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第1話 「ない…」

「ない…。」




ここは大学の端の一角にある人気のないトイレ。文系学生の高坂は自分の興味で取った楽でもない授業に出席するために大学の一番隅の建物に来ていた。


なぜか退屈だったり難しい授業に限って1限にあることを普段から呪っている彼だったが、今日は珍しく朝から気分良さげに通学していた。


起きた時間は8時37分。普段とあまり変わらない、いやむしろ遅いくらいだろう。


だが、歩いて5分で大学に通える場所に下宿している彼にとっては焦る要素ではなかった。


そんなことより彼には良いことがあった。目覚めがとんでもなくよかったのだ。


こんな目覚めの良さはもう5年は経験していないだろう。朝は低血圧なのか毎日気分のすぐれない日々が続いていた彼には、今日起こることすべてが幸せに思えた。


終わり良ければすべて良しということわざがあるが、はじまりから良い方が最も幸せだろう。彼はそんな下らないことを考えていた。


だが、そんな気分の良い彼に転機が訪れる。


お腹の少し下側にキュルキュルと詰め寄るような感覚。同時に発される筋肉を締めておかないとという信号。


そう、尿意だ。


「まずいな。」


彼はそんな尿意に襲われながらも、至って冷静に現在の時刻を確認した。


8時55分。大学の端に最初の授業があるのだが、最悪なことにこのあたりにはトイレが異常に少ない。トイレに向かっていては最初の授業に間に合わない。


出席する予定の講義は9時からだった。


最悪だ。もう少し早く起きてトイレを済ませてから大学に来ていれば。


厳しいと噂の教授だが、トイレに行っていたと正直に説明すれば話のわからない人ではないだろう。


そう自分に言い聞かせ。大学の一番端にある、人気のないトイレへと急いだ。




トイレが見えた。


膀胱から送られる脳への指令はさらに強力なものになっていた。


寝起きすぐに家を飛び出してきたから、タンクの中はいっぱいだろう。


見えているから走っていきたいのに、一歩一歩進むごとに衝撃が脳に伝わる。


もう漏れてしまうかもしれない。限界が迫ってくる足音が聞こえてきていた。


早く行きたいのに、走ることができないじれったさを抱えながらなんとかトイレまで辿り着いた。


迷いなく男子トイレへ駆け込んだ。 


小便器の前に立ち、社会の窓を開く。チャックをずるずるとおろしていき、二重に重なったパンツの布を開く。


普通なら開くはずだった。そう、普通なら。


パンツの布は切れ目などなくツルツルとして、いくら指を滑らせても目的の隙間はなかった。


「そんな……、えっ、えっ………。」


混乱する脳内などお構いなしに、ダムの水位は決壊寸前だった。


「…ない。」


それがこの事件が起きる前の彼の最後の発言だった。


猛烈な量の液体が移動を開始した。少し隙を作った出口めがけて。一度侵攻を許した扉は勢いに負けてかますます開いていく。


「あ、…あ。」


ショックのあまり声がでない。


彼は股間から太もも、足先につたっていく温かい流れを感じた。


それと対応するように、履いていたジーンズの青色がより深く変色していった。


そのときじわじわと涙が溢れ出す。我慢をしようとしていたのに、堪えられるものではなかった。


大学生とはいえ、彼も成人している1大人である。ズボンをびちゃびちゃにしてしまうほど漏らすのはプライドが持たなかった。


何秒、何分そこに立ち尽くしていただろうか。


人気のないトイレだっとことが幸いしてか、その現場を目撃する人はだれもいなかった。もし目撃されていたら、学生生活に復帰するのはもっと至難だっただろう。


ズボンに染み込んだ液体が蒸発してきて、漏らしたとはわからなくなったとき。それが、彼の思考が再起動したときだった。


結構な時間がたち、だいぶ思考も落ち着いてきた。今日は、帰って休もう。大学の講義は毎回出席していたので、一回の欠席は大丈夫だろう。


そう考え、彼は帰路についた。




ただいま。


一人暮らしで同居人はいない彼だったが。家を出るときと帰るときには挨拶を欠かさない変なポリシーを持っている人物だ。


今日は緊急事態が起こっていたが、毎日の習慣は彼に落ち着きを与えた。


誰にも見られていないとはいえ、服を脱ぎ損なってお漏らしをしてしまうのは屈辱だった。


何が起こったのかを冷静に確認しないといけない。そう彼は考えた。


バケツに水を張り、ズボンと下着をその中に突っ込むことにする。ズボンのベルトに手をかけようとしたとき、ある違和感に気がついた。


あれ、俺の腰まわりってこんなに大きかったっけ。


毎日風呂に入ったりするときに確認するからわかる事がある。自分の体を見下ろすときの輪郭と今の輪郭は気の所為にはできないほど大きな違いがあった。


なんだかとんでもないことが起きているかもしれない。物事の核心に近づこうとするときに感じる予感があった。


どんなに違和感を感じても作業は続けなければならない。だって液体が蒸発して匂いが香りはじめているこの状態を脱したいから。抵抗を感じつつも作業を進めなければならなかった。


ベルトの留め具を外し、腰から引き抜く。ズボンのボタンを外し、チャックを下ろす。少し心の準備をしてから、ひと思いにズボンを下ろす。


そこに現れたのは、遮るものなど何もなくストンと足の根元まで繋がっている鼠径部と、そこに隙間なく張り付いている白と水色の横縞があしらわれている布地だった。


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