第21話 明晰夢
いつものように眠りについたと思っていたら、白くて無機質な部屋のようなところに一人で立っていた。
オレは昨日見た夢でも同じような空間だったとなんとなく思い出した。
しかし、昨日とはっきり違うところは意識の明確さだった。オレはしっかり自分がこの空間にいることを認識できている。一体昨日と何が違うのだろうか。
しばらくぼーっとしていると、後ろから不意に声を掛けられた。
「やあ。」
「うわぁ!?」
それに全身がビクッとはねて驚いてしまった。思い切り振り返るとそこにいたのはオレだった。
オレと全く同じ姿をした人間が目の前に立っていた。しかし、特筆すべきなのはその人間の姿は、男とのときのオレだったというところだ。
夢の中でもオレの姿は女なのに、目の前のオレは男のときの姿で話しかけてくる。
「やっと、オレの事が見えるようになったんだな。」
目の前のオレは、話し方もオレと瓜二つだった。
「なんか、一人称を同じ呼び方していると話しづらいな。」
オレがそう言うと目の前のオレはわかった、といい自分のことは自分と話そうと言ってきた。だから、オレも目の前のオレのことを彼と呼ぶことにした。
「ところで、お前は一体何なんだ。」
オレは浮かんできた疑問を、彼にぶつけた。
「やっと自分が見えるようになったのに、そっけない態度だね。」
彼の態度は妙に馴れ馴れしかった。まるでずっと前からオレのことを知っているみたいだった。
「やっと見えるようになった?」
彼の言葉が理解できなかったので、そのままオウム返しした。
「そう、見えるようになったんだよ。」
彼はなぜか自身あり気な表情だった。
「その…、それで、どうして男とのときのオレの姿をしてるんだ。」
彼はオレが繰り返した言葉について補足の説明をするつもりはなさそうだったので、オレは話題を変えてみた。
「それも、最近見えるようになったからなんだ。」
彼は話の通じないやつなのか…。オレは困惑した。自分の姿で話が通じないのは何か嫌だ。オレは能天気にそんなことを考えていた。
「最近見えるようになったってどういうことなんだよ。どうして、今になって見えるようになったんだよ。」
だんだんイライラしてきたので、彼に正直に疑問をぶつけた。
「どうしてかい、それは自分でも心当たりが有るんじゃないか。一昨日昨日の話だよ。」
そう言われて、オレはその時のことを振り返る。
オレがやったことは、掃除機を掛けて、日記を見つけて、千尋のことを知って、両親に話して。そんなことだ。
オレがその時やってたのは、部屋の掃除と千尋のことを知ったくらいなものだ。特に目の前の自分が発生するような状況の想像はできない。
「そのなかに、答えはあるよ。」
彼はオレが口に出していないのに、考えていたことを読み取っているかのごとく話した。
「えっ。」
オレは予想していなかったので動揺した。
「お前はオレの心が読めるのか?」
すると彼は苦笑する。
「くふっ、そうだね、読めるよ。なんたってずっと一緒にいたんだからね。」
「ずっと一緒?」
彼は誰なのか、オレにはまだ見当がついていない。しかし、興味がわいてきた。オレが寝ているときに夢に登場する謎の存在。何かキーになるものをオレが行ったからか彼をしっかり認識できるようになったこと。オレの心を読めること。そして、ずっと一緒にいたという発言。
整理すると本当に興味を惹かれる存在だ。
「答え合わせをしようか。」
彼はそういうと手をたたいた。すると今まで白一面だった空間は、突然ある部屋に代わる。壁は白くて、天井には大きい蓮みたいなライトがついている。緑色の服を着た人たちが、横たわっている誰かをせわしなく介抱している。病院の中みたいな空間になった。
女性の看護師が、はいいきんでーと声をかけているのが聞こえてくる。どうやら、今は出産中らしい。
「ここは?」
オレは彼に問いかけたが、子供を産もうとしている女の人を見るだけで何も答えなかった。どうやら続きをみろということなのかもしれない。
頭が見えてますよとか、もうすぐですとか励ます声が聞こえてくる。どうやらお産は順調のようだ。よく顔が見えないが真ん中の女性が声を上げると、部屋には大きな赤子の鳴き声が響いた。
産まれましたー!!
