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自作小説倶楽部 第28冊/2024年上半期(第163-168集)  作者: 自作小説倶楽部
第164集(2024年02月)/テーマ 「血」
7/26

02 柳橋美湖 著 『アッシャー冒険商会:17』

〈梗概〉

 大航海時代、商才はあるが腕っぷしの弱い英国の自称〈詩人〉と、脳筋系義妹→嫁、元軍人老従者の三人が織りなす、新大陸冒険活劇オムニバス。今回はロデリック夫妻の子供ハレルヤの話題。


挿絵(By みてみん)

挿図/©奄美「腕立て伏せ」

~水兵服(セーラー服)は19世紀半ばに英国海軍が採用した軍服。以降、世界各国の海軍が追随。他方で、欧米上流階級子弟が、その利便性から着用しだす。その流れで、日本の女子校でも水兵服が制服になった。本編は17世紀末18世紀初頭設定だけれども、恰好良さから描いてしまった(奄美)

    17 血筋


 ――ロデリックの日記――


 一六〇〇年代末新大陸マサチューセッツ植民地。私・ロデリックの屋敷――


 街道を行く乗合馬車の停車場から続く田舎道に入り、なだらかな丘陵は狩猟林と耕作地を抜けてゆく。すると、板葺きや藁葺き屋根の集落に出る。旧大陸の貴族達の中には、旧大陸の慣習・荘園制をそのまま持ち込んで、移民者・原住民を小作人として雇い、荘園屋敷の周囲に家を与えた。そういう人々の集落だ。

 小作人集落から一本道をさらに奥に進んで行くと、突き当りにあるのが荘園屋敷だ。荘園屋敷の入口には、意匠を施した格子の門があり、両側に守衛が立っている。敷地内には小川が流れ、小さな湖に注がれおり、空きスペースには花壇や果樹園、そしてテニスコートが勤勉な園丁によって整備された。


 居館本館は、屋根裏部屋が付いた煉瓦造りで、ファザードをくぐるとまず、吹き抜けのホールになり、奥には食堂と厨房がある。

 一階ホールは吹き抜け構造で、壁際には大窓、暖炉と時計が置かれている。中央の天井からは大きなシャンデリアが吊り下げられ、大窓からは柔らかな光が射しこんでくる。一階から二階に上るには、意匠で飾った木製の手すりが付いた階段を使う。階段を上る際の辛苦を和らげるため、踊り場のある階段を上るとき、壁の肖像画や骨董品を楽しめるように工夫してある。

 二階が屋敷の家族の部屋と客室、図書室があり、各室の窓やバルコニーからは、湖や田園が眺望できる趣向になっていた。

 二階から、さら上ると屋根裏となり、使用人部屋となっている。


 妻のマデラインは脳筋系だ。男物の乗馬服を着ているときは、もっぱらホールで、スクワットや腕立て伏せをしているときだ。腕立て伏せをするとき、最初、息子のハレルヤを乗せていたのだが、近隣に住む友人・知人の子供達が遊びに来るようになると、その子達も一緒に背中に乗せて腕立て伏せをするようになった。――そのためコルセットを外すと、腹筋割れしたボディーが露わになるのだ。


 敷地内には木造二階建ての別棟があり、数年前、盗賊が襲撃していた乗合馬車から執事アラン・ポオが救出したシスター・ブリジットと彼女の養女ノルンを住まわせている。事件で両親が亡くなり孤児になったのをシスターが引き取ったのだ。シスターは医師でもあり、妻が息子ハレルヤを出産するときは世話になった。妻とシスター・ブリジットはママ友だ。シスターの養女ノルンは、好奇心旺盛な、いつも笑顔を絶やさない可愛らしい少女で、よくハレルヤの子守りをしてくれた。


 そして、息子の遊び仲間にはもう一人、親友ベン・ミアの養子アーサーが加わる。ベン・ミアは、故郷ブリテン島にあった大学に私が在籍していたときの学友で、馬車で小一時間ほど離れたところに荘園屋敷を構え、週に何度か、アーサーを連れて訪ねて来ては、狩猟や釣りを楽しんだものだ。

 アーサーはノルンと同じ七歳で、息子ハレルヤよりも二歳年上なのだが、年長のアーサーもノルン同様に、ハレルヤを可愛がってくれたものだった。



 私とベン・ミアが外出すると、留守を預かる妻のマデラインは、今や三人の子供達を背中に乗せて腕立て伏せができるようになった。


               *


 荘園経営は順調だ。これには片眼鏡をした執事アラン・ポオの功績が大きい。

 旧大陸で事業をしている父から付けらえた執事アラン・ポオは、かつては故国の陸軍で大尉にまで昇進した経緯からか、老騎士然とした威厳があり、幼少期の私と、遠縁の親戚の娘から義妹となり、さらに妻になったマデラインに護身術を教示してくれた。我々夫婦にとっては、父親のような存在でもあった。


