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第3話 目覚め

「腹が減った。」


とてつもない空腹感で目が覚めた。時刻は深夜4時。昨日昼頃にベッドに入ってからこんな時刻までずっと眠っていたらしい。


強烈に空腹を感じる。今まで全く感じなかったのに思い出したかのようにそれは襲ってきた。


このまま横になっていたい感覚と空腹感がせめぎ合っている。結局いつかはご飯を食べないといけないのだがこのままぐだっとしていたい。


起きてから20分ほど経ったときに漸くカップ麺にお湯をいれる行動を取り始めた。それに比べれば3分はあっという間だった。すぐに行動すれば早く別のことができたのに。そんな小さい後悔をするのが彼の日常だった。


ずるずるずる。勢いよくカップ麺をすする。すかすかの胃袋にラーメンが収まっていくスピードは特急よりも早かった。空腹と寝起きの低血圧で冷えた体を、温かいラーメンが駆け巡る。とても美味かった。


さて、寝起きのご飯も済ませ、体も頭も完全に覚醒した。この冷静な頭で状況を整理しよう。


昨日の朝はとても心地よい目覚めだったことは記憶に新しい。それはもう人生最高の朝といっても過言ではなかった。もしかしたらそのときにはもう女の体へと変わっていたのだろうか。


多分、そうに違いない。オレは夜寝る前にトイレに行くようにしているから。それ以前に起こっていたら気づいているはずだ。


朝は時間に追われていたこともあって起きてすぐに学校に向かった。服の着替えなんかも無意識にやってしまっていたし、鏡を確認することもしなかった。本当に着替えたらすぐに言えを出た。


そして道中トイレに行きたくなったんだ。ちょっと尿意を感じたと思ったら急に限界寸前になったような気がする。これも女の体になってしまった影響だろうか。


朝起きたあとに体が変化したような感覚は一切感じなかった。ということは、オレは寝ている間に女に変わってしまったということになる。


一晩で男から女になるなんて聞いたこともない。どういうことだろうか。


もう一つ不可解な事がある。オレがすでに女物の下着を着用していたことだ。トイレに入ったときにつけていた下着は女物だった。これはおかしい。オレは女物の服なんて着る趣味はないし1枚も持っていなかったのに。


クローゼットの中身も今思えばすべて女の下着になっていて逆に男物の下着などは見かけないようになっていた。


これらの状況をまとめると、オレはまるで…、まるで最初から女の子として生まれていたみたいじゃないか。


それが起こる理由は全くわからないが、こう考えると辻褄が合う。昨日の朝から、オレはパラレルワールドの自分と入れ替わったような現象が起こったのかもしれない。


この体の自分はこれまで女として生きていた。だが部屋にあるもの、服の選び方、住んでいる場所、これらすべては前のオレと同じだった。そんな別の世界の女のオレと入れ替わったかすり替わったかすると考えるとすべて上手く説明できるのではないか。


こんなところだ。この話がもし本当だとしたらこいつは特徴的な服の選び方をしている事がわかる。オレは自分の顔とは違って中性的な服は一切持っていない。完全に男が良く切るような黒めのジーンズやパーカー、Yシャツくらいしか集めていなかったからだ。


こんな仮説を検証するために、オレはあるものを調べ始めた。それは健康保険証だ。あれには性別が書いてあったような気がする。もし仮説が正しければそこに書いてあるのは。


財布の中を少し探すと、前と同じ位置に健康保険証が入っていることがわかった。本当に性別以外ありとあらゆるところが同じみたいだ。


手に取った健康保険証を顔に近づける。そこには確かに「女」という文字が書かれていた。


これではっきりした。証拠も出てきた。オレはどうしてかはわからないがパラレルワールドの自分と入れ替わった、もしくはもともと女として産まれたことになっているということが。


そうなると交友関係はどうなっているんだろうか。それを確かめるために携帯でメッセージアプリを起動しようとした。


ここで重要なことを思い出した。オレには大学で連絡先を交換した人は一人もいないということに。


悲しいことに彼はぼっちだった。顔も悪くないし、極端に誰とも話せないことはなかったのだが、大学に入ったときの彼は友達というものを必要としていなかった。




そんな小さいことは置いておいて、彼はある問題に直面していた。再び催したのだあの感覚を。


「トイレに行きたいな。」


彼にとって、昨日の体験はトラウマものだった。尿意を持ったというだけで少し緊張してしまうのも仕方のないことだった。


恐る恐るといった足取りで自分の部屋のトイレまで向かう。今の時代のスタンダードな様式水洗トイレだ。幸いなことに彼は男女関係なくトイレは座ってする派だった。彼は綺麗好きだからである。体に染み付いた習慣は彼を便座にスムーズに座らせた。


