を弾こうとしたが、横から撃たれた針が林月の体に刺さってしまい、そこから鮮血が噴き出した。


 両腕を押さえ、全身に広がる激痛に耐えながら、林月は歯を食いしばって言った。


「クソ野郎……あんた、あの子のことが好きなんじゃなかったのかよ……? だったら、どうして攻撃するんだよ……!」


「だって、アイツ俺に靡かねぇじゃん? 俺の言うこと聞かねぇ女なんて、ぶん殴って黙らせればいいんだよ!

 この世の中、金でどうにかならないもんなんてねぇんだからさ!」

 ヴァルは嗤いながら答えた。


 林月は横で怯えるフィナの歪んだ表情を見て、握ったナイフに力を込め、叫ぶ。


「何を言ってやがる!! そんなもん、金で解決できるわけねぇだろ!!

 それに――お前は女の子を何だと思ってるんだ!?

 違う! お前は……“人間”を何だと思ってるんだよ!!」


「貧乏で、下等で、底辺のクズの生まれだろ? お前らが何思おうが、知ったこっちゃねぇわ。

 自分の親や家族、友達でも見てみろよ。どんだけ惨めな人生送ってんだっての!」

 ヴァルは吐き捨てるように言った。


 そう言うと、彼は銃を構え、容赦なく引き金を引いた。

 針弾が林月の頬を貫き、瞬時に血が噴き出す。


 林月は再びナイフをフィナの前に構え、庇うように立ちはだかる。


 ……あの時の出来事はもう分かっている。けど、俺は、過去の影に囚われ続けたくない。

 越えられなかった“物語の序章”を、今こそ打ち破らなければ!


 林月はナイフを持ちながら、目の前の少年を警戒する。

 直感が告げていた。こいつらは、俺が思っていた以上にヤバい。

 煽ったり、強気に出たぐらいじゃ引かない。――本当に、人を殺すような連中なんだ。


 ヴァルが銃を構え、林月の目を狙う。

 その指が引き金にかかろうとした、その瞬間――


 林月はナイフを思いきり投げつけた!


 「バシィッ!!」

 ナイフはヴァルの手を切り裂き、銃はその勢いで地面に落ちた。


 林月はナイフを拾おうと動いたが、ヴァルが素早く林月の髪を掴んできた。


「どうでもいい! 旦那様だろうが誰だろうが関係ねぇ! あの女、俺が連れて行くんだよ!

 なんか分かんねぇけどさ、ちょっと気になってきたんだよ……」

 ヴァルは髪を引っ張りながら唸るように言った。


 そして彼が林月を無理矢理立たせようとしたその時――

 ヴァルの背後に、誰かが立っていた。


 その人物は銃を構え、ヴァルに向けて狙いを定めていた。


 「ドンッ!!!」

 凄まじい銃声。


 ヴァルの右頬と歯が吹き飛び、顔の半分が血と肉片に覆われた。

 彼は地面に崩れ落ち、砕けた歯が散らばる。


 その男は硝煙を上げる銃を握りしめながら、無言で林月を見つめていた。


 林月は地面に倒れたヴァルに唖然とし、まだ気づいていなかった。

 その銃口が、今まさに自分の頭へと向けられていることに――


「バカ……前見ろってば!!」

 フィナが叫んだ。


 林月は顔を上げて前方を見た——

 そこに立っていたのは、全身汗だくの老人だった。伸びきった髭、点滴を吊るしたまま、手には拳銃を握りしめ、冷ややかな目で林月を睨んでいた。


 林月はよろめきながらも、その老人の放った一発をかろうじて回避する。


「林月! 前に立ってるその人、よく見て!!

 そいつが……“旦那様”(おじいちゃん)よ!!」

 フィナが叫んだ。


 林月はナイフを手に取り、後ろに飛び退いた。


「バン!!」

 老爺は容赦なく林月の太ももに向けて引き金を引いた!

 銃弾が突き刺さり、血が勢いよく噴き出す!


