第24話 勇気
母や父、晴美さんとの日々を過ごしているとあっという間に冬休みも最期の1日になった。今日帰って明日からまた大学の授業が始まる。
冬の授業の始まりはほぼ学期末に近く内容の難しいものばかりで普通はテンションが上がらないものだろう。しかし、オレの心はいま一番エネルギーに満ちていた。
両親との対話や晴美さんからのアドバイスはオレの考え方を変えて、ある決意をさせるのに十分なエネルギーがあった。玲奈や健に本当のことを話すという決意だ。
オレは元から女として産まれてはいるのだけれど、心は男のものだってことを彼らに伝えないければならない。それをする必要は必ずしも存在しないのだが、それをやらなければオレの気が済まなかった。
あんな喧嘩別れをしたようなまま終わるのは悲しすぎる。このまま終わったら、後悔だけが大きく残り、オレの人生に影を落とすことになる。そんな確信がオレにはあった。だから、彼らにオレのありのままを伝える。
たとへそれで彼らがオレとの距離を取ることになったとしても、後悔はしないように思えた。結局自己満足なのだ。オレが気持ちよく生きるために彼らに思いをぶつけるのを必要としている。
そこで、オレは玲奈と健に「明日、会って話したいことがある。大学に来てほしい。」とメッセージを送信した。
帰りの電車に揺られながら、メッセージを送ったスマホをじっと眺める。もう送ってしまった。後戻りはできない。
緊張からかオレの手は少し震えていた。
玲奈と健はこんなオレのことを許してくれるだろうか。健はなんとなくあっさり終わって、またいつものように遊ぶなかになるかもしれない。玲奈とはしばらくこじれるかもしれないけど、玲奈がオレを思ってくれる気持ちが少しでも残っていたら、仲を取り戻すことはできるだろう。
あかるい未来を想像してみるが、不安は思考の隅に存在し、不意にオレを襲ってくる。
移動している間、情緒はずっと不安定なままで、苦しい時間は長く続いた。迫りくる眠気に体を預けて楽になりたいと思っていたが、なかなかそれは難しかった。
手持ち無沙汰な時間が多くなると耐えられないので、玲奈と健に伝えた集合場所を確認する。
ふたりとも同じ時刻に同じ場所に呼んだ。彼らは初対面だろうけど大丈夫だっただろうか。爆発的に浮かんできた勇気に身を任せてあまり考えずに彼らに連絡を送ったことを少し後悔する。
しかし、冬休みのはじめにオレの心を支配していた後悔に比べれば相当へっちゃらでちっぽけな後悔だった。
振り返れば、オレは玲奈になってひどいことをしてしまったのだろうか。恋慕と友情ですれ違いが起きているそんな状況は、とてもつらいものだ。健との関係はそれを教えてくれた。
また、あたまのなかでは玲奈と健のことを考えてしまっている。
その自分に気づいたオレは窓の外をぼーっと眺めることに集中した。いつの間にか意識は途切れ気づけばもう大学の最寄り駅になっていた。
久しぶりについた家は前よりも明るく見えた。ははっと笑みがこぼれる。オレは家族に、そして晴美さんにすごく励まされていたことに気が付いた。たぶん、家の明るさは前と変わらないのだと思う。変わったのは自分の認知だ。少し前に見ていた景色はすべて暗いものだった。
玲奈の返信を見る。
「わかりました。」
その一言だけだった。それでもだいぶうれしかった。前の泣いて走り去ったときの顔を思い出す。たぶんあの直後だったら、もっと怒っていたはずだ。
オレは勝手に彼女の怒りも収まっているだろうと期待していた。
健からの反応はなかった。既読はついているけれど、返信は帰ってこない。そんなに、オレの態度が酷かっただろうか。してしまったことは取り返しが付かないが健には謝らないといけないなと、ぼんやり考えていた。
そして、夜はあける。約1ヶ月ぶりに大学の授業の準備をしてオレは大学へと向かった。
新年一発目だというのに教授の授業は前と代わり映えしなかった。特にこの授業は黒板の内容を必死に書き写していくだけだったので退屈に感じた。
しかし、やることがあるというのは逆に言えば幸せでもあった。自分で何をやるか決めなければならないことは非常につらいことだ。
授業はときにそんなことを考える切っ掛けにもなるのだなと感心していた。
ちらちらと時計を見る。今日はやけに時間の進みが早かった。このあと起こることに対して期待と不安が入り乱れてドキドキする。
時間が進むにつれてオレの時計を確認する頻度はましていった。
しかし、何度見返してもほとんど進んでいない。まるで自分だけ時間の流れがゆっくりになったかのようだった。
どれだけ長く感じようともおわりは必ずくるものだ。今日の講義は3限目で終わる。その後には玲奈と健に再会するのだ。
正直授業の内容に集中できるわけはなく。彼らにどう話し出すかをずっと考えていた。
キーンコーンカーンコーン。授業の終わりを示す鐘が鳴った。講義の長さに体が慣れていないのか集中力の限界を迎えて頭はぼうっとしていた。
いよいよ待ち合わせの時刻が迫ってきた。
昼休みが終わってからは人気がほとんどなくなる大学の食堂に足を運ぶ。今日の集合場所はここの予定だ。
集合時間まではあと1時間ほどある。だいぶ早く来てしまったようだ。スマートフォンを見つめてもそわそわする気持ちは抑えられない。むしろ時刻を認識してしまう分、時間が非常に長く感じられた。
扉のすきまから風がふきこむ。天気は曇りのようで日光はあまり差し込んでいない。もともと太陽もあまりあたりを照らさない冬だから、より一層薄暗い感じがした。
最初に来たのは健だった。
食堂に入ってくる人がいると、毎度そちらを確認していたが何回かそれを繰り返したときに健と目があった。
彼はこちらに歩いてくると「よう。」と前にあっていた時と同じような挨拶をしてきた。
同じく自分もそれに答える。全く同じ問答をしたことがあるかもしれないが、その時とは表情が違うものだっただろう。彼との間には少し気まずさがあった。
席に座っても健はオレに目を合わせないようにしていたし、オレは声を掛けられないでいた。
10分くらいこの状況が続いて、どうしようと思い始めていたとき。ふと食堂の入口を見ると玲奈が扉を開けようとしているところだった。




