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第16話 ショック

さんざん泣きはらして夜が来た。瞼を閉じるとあの時の健の顔が浮かんでくるようだった。あの話を切り出された時のことはもう思い出したくもない。


あの状況になってしまったのは、オレが健を家に誘ってしまったことがすべての始まりだったのだろうか。いや、もっと前から悪い状況にはなっていたのかもしれない。


オレは深く考えずに「今日は寒いから、家でゲームでもしないか」とメッセージを送ってしまったことを後悔していたが、根本の原因でないことはうっすら脳裏の片隅で気づいていた。


健と遊ぶ時間は本当に楽しいものだった。オレの部屋をかっこいいと言ってくれたり、中学の時からセンスが合うやつだったのは確かだ。でもオレの記憶にあるのは男同士で仲良く遊ぶ姿である。健はそうではなかったようだ。


トランプでスピードをやったときなんか、オレの記憶とほとんど変わらない実力だったし、ビデオゲームも似たようなものだった。


なのに一番肝心のところがかみ合わない。オレが一番求めていたのは友人としての付き合いだったのに、あいつが求めていたのは…。


「もし、そんなことあるかなってくらいのIFの話なんだけどさ、俺がお前のこと好きだって言ったらどう思うかな。」


この言葉を言われたとき、オレは頭の先からつま先までビキビキと電流が流れ、背筋が凍るようなぞっとする感情が沸き上がった。


気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。


どうしようもない感情の奔流をオレは制御することができなかった。一晩寝て、落ち着いた今ならわかる。オレは受け入れたくない事実を見ないふりをしていたつけが来たんだ。オレが女になっているということは、男に好かれる存在になっているということを。オレの自意識は男だから、その事実が受け入れられなかった。どうしても気持ちが悪いという感情を止めることができなかった。


その結果、健を突き放してしまった。


「お前とは今後会うつもりはない!」


こんな強い嫌悪感を健に抱いたのは、信じられなかった。信じたくなかった。中学の時の一緒にいるだけで幸せに感じるような温かさはもう感じることができない。その事実がオレを苦しめる。


「うっ、おえ。」


健のことは嫌いになりたくないのに、彼を思い起こそうとすると顔を赤らめて告白してくる姿が思い起こされる。吐き気がして涙が止まらない。今日はベッドから起きる気力は一ミリたりともなかった。


この出来事があってからオレが自分に見て見ぬふりをしてきたところが少しずつ浮彫になってきたように感じる。


オレが鏡を直視できないことだってその一つだ。最初に鏡を見たときオレの顔は男の時とほとんど変わらなかった。だからそれが女の体についているのは気持ち悪いと思い込もうとしていたんだ。


だけど、今の体は違うとはいえ精神は立派な男の一人であるわけだから自分でもわかってはいたんだ。自分は客観的に見て結構かわいいということに。男の時から中性的なほうだったから、実は女になってもあまり違和感はなかったってことに。


でもオレは無意識のうちにそこには気づかないことにしていたんだと思う。自分が男から見て魅力的に見えるってことが、オレには受け入れられなかったんだ。


だから健とも、オレの記憶の中にある男同士で遊んだ時と同じようにふるまうようにしていた。もし健があまり変わっていなければ、ただ親友として関わることができるんじゃないかと期待を込めて。


その期待は見事に裏切られた。健に告白されて、オレの中の彼は親友じゃなくて、オレを好いてくる男ととらえてしまった。だから拒絶した。


何度も何度も思考がループする。でも出てくるのは同じ結論だった。健はオレのことが好きなんだ。そんな健が気持ち悪い。健が気持ち悪いと感じる自分も気持ち悪い。


今日は講義がある日だったのに、気づけば外は真っ暗になっていた。もともと、分厚い雲に覆われて大雨の様相だったが、天気はもっと悪くなりそうだった。




習慣になっていることは続けられる。機械的に毎日毎週やっているから、自分がどんな精神状態であっても体は自動的にそれをこなしてくれる。


今日も講義の時間に大学に向かっていた。天気は快晴だ。長い間この辺りに雨を降らせていた雲はどこかに行ったらしい。


歩いているだけで気分がよくなりそうなのに、オレの心はずっと曇ったままだった。時間が止まったみたいに周囲の景色は色あせて見える。


誰にも会いたくなくて、健はもちろん、玲奈とも連絡を取ることをぱったりとやめてしまった。


大学は広くて人も多い、同じ大学に通っているからと言って会うことはほとんどなかった。


キャンパスの中心にある大通りを歩いていると、一人の女の子が立っているのが分かった。すごく遠目に見えるけれど、オレのモノクロの視界は彼女だけをカラーで映している。


オレの人とのつながりは彼女しか残っていない。足取りは自然に彼女のもとへと向かっていった。


彼女はオレが歩いて行ったときずっとオレのことを視界に収め続けていた。


「おはよう。」


オレは彼女に挨拶をした。でも彼女は何も返さない。おまけに不機嫌で起こったような表情を作っている。何か悪いことをしてしまったかもしれないが、見当がつかなくてオレは戸惑う。


