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自作小説倶楽部 第28冊/2024年上半期(第163-168集)  作者: 自作小説倶楽部
第164集(2024年02月)/テーマ 「血」
6/26

01 奄美剣星 著 『エルフ文明の暗号文:02』

【概要】

 新大陸エルフ文明〈廃都〉遺跡での事件を解決した考古学者レディー・シナモンと、相棒のブレイヤー博士に新たな勅命が下る一方で、新たな事件に巻き込まれる『エルフ文明の暗号文』(ヒスカラ王国の晩鐘 48/エルフ文明の暗号文 01)


挿絵(By みてみん)

挿図/©奄美「洗濯船」


     02 洗濯船(血)


 レディー・グラシア・ホルムズ警視は、ワイシャツにジャケット、タイトスカートにハイヒールを履いている。その人によると警察は、シルハ駅の駅員、公園清掃員、洗濯船管理人及びガス灯点灯夫から、次のような証言を得ているとっ説明した。


 ――証言まとめ――


 轟音とともに白い蒸気が、竜のような帯となり、螺旋を描いてまとわりつく。前輪・動輪・従輪を二つずつ並べた、蒸気機関車に牽引された七両編成列車が、

シルハ駅一番線に入線した。シルハ駅は、アーチ形フレームにガラスを貼りつけた屋根で覆われ、十二ある端頭式ホームになっている。


 列車を降りた褐色の肌の男が改札口を抜けると、待合室立ち飲みカフェで珈琲とクロワッサンの朝食をとった。

 副王府シルハの冬は風がなく雪も少ししか積もらない。ただ湿り気を帯び、靴底から冷えてくるのが特徴だ。

 駅を出てすぐに川が横切っており、五つのアーチのある石橋を渡る。男が、向こう岸に渡ると川沿いに歩道があった。川の流れを覗き込むと意外に速い。洗濯船は公園に臨んだところにある。


 洗濯船というのは、しばらく後に登場するコインランドリーのようなもので、番台に小銭を払って衣類を洗濯し、船の乾燥室で干す。――水道が未発達のころに盛んだった施設だ。――洗濯船は平底で、縁のところまで庇がある。庇には細い柱があって、隣と隣が仕切られている。盛時はそこに女たちが一列に並んでいっせいに洗濯をしていたものだ。洗濯船の中には二階が乾燥室になった階層構造のものがあった。その洗濯船もそうだった。


 男は、河川敷に沿った狭い路地を歩いて、渡し板を昇り、横づけされた洗濯船に乗った。

 宿泊費を受け取った番台の親爺が訊いた。

「お客さん、新大陸に来て日が浅いね?」

「まあそんなところだ」

 男は、出身地を答えるのが、いかにも、ウザいという顔だった。

「空き部屋がある。シルハ一安い。良かったらどうかね?」

「悪いが今日は洗濯だけにしておく」


 ――流行らなくなった親爺の洗濯船は、船室の一部を安部屋として転用していた。


 男はトレンチコートに深縁のソフト帽といった格好で、洗濯場のあるデッキから階段を上がり、二階にある部屋の一つをノックして、部屋の主が顔を出したところで、強引にドアを開き、中に割って入る。

 男は、リボルバー式拳銃を見せた。


 私は身を乗り出して、

「レディー・グラシア警視、男は撃ったのですか?」

「いや、現場に被害者の血痕はなかった。つまり撃っていないと断言できる。――部屋にはマグカップが落ちていたことから、こんなやり取りが想像できる」レディー・シナモンよろしく伯爵令嬢である警視は、たぶんこんなやりとりがあったのだろうと話しを続けた。


「アベラール・ランティエさん、例の暗号の内容を教えて欲しいのですよ。自分はSM趣味がない。……ああ、そうそう、珈琲でもご馳走して戴けませんか」

 板部屋にはストーブと最小限の家具とがあった。


 アベラールと呼ばれた部屋の客が、安物のカップに珈琲を注ぎ、乱入して来た男に渡す。すると男は、懐中からスティック状になった紙袋を取り出して封を切り、粉末をカップに入れる。そして部屋の客アベラールに返し、「飲め」と命じた。


 乱入してきた男の尋問は、〈効果〉が出てから、ごく短く行なわれた。何を聞いたのは定かではない。少しして男はアベラールに二杯目の珈琲を飲ませた。その際も、スティックから粉末を一服盛っている。――やがて、アベラールは胸を押さえ、膝を床に突っ伏した。


