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第2話 確認

えっ、ちょっとまって。本当に待って。


理性は状況をしっかりと繋ぎ合わせ一つの答えを提供する。自分が女の子になってしまっている。そんな単純な一つの事実を。


理性の分析は完了したが、感情は爆発寸前だった。ここが借家でなければ何も考えずに大声を上げていただろう。


おっ、おっ、…おれの体が、女になってる。えっ夢、夢じゃないよな?


いったん目を瞑って頬をつねる。


痛い。しっかりと痛い。これは夢じゃない。現実だ。


そんなことってありうるのか…。昨日まで確実に俺は男だった。揺らぎようのないところが揺るがされたことで自分のアイデンティティはぐちゃぐちゃになった。


ぐっ、気持ち悪い。


鼠径部にまとわりつく下着から漂ってくるアンモニアの匂いがした。こんな汚いものは早く洗わなければ。そういう状況だったことを彼は思い出した。


予定通りバケツにズボンと下着を漬けると、今度は上半身に手をつける。


こちらも何か大きな違和感があるかと思いきや、感触などは男の時と全く変わらなかった。


えいやっ。


ひと思いに服を脱ぎ去った。普段は肌の上に直接ワイシャツを着ているので、今日も同じかと思っていた。


つまり、脱いだあとに鏡に映るのはその、あれだ。女の子の胸にあるやつかもしれない。


目を瞑って服を脱いだからいまどんな姿なのかまだわからない。


恐る恐る目を開けると、膨らみを目にすることはなかった。そこは肌ではなく、白色のスポーツブラが着けられていた。


「膨らみはない…。」


大きさ男の時と全く一緒だ。筋肉質って感じではなく、脂肪が少しついてそうなのが少し違うところだろうか。


男の時と感覚が全く変わらないのはありがたかった。


これで大きな胸があったらそれこそ許容できる情報の限界を迎えていたかもしれない。ただ、そんなものがあればこんな事件になる前に気がついたかもしれないが。


今は、そんなことを考えている場合ではないんだった。


脱ぎ捨てた上着と下着を洗濯機に放り込む。一糸まとわぬ産まれたまま?の姿になった彼は、浴槽に足を進めた。


浴槽にある鏡は見ないようにしながら、シャワーで全身を洗い流す。


冷や汗かそれとも解放したあれからか、ひどく臭う体を洗い流した。


気持ちいい。心地の良い温度のお湯が体を清めていく。だが、水を流しただけでは体はきれいにならない、石鹸で全身を洗わないと完璧にきれいにはならない。それは、全身を確認するという作業を内包していた。


まず、壁にかけてあるアカスリタオルをとって使い慣れた石鹸を手に取る。


石鹸を泡立てながら、手のひらに感じるのは今までの自分とは異なる柔らかさ。女の子の肌に変わった自分の体に触れるたび、違和感が襲いかかる。


「まるで他人の体を洗ってるみたいだ…。」


タオルを持った手がふるえているのに気づく。慎重に、でも確実に石鹸を全身に塗り広げる。胸元にたどり着くと、思わず手が止まった。


「膨らみがないって言っても…。」


胸を触れるのは、自分の体なのに何か禁忌を犯しているような感覚に襲われる。躊躇しながらも、しっかりと洗わなければならないという理性が勝つ。


恐る恐る、やさしくタオルでなぞり石鹸をなじませていく。


「やっぱり、感覚は男の時と変わらない…。」


ただ、やはり意識せざるを得ない違和感がある。全身が清潔になるにつれて、少しだけ安心感が湧いてきたが、まだ心のどこかで不安が残っていた。


下腹部に手を伸ばす瞬間、心臓がドキリと鳴る。視線を落とすことなく、あくまで清潔にすることを目的に手を動かすが、想像以上の違和感が襲いかかる。


感覚が違いすぎることに耐えながら、何とか洗い終えた。体を洗い終えた後、シャワーで石鹸を洗い流す。その瞬間、少しだけ気持ちが軽くなった。


清潔になったことで、少しだけ自分を取り戻せたような気がしたのだ。


「もう少しだけ、この現実から目を背けたい…。」


そう思いながらも、心のどこかで、いずれは受け入れなければならないことを理解していた。


新しい自分の姿に、どう向き合っていけばいいのか。それを考えるためには、まず、この現実をしっかりと受け止めることが必要だった。彼は覚悟を決めた。そして、ゆっくりと、少しずつ鏡に向き直るのだった。




