10 滅びがすべてを終わらせる ー夜咒編
「それじゃあ、悪霊族はここに隠れているの?」ティナカが不安げに尋ねた。
「その通りだ。」俺は頷いて答えた。「さっきの裸の男の話によると、彼女は確かにこの森でその力を得たらしい!」
夜の闇が深まり、俺たちはこの森の中を何十周も回ったが、あの少女の姿を見つけることはできなかった。森の奥へ進むにつれ、周囲の木々はますます枯れ果て、幹には呪いや侮辱の言葉が刻み込まれていた。一字一句が呪詛の痕跡であり、粗雑な呪いの絵まで描かれている。そのすべてから強烈な悪意が滲み出ていた。
やがて、俺たちの目の前に一本の血まみれの大木が現れた。幹には「死ね」と書かれた呪いの言葉がびっしりと刻まれている。その血文字は深く、鋭く、見る者に戦慄を与えた。
「これは一体どういうこと? これらの呪いは誰が書いたの? そして、誰に向けられているの?」ティナカは困惑した表情で尋ねた。
俺はその呪われた樹にそっと触れ、低い声で言った。「おそらく、誰が書いたのかは分かったよ。そして、これらの悪意が誰に向けられているのかを知りたいなら──確信できる。あの少女は、この近くにいる。」
「……君がそう言うなら、間違いないんだろうね……」ティナカは考え込むように呟いた。
「その通りだ。」俺は静かに答えた。
俺たちは森の奥へと駆けていく。進めば進むほど、胸の奥に湧き上がる嫌悪感と不快感が強くなっていく。ティナカの力も次第に弱まり、まるで何かに吸い取られているようだった。やがて、俺たちは一軒の白くてボロボロの家の前に辿り着いた。その周囲の木々は灰のように枯れ果て、死の気配に染まっていた。
「彼女は、この家の中にいるはずだ。」俺は断言した。
しかし、家の扉はしっかりと施錠されており、どれだけ力を込めても開かなかった。
その時だった──突然、一本の矢が横から飛んできて、俺の腕をかすめた。鮮血が瞬く間に溢れ出る。
俺は腕を押さえ、苦痛に膝をついた。
「ちょっと、大丈夫!? すぐに治療する!」ティナカが慌てて言った。
その時、あの裸の男が俺たちの前に姿を現し、大声で叫んだ。
「おい! テメェら、一体何を企んでいる!? まさか、あの可哀想な少女を殺すつもりじゃねえだろうな!? 俺は絶対にそんなことはさせねえぞ! 彼女は俺の大切な友達なんだよ!」
俺は傷を押さえながら、冷たく問い詰めた。
「友達? 笑わせるな。お前はただ、彼女を利用しているだけだろう。あの少女は、そんな力を使えるはずがない。お前はそれを分かっていて近づき、彼女を道具にして、自分の汚い殺人計画を遂行しようとしただけだろう。もう芝居はやめろ、クズ野郎。」
俺の言葉を聞いた男は、ニヤリと笑い、挑発的な口調で言い返した。
「バレちまったか? ククッ、お前らマジで哀れだな。こんな、一日中ゲロ吐いてる気持ち悪い女のために、わざわざこんなところまで来るとはよ! 俺はな、アイツの力を利用して、もっと別の女どもを潰すつもりだっただけだ。あんなブスで、何の役にも立たねぇ奴と、本気で友達になるバカなんかいるかよ?」
ティナカは、その言葉を聞くなり、表情を曇らせ、震える手を胸の前で握りしめた。
俺は静かに彼を睨みつけ、低く言った。
「お前にとっては、彼女はただの気持ち悪い存在かもしれない。お前は、ただ彼女の力を利用するために近づいた。でもな、俺にとって、彼女は強い意志を持った少女だ! 誰も、お前の基準で生きる必要はないし、誰も、お前なんかに価値を決められる筋合いはない!」
