第15話 彼女の家
メッセージアプリの通知が鳴る。内容を確認すると「今日は寒いから、家でゲームでもしないか」という内容だった。相手は最近また仲良くなった中学生からの同級生だ。
カフェでバイトをしているのを偶々見かけたことをきっかけに最近また仲良くなったんだよな。
そんな彼女から家に誘ってくれたことが嬉しく俺はテンションが上がった。
俺はすぐに返信を打ち始めた。「いいね!何時に行けばいい?」と送信ボタンを押すと、すぐに彼女から「じゃあ、午後2時くらいでどうかな?」と返事が来た。
時計を見ると、まだ1時間以上ある。何を着て行こうかと考えながら、急に胸がドキドキし始めた。そういえば、彼女とは中学時代からの付き合いだったが、家に招かれるのは初めてだ。何だか変に意識してしまう。
「昔はこんなに緊張することなんてなかったのにな。」
と、独り言を呟きながら、朝の支度を済ませる。鏡の前で少しだけ髪を整えると。もうすぐ家を出る時間になった。
準備を終えて玄関のドアを開けると、冷たい風が吹き込んできた。彼女が言っていた通り、今日は本当に寒い。冬にはまだ早いが本格的に冷え込みそうな感じがする。
体は冷えているが、心は暖かかった。周りの人間とは全く違ってスキップでもしそうなくらい軽い足取りで彼女に教えられた集合場所へ向かった。
彼女はベージュのコートを着ていた。本当に姿勢がいいやつだ。俺は彼女に合うたびにそう思う。まるで地面に釘が刺さっているかのように一本に伸びた体幹。その格好でポケットに手を突っ込んで立っているのだから、かっこいいという感想が自然に出てきた。
それはいつもどおりだった。中学のときも彼女は親友で毎日遊んでいたし、かっこよさを感じたことはあっても、可愛いとかきれいだとか感じることはなかったのに。
前にカラオケで遊んだとき、俺の内心は穏やかではなかった。きれいな水色のワンピースを来て花のように明るい笑顔を見せる彼女。それは彼女を女の子であることを強調していた。
それを直視してしまってから、俺の頭の中にはいつもその光景がこべりついている。その後に彼女の歌があんまり上手くないことがわかったりしたが、その要素はスパイスのように俺の好奇心を刺激する。
だってこれまでは彼女に負けてばっかりだった。何をやらせても俺より上手くできてしまう。そこがかっこよかったしつい嫉妬してしまうところでもあった。そんな彼女の知らない弱みを見つけてしまった。
憧れだった存在が急に近くに感じられるようになると、俺の心は揺れ動いた。曲を選ぶときに近くによったときなんか、ふとした香りが良くて興奮を抑えるのが大変だったくらいだ。
そんな彼女からの家への誘い。これは、彼女も同じような気持ちを感じているんじゃないか。このときの俺はまだそんな浅はかなことを考えていた。
隣を歩いてこれまであったことなどを話しながらアパートに入っていく。
そのときに誰かが走って遠ざかるような足音が聞こえた気がする。相当慌てていたのかドスドスと大きな音を響かせていたが、気持ちが高まっている俺には気にならなかった。
「お邪魔します。」
人生で初めての女の子の部屋。緊張しながら入ったが想像していたようなかわいい物はあまりなかった。どちらかというと男らしいというか感想が適切だと思った。白い壁に黒を貴重とした家具で統一されている部屋。このセンスはすごくかっこいいと思った。
「なんというか。かっこいい部屋だな。」
「ははっ、お前にもこのかっこよさがわかるか。」
それは彼女にとって適切な褒め言葉だったようで、彼女は非常に上機嫌になった。
「何か飲み物とかよな。」
そう言うと彼女は炊事場に向かいコップを取り出すと、ぼとぼととオレンジジュースを継ぎ始めた。
彼女の分と2つついで片方をはい、と渡してくる。俺はそれをありがたく受け取った。
ジュースに口をつけようとしたときに、このコップが陶器であることが気になった。陶器のコップは洗って使いまわすもの。このコップの一度は彼女に使われていたことになる。
これは間接キスというものになるのか。
自分でも考えていることが変態的だとわかるが、彼女の部屋にいるこの状況下でこの思考を抑えるのは難しいことだった。
「どうした?」
なかなか飲み物に口をつけようとしないことを不思議がって彼女は質問してくる。それを適当にはぐらかしながら俺はカップを一気飲みした。
「豪快な飲みっぷりだな。」
ごくごくとのど越しが部屋に響いていたようで、彼女はそんなことを言って少し笑っていた。
「さあ、どのゲームをやろうか。」
ビデオゲームに、トランプ。そんなに数はないが楽しめそうなゲームがいくつかあった。
「じゃあ、トランプでカードゲームをやりたい。」
俺は率直な意見を述べた。
パンパンと勢いよくカードを床にたたきつける音が聞こえる。
俺と彼女はトランプでスピードというゲームを楽しんでいた。遊ぶものに飢えていた中学時代に長いことやったゲームの一つであり、俺と彼女のつながりでもあった。
「はい。上がりー。」
彼女が手札の最後のカードを山に置き勝利を宣言した。これで彼女は50戦中32勝だ。
「やっぱり相変わらず強いな。」
動体視力がいいのか頭の回転が速いのか、彼女はこういったゲームではかなり強かった。俺もそれなりに自信のあるほうなのだけれど、彼女には結構勝ち越されてしまった。
