表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自作小説倶楽部 第28冊/2024年上半期(第163-168集)  作者: 自作小説倶楽部
第168集(2024年06月)/テーマ 「夏至」
22/26

01 奄美剣星 著 『エルフ文明の暗号文 06』

【概要】

新大陸副王府シルハを舞台に、レディー・シナモン少佐と相棒のブレイヤー博士が事件捜査を行う。(ヒスカラ王国の晩鐘 52/エルフ文明の暗号文 05)


挿絵(By みてみん)

挿図/©奄美「食堂車プルマン


    06 プルマン

 

「コンチネンタル風の朝食か――」

 列車〈ラ・リゾン〉は、ザラメを卵とミルクでかきまぜて焼くトーストを主体に、サラダとチーズ、果物、それから、珈琲を加えたものが供された。

「シャンパンをくれ」

 ボーイが来たので、バティスト大尉は、水代わりにそれを注文した。

 レディー・シナモンといえば、サンドイッチと紅茶にしたので、私もそれにした。

 バティスト大尉が、羊の群れと回っていない風車の景色を車窓から眺めていると、レシプロ機が飛んでゆくのが見えた。すると大尉はなぜか涙ぐんでいた。

「コードロンC635シムーン郵便機……」

 この時代の小型機は、民間機・軍用機ともに、だいたい全長・全幅が十メートルあって、全幅が全長よりも少し長い。全長というのは機体の長さで、全幅というのは主翼の長さである。シムーン、単発・単葉低翼・複座の小型機で、主翼の下にある主脚が固定式になっている。今、空を飛んでいる機体は、緑色に塗装されていることから見て、軍が連絡機として使用しているものに違いない。

 バティスト大尉は、

「三年前、夏至の頃だった。僕は、シムーン機に乗って、新旧両大陸間横断レースに参加した」

 機体を赤く染め、コクピットをパールホワイトにしていた。これが、洋上のエアポケットに突っ込んで、無人島に不時着し、奇跡的に救助された。

 ――同席した人々は、このあたりの事情を、新聞を読んで知っていたので、大尉から、根掘り葉掘り、失敗談を聞こうとはしなかった。


 ブロンドの巻き毛に茶色の瞳をした大尉は、人を楽しませる特技を、幾つか持っている。カード・マジックもその一つで、ポケットからトランプの束を取り出しテーブルに置いた。

「皆様、食後のショータイム。お目汚しに〈魔法〉などいかがです?」

 バティスト大尉は、鮮やかな手つきで素早くカードを切った。……五枚のカードを示してから、卓上・左から順に、スペードの4、スペードの8、ダイヤのA、クラブの7、ハートのクィーンが表にして並べられた。

「ご覧のように、五枚のカードがあります、姫様。いま姫様が欲しいと思うカードを一枚イメージして頂きたい」

 バティスト大尉は、すまし顔をした。

 対する若い貴婦人は戸惑った顔をした。

「バティスト様は、お洒落なフェミニスト。さしずめハートのクィーンというところ……」

「〈姫様〉は、お世辞が、お上手だ。光栄の至り。けれど、ここでは、回答をお話にならずに、僕が後ろをむいて十数えるうちに、一枚抜きご確認なされたうえでカードを元の位置にお戻しください。僕が数を数え終わったら、そのカードを当ててさしあげます」

 快活に貴公子の小父様がルールを説明。テーブルを背にして数を数え始めた。

 姫様がカードを一枚抜き取った。――左から二番目・スペードの八だ。

「……8・9・10」バティスト大尉が悪戯っぽい笑みを浮かべてカードをみやった。「スペードの8では?」

「ええっ!」黄金の髪をした貴婦人が目を丸くした。

 テーブルの上には、エキゾチックな絵付けを施した金縁のティーカップが二つ。

 あまりハンサムではないのだけれどもダンディーな紳士が微笑んだ。

 このカード・マジックには、ほんとうに種も仕掛けもない。……バティスト大尉は予想した。被験者のシナモンは、引き抜いたカードをみて、目立つものを無意識のうちに除外。左から順に並べられたカード――スペードの4、スペード8、ダイヤのA、クラブの6、ハートのクィーンから、まっ先に、目立つカード・ダイヤのA、クラブの6、ハートのクィーンの三枚を捨てると。――つぎに平凡なカードだけれど、左端にあって目立つスペードの4を捨てるはず。それでスペードの予測となったわけだ。

