01 新たな始まり
目の前がぼやけている。痛い……そうだ、私の名前は林月。でも……今の私は何が起きているのか、全く理解できない。
まるで激しい運動をした直後のように、全身が鉛のように重く、力が入らない。
痛い……目に映るのはいつもの景色ではなく、深い青色の大海だった。波が絶え間なく私の体に打ち付けてくる。
その時、ようやく気が付いた。全身が血にまみれていることに。そして、左目は完全に見えなくなり、視界はぼやけたままだ。
最悪だ……一体何が起きているんだ……。
息が、苦しい。全然吸えない。肺に酸素が入らない。喉元から締め付けられるような感覚が続き、頭がくらくらする。
くそっ、一体何なんだこれは! この状況を理解できない自分自身に苛立ちが募る。バカ野郎……!!
その瞬間、頭の中に幾つもの記憶の断片が浮かび上がった。それは私自身の記憶ではなかった。
そこに現れたのは、全く見覚えのない一人の男。血まみれの口からは、赤い鮮血が次々と溢れ出している。
そして別の記憶の断片では、複数の裸の女性たちが映し出された。彼女たちは、その男に衣服をすべて剥ぎ取られ、無残な姿を晒していた。
男は女性たちの体に噛みつき、その肉を貪り食らっていた。内臓や器官を引きずり出し、食べ散らかす光景……目を背けたくなるほどの惨状だ。
――その瞬間、突然、白い閃光が視界を貫いた。
「パタン……ジジジジ……」
機械のような音が耳に残る中、私は意識を失った。
どこか別の場所で、ある男が崖の上に立っていた。煙草を口にくわえ、淡々と煙を吐き出しながら、低い声で呟く。
「ふぅ……ようやく終わったな、ボス……。クソガキ、また来世で会おうぜ……」
そう言い終わると、男は吸い終えたばかりの煙草の吸い殻を無造作に崖下へと投げ捨てた。
吸い殻は風に流されながら、下に転がる血まみれの男の死体へと落ちていく。
その死体は全身が血に染まり、下半身と内臓は腐り果て、左目は完全に爛れていた。
冷たい夜風が吹く中、その死体だけが静かに横たわっていた。
………『パタン…ジジジジ…』……
再びあの音と白い光を聞いた時、目の前に広がっていたのはもうあの深い青色の海ではなく、見たこともない光景だった。
ここにいる人々が着ている服は、私が知っている世界のものとほとんど変わらないように見える……しかし……ここにいる人たちはどう見ても普通の人間ではない。
動物の耳や尻尾を持った者たちがいるのだ……。
その時、ふと道端の鏡に目を向けた。鏡に映る自分の姿を見て驚愕した。
そこに映っている私は、左目は無傷で、体のどこにも傷一つなく、痛みも全く感じない……。
だが、その代わりに、鏡に映っていたのは見覚えのない男の顔だった……。
私は隣の通りを見つめた……間違いない、私は別の世界に来てしまったのだ。
そして、この世界では私自身が完全に別人になっていた。姿も顔立ちもすっかり変わっている……。
待てよ! ということは、過去に起きたすべての出来事をやり直せるってことか?
そうなれば、自分の運命や未来をもう一度変えるチャンスがあるじゃないか。
私は緊張しながら両手を握りしめ、興奮して前を見つめた。
以前の世界では、私は友達も彼女も一人も作れなかった……それどころか、女の子に触れたことすらない……(いや、もしかしたらあるかもしれないけど、覚えていないだけかも……)。
でも、ここは別の世界だ。つまり、堂々と彼女を作れるってことじゃないか?
いや、それどころか、ナイスバディの女の子を彼女にすることだって可能だ!
そう考えるだけで胸が高鳴る!
私はこれまで見たことのない広大な街並みをぼんやりと眺めていた。
この世界の街は少し古びた感じがするけれど、驚くほど綺麗な女性が多い。
うーん……どうやって声をかければいいんだろう?
