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第20話 両親

双生児というキーワードを打ってネットで検索する。


双生児は双子のことでその発生の仕方によって、一卵性双生児と二卵性双生児という分類がなされているようだ。オレが女として生まれたことになっている今の世界では、男の弟がいた。つまり異性二卵性双生児というタイプが最もあてはまるだろう。


オレは日記にあった、弟が亡くなったという可能性から、双子で流産したときにどうなるのかが気になって検索してみた。そんな状況はしばしば起こるようで、胎児が亡くなると子宮に吸収されて見えなくなってしまう。バニシングツインという状況があるそうだ。


これがオレの姉弟に起こったのだろうか。詳しく読み進めていくと、バニシングツインは6週から8週のあたりで発生しやすいと書かれていた。


だから、これは弟に起こっていないことは分かった。性別が分かるのは14週くらいかららしく、バニシングツインが起こるのはそれ以前だからだ。しかも、弟は弟と書かれているのも気になる。


あんまり知らないから勝手な想像に過ぎないけど、双子だったら姉とか弟とかは生まれてきた順番で決めるだろう。ということは、弟は母から生まれてきていたんだと思った。しかし、何かが原因で生まれてすぐに亡くなってしまったのだろうか。


日記に書かれていた断片的な情報と、ネットに転がっているよくある状況を照らし合わせて弟に起こったことを推理する。しかし、どれだけ考えても答えはでない。自分がその時の当事者ではないからだ。


朝、両親に弟のことを聞くと決めてからなかなか動けずにいたが、その結論が得られたことは自分を後押しする重要な要因だった。




「母さん。ちょっと一つ聞いてもいい?」


オレは食事をとりおわり、準備をする前にテレビをぼーっと眺めている母に声をかけた。母の視線がゆっくりと私の顔に向かった。


「どおしたの?」


母は優しく声をかけてくれた。


「…。あのさ…。」


しかし、話題が話題なだけに疑問を言葉にするのがためらわれる。


すこし時間が過ぎても母は静かにオレを見守っていた。その姿に安心して話を続ける。


「晴美さんのとこに子供が生まれたって言ってたでしょ。それで気になってさ、母さんは二人目とかほしくなったりしなかったの?」


朝から温めに温めぬいて考えた、直接弟のことに言及せずにそういう話を引き出す質問をオレは母にぶつけた。


「…。そうねえ。」


優しい口調は変わらないまま母は相槌を打った。しかし、その表情と顔色は少し陰りが見て取れた。


「姉弟とかほしかったの?」


「いや、そういうわけじゃないんだけど。」


ほしかった答えがすぐに帰ってこないことにもどかしさを感じる。しかし、この状況を生み出しているのは直接ズバッと質問できないオレの臆病さに原因があることは自覚しているので、自己嫌悪しながら母から返された質問に答える。


「子供が生まれたって時に、もう一人ほしいって思ったりするのかってことが疑問に思ったんだ。」


何が言いたいのか自分でもよくわかっていない。でも母は親身になって答えてくれた。


「あたしは、そんなことは思わなかったんだよ。」


しかし、その理由までは答えようとしなかった。それはきっと弟のことが原因かもしれない。表情からなんとなく察しはついている。心苦しく思いながらオレはもっと踏み込むことに決めた。


「それは。どうして?」


案の定母は返す言葉に困った様子を見せる。母はオレの顔を伺いながら何か決意を固めたかのようにこちらを見つめ、静かに言った。


「それはね。一度失ったことがあるからだよ。」


驚きはなかった。


「あんたは、双子の姉だったんだよ。同時に生まれたかわいい弟がいたんだ。」


「そうだったんだ。」


先に日記を読んでいたから、オレの心はそんなに動揺もせず、淡々と相槌を打った。


「でも、生まれてすぐね。呼吸がうまくできていないってことが分かったんだ。」


思い出したくないものを話そうとしているからか母にはこちらを伺う余裕はなさそうだった。


「泣かなかったんだよ。あの子は。産まれたあの瞬間は生きていたはずなのに、胸に抱えることもできなかった。」


母はその後しばらく沈黙し、目に涙を浮かべた。


「胎児が集中治療を受ける部屋に運ばれたんだけど、結果は助からなかった。先生は悪い人だとは思はなかったけど、千尋のことを残念ですがと言ったときは許せない気持ちがあったよ。それが筋違いの怒りだとはわかっていてもね。」


