第9話 再会
「すみません。注文いいですか。」
「わかりました。少々お待ちください。」
オレがやっているのは少し大人びた雰囲気のあるカフェのホールスタッフだ。このカフェには結構長いことお世話になっている。
突然女になってしまったときは何かが変わってしまっているんじゃないかと来るのが怖かったのだが、制服も男女共用だったし、店長もほかのスタッフも以前と何も変わらなかったので、安心してこのバイトを続けていた。
今日はなんだか気分がいい。さっき玲奈と一緒に映画を見に行ったからだろうか。なかなか普段はできない体験が味わえてそのあともルンルンだった。
「今日は元気がいいね。」
店長からそんなことを言われるくらいには感情が表れていたようだった。
カランカラン。
扉につけられたベルが来客を知らせる。彼はいつもと同じようにいらっしゃいませと言って席を案内しようとした。
「あれ、悠じゃん。」
なんだか聞き覚えのある声がした。耳心地のようい低音のよく出た男らしい声だった。
悠と呼ばれたことになつかしさがよみがえる。それは中学校時代のあだ名だ。だとしたら、目の前の男は。
「もしかして、健か。」
「そう、そうだよ。ひっさしぶりだな。」
それは中学校時代の同級生、健こと小林健一郎だった。
健一郎の顔を見ると、昔の思い出が一気に蘇ってきた。中学時代、一緒に部活をやっていたり、放課後にゲームセンターに通ったりしたことが、まるで昨日のことのように感じられた。だけど、同時に少し緊張が走る。今の自分の姿を見て、彼がどう反応するのか、心のどこかで不安を感じていた。
「元気にしてたか?」
「おう、元気元気。お前も、あんまり面影は変わってないな。っていうか、ここで働いてるのか?」
健一郎は笑顔でそう言ったが、その視線がどこか探るような感じがして、少し居心地が悪かった。
自分が「変わっていない」という彼の言葉に、どう返していいかわからなかったが、無理にでも笑顔を作り、頷いた。
「そう、ここでバイトしてた。そっちは?」
「俺か? 俺は、ちょっとぶらぶらしてたって感じかなまあ、そこそこやってるって感じかな。」
特に意味のない言葉のやり取りをする。この時間にオレはとても懐かしさを感じていた。
「なあ、ひさびさにさ…。」
健が何かを話そうとしたとき、別のテーブルからの呼び鈴がなる。
「ちょっとごめんね。今結構忙しくて。」
そう言ってホールの業務に戻る。残念ながら再開の時間は長くは取れなかった。
「ちょっと待って!」
振り返って戻ろうとしたとき健から呼び止められた。
「どうしたんだ。」
オレは仕事があるので急かすように返事をした。
「あのとき交換したフェースブックってまだいきてる。」
少し不安げで緊張した感じで健はそんなことを聞いていきた。
「んー。消してなかったからまだいきてるはずだけど。」
オレがそう返事すると彼の表情はぱっと明るくなった。
「そういうことなら、また連絡するわ。」
「そう、ありがとう。」
急ぎの用があったのでオレは雑に返事をすると、業務に戻った。
健は注文していたコーヒーを一気に飲み干すと、勢いよく店から出ていった。
健と出会ってから少し時間が立ってから、バイトで暇な時間ができたときに彼との思い出を振り返っていた。
オレが健と過ごしたあの中学時代は、楽しいこともあれば、苦い思い出もあった。彼とは一緒に笑い、時には喧嘩もし、青春の一部を共有していた。彼は突然やってきたので、オレは何も考えずに昔のようにあいつと応対していた。
けれど、彼が店を出ていった後、何とも言えない不安が胸を締め付けた。オレの中にある記憶は男同士で一緒に遊んだときのことだ。でも今オレは産まれたときから女であることになっている。
オレと健との関係はどんなものだったんだろうか。
頭の中にははっきりと鮮明に思い描けるはずなのに、健と記憶を共有できていない恐ろしさが不安の正体だと悟った。
さっきまでの健はオレの記憶と何も変わっていなかった。なら逆にどんなことが変わってしまっているのだろうか。
「悠真さん、ちょっとこれお願いできますか?」
そんなことを考え堂々巡りになっていたときスタッフの一人から声をかけられ、我に返った。今は仕事に集中しよう。変な考えはあとで整理すればいい。オレは気を引き締め、ホール業務に戻った。
その夜、自宅に戻ったオレは、どうしても健のことが頭から離れなかった。あの笑顔、そして彼の目に映った今のオレ。そのすべてが気になって仕方がなかった。
「健、昔の俺達ってどんな感じだったんだ…?」
オレは深いため息をつきながら、スマホを手に取り、フェースブックのアカウントを確認した。そこには、何年も更新していない自分のプロフィールが残っていた。
その瞬間、通知音が鳴った。健一郎からのメッセージだ。
「お疲れ、久しぶりに話せて嬉しかった。今度、もう少し時間を取ってゆっくり話そう。変わったこととか、色々聞きたいんだ。」
オレはそのメッセージを見て、しばらく無言で画面を見つめた。どう返事をすればいいのか、少し悩んだが、結局短く「うん、また話そう」とだけ返した。
それから布団に入っても、健の言葉が頭を巡り、なかなか眠りにつけなかった。あのときを境なにが変わったかを知りたいが、怖くて行動に移せない。
健と次に合えば知らない自分のことを離されるかもしれない。
オレはその時が来るのを、少し怖く思いながらも、どこかで期待している自分に気づいていた。