 林月は傷口を押さえながらも、ナイフを握りしめたまま、フィナの前に立ちはだかった。


 老爺は地面に倒れたヴァルを一瞥し、暗い顔で言った。


「クソガキが……てめぇは所詮、下っ端の執事に過ぎねぇってのに、誰の許しを得て俺に逆らってんだ?」

 老爺は冷笑しながら林月に目を向けた。


「お前、誰だよ? ゴミみてぇな人生送ってる哀れなクズが、俺と女を取り合うつもりか?」

 その声には冷たい嘲りが滲んでいた。


 その時、老爺の背後から舌を出した異様な男が歩み出てきた。

 手には手術刀を持ち、その表情はあまりに病的で、舌を長く伸ばしたまま、まっすぐ前を見つめていた。


「坊や、俺たちが大切に育ててきた女を連れ去るなよぉ!

 金しか見えてないお前みたいな奴は、マジでゴミなんだよ!

 お前の家族もな、お母さんも、妹も、全部が救いようのないクズさ!!」

 男は叫んだ。


 フィナは林月を見つめる。彼の手にあるナイフが、目の前で揺れていた。


「大切にしてる……? 笑わせんなよ!!」

 林月は歯を食いしばって怒鳴った。


「俺がこの子にこんなことしてるのは、確かに……金のせいだよ……!

 だけどな、俺は……お前らみたいに“高尚”ぶるつもりはねぇ!」


「何だと? 言いたいことはそれだけか? 当たり前だろうが!

 俺たちはこの子に“家族”のぬくもりを与えてやったんだぞ!?

 お前の惨めな人生とは違うんだよ!!」

 老爺は大声で笑った。


 フィナの目に映るその二人は、まるで歪んで変形した化け物のようで、彼女は目を逸らすことすらできなかった。


 その時、林月は老爺を見つめ、何かを悟ったかのように、ふっと笑った。


 ちょうどその瞬間、手術刀を持った男が突然それを林月に向けて投げつけた!


 林月はギリギリで回避したが——

 その手術刀は、後ろにいたフィナの腕に深く突き刺さった!


 フィナは苦痛に顔を歪めながら、手術刀を引き抜き、血が止まらない腕を必死に押さえた。


「フィナ……すまない……大丈夫か……?」


 林月が振り返ってフィナを見た、ちょうどその瞬間——

 手術刀の男が再び刀を振りかざし、林月の右首に切りつけてきた!


 林月は血を吐きながら口元を押さえ、手にしたナイフで反撃しようとするが……

 その男の圧倒的な力の前では全く歯が立たない。呼吸すらままならない。


 ナイフで必死に防御するも、反撃の余裕はない。

 男は異常な笑みを浮かべながら、舌で林月の顔を舐める。


 林月は何とかナイフで攻撃を阻止しようとするが、男の手を振りほどくことができない。

 その隙をつき、男はもう片方の手で林月のナイフを持つ手をつかみ——


「ガンッ!!……ズブッ……」


 力任せに林月の手からナイフを叩き飛ばし、それがそのままフィナの頭に直撃した。


 フィナの頭からゆっくりと血が流れ出し、左頬を真っ赤に染めていく。

 彼女は両手で左目を覆った。


 林月がフィナの方を振り返ろうとしたその瞬間、

 再びその男に地面へと押し倒される。


 林月は血を吐きながら、地面からフィナを見つめていた。


「お前……無事……か……フィナ……」


 地に押さえつけられながら、林月は苦しそうに言った。


 フィナは林月を見つめ、言葉にできない想いを胸に握り拳をつくる——


 その時、フィナは老爺の横に目を向けた。

 老爺は銃を持ち、舌を出した男に銃口を向けていた。


「ドオォォォォォン!!!!!!」


 舌を出したその男の右手が、林月の目の前で吹き飛んだ。

 血と肉片が激しく飛び散る!