部屋に歓声があがり皆ほっとした状況になる。
立派な"男の子"です。子供たちはお兄さんと妹さんになりますね!
ある看護師がそんなことを言う。そして、一人が産まれた後も現場の状況はせわしないままだ。状況を考えるとあの女の人は双子を身ごもっていたらしい。
再び空気が引き締まったような感じがした。いよいよ産まれるといった雰囲気だ。周りに囲まれて顔はよく見えないが、子どもをうもうとしている女性は一生懸命に力を振り絞っていた。
もうすぐです。
励ましの声はだんだん熱を帯び、お産は順調に進んでいるようだった。そして少し大きないきむ声が聞こえてきたと同時に、また産まれましたという声が響いた。
しかし、今は先程までの空間とは違う緊張感が場を支配している。
オレはある違和感に気がついたのだ。子どもの鳴き声が聞こえてこない。
詳しくは知らないが、産まれたときに鳴き声がないと赤ちゃんが呼吸を上手くできているのか心配になる。
詳しい知識を持った、医師が少し青ざめた顔で赤子を見ていた。
オレは赤子の様子を見たくて、少し無理に人を書き分けようとした。夢の世界だからなのか、その場にいる人の体をすり抜けて、前へ行くことができた。
赤子の様子はひどいものだった。素人のオレでもわかるくらいに顔が青く見えた。呼吸ができてないのかもしれない。医師達は慌てて子どもを別室に運んでいった。
人が少なくなった治療室で、看護師になだめられながら不安な表情を見せる女性は母に似ていたような気がした。
パンっと手を叩くような音がしたと同時に空間が元の白いところへと戻った。
「いまのは…?」
オレは依然として佇む彼にそう問いかけた。
「お前も、うすうす気づいているんじゃないのか。」
彼はオレが何を見ているのか、なぜわからなかいのか呆れたような表情を見せた。
それがなんだか悔しかったので、オレは必死に頭を回し始めた。たしかに心当たりがないわけでもなかった。
異性の双子の誕生。あとに産まれたことどが亡くなること。オレが昨日、母に聞いたことと全く同じような状況ではないか。
しかし、違うところもあった。それはなくなったのは”妹”であったというところだ。母は間違いなく弟がなくなったと言っていた。
そこには食い違いがあった。でもこの感覚は初めてではない。オレが女になったあの日からずっと抱いていた疑問がつながった。
オレはどうして女になったのか。彼は一体何者なのか。
考えをひねり出し、もしかしたらと付け加えて彼に伝える。
「この光景はオレが女になる前の世界で、男のオレが産まれて、妹が亡くなるときの光景なのか…?」
彼はそれを聞くと満足したような様子だった。
「ご明察の通りだよ。話が分かるじゃないか。」
「それはわかったけど、お前は何者なんだ。急に現れたと思ったらいきなり過去を見せてくるなんて。」
オレは浮かんだ疑問を素直に彼にぶつけた。彼はとても悲しい顔をする。
「これで僕が誰だかわかってくれると思っていたのに、どうやら兄さんは察しの悪い人みたいだね。」
彼はオレのことを兄さんと呼んだ。それがトリガーだった。過去に体験した情報が頭の中でリンクされ一つの結論にたどり着く。
「お前は千尋なのか。」
彼はそれを聞きぱっと笑顔になった。表情がコロコロして大きく変わるやつだ。姿は昔のオレなのに、オレとは違う特徴を明らかに持っていた。
「そうだよ、兄さん。やっと自分に目を向けてくれたんだね。」
彼はこちらに飛び込み、オレを抱きしめてきた。オレもそれを受け入れ彼を抱きしめ返した。
彼は、千尋は、オレとの絆を確認したあとオレと彼の間に何が起こっていたのかを詳細に話してくれた。
元の世界でオレは最初に産まれた双子の兄だった。そして、千尋は産まれてすぐに亡くなった妹だった。