母の言葉の一つ一つが重さを伴っているのを感じる。少しずつ状況が見えてきた。やはりオレの読み通り、弟は出産して直後に亡くなったらしい。


「千尋?」


オレは初めてその名を聞くように問い返した。


「ああ、ごめんね。そろそろあんたにも伝えていいころだと思ったんだ。そう、亡くなったあんたの弟は千尋っていう名前だったんだよ。」


千尋、か。オレは胸の中でその名前を反芻した。初めて聞くはずなのに、なぜかその名前は体にすんなりとなじんだような気がした。それにしても弟なのに千尋か。悲しい話であるが心の準備ができていたオレはそんなことを疑問に思う余裕があった。女に生まれたオレが悠真なのに、弟は千尋なのか。なんだか逆なんじゃないか。


「弟の名前は千尋っていったんだね。」


「そう千尋っていったんだ。」


「なんだか、すこし女の子みたいな名前だ。」


考えたことがポロリと口に出してしまった。涙を拭いた母は無理して笑顔を見せ、オレにその名前の理由を教えてくれた。


「それはね。父さんと決めてたんだよ。双子が産まれるってわかっていた時から、先に産まれたほうが悠真、後に産まれたほうが千尋って名前することにしたんだ。どっちも男にも女にも使える名前だしね。」


それはオレにとって以外な事実だった。どうやら両親の名づけのセンスは独特だったようだ。子供の名前を産まれた順番で決めるというはなかなかしないことだろう。しかも悠真が男女どちらも使える名前という感覚はずれている。玲奈にも言われたけど悠真って男の名前だろうに。


「なんだか、悲しい話になって悪かったね。」


母はそう言って、皿洗いをするために食器を片付け始めた。その後ろ姿は悲しみを乗り越え、今を歩くことを決めた強い母の姿だった。母の涙はもう流れていなかった。




自室に戻って母の言葉を反芻する。自分に弟がいたこと、弟が千尋という名前だったこと、そして何より生まれたばかりの弟が息を引き取った事実…すべてが重なり合って胸に来るものがあった。


生まれてすぐ…か。母親の言葉が頭をかすめる。あの時の母の姿、顔色、そして声のトーン…それは深い悲しみと静かな怒り、そして諦めといった様々な感情が入り混じった複雑なものであった。


「千尋…。」


オレは呟いた。弟の名前を何度も繰り返すことで、まるで彼に語りかけているような気持ちになった。初めて聞いた名前なのに、なぜか心に響く。優しい響き…それは親しみを感じさせる名前であり、同時にどこか儚い印象を受けるのも事実だった。


母が言うように、「千尋って名前」は「男にも女にも使える名前」。両親の想いが込められたのかもしれない。もし生きていたらどんな子供になっていたんだろうと想像してみる。しかし、その想像も叶わない現実を受け入れるのが難しかった。


千尋のことも、母のあんな顔も今まで知らなかったことだ。家族と話すことの大切さをオレは再認識した。


その時、テレビを見ながらゴロゴロと寝転がっては批判ばかりする父の姿を思い浮かべた。あの人の姿が嫌いだから、下宿をしていることもあってなかなか話す気にならなかった。


しかし、心の何処かでは期待している自分がいる。オレは求めているのかもしれない、尊敬できる父の姿を。振り返れば父とはほとんど話したことがない。昔から父は変わっていないと考えているから。でも母の話によると父がそんなに精神も体も壊すほど仕事に打ち込んだのは理由が有るように思えてならなかった。


千尋の話は父の内面を知る良いきっかけになるかもしれない。覚悟を決めると、オレはテレビの前で寝転がる父の元へと向かった。




「だめっ、だめっ、そんなんじゃ面白くないだろ!」


父の部屋に近づくと、こんな声が聞こえてきた。父は今日も酒を飲んで自室でテレビを見ているのか机には飲みさしの缶が置いてあった。


今はバラエティー番組を見ているようだが、自分がやったこともないのに出演している若手芸人を面白くないと批判する。父の態度はいつもそんな感じだった。ニュースでもあれがいけないこれがいけないとバッサリ切るのだ。


真面目に働いていて考えて出てくる意見だったら別にオレも気にすることはない。でも仕事もせずに昼間から酒を飲んでテレビを見ているだけの人間が行う批判ほど見ていて気に障ることはない。


