表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/29

第12話 卓球

久しぶりに卓球でもしないか。健からそんな誘いがあった。


卓球か。ひさびさにするのもいいだろうな。


オレと健の中学生時代を振り返った。卓球はその思い出で一番記憶に残っているところでもあるから。


中学生の時、オレと健は登下校を毎日一緒にして、毎日遊ぶ、それくらい親密な仲だった。でも毎日遊んでいたら遊ぶものって飽きてこないだろうか。


同じ公園で一つの遊具を1時間以上も遊び続けられるのは小さい子どものうちだけだ。


オレと健も同じ状況になった。ふたりとも家に余裕のある方ではなかったから、親にゲーム機とかねだっても買ってもらえなかったんだ。そうすると遊ぶことや遊ぶ場所はかなり限られてくる。


最初はそれでも良かった。健といっしょにブランコをしたり、シーソーをしたりして遊んだのは覚えている。でも公園の遊具は中学生には単純すぎた。


次第に公園での遊びに飽き始めたオレたちは、新しい遊びを探すことにした。そんな時、ふと健が提案したのが卓球だった。


「お前ん家に卓球台とかないか?」


健が少し照れくさそうに言ったのを覚えている。


「ないけど、うちの近くって体育館があるよな。あそこ放課後はそこそこ安く開放してくるから遊び場として使えるかもな。」


オレはそんな提案をしたんだったか。


それがきっかけで、オレたちは放課後に体育館へ通うようになった。二人で一緒にそれぞれの親に頼み込んでいってなんとかお小遣いを出してもらいに行ったのが懐かしい。


二人で一生懸命考えた体育館で遊びたい理由を親に伝えて説得する。たまたまオレ達は似たような境遇だったから、良い説得の材料になった。


彼を一番の親友と考えるようになった最初のきっかけはそんな経験があったからだ。


ともかく困難を乗り越えて、オレと健は卓球が始められるようになったんだ。


最初はルールもあやふやで、ラケットの持ち方さえまともに知らなかった。だけど、毎日放課後に練習していくうちに、お互いの腕はメキメキと上達していった。


オレと健は、放課後の卓球が楽しみで仕方なかった。ラリーを続けるたびに、二人の距離がどんどん縮まっていくような気がした。負けず嫌いのオレたちは、お互いに勝つために真剣に取り組んだ。その中で何度も笑い合い、時にはムキになってケンカすることもあったけれど、それもまた楽しかった。


そんな思い出が蘇ってきた今、健からの誘いを断る理由なんてなかった。


「久しぶりにやるか!」


オレは健にそう返信した。




やってきたのは駅前の商業施設。ビルの中にいろんなスポーツができる場所がある施設だ。中学生の頃はこんなところに来ることはできなかったが、バイトをやっている今なら来れることができる。


金銭的な余裕が生まれていることに、昔との違いを感じ、生活の変化を強く感じていた。


少し早めに来たので入口のあたりで健を待っていたが、健が来たのは集合時刻を過ぎたころだった。こういうところは昔と変わってないんだな。そこにオレは安心した。


卓球をはじめると昔の懐かしい日々が一気に蘇ってくるようだった。エレベーターで卓球場のあるフロアに向かう途中、オレたちは昔と今の自分たちについて語り合った。


「こういう場所に来られるようになったって、ちょっと大人になった気がするよな。」


健が笑いながら言った。


「ああ、バイトのおかげでな。中学の頃は、こんなところは夢のまた夢だったもんな。」


オレも笑顔を返した。


卓球台のあるスペースに到着すると、オレたちはすぐにラケットを手に取った。卓球台を前にすると、まるで時間が逆戻りしたかのような感覚に陥る。手に馴染んだ感触が心地よく、無意識にフォームが整っていく。


「準備はいいか?」


健が挑戦的な表情で問いかけてきた。


「いつでも来いよ!」


オレはラケットを構え、少しだけ体を落とした。昔と同じように、自然にラリーが始まった。


ピンポン、ピンポンと軽快な音が卓球台に響く。最初はお互いに軽く打ち合っていたが、次第に昔の競争心が蘇ってくる。オレたちは無言で互いを見つめ、打ち合いは激しさを増していった。


「あの頃より腕が落ちてるんじゃないか?」


健がニヤリと笑いながら言った。


「お前こそ、まだその程度か?」


オレも負けじと挑発を返す。


いつの間にか、お互い本気になっていた。打ち返すたびに、昔の熱い思いが甦り、まるで中学時代に戻ったかのような感覚が広がっていく。周りの雑音も、時間の経過も忘れ、ただ健との勝負に集中していた。


結果は、接戦の末、オレが勝利した。息を切らせながら、オレと健は互いに笑い合った。負けて悔しそうな健の顔を見ると、やっぱりこの時間が好きだと思った。


「やっぱりお前は強えな、悠真。」


健が悔しそうに言う。


その言葉にオレは一瞬戸惑ってしまった。健から出たやっぱりという言葉はオレの記憶とすれ違っていたからだ。


オレと健は実力としてはそんなに離れているわけではなかったけれども、健との対戦成績は負け越していたと思う。だいたい6対4くらいだっただろうか。


それが健と共有されていたなら、オレに負けた健はもっと悔しがっていたはずだ。


でも今の反応はどうだろう。まるで、健よりオレの方が強かったみたいだ。


オレが元から女だったことになっている影響で過去も変わってしまっている部分があるのか。頬をすうと一滴、冷や汗が伝った。


オレは少し誤魔化しながら健に尋ねた。オレとお前ってどっちが強かったっけと。


健は少し驚いたように眉を上げたが、すぐに笑いながら答えた。


「何言ってんだよ、悠真。お前がいつも俺を負かしてたじゃないか。お前はすげー持久力があってどれだけやってもピンピンしてたよな。俺もかなり本気でやってたけど、お前にはかなわなかったよ。」


その言葉に、オレは内心でゾッとした。記憶の中のオレと、今のオレが共有している過去が微妙に食い違っている。これまでにも、女として生きることになったことで細かいところで違和感を感じることはあったが、健との思い出まで変わっているのは予想外だった。


「そっか、そうだったんだな。」


オレは無理に笑みを浮かべて答えたが、心の中はざわついていた。


卓球台に置いたラケットを見つめながら、オレは自分が覚えている過去と、健の記憶の中の過去との違いについて考えずにはいられなかった。これが単なる思い違いならいいが、オレが元から女だったことになっている影響で、他人の記憶まで変わっているとしたら……。


健は気づかずに、次のゲームの準備を始めている。だが、オレはまだその場に立ち尽くしていた。


「どうした、悠真?もう一回やるか?」


健が声をかけてくる。


「……ああ、やろう。」


そう答えたものの、胸の中に生まれた不安は拭い去れなかった。


この先、他の思い出や関係も変わっていくのだろうか。そんな不安が頭をよぎるが、今はただ、目の前の卓球台に集中するしかなかった。


ラケットを握り直し、再び構えをとる。健と向き合いながら、オレはこの瞬間だけは過去の変化を忘れ、再び勝負に没頭することを決意した。だが、その小さな違和感が、オレの心の奥に根を張り始めていることに気づかずにはいられなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