そのまま消えて亡くなるはずだった千尋の精神はどういうわけかオレとともに過ごしていたらしい。
ほら、守護霊ってあるだろ。千尋はそれになったんじゃないかと自分のことを考察していた。
幼稚園、小学校、中学校、高校、大学。オレが成長を重ねるとともに千尋の精神も成長していった。
千尋にとって誰にも見えず誰にも何も起こせない日々はとてもつらいものだったらしい。
それはそうだと思う。自分がもしそんな状況になったらと思うとゾッとする。想像もしたくない状況だ。
それが限界を迎えたのが大学生になった頃。自分が兄であるオレと一緒に成長している姿を何度も何度も妄想していたらしい。
それは昨日見た夢の内容にそっくりだった。
千尋のことを知ることが、千尋を認識するキーだったのだとしたら、あのときは鍵が開きかけていて千尋の見た夢をオレも見ていたのかもしれない。
そして千尋が毎日毎日強い気持ちで願っていると奇跡が起きたと言っていた。
オレが女として産まれたことになっていたのである。
千尋は直感したらしい、世界は自分の願いに答えてくれた。でも大きな改変には限界があったのか一番根幹の一つの事実だけを書き換えてくれた。
双子のうちはじめに産まれたのが、男ではなく女だったというふうに。
自分が兄妹として産まれて、オレやその友人と遊ぶことは叶わなかったけれど、オレの姿が自分が思い描いていた姿そのものだと千尋は満足げだった。
その話を聞いてオレは千尋に尋ねた。
「どうして、今のお前は男のときのオレの姿なんだ?」
千尋が女の子としてオレといっしょに過ごすことを願っていたのならその姿になってもいいはずだ。だってここは夢の世界なんだし。
「なんだかね。ずっとこの姿のお前と意識を共有していたから、自分もこの姿が自分であると認識してしまってるみたいなんだ。」
霊は特に自分の姿は自己認識に依存しているらしく、姿をどれだけ変えようとしてももう固まってしまったものは変えられないようだった。
「それもあって、今のお前はすごく理想的だよ。めっちゃ羨ましいね。」
オレ自身はこの姿をまだ受け入れられていないのが微妙な気持ちになって、何も言葉を返せなかった。
「もうそろそろ頃合いなのかな。」
オレが俯いていると彼はそんなことを言い出した。彼を見ると体が光のような粉になり少しづつ姿が薄くなっていく。
「千尋!どういうことだよ!」
慌ててもう一度彼を抱きしめようとするが、今度は彼を掴む感触はなく手は空を切った。
「もう…未練がないんだ。霊は未練で地上に縛られているから…。」
千尋とはこれで最後になる。そんな直感があった。
「今までずっと過ごしてきて楽しかった。初めて友達ができて楽しそうにしてるところとかいろんなものを見せてくれてありがとう。」
「やめろよ!」
「女の子になって困惑している姿とか、特殊な形だったけど初めて女の子の友人ができたところとか、ずっと一緒に見させてもらってたよ。」
「だからやめろって、もう…最期みたいじゃん。」
「本当に、最期なんだよ。最期だから、自分の願いをお前に託すよ。」
彼の眼差しは真剣で、その視線は強い願いを感じさせた。
「自分ができなかった。女の子の人生を精一杯、最後まで生き抜いてほしい。それが自分の望みだよ。」
彼がそれを言い切ると同時に、薄くなっていた輪郭は雲のようにその形を失い、体はすべて粉になって空間の中に消えていってしまった。
同時にこの白い空間も崩壊が始まった。ボロボロと剥がれ落ちた隙間からは真っ黒の場所が姿を出す。すべてが黒に変わったとき、オレは夢から覚めた。
瞳から溢れた涙は、とめどなく流れ続け、枕だけでは到底受け止められないように思えた。




