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第8話 映画館

気分の浮き沈みが激しくて彼女によくない態度をとってしまった。


数日たって体調はだいぶ回復してきたが、申し訳が立たず彼女と再会するのが一番いやなことに感じてしまっていた。


玲奈はオレの気持ちを感じたのか、ここ数日間会いにきたり、連絡をよこすようなことはしてこなかった。それは明日こそ謝ると覚悟を決めていたオレにとっては肩透かしのようでもあったし、半ばうれしくもあった。


今日は大学の授業がない土曜日。家でゴロゴロと過ごし、スマホに流れてくる動画を見続けるだけの時間を過ごした後、バイトに向かうだけの日になるはずだった。


ピコっとスマホがなる。通話アプリの通知が来ていた。


どんな内容だろうか。大学ではほとんどやり取りをする友達がいないオレにとって、その通知はおそらく玲奈からのものを知らせたのだろうと予想できた。


「今日、お時間があれば映画に行きませんか。」


玲奈らしい少し遠回しにも思える遠慮深い誘いの文言が書かれていた。


謝ると決めていながら彼女から連絡が来るまで何もしなかった自分に罪悪感を抱きつつ、オレは了承の返信を返した。


時刻は昼の3時ごろ、バイトが始まるだいたい2時間くらい前のことだった。




人気の多い街の中心部にある駅前で、オレは彼女を待っていた。もう30分くらいは過ぎただろうか。


「悠真さん、お待たせしましたか。」


時計を見ると集合時間の30分前。遠くで待っている自分を見かけたからか少し小走りで走ってきた後、彼女はおそるおそる話しかけてきた。


「いや、全然待ってないよ。私もちょうどきたところだから。」


本当は1時間くらい早く来ていたのだが、彼女にそれは悟られたくなくて嘘をついた。


玲奈が少し安心したように笑みを浮かべたのを見て、オレは胸の奥が痛むのを感じた。彼女に対する自分の行動を思い返し、改めて謝罪の言葉を口にしなければならないと強く思った。


「玲奈、あのさ...。」


オレが話し始めると、彼女は少し驚いたように顔を上げた。


「最近、私があまり連絡を返せなかったり、会うのを避けていたりしたこと、本当にごめんね。正直に言うと、なんとなくあなたに会うのが怖かったんだ。」


玲奈は一瞬黙り込んでから、静かにうなずいた。


「わかります。私も悠真さんに何か悪いことをしてしまったのかと不安でした。でも、こうして話してくれてうれしいです。」


オレはほっとしたような気持ちになりながらも、自分が彼女を傷つけたことを改めて認識した。


「本当にごめんね、玲奈。」


どれだけ頭をひねっても、口から出てきたのはその言葉だけだった。正直にその時は体調が悪くてとか言い訳が頭の中をくるくると行き来するが、そんなことをいうのは男らしくないと思った。


玲奈は再び笑みを浮かべる。


「大丈夫です、悠真さん。何も言わなくても。あなたが私を大切に思おうとしてくれていることは伝わりました。」


と穏やかな声で答えた。


二人の間に一瞬の静寂が流れた後、玲奈が先に口を開いた。


「映画の時間、そろそろですよね?行きましょうか。」


オレはうなずき、玲奈と一緒に映画館へ向かって歩き出した。自分より年下の人にうまく気を使ってもらった感じがして気恥ずかしかった。


長い長い30分間だった。




受付には結構な列ができていた。見る映画は先週あたりに公開された大学生同士の恋愛を描いたものだった。


オレは映画を見ることなんてほとんどしないから、こういった映画がこんな人気を博しているとは知らなかった。大学の近くの映画館だからか、周りを見ると大学生くらいの男女が心なしか多かった。


「結構並んでますね。」


彼女もそこまでの人気があるとは予想してなかったようで、少し驚いた様子だった。


「仕方ないですが、並びますか。」


オレは彼女の提案にうなずき、二人で列に並んだ。人が多く、思っていた以上に時間がかかりそうだったが、玲奈との時間を大切にしようと心を落ち着けた。


並んでいる間、オレたちは何気ない話を交わしていた。最近見たドラマの話や、次の休みにどこかに行きたいという話。玲奈は意外にもアニメが好きで、最近見たアニメについて熱心に話してくれた。オレは彼女がこんなにアニメに詳しいとは思っていなかったので、驚きつつも彼女の話に耳を傾けた。


列が進みようやく自分たちの番が回ってきた。


「席の場所はここで、飲み物はこれで、悠真さんは、どうしますか。」


「だったら私はオレンジジュースで。」


「あと、ポップコーンもつけてください。」


お会計の話になったときオレは準備していた財布を取り出し、まとめて支払いますと言い切った。


やっとのことでチケットを購入し、映画館の中に入ると、心地よい暗闇が広がっていた。玲奈と並んで座り、ポップコーンを分け合いながら映画が始まるのを待った。


「お支払いありがとうございます。悠真さんは優しいですね。」


彼女の前でかっこいい振舞いができたうれしく、3000円以上の大学生には痛い出費も気にならなかった。


映画が始まると、周りの世界が一瞬にして遠のき、スクリーンに集中した。物語は大学生同士の切ない恋愛を描いたもので、登場人物たちの感情がリアルに伝わってきた。


大学2年生の男と、その後輩の女子。まるで今のオレと玲奈を重ねたような。


ふと隣を見ると、玲奈が映画に集中している様子で、目を潤ませていた。


「泣けるよね、これは…。」


オレは小声で彼女に話しかけた。


玲奈は静かにうなずき、「そうですね、こういう話には弱いんです。」と、目を拭いながら答えた。


映画が終わり、エンドロールが流れる中、玲奈はオレに感想を聞いてきた。


「どうでしたか?」


「とても良かったな。二人が最後には仲直りして幸せそうになってたのが、とても。」


少しつまりながら、正直に出てくる感想をゆっくり言葉にした。


「それは…、よかったです。」


そんな言葉を聞いた彼女は、一転して満開の花のような笑顔を見せた。


彼女の笑顔を見ると、こちらもうれしくなる。映画の最後のシーンで喧嘩していた二人が仲直りする情景が浮かんできていた。


今のオレと玲奈を登場人物に重ね合わせる。玲奈はもしかしてオレのこと。


そんな想像をするがブルブルと首を振る。そこには一番大きな違いがあるんだ。オレは女の子で玲奈も女の子。だから、玲奈は友達としてオレにかかわってくれているんだ。


自分がもとから女の子として生まれたことになっていたことを思い起こし、オレは冷静になった。


「突然、どうしたんですか。」


「いや、なんでもないよ。ただちょっと考え事してただけ。」


急に挙動不審になったオレに彼女が心配そうに呼び掛けてきたが、ごまかすことしかできなかった。


エンドロールが流れ切ったことを確認したオレと玲奈は映画館を出て、歩きながら感想を話し合った。彼女が楽しそうに話すのを見て、彼女に少しでも罪滅ぼしができたのかなと気持ちが軽くなる。


「次はどこに行きましょうか。」


話が一段落したときに、次の行き先を決めようと彼女が提案してくる。


「ごめん。実は後にバイトがあって…。」


彼女の期待を裏切ることに申し訳なさがあふれる。どうして最初から言っておかなかったのか少し後悔した。


「了解しました。今日は本当に楽しかったです。次に誘ったらまた遊んでくれますか。」


「もちろんいいよ。ありがとう。」


オレは彼女が見えなくなるまで手を振り続けた。自分の行き当たりばったりなところがいやになるが彼女はそれを受け止めてくれる。そんな安心感を感じていた。


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