02 柳橋美湖 著 『アッシャー冒険商会:16』
〈梗概〉
大航海時代、商才はあるが腕っぷしの弱い英国の自称〈詩人〉と、脳筋系義妹→嫁、元軍人老従者の三人が織りなす、新大陸冒険活劇オムニバス。マデライン、アーカムの町でシスター・ブリジットと午後の珈琲を楽しむ。
挿図/©奄美「ママ友」
16 歌
――マデラインの日記――
新大陸マサチューセッツ植民地にある大きな町・アーカムは、小ロンドンとでもいうべき英国本国の都市を彷彿とさせるもので、実用性というよりは、飾りの意味で城壁が囲っています。そこでは本国でも大流行りのコーヒーハウスがあり、賑わいを見せておりましたので、私はシスター・ブリジットを誘って行ってみることにしてみした。
執事のアラン・ポオが手綱をとる四頭立ての馬車に乗ったのは、私・マデラインとシスター・ブリジット。それからそれぞれの子供達。
私と夫ロデリックの間にできた長男ハレルヤは三歳、先の一軒(※第15話参照)で、シスター・ブリジットが養女にしたノエルは五歳になりました。それぞれ隣の席にお行儀よくお座りしています。――ノエルは、将来、ハレルヤをお婿さんにしてくれるのだとか。女性人口が少ない新大陸ではありがたい話し。
お店近くの路上でアラン・ポオはお留守番。残りみんなで入店です。
室内は木調で、入口から奥に向かってカウンターがあり、横にテーブル席が五つばかりあり、この町の上級市民が詰めていました。
私たちは四人掛けテーブルに座り、大人が珈琲、お子ちゃまがホットミルクを、お茶請け付きでボーイに注文。
コーヒーショップはもともとパブの延長で、女人禁制だったのが、縛りが弱くなって、昨今は女性でも入店OKになりました。
そんな話しをシスターとしていたら、突然、壁掛け時計が鳴り出しました。
時計は、十三時十三分を指しています。
――こんな時間に時報? なんて半端な時間なのでしょう――
「マデライン、周りを見て!」
シスターの言葉を受けて私は周りを見渡しました。なるほど、カウンターの店主、テーブル客、皆、石像のように動かなくなっているではありませんか。不思議、私達は町の様子を見に行くことにしました。
道行く馬車、街路を行きかう人々、やはり皆、石像のように動かない。馬車で待機していた執事のアラン・ポオも同様です。
そこで、ハレルヤの手を引くやんちゃ盛りのノエルが、指さした先に、見知った顔がありました。〝胡桃屋敷〟のベン・ミア様が養子にしたアーサーです。実を言うとアーサー少年は人狼。――この子をもってしても、何者かが行った石化の呪いに抗えなかった?
さらにノエルが、アーサー少年のいるところから少し先に行ったところで、脚を停めました。建物と建物の間に挟まった大人がどうにかすれ違えるかどうかという狭い路地に、少年の義父ベン・ミアさんがいた。そしてこの人と極めて近い距離に、これまた見知った人物――私の夫・ロデリックがいたのです。――たぶん私、憤怒の形相。
気を利かせたシスターが、「見ちゃいけません」と言って、お店の方に引き返そうとしたそのとき、ゴシック聖堂の鐘楼を見上げて、「人影が……」と言い終えぬうちに、讃美歌を歌い始めたのです。
――鐘楼の悪魔――
角と尻尾の生えた小太りした中年男性が、そこから落ち、地面に叩きつけられると、ガラス瓶のように砕け散って消えてゆく。
その様を尻目に私は、ベン・ミアさんとキスしようとしている、バイセクシャルなロデリックの後ろに回って、宮廷風のお辞儀〝カーテシー〟のポーズから股間に一撃。刹那、夫はベン・ミアさんを巻き込んで前倒し。重なり合ってなんて淫ら。もう一撃。――直後、街はまた動きだしたのでありました。
了
〈登場人物〉
アッシャー家
ロデリック:旧大陸の男爵家世嗣。新大陸で〝アッシャー冒険商会〟を起業する。
マデライン:男爵家の遠縁分家の娘、男爵本家の養女を経て、世嗣ロデリックの妻に。
アラン・ポオ:同家一門・執事兼従者。元軍人。
その他
ベン・ミア:ロデリックの学友男性。実はロデリックの昔の恋人。養子のアーサーと〝胡桃屋敷〟に暮らしている。
シスター・ブリジット:修道女。アッシャー家の係付医。乗合馬車で移動中、山賊に襲われていたところを偶然通りかかったアラン・ポオに助けられる。襲撃で両親を殺された童女ノエルを引き取り、養女にした。