50戦もやっているとさすがに飽きてくるので、少し休憩することにした。
彼女はキッチンでお菓子をとってくると、机の上に広げてくれた。黒いクッキーの間に白いクリームが挟まっているあのお菓子だ。
サクサクとしたクッキーは俺と彼女の両方の緊張をほぐし、甘いクリームは快楽をもたらした。
そのあとはビデオゲームに熱中した。俺は結構負けず嫌いなので、勝てるまでやろうとむきになったが彼女にはなかなか勝てなかった。
彼女がすぐ隣に座っていたことも敗因だったかもしれない。トランプで対面していた時には気づかなかったのだが、彼女はもう立派な大人の女性だった。
自分にはその色香に耐性がなく、とても集中してゲームできるような状態ではなかった。
ずっとやり続けていると、外が暗くなり始めていることに気が付いた。
「あれっ、外真っ暗になってる。もうこんな時間か。」
それは彼女も同じだったようだ。
ぼちぼち終わりますかと彼女と一緒に片づけをしているときに、俺にはある考えが浮かんでいた。俺のこの気持ちを正直に彼女に伝えるべきなんじゃないか。そういう考えだ。
今は、中学時代の延長をだらだらとやっているだけで、これ以上親密になることはできないかもしれない。そんな不安が頭をよぎる。彼女が家に誘ってくれている今だからこそ、伝えるべきなんじゃないか。不安に後押しされ、俺は今の気持ちを正直に話すことにした。
「ちょっと聞いてほしいことがあるんだ。」
「んー。どうした。」
ゲーム機のコントローラーのケーブルをくるくると巻きながら、声だけで受け答えをする。俺が結構重要なことを伝えたいことを彼女はまだ理解していない。そう感じた俺は少し声色を真剣にして「大事な話なんだけど。」と続けた。
その空気を察して、彼女はこちらに体を向けた。
「お前って、今の俺との関係をどんなものだと考えている。」
俺には度胸がなかった。最初から、俺はお前のことが好きなんだけどと伝えることは出来なかった。だから最初はそんな問いを彼女に投げることにした。
「んー。そうだな。すげー仲のいい親友って感じかな。一緒にいると昔のことを思い出して落ち着くところがいい。」
「そうか。」
気づいてはいた。彼女が俺に持っている思いと、俺が彼女に対して抱いている思いには温度差があることを。
彼女は中学時代と変わらない親友として俺と付き合っているんだ。でも、俺は違う。ここ最近彼女と会うようになって、彼女と会う日々が恋しくなって気づいてきた。俺は彼女が好きなんだ。親友では満足できないんだ。恋人になりたい。そういう情欲を彼女に抱いてしまっていることを申し訳なく思う。でもこれは心にとどめきれなくてあふれてくる、そういう感情なんだ。
「もし、そんなことあるかなってくらいのIFの話なんだけどさ、俺がお前のこと好きだって言ったらどう思うかな。」
ついに俺は言ってしまった。かなり保険を設けたチキンな告白。それを受けて彼女は明らかに動揺していた。
「やめてくれよ、そんな悪い冗談。」
彼女から出てきたのは、明確な拒絶。それも生半可なものじゃない、絶対にそんなことは考えたくないって感じのものだった。
「そう…、だよな。」
想像はしていたが考えたくなかったことが現実になった。これを伝えれば、受け入れてくれるか、冗談として受け流されるか、それくらいならよかったのに。
俺の告白をきっかけに彼女の態度は急変した。
「お前、まさかこれまでもオレにそんな気持ちをもってたりしないだろうな?」
彼女の呼吸は荒く、冷や汗が流れている。告白を拒絶された俺以上におかしな状態だとわかるほどだった。
「いや、そんなことは…。」
ないとは言い切れなかった。
この思いは彼女は会うごとに強くなっていったものだったから。それを否定することは彼女に嘘をつくことになる。だから俺は沈黙した。
「そうだったのか。そうだったのかよ。」
受け入れたくない事実を反芻するかのように彼女はつぶやいた。
「男に好かれるなんて想像もしたくない。」
彼女から出てきたのはそんな言葉だった。
彼女に嫌われたくない、このまま拒絶されたまま終わりたくなんてない。その一心で、彼女に手を伸ばして安心してもらおうとする。
「近づくな!」
その手は、彼女によって払いのけられた。
「もう出ていけ!お前とは今後会うつもりはない!」
その言葉は俺の心にナイフのように突き刺さった。もう、前のような関係には戻れない。そんな確信が俺の目の前を真っ暗にする。
「ごめん。わかったから。」
最初は出来心だった。なのにあの告白からこんなことになるなんて…。やってしまった後悔と、どうしてそんなに強く否定されるのかと彼女を責める思いが心に渦巻く。俺にできたのは彼女に謝って部屋から出ることだけだった。
外はもう真っ暗になっている。俺の心情をこの空に描いたら、溶け込んで見えなくなってしまうだろう。頬を涙が伝っていく、男が泣くなんて情けない。そう思って上を向いても、あふれる量が多すぎて止めることは出来なかった。悲しさと後悔と怒りでぐちゃぐちゃになる。さっきまで好きだった人に怒りを向ける自分が嫌になる。彼女の家から出た後、この日起こったよかったことは、帰り道に誰ともすれ違わなかったことだけだった。