 執事としての彼は、職務を全うするだけでなく、軍隊時代の厳格な訓練や指導力を持ち込み、屋敷内の秩序と規律を守る役割を果たしている。冷静かつ的確な判断は、私の荘園と屋敷における安定と信頼を築いている。


 朝、私が起きると、アラン・ポオは、私の衣服を着るのを手伝いに寝室に来る。

 アラン・ポオは、実に手際よく、私にシャツ、赤いベスト、襟元には白いレースが施され、黒いウールのコートを着せた。さらに足に、シルクの靴下と、あらかじめ磨き上げていた黒い革靴を履かせる。それから、髪に櫛を入れ、バックルが付いた三角帽子を頭頂に置く。


               *


 二階から一階のホールに降りると息子と友人・知人の子供達三人が遊んでいた。


 七歳児の少年アーサーは、リネン生地で作られたフリル付きのシャツを身に着けている。その上から、ベルベット地のジャケットを羽織り、金メッキしたボタンで留め、シルク製のパンツ、バックルの付いた革靴を履いている。ジャケットの腰にはリボン飾が、首にレースの襟巻きが巻かれ、帽子に羽根飾りがあった。――少年が義父のベン・ミアに愛されているのがよく判る。ベン・ミアは独身だが、妻の代わりに旧大陸から姉を呼んで、養子の教育を行わせていた。

 

 同じく七歳のノルンは、軽やかに波打つ黄金の髪は、ふんわりとした頬と紅色の唇、鼻は小さく、紺碧の瞳をしていた。上品なレースとリボンで飾られたシルクのドレスを纏い、彼女の奇麗な肌にフィットしていた。ドレスのシルク生地には繊細な編み模様が施され、細い脚には白いタイツ、さらに黒い革靴がある。華やかなリボンの髪飾りが飾られており、彼女の可愛らしさを一層引き立てていた。


 昨今の上流階級では、幼い子息に対し、女児の恰好をさせることが流行っている。亜麻色の髪をしたわが息子ハレルヤも、その風潮の犠牲者であった。――妻のマデライン、ママ友のシスター・ブリジット、さらには〈隣のお姉さん〉ノルンは、五歳児の息子を、着せ替え人形のようにして楽しんでいた。――長じてトラウマにならないか心配だ。


               *


 息子ハレルヤが成人したら荘園を譲り、私自身は故郷のブリテン島に戻り、男爵位を相続しなくてはならない。脳筋な妻マデラインを始めとする年上女性達によって、女の子衣装の着せ替え遊びをさせられる息子の行く末が案じられる。昨今では、妻の真似をして、スクワットや腕立て伏せに明け暮れていて、文字の読み書きを怠っているようだ。


               *


 貴族の子供も帯剣する。華麗な銀の装飾で彩られ、代々受け継がれて来た柄に家紋を刻んだ短剣は、子供達の生命を守って来た。鞘から抜いた刀身は、陽光を反射して輝く。


 私や妻のマデライン同様に、息子には、軍人上がりの老執事アラン・ポオを付けて武技を習得させることにした。


 アラン・ポオは、

「ハレルヤ様、短剣を扱うには、力任せに振り回すのではなく、相瞬時に敵の動きを読みかわす眼力と、足さばきが必要でございます」ハレルヤは、真剣に、短剣の扱い方を学ぶのだが、アラン・ポオに言わせると、「ハレルヤ様には才能がございません。およそ軍人には向きません」と私に釘を刺した。――軍人は男の子の憧れだ。可哀そうにそういうところは、母親に似ず、父親である私の血を色濃く反映している。


 息子ハレルヤは、妻マデラインの真似をして、スクワット・腕立て伏せをした。だが息子の遊び友達、アーサーやノルンンのように、背中に二人を乗せて腕立て伏せをすることは、年下のハレルヤには、体力的に無理があった。〈お兄さん、お姉さん〉な二人を背中に乗せて腕立て伏せを試みるのだが、筋肉が未発達であるため、ぺしゃんこになってしまう。――息子は少なからず凹んだ。


 私は、この状況を好機と捉え、ハレルヤに読み書きを教え始めた。ハレルヤは最初こそつまづきがちだったが、励ましたり褒めてやったりすると急速に文字を覚えだした。今では一人で絵本を読んでいる。


               了  

〈登場人物〉


アッシャー家

ロデリック:旧大陸の男爵家世嗣。新大陸で〝アッシャー冒険商会〟を起業する。

マデライン:男爵家の遠縁分家の娘、男爵本家の養女を経て、世嗣ロデリックの妻に。

アラン・ポオ:同家一門・執事兼従者。元軍人。


その他

ベン・ミア:ロデリックの学友男性。実はロデリックの昔の恋人。養子のアーサーと〝胡桃屋敷〟に暮らしている。

シスター・ブリジット:修道女。アッシャー家の係付医。乗合馬車で移動中、山賊に襲われていたところを偶然通りかかったアラン・ポオに助けられる。襲撃で両親を殺された童女ノエルを引き取り、養女にした。

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