 アベラール氏を殺害した犯人は、人気がないのを確認すると部屋を出て、番台の親爺に札束を渡し、「貴男は誰も見なかった。いいですね。この意味が判りますね」と言って立ち去った。


 通りの街灯は電化しておらず、ガス灯を用いていた。ガス灯は、夕方になると、

点燈夫が、竿の先に装着された点火具で、火をともして周る。


 殺人犯は、暗くなりかけた、川べりから少し歩いたところで、黒塗りのタクシーを拾った。タクシーは、化石のファザードがある百貨店方向に向かって走り去った。


 シルハ警察は、殺された洗濯船在住の男、アベラール・ランティエの遺体を、司法解剖した。指紋、血液型、薬物反応。型どおりの手続きはしたのだが、決め手となるような、毒物は検出されなかった。そのため、心臓不整脈による突然死と判断し、捜査は打ち切りとなった。



 同三十日、シルハ副王府の一角にある博物館通りだ。

 レディー・シナモン少佐と、私・ドロシー・ブレイヤー博士は、警察に頼まれていることを隠し、副王府に社屋を持つ新聞社に籍を置く著名な写真家キャパに、アカデミー会員であるという一面だけを見せて接触、この人の知人で、殺人事件の容疑者である美術評論家オスカー青年に、それとなく事情聴取した。


「オスカーは、旧大陸王都の美大を退学して、新大陸に渡り、ここシルハの大学に入学し直した。絵描きになろうとする奴は多いが、人類学や美学をやる奴は珍しい」


 レディー・シナモンが、

「この博物館界隈には、美術館があります。そちらをご覧になったついでに、ここへ?」

「ああ、あそこの美術館は古典作品コレクションで、趣味に合いません。――常に僕は、アバンギャルドな作風を求めているのです」

「ご自身は、絵を描かれないのですか?」

「描くのは、好きなのですが、何を描きたいのかが判らない。だから人類学と美学とを学んでいます」


 話題が、ガラスケースに収まった、展示品についてになった。

 オスカー青年が若い考古学者に、

「レディー・シナモン、各遺跡の時代がよく判りますね。どうやって見極めるのです?」

「積み木崩しゲームを思い浮かべてください。上から順に積み木が、赤青黄色に白と黒と重ねられたとします。赤が現代のシルハ、青が大航海時代、そして白が古代エルフ文明、黒が原始時代。――そんなふうに地層を線引きします。各時代の遺物を見つけて〈標準化石〉とし、ターゲットの地層だけを追いかけて、遺構を掘り返して行くわけです。――地層は時間の物差しです。文献記録に記載された、洪水とか、火山爆発とかいった、地層は〈鍵層〉といい、重要な目盛りとなります」

「遺物が化石というのは面白い」

「ああ、考古学は歴史学の系譜なのですが、学問ジャンル成立期に地学者が考古学者を兼業していたため、地学的な技法を用いたのが今に続いているのです」

 オスカー青年の興味は原始時代の女神を象った土偶だ。


 青年は首を傾げて、

「腹の出っ張った小母ちゃん人形のどこが女神なんだ?」

「考古学で言うと機能論。お腹が出ているのは妊婦を意味しているととらえるのは容易です」レディー・シナモンが微笑んだ。そして、「犯罪は、犯罪が行われた時期の動機によってなされ、時間の中に埋没し、証拠品によって立証されます。対して遺跡は、ある時代の建造物構築者の意図によってなされ、地層の中に埋没し、遺物によって立証されます」

「つまり、犯罪捜査と遺跡調査の手法は一緒というわけだ」

「はい、犯罪動機や遺跡構築意図を導き出すには、現場で、行為がなされた問題の時間・地層のみを、面的に広げて行きます。時間軸の中の、ある限定された空間域を見つけ出す作業を行います」シナモンはこうも続けた。「謎を解く〈鍵〉も同じです。例えば、古代都市の近くにある火山が爆発し、火砕流が市街地を覆ったとします。するとその市街地を覆っていた火山性堆積物が、〈鍵層〉となり、同時期の周辺遺跡を特定することができる。――まるで暗号解読みたいでしょ?」

 レディー・シナモン少佐は本題に入った。


【登場人物】

01 レディー・シナモン少佐:王国特命遺跡調査官

02 ドロシー・ブレイヤー博士:同補佐官

03 グラシア・ホルム警視:新大陸シルハ警視庁から派遣された捜査班長


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