03 紅之蘭 著 『天才紅教授の魔法講義 其の四』
私は、紅教授の魔法教室で助手を務めている、魔法人形の縫目フラ子である。
近年、東京都・黄戸島村立大学のある小笠原諸島では空梅雨が続いている。そういう今年の夏至もそうだった。
「学生諸君、夏だ、座学もいいが体力づくりも重要である。海へ行くぞー」
「おおーっ、バーベキューの準備だ」
紅教授の受け持ち生徒二十名は大盛り上がりだ。
構内にある生協で食材を調達、学校のマイクロバスを借りて、浜辺へと繰り出す。
じゃんけんで負けた給食班が料理を作り、残った連中でビーチバレーをやる。
「おお、今日の縫目ちゃんも、ナイス・ロリータ!」
「ナイス・バディーというならともかく、ナイス・ロリータとはなんぞや?」
私は物知りの学生・メガネ君に聞いた。
「ああ、それね、ロリコンの語源になったナボコフの小説『ロリータ』に出て来るヒロインの名前がロリータって言うんだけど、年齢的には小・中学生の過渡期くらいの子なんだ。著者は語り手の小父さんに、ニンフェットって言わせている」
この学校は学生総数が四百名で、女子学生は各学年に五人前後しかいない。というか、黄戸島の人口構成は、学校関係者を除くと、百人そこらで、島の住人は五十歳以上が大半を占め、中学を卒業すると若者は皆、本土で就学・就職する。さらに言うと中学生以下の子供は十二人しかいない。
ゆえに、学校職員や構内売店の店員おねえさんもちろんのこと、村内の年増もロリータも、多少容姿が劣っていても、皆、一様にモテた。見た目ロリ体型である、自律型魔道人形〈オートマタ〉である私も、当然のことながら、男子学生どもの〈当該範囲〉に属していた。
「縫目ちゃん、腰に巻いたスカーフを取ってよ」
「変態どもめ」
縫目サーブ!
我が魔球が轟音を立てて、浜辺に砂噴の柱を立てた。
学生たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。かくしてビーチバレーは私主導のドッチボールと化したのだった。
浜辺の男子学生ども全員を仮死状態にしてやった私が、したり顔で紅教授のところへ行く。
審判席に陣取っていた我らが紅教授といえば、ビキニの上にワイシャツを羽織り、麦わら帽子とサングラスのいでたちだ。その手には、古風な測量器・六分儀が握られている。
「縫目ちゃん、南中時間ってね、季節によって違うんだけど知ってた? ここ黄戸島だと、だいたい十一時四十五分から十二時十五分の間で、四月中頃、夏至、九月初め、冬至の四回が昼正午で南中する」
「それが何か――」
「ふふ、気づかない?」
強い海風が吹いてきた。
浜辺の砂が飛ばされて、魔法陣が現れた。
「うまい具合に、縫目ちゃんが男子学生どもを仮死状態にしてくれた。〝贄〟が集まったところで、術式発動――」
――悪い予感がする。
たちまち暗雲がたちこめ、スコールが降り注いできた。
「紅教授、いったい、なにを発動させたんですかあ?」
「空梅雨で島の貯水池が空になったから、雨を降らせ欲しいと、島民から要請があったんだ。――我ながらいい仕事をしたと思う」
何が体力づくりだ。――学生達もそうだが私も、レクレーションにかこつけた野外授業を企てた教授に、騙された気がしてならない。
了