男は高笑いした。「ハハハハ! そんなくだらねえ幻想はやめろ! これが現実だ! この世界は、俺たちみたいな奴が支配するんだよ!」
俺は拳を握りしめ、はっきりと答えた。
「お前がどんなに嘲笑おうと、俺は自分の足で、自分の信念を証明する! 俺はもう、他人の声に怯えない。自分の心からも逃げない! 俺は、自分の存在する意味を理解している。そして俺は──この世界を救うために戦う!」
男は鼻を鳴らし、手の中に鋭い矢の刃を生み出すと、嘲るように言った。
「そうかよ。じゃあ、そんな愚か者はここで死ね!」
男の合図とともに、無数の矢が俺に向かって放たれた。俺の右頬と片目が貫かれ、鮮血が噴き出る。
「──今こそ、俺の力を使え!」ティナカは手を差し出し、力強く言った。「私の力を貸すよ。今度こそ、君が本当の能力者になる番だ!」
「……ティナカ、お前……『階級』のこと、もう分かってたのか?」俺は荒い息をつきながら尋ねた。
「ふん、そうさ。でも、それがどうした?」ティナカは微笑んだ。
ティナカの力が俺の体に流れ込むと、無尽蔵のエネルギーが満ち溢れた。俺は手を伸ばし、飛んでくる矢を次々とはじき落とす。そして、全力で前へと駆け出した。
男はすぐに拳を矢の力で覆い、猛虎のような勢いで突っ込んできた。
俺は身を翻し、拳風をかわすと、地面の砂を掴んで男の顔に叩きつけた。男は驚き、両腕を交差させて防御したが、俺はすかさず、その腕に強烈な一撃を叩き込んだ──
俺の拳が男の腕に直撃すると、骨が砕ける音が響き、鮮血が勢いよく噴き出した。
だが、次の瞬間──
俺の頭上に無数の矢が出現し、一斉に俺の体へと降り注いだ。鋭い矢の先端が肉を貫き、俺の口から血が溢れ出る。
「くそっ……!」
男は傷ついた腕で俺の顔を掴むと、その手からさらに大量の矢を放った。俺の顔面に直接撃ち込まれた矢が、眼球と口を貫通する。
「──っ!!」
視界が真っ赤に染まり、激痛が脳髄を揺さぶる。
しかし、その瞬間、ティナカの力が俺を包み込んだ。俺の傷はみるみるうちに回復し、貫かれた目も、裂けた口も元通りになった。
「……くそっ! しぶとい野郎だな……!」
男は舌打ちしながら、素早く短剣を取り出し、俺の顎を目掛けて鋭く突き刺した。そして、そのまま力いっぱい上へと引き裂く──
「ぐっ……!」
さらに、矢が次々と俺の体に撃ち込まれた。無数の矢が突き刺さり、全身が傷だらけになり、鮮血が辺りに飛び散る。
だが、ティナカの力がある限り、どんなに深い傷も、すぐに癒えていく。
「……ふざけるな!」
俺は拳を握りしめ、再び前へと踏み込もうとした。
しかし、その瞬間──
男が手に持っていた黒い液体の入った瓶を、俺の方へと投げつけた。
「なっ……!?」
ガラス瓶は地面に叩きつけられ、中の黒い液体が弾け飛んだ。それは俺の体に降りかかり、同時に男自身にもかかる。
「ぐっ……!」
黒い液体が触れた瞬間、体の奥から力が消えていくのを感じた。ティナカの力が……俺の体から、急速に失われていく──
「まさか、こいつは……!?」
「ククク……お前も俺も、もう能力は使えねぇよ……!」
男は不敵に笑いながら、俺を睨みつける。
俺たちはお互いに、能力を封じられたまま、再び対峙した。
「ハハハハ、クソ野郎め!他人の力を借りたところで、すべてを救えると思うなよ!」
男は狂ったように笑いながら叫んだ。
「お前も所詮、他人の力に頼る哀れな存在だ。そんな奴、この社会に何の価値もない!」
俺は何も答えず、ただ地面に散らばった割れたガラス片を拾い上げ、泥まみれの砂塵を掴むと──
それを勢いよく男の顔めがけて撒き散らした!