 その隙に、林月は地面から立ち上がり、フィナの頭にぶつかったナイフを手に取る。

 その刃にはまだ、フィナの血がべっとりと付いていた。


 林月は顔の傷と血を拭いながら、老爺の方を睨みつけ、こう言った——


「お前……いったい何がしたいんだ? どうして目の前の人たちを殺した? 一体何のために…… 金でも権力でもない、じゃあ女のフィナのためだけかよ?」


「フィナは俺のものだ。他の誰にも触れさせない。 他の奴と関わることも許さない。ただ俺の傍にいてほしい、それだけなんだ!」


爺爺はそう叫びながら、手に持った拳銃を構えた——


その瞬間、リンゲツが突然飛び出し、爺爺の拳銃を叩き落とした。


「まったく、ずっとそんなもん持ってたら話もできないだろ、バカが!」


リンゲツはそう言った。


しかし銃を落とされた直後、爺爺はもう一丁の拳銃を取り出し、リンゲツの腹めがけて撃った。


「パッ……」


弾丸はかすかに逸れてはいたが、リンゲツの脇腹を撃ち抜いた。 リンゲツは口から大量の血を吐き出す。


そして爺爺は、もう一方の手にきらびやかなメリケンサックをはめ、 その拳でリンゲツの顔面に殴りかかってきた——


「やめて……お願い、もうやめてよ、もう十分よ、お願いだからやめて、爺爺!」


フィナは傷口を押さえながら、爺爺に向かって叫んだ。


「あなたは一体何をしているの? これが本当に私のためなの? 爺爺も、ヴァルも、リンゲツも…… みんな自分の都合や欲望を私に押し付けてるだけ。もう、たくさんなの……」


そう言って、フィナはゆっくりと爺爺のもとへ歩み寄っていった。


彼のそばまで行った後、フィナはリンゲツのほうを振り返る——


「ごめんね……リンゲツ……あなたにこんなこと巻き込みたくなかった……これしかないの……」


「これで十分……リンゲツ、言ったでしょ……手紙にも書いたでしょ? 来ないでって…… もう帰って。私はもうあなたを必要としていない。私のお金に目が眩んだりしないで。お願い、どいて……」


フィナはリンゲツを遠ざけようとしていた。それが今、彼女にできる唯一の選択だった——


リンゲツは右手で口元の血を拭い、フィナのほうを見つめた。 そしてその言葉の意味を、彼は悟ったようだった。


「でも……それがどうした。 僕たちはいつもそうだ、自分を抑えて、本当に望んでる人生があるのに、妥協して終わる…… それじゃ何も変わらないんだよ。 ……本当の自由っていうのは、喧騒の中でも澄んだ心を保ち、否定の中でも信念を貫き、 暗闇の中でも自分が信じる光になることだって……」


「これは……僕が皆から見下されていた時、妹が言ってくれた言葉なんだ……」


リンゲツは再びフィナを見つめる。 フィナは、悲しみと怒りが混じった眼差しでリンゲツを見返した——


二人の間には、まるで見えない壁が立ちはだかっているようだった。 互いの姿が見えず、声も届かず、言葉も返せない——


「ガキが……もういい加減にしろ……」


そう呟いた爺爺は、リンゲツに向かって強烈な一撃を叩き込んだ。


その拳はリンゲツを吹き飛ばし、 金属ナックルの威力が加わり、彼の腹部をまともに貫いた。


リンゲツは地面に崩れ落ち、苦しそうにのたうち回る。


フィナは倒れているリンゲツを見つめ、その光景に心が大きく揺れ動いた。 彼女はリンゲツに背を向け、再び爺爺を見た——


「これでいい……ごめんなさい……」


そう言って立ち去ろうとした時——


リンゲツが再び、必死に立ち上がり、叫んだ。


「ふざけるなよ、俺はこんなところで倒れるわけにはいかない! もう……あまりにも多くを失いすぎたんだ、もうこれ以上は許せない! “さよなら”って言ったきり、二度と会えなかった人たち…… もうあんな終わり方はしたくないんだ……!


