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自作小説倶楽部 第28冊/2024年上半期(第163-168集)  作者: 自作小説倶楽部
第163集(2024年01月)/テーマ 「歌」
5/26

04 らてぃあ 著 『演歌の花道』

【概要】

演歌歌手志望のアヤメさんと巻き込まれ体質の『わたし』と幽霊の話


挿絵(By みてみん)

挿図/©奄美「ステージ」

「いつか咲かせてみせます。大輪の」

「アヤメさ~ん。もう寝たほうはいいですよ。ほら、薬飲んで、あ! チューハイなんか飲んじゃ駄目じゃないですか」

「この胸の悲しみに耐えかねて、呑まずにはいられない。ままならぬ世を嘆き、ひとり寂しく」

「いやいやいや。少しでいいので頭を通常モードに切り替えてください。喉を直すのが先ですって」

「たとえ命が尽きるとも、歌い続けるのが私のさだめ」

「死にません。ただの風邪ですって」


 さっきから会話が成立しているようなしていないような。アヤメさんとわたしは同じ飲食店に同時期にアルバイトで入って知りあった。年上とはいえ、アヤメさんはメニューを暗記し、ホールスタッフだけでなく伝票処理や厨房の手伝いまでなんでもこなした。その有能さに最初「何故アルバイト?」と驚き、私生活のことを話すようになると、「何故演歌歌手志望??!」と驚かされた。神様がアヤメさんに平均以上の能力を与えすぎたために変な人格を植え付けることによってバランスをとったのだと思うことにしている。優秀な彼女は作詞作曲もこなし、演歌歌手として活動中はそのことで頭が一杯らしく。話すことまで演歌っぽくなってしまうという奇癖があった。


 そのまま距離を置いて赤の他人になれば良かったのだが、貧乏学生のわたしはご飯をおごるから新曲を聴いて欲しい。という誘いに度々アヤメさんの自宅までホイホイついて行き、アヤメさんのお爺様(お金持ち)にお小遣いをにぎらされているうちに「マネージャー兼付き人」として囲い込まれてしまった。


 悔しい気持ちもあるが、わずかとはいえ決まった給料が振り込まれるようになり貧乏なわたしはとても助かってしまっている。ちなみに財源はアヤメさんが他人に提供した歌詞の使用料だという。作曲家の先生に専業の作詞家になるべきと説得されたそうだが、アヤメさんは申し出を一蹴した。件の歌のひとつを聞いてみたけど曲は演歌ではなく今どきのポップな歌になっていたから演歌歌手として納得がいかなかったのだろう。


 そして現在、アヤメさんとわたしは某演歌イベントに参加すべく幽霊でも出そうな古くてボロい安宿に泊まっている。予選は順調に勝ち上り、本番歌合戦にはアヤメさんが尊敬する大物演歌歌手が審査員として参加するという。しかしアヤメさんの気合とは裏腹にひどい喉風邪をひいてしまった。


「神も仏も無い世でも、一目あの人に会ってこの想いを伝えたい」


 えぐえぐと泣き出すアヤメさんをなだめていると耳に微かな旋律を感じた。この宿にいる別の参加者かと思ったが歌詞は外国語のようだ。アヤメさんも泣くのを止め、微かな歌声を聞き逃すまいと耳をすます。ややあってアヤメさんはすっくと立ちあがると窓に駆け寄り、開け放つ。冷たい、切るような風が流れ込み、わたしは身をすくめた。


「これは夢か幻か。悲しき乙女は月夜に舞う」


 つぶやくアヤメさんの視線の先を追うと夜空に白い影が浮いていた。空中でゆっくりと回りながら月のしずくで出来たような女の子が薄いドレスをひらめかせ、長い髪を揺らして歌っている。何を歌っているのかわからないが、美しい響きに引き込まれそうになる。

 と、幽霊と目が合った。わたしが止める間もなく。アヤメさんは幽霊に手を伸ばした。


「今は住む世界が違うとも、歌を愛する心は同じ、今宵の出会いも宿世の縁か」


 そのまま消えてくれ。というわたしの願いも空しく幽霊さんはにっこり笑って部屋に下りてきた。


「うふふふ。町のあちこちで人が歌ったり、楽器を演奏しているから楽しくなって出てきてしまったんです。私、100年くらい前に音楽家の父と一緒に日本に来ました。でも肺病が悪くなって死んで、近くの教会に葬られたんです。大きなお祭りがあるんですね。ああ、私、歌手になりたかったんです。久しぶりに皆の前で歌いたい」


「流ちょうな日本語ですね。そしてどうして幽霊さんの方がアヤメさんより話し安いんでしょう」

「日本語しゃべっているつもりは無いの。幽霊だもの、テレパシーみたいなものよ」

「あなたは白、私は赤、同じカナリア、歌うために生まれてきたの」

アヤメさんが目を潤ませる。幽霊さんがアヤメさんに目を止める。

「あら、ひどい声ね。そういえば少し魂が弱っているみたい。そうだわ。いいこと思いついた」


 幽霊さんがぱちんと両手を合わせて言った。


「私をあなたに憑りつかせて。風邪をひくのは実は少し魂が弱っているせいよ。二人分の魂なら風邪なんてすぐに治るわ。そして二人分の心を込めて歌を歌うのよ」


 怪しい申し出にわたしはアヤメさんを止めようとしたが、アヤメさんは止まらなかった。顔を輝かせてアヤメさんが幽霊さんに抱きついたかと思うと幽霊さんは空間に溶けるように消えた。

 それから、アヤメさんは発声練習を始めた。驚いたことに喉の不調は消えており、凄まじい声量を発揮した。


 イベント本番、アヤメさんはすごい歌声で他を圧倒した。動画サイトにも公開されたその勇姿は世界中からアクセスが殺到して賞賛の声を集めた。そして様々な団体からスカウトの打診を受けた。


 主にオペラ歌手として。

 演歌好きの叔母に聞いてみると「あの歌い方はすごいけど、どう見ても演歌じゃなくてオペラでしょう~」と笑われた。


 もちろん、アヤメさんはオペラ歌手デビューをすべて断り。ついでに教会に悪魔祓い、お寺に悪霊払いをしてもらい。今も演歌歌手として活動を続けている。


                              了

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