座ってから気がついた。あれ、おしっこってどこから出るんだ。男のときならどこに飛んで行くか目に見えているからコントロールしやすかった。どこに飛んで行くかわからなくて怖くなるなんて感覚は初めてのことだった。


どうしよう。便座に座ってから彼は静止してしまった。こうなったら直接見ながらやればどうなっているかよく分かるんじゃないか。でもそこにあるのは紛れもなく女の子の秘部だ。尿道というのはあそこの近くにあるらしいことは知っていた彼は、見ながらするという選択も取れなかった。


八方ふさがりだ。もうどうしようもできない。しばらく考えて頭がパンクした彼は、もうどうにでもなれという気持ちで、括約筋を緩めた。男女共用のトイレでもおなじ構造をしているのだ。ちゃんと座ってすればとんでもないことにはならないだろう。そんな目論見もあったのか彼は覚えていなかった。


じょろ、じょぼっ、じょぼぼっ。ゆっくりと開いた出口から液体がこぼれ出る。体内で熱く温められた液体が鼠径部を伝って行くのがわかる。これは非常に気持悪かった。


昨日と違って、最初から最後まで理性によってコントロールされているためか、タンクから液体が放出されるまでの時間は非常に長かった。


「んっっ。結構濡れるのがわかるんだな。」


出し終わったあとすぐさま濡れているところを拭き始めた。触るのも慎重になってしまうほど自分の体に恥じらいを持っている彼だったが、この感触から早く開放されたくて何も考えずにその動作を完遂させることができた。


「……ふう。」


人仕事終えた清々しさとタンクを開放した気分の良さからため息をついた。


結構な緊張を伴う試練のときだった。だがそれを乗り越えたことで得られたこともある。おしっこをする感覚は完璧に掴むことができた。




夜が明けた。朝日が昇りはじめ、遮光カーテンの隙間から部屋に太陽の光が差し込み始めた。


スマホの動画共有ソフトでスワイプを繰り返していたらいつの間にかこんな時刻になっていた。今日の授業は確か2限からだったと思う。


自分の置かれている状況的にオレは女として大学に通っているはずだし、自分がもともと男だったなんて言い訳はできないはずだ。つまり、オレは大学の授業にいかなければならない。


正直、気は乗らなかった。1日2日で精神が回復するほど対応力のある方ではなかったからだ。


教授の対応、周りの視線。客観的には何も変わっていないとしても、主観的に捉える世界は何もかも変化してしまっている。


故に外に出かけるという外部との接触が必然な行為は彼にとってストレスになることだった。


だが、大学はストレートで卒業したい。親に学費をすべて出してもらっている身分では、留年は許されない。彼はそんなマインドで生活していた。だから今日も授業に出席する。気は進まないけれど、彼は家を出た。




「すみません。ちょっと良いですか。」


下宿先から出て、角を一つ曲がったところに差し掛かったとき、後ろから声をかけられた。


聞き覚えのない女の人の声だ。見ず知らずの自分に声をかけてくるなんていったいどうしたのだろうか。


そんな疑問を持ち彼は振り返った。


「どうしたのでしょうか。」


心優しい彼は、目の前の女の人がどんな状況になっているか尋ねた。


「実は…。」


彼女はその先をなかなか喋りたがらなかった。何やら深刻な事情なのだろうか。心配に思い始めたとき彼女は言葉を連ね始めた。


「実は、あなたに伝えたいことがあるんです。


好きです。私はあなたのお友達になりたいです。」


何やら意味のわからない箇所があったように思うが、彼は言葉の解釈に努めた。要するにこの子は自分と友達になりたいという挨拶をしてきたということだろうがか。そう答えを弾き出したのは、20秒後くらいだった。


オレがフリーズしている間、この女は1ミリたりともオレの目から視線を離さなかった。


不気味だ。不気味すぎる。


突然後ろから話しかけてきたと思ったら。開口一番お友達になりたいですか。それは入学して間もない頃、少しずつ言葉を交わして関係が深まっていった頃に交わされれば自然だろう。


だが、今は何もきっかけが無い。新しい学期が始まったわけでもないし、ましてや進学したわけでもない。この非常に中途半端なときに、目の前の女は前触れもなく突然かましてきやがったわけである。


「えーと……。ご遠慮します。」


そう言って足早に、いやもう全力ダッシュでその場から逃げた。怪しい人に出会ったら逃げる。これが自分の身を守る鉄則だ。


これが、オレと彼女との最初の出会いだった。


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