第25話 カミングアウト
玲奈はしばらく食堂の前でこちらを見ながら硬直していた。やがて踏ん切りがついたのかこちらを見ながらスタスタと歩いてきて、ドスンとカバンをおろし席についた。
オレが話を始めようとしたときちらりととなりを見ると、今にも爆発しそうなオーラを纏った般若がいた。
髪はこころなしか逆だってゆらゆらと揺れている。これは冗談抜きで真剣に話さないと、殺されかねない。沿う感じさせるほどだった。もちろん、最初からオレはすべてを打ち明けるつもりだったので、それに負けない雰囲気を作って言葉を進めた。
「ふたりとも今日は集まってくれてありがとう。とっても大事な話がしたくて私が二人を呼びました。」
「大事な話ってなんですか。」
玲奈が食い気味で反応した。警戒心が高まっているのだろう。オレがこの前、男と入っていくところを見ているから、そして隣にその男と思われる人物がいるから当然だと思った。
「ちょっと待って。整理してから話すから。」
「少し急ぎすぎました。続けてください。」
彼女の行動の節々から焦りや感情が感じられた。それに対して健はこの間ずっと口を挟まなかった。彼女とは対照的で、すこし落ち込んでいるようにも見えた。
「それで、大事な話っていうのはね。私の性自認についての話になるんだけど。」
ごくりと彼らが生唾を飲む音が聞こえた。
「二人は初対面だからまだわからないと思うけど、私がこれまで深く付き合ってきた人たちなんです。それも、付き合ったり付き合わなかったり、友達以上の関係になりそうなくらいに。」
それを聞くと、健も玲奈も悲しそうな顔をした。
「だから、私の性自認について知っておいてほしいと思ったんだ。大体同じ位の時期に、ふたりとも仲が悪くなっちゃってさ。それは、関係が無いかもしれないけど、似たような原因だったんだ。だから…」
オレは俯いて話していたが、そこで彼らを見る。
「だから、別れるかどうかは自分を知ってもらってからじゃないと後悔するって思ったんだ。」
その眼光は力があったのか、玲奈と健は後ずさった。
「二人は私の心が男のものだっていったら信じますか?」
「それは…、少し疑問に思います。所謂LGBTのTに該当するものですか。」
これも正確な説明じゃないかもしれない。本当はこの前まで男だったのに、朝起きたら女だった。しかも、産まれたときから女であることになっていて、それは夢の世界であった妹しか知らなかった。こう言わないといけないだろう。
でもふざけていると思われたくなかったから、オレはトランスジェンダーだと説明することにした。
「お前の場合は…、体は女なのに、心は男ってことか。」
「うん…。そうだよ。」
「そうなのか。」
健がオレをお前と呼んだとき、彼女はぴくっとして健を睨み続いてオレを睨んだ。彼女はオレのカミングアウトとライバルの登場に揺れているようだった。
「だから、お前の部屋に入ったとき…、あんな感じだったんだな。女っぽい要素はかけらもなかったし。」
「それは、その影響が多分にあるかもしれない。」
それじゃあ、オレのことを友達と思ってくれていたのか。健は確かめるようにそう聞いてきた。
オレはそれに頷いた。
確かに、それはああなるわな。ははっと健は乾いた笑みを浮かべた。冬休みにはいる前の、別れた日のことを思い出しているのかもしれない。
「いったい何があったんですか。」
玲奈が、話に食いついてくる。ここでふたりを同時に集めることにしたのは、健のことと健との関係を玲奈に知ってほしいと思っていたからだ。だから、この質問はわたりに船だった。
「実はさ、健は。小林健一郎はオレの中学からの同級生なんだ。」
「要は、幼馴染っていうことですか。」
「そう、そういうこと。」
「それでね、偶々バイトしているときに健に会って、高校は別々だったけど大学は同じだっていうことに気がついたんだ。」
「そこから、しばらく昔みたいに遊ぶようになってね。」
健とはそういう関係だった。それを聞いた彼女の眉のシワはさっきよりちょっと深くなっている。
「でも、それが冬休みに入る前にオレの性自認が原因でけんかしてしまったんだ。」
それを聞いて彼女は、少し安心したような表情になった。しかし、はっとオレを見てすぐに真剣な表情に変わった。
「最初は俺も昔と同じような関係になるんだろうなと思ってたんだけどさ。」
健は、絞り出したような声でその時の心情を語ってくれた。
「一緒に遊んだり近況を話したり、カラオケに行ったり。すごく楽しかったよ。ただ、カラオケに行ったときにさ、初めて見たワンピース姿にどきっとしてしまったんだ。」