昔の俺なら……きっとここで諦めてた、だから妹も弟も守れなかった…… でも今の俺は違う! 過去を繰り返したりはしない!!」


リンゲツは何度も何度も、そう叫び続けた。


爺爺はそんな彼の必死な姿を見て、声を上げて笑った——


そしてその時、フィナの目に映るリンゲツの姿が、 まるで別の人間のように重なって見えた。


それは、彼女の記憶の深淵に封じ込めていた、もう一つの影だった……


それは、フィナが五年前に体験した出来事だった。


あの日は、うだるような夏の昼下がり。

近所に住む一人の少年が、家庭の事情で日々暴力を受けていた。


その日、公園を通りかかったフィナは、

全身傷だらけのその少年がブランコに座り、無表情で前を見つめているのを見つけた。


「ん?君、近くに住んでる子だよね? どうしたの、そんな傷だらけで……大丈夫?」

フィナはそっと彼に近づき、優しく声をかけた。


少年は彼女を一瞥し、自分の傷に目を落としながら、無言でうなずいた。


「そっか……話せないんだね。まったく……」

フィナはため息をついて、彼の隣のブランコに腰を下ろした。


少年は喉元を指差し、それからフィナをじっと見つめた。

どうやら、何らかの病気で声を出すことができないようだった。


「そうか……じゃあ、ジェスチャーで伝えてみて? あ……でも、ごめん、私手話全然わかんないや」

フィナは苦笑しながら肩をすくめた。


少年は仕方なさそうに鞄からノートとペンを取り出し、すばやく言葉を綴る。


(大丈夫です、お姉さん。ちょっとした事情があるだけで、あなたには関係ありません……)


その紙を読んだフィナはしばらく黙り込み、少年の目をじっと見つめた。

少年もまた、真剣な表情で彼女を見返していた。


そして、フィナはふっと笑った。


「何よ、その真剣な顔。中二病? 困った時はお姉さんに頼っていいのよ。さあ、言ってごらん!」


彼女が肩をポンと叩くと、少年は小さく震えた。

肩には無数の血の跡……それは転んだものではなく、明らかに誰かに殴られた痕だった。


「ねえ……本当のことを話して。何があったの?」


少年は震える手で、また文字を書き出した。


(家族が壊れたんだ。母は酒に溺れて、毎日僕と姉を殴るようになった。

姉は僕を守るため、すべてを一人で背負って……僕を家から追い出した。

でも、僕は姉を助けたい。助けなきゃ……)


そこまで書いて、少年の手が止まる。紙がわずかに震えていた。


すべてを理解したフィナは、どうすればよいのか分からないまま、

せめてこの子を家に連れて帰ろうと決めた。


だが──


帰る途中、家の前でフィナの母が隣人と立ち話をしていた。

そして、その隣人こそが少年の母親だったのだ。


少年は恐怖に怯えた目でフィナの手を握る。

フィナもそれに気づき、慌てて言った。


「逃げて! できるだけ遠くへ!」


「フィナ、あんた何してるの? その子、隣の家の子じゃないの。お母さん、ずっと探してたのよ」

フィナの母の声が背後から聞こえた。


少年はすぐに捕まり、声も出せず、ただ無力に引きずられていった。


フィナは怒りを抑えきれず、母を問い詰めた。


「どういうこと!? あの子に何が起こってるか、知ってたの?」


「知ってたわよ。あの女が子どもの喉を刺したときからね。でも、それがどうしたの? 私たちには関係ないでしょう」


母のその冷淡な一言が、フィナの心に重くのしかかった。


それから数日後の曇り空、少女が一人、傷だらけの体で街を歩いていた。

右目には眼帯、手にはコンビニの袋。


「君……弟の姉さんでしょ? ここで何してるの? ……大丈夫なの?」


フィナが声をかけようとしたその時、少女は怯えたように身を縮めた。

フィナが手を差し出すと、反射的にそれをはたき落とす。


「……弟……無事?」

少女はか細い声で尋ねた。


「ごめん、私が……あの時、彼を家に戻してしまったから……」


「やっぱり……あなたが弟を帰らせたのね……」


少女の言葉に、フィナは拳を握りしめ、だが何も言えなかった。


「もう来ないで。これ以上、巻き込まれたくないの……お願いだから、忘れて」


そう言い残し、少女はフィナの前から立ち去った。


やがて空から、激しい雨が降り始めた。


そして──


フィナは血痕を見つけ、川のほとりに倒れている少女の姿を見た。

彼女は仰向けに倒れ、顔は血と泥にまみれていた。


「お願い……弟を助けて……私みたいには、なってほしくない……」


少女の最期の願いを聞いたその時、遠くから救急車のサイレンが鳴り響く。


だが、その時フィナは──少女の目が抉り取られていることに気づいた。


魂が抜けるような衝撃。雨の音が、すべてをかき消していく。


――


やがて、また血の跡。

フィナがそれを辿ると、橋の下で男と少年が睨み合っていた。


「このクソ哑巴ッ! 姉貴を殺したのはお前じゃないのか!? 今度は誰を殺す気だ!」


少年は、血まみれのナイフを握りしめ、毅然と立っていた。

喉からは声が出ないが、彼ははっきりと口を動かした。


(……僕は、もう逃げない……ごめんね、姉さん……)