砂塵が視界を塞ぐ一瞬の隙を逃さず、俺は男に反撃の余地すら与えず、握りしめたガラスの破片を勢いよく──
その喉元へ突き刺した。
「これが……俺の力だ。」
俺は冷淡に呟き、鋭い眼差しで男を見下ろす。
「他人の力に縋るだけの奴に、俺を説教する資格はない!」
そう言い放つと、俺は喉元に突き刺したガラス片を力いっぱい引き裂いた。
鮮血が激しく噴き出し、男は呻き声をあげる間もなく、俺の拳をくらい、遠くへと吹き飛ばされた。
俺はゆっくりと立ち上がり、意識を失い地面に倒れ伏した男を見つめる。
何も言わず、ただ背を向けて歩き出した。
「おおお!すっごいじゃん!」
ティナカが興奮した様子で駆け寄ってくる。頬は少し赤らんでいる。
「能力ゼロの状態でここまでやるなんて、本当に驚いたよ!いや~、見直したね!ハハハッ!」
俺は何も返さず、ただ静かに、目の前の鍵のかかった扉に視線を向けた。
そして、力を込めて蹴りを叩き込む──
しかし、扉はびくともしない。
それを見たティナカは、すぐさま能力を発動させ、巨大な斧を作り出すと、勢いよく振り下ろした──
「バンッ!」
扉は粉々に砕け、開かれた。
中へと足を踏み入れると、目の前には荒れ果てた光景が広がっていた。
壊れた家具、散乱する物…… ほぼすべてが破壊され尽くされている。
壁には呪いの言葉や侮辱の文字が乱雑に刻まれ、割れた鏡には、壊れかけた一つの影が映っていた。
鼻を突く異臭が充満する空間。
俺は鼻と口を覆いながら、さらに奥へと進む。
その時、微かに聞こえた。
抑え込まれた嗚咽と、えずくような音──
その声は、浴室の中から聞こえてきた。
俺は迷わず扉を押し開けた。
次の瞬間、視界いっぱいに広がったのは──
黒く蠢く、異様な液体。
浴室全体に、粘つく黒い物質が溢れかえっていた。
そして、彼女は──
浴槽の中に横たわっていた。
浴槽の中は、煮え立つように揺らめく黒い液体で満たされていた。
彼女の手首には、新しい傷跡と古い傷跡が交錯し、流れ出る血が黒い液体と混じり合っていた。
彼女は震える手で刃物を握りしめ、己の手首を、何度も、何度も切り刻んでいた。
壁に書かれた呪詛の言葉。
その文字は、最初こそ他者からの罵倒だったはずだ。
だが──
今では、それらはすべて、彼女自身が自分を呪う言葉へと変わっていた。
「出て行け!」
彼女の声は枯れ果て、絶望と怒りが入り混じっていた。
「ここは、お前が来る場所じゃない!私に構うな!私は生きる価値のないゴミだ……!ただ利用されるだけのクズなんだよ……!私はこの世界にいるだけで邪魔者で……いつも無意識に人を傷つけて……もう、嫌なんだ……!」
「そんなこと、ない!」
俺は思わず叫んだ。
彼女を、これ以上傷つけさせるわけにはいかない。
だが──
彼女は怒りに満ちた目で俺を睨みつけ、憎しみを込めた声で言い放った。
「もう、こんな言葉にはうんざりだ!お前たち、ただ立派な言葉を並べて、勝手に励まし、‘自分は必要とされる価値があり、素晴らしいものを手に入れるに値する’とか言って……でも結局、お前たちも俺を捨て、俺を嘲笑っているじゃないか……」
彼女の声は震え、目の奥には絶望が満ちていた。まるですでに戦うことを放棄した野獣のようだった。
俺は拳を握りしめたが、反論できないことに気づいた——こんな痛み、こんな絶望には、言葉では届かない。
でも……俺はただ黙って彼女が死んでいくのを見ているわけにはいかないのか?
過去の記憶が脳裏をよぎった。
かつて、俺も絶望の淵に立ち、すべてを失い、立ち上がれず、何の言葉も受け入れられなかった。そのとき、妹が……彼女は一曲の歌詞で俺を闇から引き上げてくれた。
もしかしたら、この方法……彼女にも届くかもしれない。
俺は深く息を吸い込み、ゆっくりと彼女の前に歩み寄り、冷静な目で彼女を見つめた。
「君は信じないかもしれないが、俺は君がこうして死ぬのを見過ごすわけにはいかない。」俺は低く言った。「妹が言った言葉、それが俺を救った。」
「他人との出会いの喜びは、強くなる力になる。でも、本当の成長と強さは、決して他人に頼ることから来ない。もし、誰かが他人に頼らなければ強くなれないのであれば、その人は相手が去ったときに、脆弱になってしまう。真の力は、内面から来るものだ。」
「でも、だからこそ他人がそばにいることで、私たちは脆くならずに済むんだ。」
彼女は頭を垂れ、指先がわずかに震えたが、ゆっくりと首を横に振り、苦い声で言った。
「わからない……私はあなたみたいにはできない……他人に頼ることも、信じることも、どうしていいかもわからない……‘他人に頼らない’って、どういうことなのかすら、わからない。」
彼女の目は光を失い、すべてを見透かしたようだった。