「あれっ、どうしちゃったのかな。」


それでも重い空気は変わらなかった。彼女はまっすぐにオレをとらえて少しづつ口を開いた。


「何か、言うことはないんですか。」


わからない。オレは返答に困った。


「もう一度言います。何か、言うことはないんですか。」


オレが沈黙しているのを見て彼女の機嫌は一層悪くなり言葉は強くなった。


「何も言うことはないかな。」


気分が落ち込んで体力がなかったオレは、問答に付き合うのが面倒になり突き放すように言った。それを聞いた彼女の顔はみるみるうちに表情が変わり、悲しい顔を少しした後、強い怒りを表した。


「あなたは、最低な人ですね。」


「えっ?」


想像もしない言葉のナイフが彼女から飛んできた。


「あなたは本当に最低です。私はあなたを許せません。」


聞き間違いかと疑うが、彼女は何度も繰り返すので間違いなんかではないことが確かだった。どうして久々に会ってそうそうに人格を否定されなければならないのか。オレはだんだん腹が立ってきた。


「お前にそんなこと言われる筋合いはないんだけど。」


こちらもむきになって言い返すと、玲奈の顔がさらに険しくなった。


「筋合いがない?本当にそう思うんですか?悠真さん、自分が今どれだけ私に迷惑をかけているか、少しでも考えたことがありますか?」


その問いに、一瞬言葉を失う。玲奈がこんなにも強い言葉を使うなんて、想像もしていなかった。


「何のことだよ。オレがいつお前に迷惑かけたっていうんだよ?」


玲奈は大きく息を吐いて、目を閉じた。それから、もう一度ゆっくりと目を開けてオレを見つめた。


「悠真さん、あなたは私の感情をもてあそんで、楽しませるだけ楽しませて、そして私を裏切る。そんなことをするのはあなたが楽しみたいからなんですか。」


「急に何を言い出すかと思えば、オレがお前の感情をもてあそんだ?いつそんなことをしたんだ。頭でもおかしくなったのか。」


彼女の怒りはますますヒートアップしてくるが、オレにはそれが理解できなかった。


「本当に、本当に気づいていないんですね。あなたは最低で、最悪です。」


「だから。わからないって何度も言ってるだろ。こっちが悪いっていうなら何が悪いのかはっきり言えよ。」


感情の赴くままにオレは思っていることを直接彼女にぶつけた。次の瞬間、彼女は急にぽろぽろと泣き出してしまった。女の涙を見てオレは少し冷静になる。少しむきになりすぎていたかもしれない。彼女の話を聞かないといけない、オレはそう思った。だから、彼女が話始めるのを待った。


「私は、あなたが好きなんです。もうどうしようもないほどに。男とか女とか関係なくあなたのことが好きなんです。」


オレは何も言えなかった。彼女は続ける。


「あなたは私の好きという気持ちにこたえてくれている。そう思っていました。好きですかと聞いたら好きだと答えてくれたし。ナンパされそうになったら守ってくれた。それがうれしかったのに。」


彼女は言葉に詰まる。


「知らない男を家に連れ込んでいたなんて。」


そこ一言で彼女がなんのことを言っているのか、点と線がつながった感覚がした。


「私にもやってくれないことを、どこの誰とも知れない人にはできるんですね。」


「いっ、いや、それは…。」


歯切れの悪い回答は彼女の求めるものではなかったらしい。


「こんなにも、こんなにもあなたのことを愛していたのに。あなたはそれを弄んだうえ裏切った。だから…。、さようなら。」


そう言い切ると彼女は走り去って人込みの中に消えていく。


「待ってくれ!」


手を伸ばして彼女を追いかけたが、彼女はモノクロの人込みに紛れ、もうどこにいるのかわからなくなってしまった。




この先どうすればよいのかわからず一人ぽつんと道の真ん中にいるとチャイムが鳴った。授業の始まりを示す合図だ。さっきまであれほどたくさんいた人はもう教室の中に到着したのか誰もいなくなっていた。


こうなったのはすべてオレのせいかもしれない。彼女が寄せてくれる気持ちは友達としてのそれではなく、恋人としてのそれだった。オレが彼女にやったことは、健がオレにやったことと全く同じじゃないのか。


彼女は恋人として振舞うことを期待していたのに、オレは友達として振舞った。


そして、たぶん彼女は見てしまったんだろう、オレが健を連れて部屋に入っていくところを。そうしたらどう思うかは想像に難くない。彼女から見てオレと健は男と女だ。彼女を家に誘うことは一回もしていないのに、知らない男にはそれをやっている。


オレは知らないうちに彼女の心をおだてて持ち上げたあと、地面にたたきつけるようなひどいことをしてしまったかもしれない。


誰かの怒りをもたらす行動は、すべて悪気をもって行われるわけではないらしい。オレは身をもってそのことを感じた。こんな時どうしたらいいのか。その答えをオレは持ち合わせていなかった。


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