その時の少年の表情が、今の林月に重なる。


過去、誰も救えなかった。

守りたいと思った人すら、手から零れ落ちていった。


だが──今回は、もう同じ過ちは繰り返さない。


林月が地面から手を伸ばし、先ほど落とした銃を拾い上げ、口にくわえる。


「やめてっ! 何してるのよ、それは冗談でも笑えないってば……!」


フィナは叫ぶ。爺爺は狂ったように笑っている。


林月は静かに銃を口から抜いた。


「……そうだな。俺もそう思うよ。悪い冗談だよな……」


彼は銃口を天に向け、引き金を引いた。


「パン! パンパンパン!」


空に響く銃声。


銃口から煙が上がるが、弾はすでに残っていなかった。


「……最初から空だったんだよ。さっきで撃ち尽くしてたからな」

林月はそう言って微笑む。


驚きで立ち尽くす爺爺とフィナ。

林月はその隙を逃さず、フィナの手を取り──彼女を爺爺の元から引き離した。

「な、なにしてるの……リンゲツ……ん……」

フィナは驚いたように彼を見つめた。


「ごめん、フィナ。これが今、俺にできる唯一のことなんだ。君を救いたい……もう二度と、目の前のすべてを失いたくない……

言っただろ? 神様がもう一度チャンスをくれたなら、俺は……自分のために、そして彼らのための世界を変えるって。」


リンゲツは声を張り上げた。その声は無理に強がっていたが、確かな決意に満ちていた。


「うん……本当のヒーローって、無理してるときにこそ、いつの間にかみんなのヒーローになってるんだよね……

じゃあ、運命はあなたに託すよ——おバカなヒーローさん。」


フィナは微笑んで、リンゲツの手をぎゅっと握りしめた。


リンゲツは一回転して跳び上がり、地面を力強く踏みつけた。


爺爺は杖を抜き取り、その中から鋭い刃を引き出した。


「お前みたいな大〇そっくりのクソ野郎が、何を——」


怒鳴る爺爺に、リンゲツは叫び返した。


「バカ! フィナを手に入れるのがそんなに難しいと思ってたのかよ!? ただ寂しかっただけだろ!?

あんたに近づいてくる家族って、結局金目当てじゃないのか? 心からあんたを想ってたのは、フィナだけなんだよ!


彼女は金のためじゃなく、心から家族だと思ってあんたに接してたんだ!


でもあんたは自己中だよ…… 失うのが怖いからって、彼女のすべてを奪おうとするなんて……本当に彼女だけがあんたに優しくした人だと思ってるのか?


俺の妹も、最初はあんたを尊敬してたんだよ。……俺だって、昔はそうだった。」


爺爺の手が空中で止まり、フィナとリンゲツを見つめながら冷や汗を流し、言葉を失った。


「寂しかっただけなんだよ、爺爺……」


リンゲツは続けた。「爺爺だけじゃない、ヴァルも同じだよ。フィナは彼に何をされても責めなかったし、

金や地位なんかじゃ態度を変えなかった……そうだよな、ヴァル?」


爺爺の背後に、血まみれのヴァルが立っていた。


彼の右顔面はほぼ崩壊していたが、まだ死んでいない。手には小さなナイフを持ち、爺爺の首に当てていた。


「だれも……誰もあの女を連れて行かせやしない……ぶはっ……」

ヴァルはそう言うと、再び大量の血を吐き出した。


フィナはその光景に吐き気を催し、目をそらした。リンゲツもまた、前を見据えたまま、思わず吐いてしまった。

フィナは困惑した表情で彼を見つめた。


「このガキがァ——」爺爺が口を開いた瞬間、ヴァルがナイフを彼の首に突き立て、鮮血が噴き出した。


その時、舌を出していた変態男が立ち上がった。


「ガキ! あいつを殺せばお前は許してやるぞーー!」と爺爺が怒鳴った。


男は手術刀を手にし、ヴァルの目に突き刺してグリグリと掻き回した。

ヴァルもナイフでその変態の舌を刺し、三人は狂ったように殴り合った。


パッ……パッパッ……パパパパッ!