「私は毎日生きているだけかもしれない……機械的に無意味な苦しみを繰り返しているだけ……こんな私……ほんの少しの存在価値を探しているだけなんだ……」
その時、周囲の黒い物質が突然沸騰し、波のように俺に押し寄せてきた——
「もし本当にそう思うなら、そうすればいい……」
暗闇が俺を飲み込み、重圧が息を詰まらせるほど迫ってきた。
彼女は立ち上がり、唇をかみ締め、口角から血が滴り落ち、低く囁いた。
「ごめんなさい……私の力では、もう生きる希望なんてない……だから、ここから離れて……」
黒い物質が俺から剥がれ落ちていく。彼女はこれで俺が諦め、倒れると思ったのだろう——
だが、違った。
俺は再び立ち上がり、顔の汚れを拭い、拳を握りしめて、低く言った。
「見ろ、君が何をしても、俺は倒れない。君の攻撃なんて、俺には効かない……他人に影響されるな、バカ!」
俺は彼女の前に歩み寄り、指を指しながら言った。
「もう終わったんだ、無駄な抵抗はやめろ。」
「違う、違う、違う……」
彼女は突然顔を上げ、激しく反論した。「お前たちにはわからない!どんなに努力しても、どんなに変えようとしても、結局は同じなんだ!」
「この能力はお前には効かない。でも他の人には効くんだろ!お前はただ自分の考えだけで動いてるだけだ……」
言い終わると、彼女は再び口から大量の黒い物質を吐き出し、震えながら浴槽に座り込んだ。まるで耐えがたい苦しみを感じているように。
「だから言っただろ……これは呪いだ。」
彼女は胸を押さえながら、低く囁いた。
「私の家族はみんな、これが原因で耐えられなくなって、自殺してしまった……あなたには私の痛みが理解できない……あなたは自分が言いたいことが正しいと思っているだけだ……」
——他人を理解できず、ただ自分の方法で他人の心情を推測している。
これって……弟が最後に私に言った言葉じゃないか?
「やっぱり、私は永遠にこうやって生き続けるんだろうな。」
「でも、ひとつだけ絶対に諦めないし、忘れないことがある——」
「それは、もう二度と誰かが私の前で死ぬのを見たくない!」
「私は何もできないし、他の人たちのように強い能力もない……でも、どんなことがあっても、私は全ての人を救いたい!このひどい世界を変えたい!」
私は手を差し伸べ、彼女の方を指し示した——
(何度でも、あなたもこう信じてほしい。私たちがちょうど良い自分になれるのは、あなたがみんなの側にいるから。あなたの笑顔と振る舞い、手にしたいものは、他の人々が憧れるもの……たとえ触れることができなくても構わない、この世界には、あなた一人だけでなく、私たちを優しくしてくれる人もいる。)
母が私に言った言葉が脳裏に浮かんだ。
母は父と離婚したのは、長年の家庭内暴力に耐えきれなかったからだった。私がみんなにいじめられても、誰も助けてくれなかった。友達を作るのを諦めたとき、唯一母だけが私にこう言った。
彼女はよく家庭内暴力を受けていたが、離婚前の数日間、別の結末——私たちを救う結末を願っていた。
母は私にこう言った——
「たとえあなたがすべてを諦めて、みんながあなたにひどくして、誰も信じてくれなくても、それは間違いだよ。実は、あなたのために生きる理由と力を見つけた人もいるんだよ。この世に、最初から強い人なんていないし、最初から何の価値もないゴミなんていないんだよ。
私はその少女に向かって歩み寄った。
…
彼女は私の顔に血を吐きかけたが、私は手でそれを拭き取り、彼女が自殺しようとしている切り傷がついた手を見た。
「もう……十分だろ。」
私は低く囁きながら、彼女の手を掴み、彼女が握っていたナイフを自分の手のひらに押し付けた。手のひらから大量の血が流れ出し、私は彼女が続けないようにしようとした——
「あなた……いったい何をしているの……?」
彼女の声は震え、突然の行動に驚いているようだった。
「もうやめて、十分だよ……これ以上はやめよう……お願い……」
彼女は無力に叫んだが、私はただ彼女の手をしっかり握り、掌から溢れる血の温かさを感じた。
「私はあなたのこと、あなたのすべてを理解しているわけじゃない。」
「でも、今は……そんなことを話している時じゃない。」
「たとえ手があなたの心に届かなくても、どうだっていい!」
私はそのナイフを力いっぱい投げ捨てた。
金属が地面に落ちる音が、重い空気の中で響いた。少女はぼう然と私の手を見つめ、目の中に少しの揺れが見えた。
「どうして……」
彼女の声はかすかで、私がなぜこんなにも執着しているのか、理解できていないようだった。
私は深く息を吸い、絶望に満ちた彼女の顔を見つめ、ゆっくりと手を差し伸べ、手のひらを彼女のそばに優しく置き、強い口調で言った——