オレがずっと父と離れたかった理由は、父のそんな性格もあった。


いつもならここはすっと通り過ぎてしまうところだが、今日は父と話すと決めたのだ。覚悟を再確認するとオレはその部屋へと入っていった。


そして父の向かい側のテレビの前へと座りテレビを切った。こんなことをすると父は怒るかもしれないが、オレは強気だった。


つけていたテレビ番組も父にとってはさほど興味のなかったことなのか反応は薄かった。


「どうしたんや。」


話があるんだろ、と察したような態度で彼はオレに話すよう促した。


「うん。実は、オレの姉弟についての話なんだけど。」


父の表情は一瞬で変わった。今までけだるげだったのに、驚きで眉毛がハの字みたいに上がるほどだった。


「おまえ、それをどこでしったんや。」


母にとって悲しみが大きかった出来事は、父にとっても思い出したいものではなかったらしい。絞り出したような疑問にオレは正直に答えた。


「掃除をしてる時、母さんの日記を見たんだ。それを母さんに聞いたらさ。オレには千尋っていう弟がいたって聞いたんだよ。」


「そうか、母さんが…。」


父はしばらく考え込んだあと、その時の心境を教えてくれた。


「母さんはお前に話していいと思ったんだな。そろそろお前にも話しておかなきゃならないかもな。」


父はそう話すと過去の思い出話を始めた。


俺はあの時幸せの絶頂だったんだ。会社員として働いていてな、母さんが子供を身ごもったとわかったときはもう飛び跳ねるほど喜んでいたさ。


名前をどうするとか、服も準備しておかなくちゃいけないねとか、母さんとはそんな感じで話していたかな。産まれた順番で悠真と千尋にしようって決めたのは俺だったんだ。


その時は、母さんは働いていなかったから俺は今後の生活費をためるためにも死ぬ気で働いていたよ。毎日毎日残業続きだったけど、子供が産まれると考えたらわくわくした気持ちのほうが大きくて辛くはなかったよ。


でも、母が出産をした日にすべて変わってしまった。せめて俺が立ち会ってやれば千尋の生きていた姿を見ることもできたかもしれないのに。


俺は忙しくて、母の出産にも立ち会うことができなかった。そしたら病院から連絡があって、手を尽くしたが双子の弟さんは助かりませんでしたと聞いたんだ。


なんか人生の目標が急になくなったみたいな、そんな感じだったよ。


ぽっかりとなくなってしまって、俺はなんのためにこんなに働いていたんだろうって。


でもそれは母さんも同じだった。いや、間近で千尋の死を見ていた分、俺よりも心のダメージが大きかった。


母さんはしばらく何もできなくなってしまったんだ。


だから、俺はお前が産まれる前と変わらないペースで働きながら、家事もこなして、お前の面倒を見て働きとおした。


そしたら、だんだん感情がなくなっていってな。もともと悲しくて苦しかったのに、だんだん日々が楽しくなくなっていって。最終的に何もすることができなくなっちまったんだ。


病院に行ったら、鬱とか過労とかいろいろ言われたけど、それで何も手につかなくなった。


俺がなんにもできなくなって会社からも追い出されるように辞めさせられたときには、幸いにも母さんは立ち直っていたから何とかなったんだけど。


俺は今もこんな感じで引きずってるんだ。


ごめんな。俺がこんなやつで。


最後の父の顔は忘れられないものだった。泣きそうになっているのに涙は出てきていない。感情が色あせているようなそんな感じだった。


オレにはこんな父の一面があったことにびっくりしていた。いかに今まで、悪いところしか見えていなかったかがよくわかる。


母が後悔していたのは、父がこんなになるまで立ち直ることができなかったからだろう。なんとなく、二人の愛の形をつかんできたような気がした。


オレはしばらく何も言えなかった。詳しいことを知りもしないで家族を一方的に嫌って、家を飛び出していた。そんな自分の浅はかさが嫌になっていた。


「父さん、ありがとう。」


オレは父に感謝を述べて、部屋から出た。そうしないといけないような気がした。


そとを見ると雪が降り積もっている。明日は大晦日だ。時間が過ぎるのはあっという間で、とうとう今年も終わろうとしている。オレは家族と近くにいることや、晴美さんに会えることを楽しみにしながら床に就いた。


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