まず頭から。


シャワーで流した直後で、髪はたくさんの水滴がまとわりついている。そのおかげか長さはわかりやすい。前と特に変わった感じは無いようだった。


その次は顔。


黒い髪に黒い目。童顔で丸い輪郭に収まった中性的な顔。少し幼さを感じさせ、男ならやさしげな、女なら可愛らしいと表現できるような顔だった。こちらも前と変わらない。


もともと中性的な顔ではあった。現在はそれに救われている。これで顔が男性的であったらもうどうすることもできなかっただろう。


体に視線が移る。


男の時とは筋肉と脂肪が入れ替わったかのような状態だろうか。少し筋張っていた筋肉は、脂肪に纏われ柔らかで優美な曲線を描いている。胸は全くと言っていいほど膨らんではいないが、やわらかそうな女性的な肉体だった。


そしていよいよ視線は秘部に映る。


女性経験がまだない彼にとって、それは始めて目にするものだった。当然興味津々だ。だがソレが自分のものであるということが、ひどく彼を困惑させた。


盛り上がった部分にかけて視線を動かすと、彼は思わず目を逸らしてしまった。そこにあるのは、まぎれもなく女性の体の一部であった。教科書でしか見たことのない。それも模式図で知っているだけのものだったはずなのに。


「オレが…これを持ってるなんて…。」


無意識に手を伸ばし、触れようとするが、手が震えて止まる。恐怖と好奇心、そして理解を超えた感情が入り混じり、頭の中は混乱していた。


結局、手を引っ込めてしまい、鏡越しに見つめるだけに留めた。


「何でこんなことに…。」


すべてを確認し終わったあと、こんな言葉がこぼれた。


時間が経つにつれ、少しずつ感覚が麻痺していくのを感じる。最初の衝撃に比べれば、今はただ自分の体を確認するだけの作業に過ぎないように思えてきた。


だが、その内面には、これからどう生きていくのかという大きな不安が渦巻いている。


一通りの確認を終えたので、タオルで体を拭き始める。自分の体を拭うたびに、これが自分の体なのだという現実を少しずつ受け入れていく感覚があった。


「とりあえず、服を着ないと…。」


彼はそう言いながら、浴室を出て、クローゼットへ向かった。


クローゼットの扉をおもむろに開く。そこにはいつも通りの男物の上着があった。色味もサイズも枚数もパッと見た感じは何も変わらない。


服は一緒なのか。とりあえず着るものに困る不安から解消されたことで、彼は安堵した。


しかし、しっかり着替えるなら下着を着なければ落ち着かない。そう思い、下着入れの棚に手を伸ばした。


とてもきれいに整頓された"女物"の下着がそこにあった。そう、すべてがそうだった。これまで持っていたボクサーブリーフやシャツは何もなかった。あったのは色とりどり所謂パンティーとスポーツブラだけだった。さっき確認した自分が来ていた下着も、これらの色違いに見えた。


これは、再び決意が必要になる。


「やっぱり着なきゃいけないよな。」


自分の体は女の子のソレなのだけど、男としてプライドが抵抗を生む。


大きな背徳感の中、おずおずと一つパンティーを取り出すと、指で広げた。


「思ったよりも小さくてよく伸びるな。」


心を守るためか理性的な感想が出てきた。これを今から自分が履くのだ。どれだけためらいを持っていてもやらないといけない。でないと変質者になってしまう。


自分が履いていたものを思い出しながら穴の中に足を通して、上までずりあげた。


自分の洋服入れに入っていたからかサイズはぴったりだった。すこしゆったりしたものを履いていた彼にとっては、すこし窮屈に感じた。


「思ったよりも面積が小さい。」


女子ってみんなこんな下着を履いているのか。


ごくんと生唾を飲み込む音が響いた。彼だって元がつくとはいえ立派な男だ。女物の下着をつけるという女子しかできないことを嫌がりながらも、同時にどうしようもなく興奮していた。


すこし寒気がして、正気に戻る。


「寒い…、早く服を着ないと。」


ぼーっとした状態から戻り、今度は上の下着を着けるため、一番手前のものを手に取った。


付け方も何もわからないがいつものシャツと同じように上から被って胸のとこまでずりおろした。


フィット感はあるが支えられている感じはしない。支えるものがないからあたりまえか。彼がスポーツブラを着用した感想はそんなところだった。


漸く着終わった。とても長い時間だった。


上着に袖を通す。このとき皮膚はいつもと変わらぬ感触を伝えてくる。


不意に涙がこぼれた。


理由のわからない状況に陥って、次から次へと試練に遭遇した彼が心から安心できる瞬間だったのだ。


相当疲れていたんだな。今日はもう何もかも忘れて休もう。もしかしたら明日の朝には元に戻っているかもしれない。時計を見ると午後の3時半を過ぎた頃だった。


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