「もし本当にあなたがそんなに苦しんでいるのなら、その苦しみをすべて私に渡してくれ。」
「私がそれを引き受ける。」
言い終わると、周囲は静まり返った。
——そして、光が灯った。
温かくて柔らかな、その光は闇を払うように広がった。
少女は目を見開き、私の手から湧き出る光を見つめた。
「これ……この光は何なの……?」
彼女の声は驚きに満ちており、同時に彼女の周りの黒い物質が揺れ始め、ゆっくりと私の方へと集まり始めた。
——いや、集まるのではなく、むしろ……その光に飲み込まれていった。
「あなた……まさか……」
彼女は信じられないように私を見つめ、その目には動揺と困惑が浮かんでいた。
「あなたは……何の能力も持っていないんじゃないの?」
彼女の声には躊躇いがあり、何か信じられないことを発見したようだった。
私はただ微笑み、透明になりつつある闇を見つめ、低く答えた。
「それがどうした?」
「うん、確かに私は能力を持っていない。」
私は軽い口調で彼女の質問に答え、しかしその中には揺るぎない決意が込められていた。
「でも、それがどうした?」
少女はぼう然と私を見つめているようだった。何かを確かめるように、しばらく沈黙した後、彼女は傷ついた両手を強く握りしめ、低く尋ねた——
「本当に……そうなの……」
「こんなことを言うのは変かもしれないけど……あなたがこの力を吸収してくれるの?」
彼女の声は震えており、何か大きな勇気を振り絞って話しているようだった。
私は迷わず頷き、口角に微笑みを浮かべた。
「うん、もちろん。」
「もしこれがあなたを助けるのなら、私はもちろんそうするよ!」
言い終わると、私はためらうことなく両手を伸ばし、彼女の手を優しく握った。
その瞬間、四方から黒い物質が波のように押し寄せ、私の体の中に流れ込んできた——
刺すような痛みが全身を駆け巡り、まるで何か熱いものが意識を喰らっているかのようだった。しかし、それは重要ではなかった。
——なぜなら、少女の表情が変わったからだ。
彼女は自分の手を見下ろし、わずかに震えながら、信じられないように拳を握りしめた。
そして、涙が零れ落ちた。
「……まさか、本当にこんな日が来るなんて……」
彼女は震える声で呟き、そっと私を抱きしめた。
「誰かの手によって救われるなんて……私はもう、すべてを諦めていたのに……」
「今の気持ちを、どう表現すればいいのか分からない……」
彼女の声は震えていたが、それは今までにない温かさを帯びていた。
「ふふ……」
突如として、静寂を破る笑い声が響いた。
「なるほど、力を持たない者でもこんな使い方ができるのね……」
どこか楽しげな声が響き、見覚えのある人影が歩み寄ってきた。
ティナカは腕を組み、私たちを見下ろしながら微笑む。その口調には、わずかな称賛の色が滲んでいた——
「すべてを救えるなんて、素晴らしいじゃない。」
「お前みたいな下層の人間が誰かを救うなんて、初めて見たわ……」
「ふふ、正直、見直したわよ。」
彼女は微笑みながら軽い口調で言ったが、その言葉には確かな本気が感じられた。
——その瞬間、屋敷の外で炎が燃え上がった。
それは、あの男が最後の力を振り絞って生み出した、絶望の焔だった。
彼は炎の中でふらつきながら立ち上がり、狂気に満ちた歪んだ目でこちらを睨みつける。
そして、冷たい笑みを浮かべた。
「……お前ら、下等なゴミどもが……」
彼は歯を食いしばりながら低く唸った。その声はしゃがれ、憎しみに満ちていた。
「俺はたとえ死んでも……誇りを取り戻す!!」
「お前みたいな悪魔が、偉そうに……結局、お前も他人に頼らなきゃ生きていけないじゃないか!!」
そう言い放つと、彼は迷いなく手にした薬と炎を自らの身体に振りかけた——
瞬間、烈火が彼を飲み込んだ。
燃え盛る炎が空気を歪ませ、男の姿は火の海の中で次第に霞んでいく。
彼の存在が、この炎とともにすべて焼き尽くされていくかのようだった。
「……私もかつて、自ら命を絶つ覚悟をしたことがあった。」
少女は燃え上がる炎を見つめながら、静かに語った。その声は低く、それでいて確かな決意が込められていた。
「でも今は、もうそんな考えはない。」
彼女の瞳には、揺るぎない光が宿っていた。まるで過去との決別を誓うように、強く拳を握りしめる。
「昔……お前と出会ったせいで、私はすべてを失った。でも今は、もう運命になんて負けない!!」
彼女は力強く叫んだ。それは、あの男への別れの言葉であり、過去の自分への宣言でもあった。
——しかし、炎はすでに私たちの進路を完全に塞いでいた。
私は焦りながら、前方の出口を見つめる。
「まずい……!道が塞がれてる……!!」
その時——
無意識に腕を振った瞬間、私の手のひらから黒い物質が噴き出した!!