少し緊張するし、ちょっと怖い。
そんなことを考えながら歩いていると、道端にとても美しい女性を見つけた。
彼女は驚くほど美しく、まるで悪魔のような雰囲気をまとっていた。
小さな牙まで持っていて、まさに悪魔のようだった。
私は意を決して声をかけようとしたその時だった。
背後から煙草を吸いながら近づいてくる、ひげ面の中年男が現れた。
その男はまるで乞食のようなみすぼらしい服を着ていて、全身から強烈な汚臭を漂わせていた。
彼女が私に話しかけてくれるのかと思いきや、彼女は突然嬉しそうにその中年男の方へ走っていった。
「あなた、私の旦那様になってくれませんか?」
彼女は興奮した様子でそう言った。そして、その中年男は何の迷いもなく彼女の頬に大きなキスをした。
次の瞬間、二人は街中で堂々と口づけを始め、その男は彼女の服を脱がし始めた。
この不愉快な光景を見ていられなくなった私は、すぐにその場を離れて走り出した。
心の中では叫び続けていた。
「くそっ……こんな中年男にまで負けるのか? 俺は本当に何も勝てないのか?」
文句を言いながら、私は再び街を歩き続けた。
しばらく歩くと、巫女帽を被り、不気味な笑みを浮かべた太った女性を見つけた。
彼女は手に魔法の杖を持ち、それを使って隣の花に水をやっていた。
その家からはさらに太った男性が出てきて、女性の背後に立つと、いきなり彼女の服を脱がし始めた……。
「なんなんだよ、この世界の人間のセンスと価値観は一体どうなってるんだ!」
思わず声に出して愚痴ってしまった。
その時、ふとあることを思い出した。
この世界の住人は魔法が使えるらしい……。ということは、俺だって魔法を使えるんじゃないか?
ふふん、これこそ俺の見せ場だろう!
そう思いながら、魔法を試してみたが……5回、6回とやってみても、何も起きない。
魔法の気配すら感じられない。それどころか、試しすぎて腕が痛くなってきた。
それでも何も起こらない。
「くそっ……この世界には何か期待できるものがあると思ったのに。
よく考えたら、何もないじゃないか……もしかして、魔法を使うには杖が必要なのか?
それとも他に条件があるのか?……わけがわからない、俺は今一体どうなってるんだよ!」
私がそんなことを考えていた時、突然後頭部に強い衝撃を受けた。
後頭部に激しい痛みが走り、瞬間的に意識が白く飛びそうになった。
傷口からは鮮血がどくどくと流れ出し、その血は目や口からも滴り落ちていった。
振り返ると、そこには鉄パイプを手にした男が立っていた。
その鉄パイプには、私の血が一筋滴り落ちていた。
その男は、厳しい口調で、そしてあからさまに挑発するような態度で言い放った。
「お前誰だよ? 誰がこの街をのこのこ歩いていいって許可したんだ? どうした、死にてぇのか? クソ野郎が……!」
そう言うが早いか、男は鉄パイプを再び振り上げると、今度は私の腹に思い切り叩きつけてきた。
「ぐっ……うわぁぁぁぁ……うぅぅぅぅ……オェェェェ……」
呻き声を上げながら、私はその場に崩れ落ちた。
私は苦しみながら地面に転がり、狂ったようにのたうち回っていた。
その間にも腹部からはどんどん鮮血が流れ出し、着ていた服はすっかり血で真っ赤に染まっていた……。
痛みと怒りで我を忘れ、私は怒鳴り声を上げた。
「お前……お前、一体何してやがるんだ! クソが……死ねよ! クソ野郎が……!」
そう言い終わるか終わらないかのうちに、その男は再び私を激しく蹴り飛ばした。
そして、今度は私の両手を踏みつけ、逃げられないように固定すると、鉄パイプで容赦なく私の体を何度も叩きつけてきた。
男は冷笑を浮かべながら、軽蔑したように言い放った。
「自分のランクを確認してから物を言えよ、バカが!」
「ランク……? なんだよ……お前、一体何を言ってるんだ……?」
私は緊張しながら問い返した。
恐怖と困惑で頭が混乱し、言葉がうまく出てこない。
その時、近くの路地の奥から、一人の細目の男が姿を現した……!