それはトリックというよりも、〈メンタル・マジック〉とも呼ばれる、推理ゲームだった。

 トージ画伯夫妻は、素直に、拍手した。

 カードを切るとき、世のご婦人方は、バティスト大尉の両手に目がいく。大尉は、カード・マジックのほかに、ピアノや絵という特技があった。とても優雅な長い指で、年相応の肌荒れや日焼けといったものがない。元婚約者ルイーズも、妻のコンスエロも、その他諸々の愛人女性達も、容貌こそさえない大尉だけれども、しなやかに動く五指に、魅了されてしまうのだ。

 シナモンは、君代夫人が、うっとりしているのを見た。

 横で見ていたシャルゴ大佐が、「ほう」と、つぶやいてから、「意地悪くいえば、バティスト大尉が、レディー・シナモンと事前に示し合わせていたという、推理も成り立つが――」た。

「そういう言い方はないでしょう」

 バティスト大尉は、ムッとした。

 シャルゴ大佐も、貴族出自だと言われている。大佐の天才は、ほどなく評価されるところだが、若干、コミュニケーション障害があったことは歪めない。昔の上司、ペダン将軍は、そのあたりの事情を踏まえつつも、シャルゴを可愛がったが、その後、赴任した先々では、上司達によく思われていなかった。そのため、才能のわりに、昇進が遅れていた。

 他方で、寡作ながら、文学において、天才と言われるようになる、バティスト大尉は、人に頭ごなしに押さえつけられることを嫌い、態度を隠さない性分があった。

 ――二人とも我儘でそりが合わないようだ。

 また気まずい雰囲気だ。

 レディー・シナモンが立ち上がった。

「皆様、ご注目。ここで私も魔法を一つご披露いたします」

 〈マンボシェ〉の水色のドレスを着た貴婦人が、両手を開いて種も仕掛けもないことを示し、ニッコリ笑った。そして「カーネーション……」と呪文の第一声を唱えた。さらに、舞うように身体を一回転させ、「ユリ、ユリ、バラ……」と続けた。高く掲げた両腕を開いたとき、フワッとスカートの裾が広がった。

 するとだ、摩訶不思議にも名前を唱えたくさんの花たちが、クルクルと回りながら、床に降りていった。

 ――判らない。いったい、どういうトリックなんだ!

 一同がポカンと口を開けた。

 急行列車〈ラ・リゾン〉は、途中、大きな鉄道拠点で、立派な大聖堂があるアミアンの町を通過し、副王府シルハから四時間を経て、昼になる前に、目的地アラスの町に着いた。町は星陵のような形をしていて、周囲を濠と堡塁で囲っている。そして随所には、機関銃や大砲が設置されていて、物々しい。

 シャルゴ大佐が、

「レディー・シナモン、アラスの町は毛織物が盛んな町だ。タウンホールの鐘楼や、開拓時代初期の要塞で有名で、以前は立派な大聖堂もあったのだが、百年前の《蟲禍》で、破壊されてしまった」

「それで、町を要塞化したのですね」

 車窓から、有事になると兵士が籠るおびただしい数のトーチカ、古めかしい城砦や教会鐘楼が見えて来た。

 列車は、警笛を鳴らし、戦災から復興してまだ間が経たない、アラス駅に入線した。

 バティスト大尉とレディー・シナモン、それから灰色猫は、同駅で下車した。他方、トージ画伯夫妻は、ドーエで乗り換えてランスに向かうのだという。それに、シャルゴ大佐とフルミ大尉は、さらに北にある、リールに向かうのだと言っていた。

 駅を出る際、バティスト大尉が、化粧室へ寄った。

 横にいた〈姫様〉のナイトである、灰色猫が言った。

「〈姫様〉、バティスト大尉が、さっきやっていた、カード・マジックを見破っていたでしょ?」

「ブレイヤー博士、それは内緒です」

「殿方への気遣いってやつか、よく、ストレスが溜まりませんね」

 その人が微笑む。


 ノート20240629

【登場人物】


01 レディー・シナモン少佐:王国特命遺跡調査官

02 ドロシー・ブレイヤー博士:同補佐官

03 グラシア・ホルム警視:新大陸シルハ警視庁から派遣された捜査班長

04 バティスト大尉:依頼者

05 オスカー青年:容疑者。シルハ大学の学生。美術評論家。

06 アベラール:被害者。ジャーナリスト。洗濯船の貸し部屋に住む。

07 シャルゴ大佐:シルハ副王領の有能な軍人。

08 フルミ大尉:ヒスカラ王国本国から派遣された連絡武官。

09 トージ画伯夫妻。急行列車ラ・リゾンで同乗した有名人。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