私は目を見開き、呆然と自分の手を見つめた。
「こ……これは……」
「力……?!」
「まさか……あの男の力を吸収したのか?!」
興奮がこみ上げ、私は拳を握りしめ、思わず叫んだ——
「やった……!!」
「これで……俺もついに能力を操れる……!!ついに、この異世界で……」
しかし、言葉を言い終わる前に——
「おいおいおい!!!バカ!!!」
ティナカが大声で叫び、顔を引きつらせていた。
「今は喜んでる場合じゃないでしょ!?炎がすぐそこまで迫ってるんだから!!」
——ドン!!
次の瞬間、天井の木材が崩れ落ち、危うく私に直撃しそうになった。
「うわっ……はは、すまんすまん……」
私は苦笑しながら、すぐに意識を切り替え、燃え盛る炎に向かって手を伸ばした。
「……いくぞ!」
私は深く息を吸い、黒い物質を一気に解放した。
それは激しい波のように渦を巻き、炎へと突き進んでいく。
燃え盛る炎は大きく揺らぎ、その黒い波に飲み込まれるように、次第に勢いを失っていった。
私は振り返り、少女を見つめる。そして、確信を持って微笑んだ。
「今こそ、お前の力が必要な時だ!」
「一緒に、この力ですべてを救おう!」
少女は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに口元に微笑みを浮かべた。その瞳には、言葉では表せない光が宿っていた。
「……うん!」
彼女は微笑んだ。
それは、今までにないほど率直で、自信に満ちた笑顔だった。
彼女は迷いなく、自らの力を解き放った。
私の黒い物質と共に、彼女の力が炎を飲み込み——
——轟然!!
燃え盛る炎は、完全に消滅した。
私はしかし、一度にあまりにも多くの力を解放してしまったため、視界が暗転し、全身に激痛が走り——
そして、意識を失った——
——
再び目を開けたとき、空はすでに温かな夕焼けに染まっていた。
橙紅色の夕陽がすべてを照らし、空気の中にはもう灼熱の気配はなく、代わりに静けさと温もりが広がっていた。
「目が覚めたのね!」
少女の声には明らかな安堵と歓喜が滲んでいた。
彼女は迷わず私を支え起こし、そしてそのまま強く抱きしめた。
彼女の身体はわずかに震えており、先ほどの恐怖と不安がまだ完全には消えていないようだった。
「よかった……本当によかった……」
彼女はぎゅっと私を抱きしめながら、心からの安堵と喜びを滲ませた声で呟いた。
一方、ティナカは腕を組みながら、笑みを浮かべて私たちを見ていた。
「ふん、まったく、無茶ばかりするやつね。」
私は苦笑しながら、そっと少女の背中を軽く叩き、それから少し距離を取り、彼女の瞳を見つめた。
「うん、本当によかった。」
「これからもし何か困ったことがあったら、また俺を頼ってくれよ!」
私は笑いながらそう言った。その口調は軽やかだったが、そこには確かな誠意が込められていた。
少女は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「……うん。」
彼女は静かに頷き、その瞳には輝きが宿っていた。
「ありがとう。」
彼女はふと顔を上げた。
夕陽の輝きが彼女の顔を照らし、その笑顔をひときわ輝かせていた——
「私の名前は——夜咒。」
彼女の声は優しく、そして力強かった。
「これからも、よろしくね。」
橙紅色の陽光が降り注ぎ、彼女の笑顔を包み込む。
この瞬間、時間が止まったかのように感じられた——
それは、彼女の人生で初めて心から浮かべた、本当の笑顔だった。