その頃、フィナはリンゲツの手を握り、走っていた。


「やっと撒けたみたいね! ねぇリンゲツ、もっと早く走って!」


リンゲツは息を切らせながら言った。「ムリだよ……さっきの怪我がひどくて、もう体力が……」


二人は裏路地に入り、腰を下ろした。


フィナはリンゲツを見つめ、何か言いたげだった。

リンゲツも彼女を見たが、照れ臭そうに視線を逸らした。


「なに? そんなにひどい顔してる? この傷、すぐ治るってば。もちろん、私が手当てしてあげるからね!」

フィナは笑顔で言った。


リンゲツはポケットから一枚の紙を取り出した。以前、フィナの家で見たあの紙だ。


「ごめん……君の言うこと、聞けなかった。どうしても来たくて……

本当にごめん。でも、もうあんな結末は見たくないんだ。」リンゲツはうつむきながら言った。


フィナはその紙を受け取り、ビリビリに破きながら笑った。


「もう、バカみたい! こんなアニメのステッカーをずっと持ち歩くなんて!

しかも書いてあること、ぜんぶ無視してるじゃん……ははっ……」


リンゲツはフィナを見つめ、この世界に来てからの出来事を思い返していた。

もし異世界に来なければ、他人を助ける勇気もなかったし、抗うこともできなかった——


「もしあの時の俺が……何か変えられていたらな……」

リンゲツは遠くを見ながら呟いた。


その時、フィナがリンゲツの肩に顔を寄せ、そっと頬にキスをした。


リンゲツは驚いて彼女を見つめ、顔を赤くして慌てた様子で言った。


「な、なにしてるんだよ……」


「ふふ……別に、ただ感謝したかっただけ。

今の私、自分の気持ちをどう表せばいいかわからなくて……」

フィナは感謝の気持ちを込めて微笑んだ。


「思い出したんだ、ある物語を。姉を救うためにすべてを捧げた男の子の話。」


「物語? その結末は……どうなったんだ?」


「……後半の話だけど……

その男の子は声が出せなかった。どんな反論も、自分の声で伝えることができなかった。

でも、それでも彼は世界を変えたかった。


敵に向かって飛び込んだその瞬間——右手を一刀で貫かれた。


『お姉ちゃんはもう死んだのよ。くだらない平民のために無駄な努力なんてしないで。

あんたたちなんて、最初から無意味な奴隷だったのよ』と、母は冷たく言った。


『あんたたちが生まれたのは、ただの堕胎失敗だったのよ……』


その言葉の途中で、男の子の心は苦しみでいっぱいになった。彼は叫ぼうとしたが、声は出なかった。


『パァン!』


母の背後から鉄棒が振り下ろされ、血飛沫が舞った。彼女は地面に崩れ落ちた。


男の子はその姿を見ていた。頭から血を流し、苦しげな表情で倒れる母を。


『ごめんね、口出ししちゃって……』

鉄棒を持つフィナが、男の子のそばで小さく呟いた。


その夜、空は曇り、霧雨が降っていた。フィナと男の子は並んで歩いていた。


そのとき、フィナの携帯が鳴った。病院からだった。


あの少女の生命力が回復し、今は安静にしているとの知らせだった。


その晩、男の子は姉の病室のそばで泣き続け、

姉はずっと笑顔で、彼を慰めていた——」


リンゲツはその話を聞いて、そっとため息をついた。


「そっか……それは、よかったな。」


「よかったって……ふふっ。」

フィナは笑った。


フィナは立ち上がり、振り返って林月に尋ねた。


「そうだ、今夜、一緒にご飯でもどう?あの賑やかな通りに行こうよ!」


「えっ……いや、ちょっと待って。あんた、あのジジイのところを出てきたんじゃないの?それじゃ、お金なんてあるはずないじゃん?それに、外食なんて……」林月は緊張した様子で言った。