オレは健がいつ自分に対してその感情を抱いたのかを知ることになった。なんとなく気分で玲奈に買ってもらったワンピースを着ていったのがきっかけだったのか。
「それって…。」
玲奈は何かを察したようにオレのほうを見た。それに対してオレはうなずいた。
「ごめん。なんとなく着ていきたくなっちゃったんだ。新しく買った服を友達にも見せたくなるときってあるよね。」
彼女は露骨に目をそらすと、「あなたはひどいひとですね。」とつぶやいた。
「そのあと、オレは何も知らずに、家で遊ぼうと健を誘ったんだ。」
「それがあの時の光景だったんですね。」
オレは、玲奈に許してほしくてこの状況を作ったのかもしれない。家に男を連れ込んだわけではなくて、友達を呼んだだけなんだって。
しかし、彼女はなかなかそれを受け入れてくれなかった。
「だけど、実際それを皮切りにオレと健の関係は終わったんだ。」
「何があったんですか?」
「それは…。」
オレが理由を話そうとしたとき、「待ってくれ。」と健は遮った。
「これは確認でもあるから、俺から話したい。」
健はそう切り出し、オレに…告白したときの様子を語りだした。
あのときすごい保険を掛けて告白してきたことを覚えている。男として客観的にその光景を見ていたら軟弱者と笑い飛ばしていただろう。
告白の様子を言葉にしたあと、それを聞いたときのオレの反応を健は気にしていた。
震える視線、流れる冷や汗。怯えたように自分を拒絶する姿が今でも脳裏に浮かんでくるらしい。
オレは少し健に申し訳なくなった。あのときの態度はオレの生理的なものであったとはいえ、それでこんなに傷ついているなんて。
玲奈は健のほうを見て頷きながら話を聞いていた。どうやら、オレを奪われるかもしれない疑いが晴れてきたようで、健の話を聞くきにはなっているようだ。
「なるほど…。そんなことがあったんですね。」
玲奈はオレや健の話を聞いて理解はしていないが、納得はしていないという様子だった。
健が自分のことを赤裸々に話したことをみて、オレも自分の心境を話す決心がついた。
「ここまでの話でだいたいわかっているんだろうけど、私の気持ちを二人に伝えたい。」
じっとこちらを見つめる視線が刺さった。
「考えにくいだろうけど、私の心が男だったとして想像してみてほしい。健とはずっと中の良い友だちのつもりで接していたんだ。だから、恋愛感情なんか持っていなかったというか、持つこと事体に嫌悪感がある。」
正直なことばというのは時折鋭いナイフより鋭利になる。健の心はばらばらにくだけるような音がしているようだった。事実上永遠にオレと付き合うことなんかできないと知ることはつらいだろうが、それを知ったうえで付き合うなら付き合ってほしい。
オレはわがままかもしれないなと思った。
「そして、玲奈も私は友達として接してくれていると思ってた。」
そこで彼女が見せたのは怒りでも悲しみでも喜びでもなく、驚きだった。
「心は男だけどさ、体は女なわけだし、そこで付き合うってことは、周りから見れば友達ってことだろ。」
詳細を付け加えると、彼女は過去を振り返るかのように遠いところを見だした。
「たしかに、悠真さんが男だったとして、私との付き合いをしようと考えていたとすると、これまでの私を弄ぶような行動にも説明がつきます。」
自分で言葉にすると、上手く解釈できたのか彼女の表情は明るくなった。
「私は、男とか女とか関係なく悠真さんを好きになっているんです。」
彼女は健などには目もくれずオレだけをまっすぐに見てそう言い切った。オレよりも男気のある行動だった。
「たとえ悠真さんが男だったとしても、私はあなたに好意を持つはずです。」
その言葉にオレの心が動かされた。急に男から女になって、世界で幽霊の妹以外誰もそのことを認めてくれない。
これは非常に厳しいことだったのだ。必死に堪えていたけれどもオレの心はどんどん消耗していっていた。
だけど、玲奈は男とか女とか関係ない自分を見てくれようとしている。そこに惹かれる自分を理解した。
ふと、冬休みに晴美さんに言われた一言が思い起こされる。「役割が与えられていて、それが果たせるってことが幸せだと思っているの。」という一言が。
今、オレは玲奈が傷ついた心を癒してくれそうなことに期待している。その役割を果たしてくれる玲奈のためにできることはなんだろうか。
そんな思考になったときに理解した。オレが本当に求めているのは…。
全員が正直に本音をぶつけ合い。その会合は終わった。みんな運動なんかしていないのに体中が疲れておもいような様子だった。
食堂から3方向に別れていくときに、オレは振り返った。ちょうど顔は見えない。しかし、健の後ろ姿は少し小さく見えて、玲奈の後ろ姿は逆にいつもより少し大きく見えた。