すると、フィナはポケットからキラキラと光るカードを取り出し、にっこりと笑った。


「大丈夫、このカードにはまだ何十万も残ってるんだから。バカね。」


林月はそのフィナの姿を見つめながら、微笑んだ。


「まったく……なんで急にそんなに前向きになったのよ?でも、誰かに縛られる人生より、自分の足で自由に生きる方が、やっぱりいいよね。もちろん、私もそうだよ!」


日が少しずつ沈み、街の明かりが灯り始める。通りはにわかに賑やかさを増し、人々が行き交う。 とりわけ、美しい女の子たちが目を引き、ついつい視線を奪われてしまう。 店の中からも賑やかな声が漏れ、まるでこの通りがみんなの集まる場所になっているかのようだ。人々がそれぞれの物語を語っている。 ――だけど、僕だけが、その輪の中に入れていない気がした。


僕は通りでフィナを待っていた。でも、何をすればいいのか分からず、スマホをいじりながら時間を潰していた。 このところ、本当に色んなことがありすぎた。画面をスワイプするたび、他人が夢を叶えていくのを見るたびに、心の中の揺らぎは強くなっていった。 もし、今回のきっかけがなければ――きっと、こんな考えすら浮かばなかったかもしれない。


目の前の輝く街並みを見つめながら、僕の思考は自然と幼い頃へと戻っていった。


あの頃の夢は、漫画家や小説家になることだった。その夢のために、必死で努力したこともあった。 でも、あの頃の僕は、まだ何一つ成し遂げていなかった。妹を殺した犯人すら見つけられていないし、やりたいことは山ほどあるのに、どこから手をつければいいのかも分からなかった。 このまま人生を終えるなんて――それはあまりにも、悔しすぎる。


ふと、シュナのことを思い出す。彼女は今、何をしているんだろう?


僕がそんな思考の渦に沈んでいた時、ひとりの中年の男性が近づいてきて、静寂を破った。


「おい、坊や。ライター、借りていいか?」


彼の目には、少しだけ焦りの色が浮かんでいた。 ポケットを探ると、たまたまライターと、一本吸われたタバコの入った箱があった。


「うん、これ、どうぞ。」僕はそれを差し出した。


男は受け取ると、煙草に火をつけ、そして笑いながら言った。


「一本、君もどう?」


僕は首を振った。


「いいえ、僕は煙草、あんまり得意じゃないんで。」そう言って、ライターはそのままあげることにした。


「そうかい、ありがとうな……」男は少し柔らかい目で僕を見つめた。


「こんなところで一人で、どうしたんだ? 誰か待ってるのか?」


スマホをポケットにしまい、僕は軽く頷いた。


「うん、待ち合わせしてて……一緒にご飯に行く予定なんだけど、あんまりこっちの街には来ないから、どこ行こうか迷ってて。」


男は笑って、前方を指差した。


「だったら、駅前の焼肉屋がオススメだな。あと、あっちの回転寿司も悪くないよ。」


その時だった。遠くからフィナの姿が見えてきた。彼女は走りながら近づいてきて、満面の笑みを浮かべていた。


「ははっ、ごめんごめん、林月! 待たせちゃった? 行こっ!」


僕は男に軽く頭を下げて別れを告げ、フィナと共に、夕食の店へと歩き出した。


ゴミ箱の前で僕は立ち止まり、ポケットからタバコの箱を取り出し、中身をそのまま捨てた。


「――こんなもの、もういいや。」


小さく呟いたその言葉には、ほんの少しの決意が込められていた。


「まだ、やらなきゃいけないことが山ほどある。もっと、ちゃんと人と向き合って、生きていかないと。」


たとえこれからの道が困難であっても、それが僕の人生。 そして、この物語は――まだ、始まったばかりなのだから。


やり直せる人生なら、今度こそ全力で頑張ってみせるよ。

実は元々まだ内容があったんだけど、次回でまとめるね!


第二章はあと一章残ってるから、楽しみにしててね!


次は第三章だよ。


来てくれた人、ぜひコメントと評価をお願いね!作者はすごく喜ぶよ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