02 柳橋美湖 著 『アッシャー冒険商会 19』
〈梗概〉
大航海時代、商才はあるが腕っぷしの弱い英国の自称〈詩人〉と、脳筋系義妹→嫁、元軍人老従者の三人が織りなす、新大陸冒険活劇オムニバス。――今回はロデリックとマデラインの子供と、友人達の冒険談です(⌒∇⌒)
19 掃除
――アーサーの日記――
義父に連れられて僕・アーサーは、アッシャー荘を訪ねた。
お屋敷にはいくつかの建物がある。
本館にはアッシャー家の人々が住み、別館には診療所を開いているシスター・ブリジットと、その養女ノエルが住んでいる。
アッシャー家にはハレルヤという子息がいた。さらにノエルを誘い、僕ら三人は屋敷内外を駆けまわって遊んだものだった。
今回義父のベン・ミアは、
「私はロデリックと、商談をしにボストンに出かける。だからアーサーは十日ほど、この家に御厄介になってくれ」
ロデリック様はハレルヤの父君で、アッシャー家の当主だ。
両親が流行り病で亡くなったため、遠縁の親戚の子である僕を引き取って、養子にした義父とロデリック様は、学生時代の学友で、ビジネスパートナーだ。
二人は、アランポオが御者を務める馬車に乗り、護衛のカウボーイを従えてボストンに向かった。
「ねえ、アーサー兄い、物置小屋を探検しようよ」
屋敷にはさらに物置小屋があった。
執事やメイドには、危ないから近寄らないようにと注意されていたのだが、ハレルヤとノエルが見てみたいと言うので、気が進まなかったがつきあったのだ。
「あれっ、鍵が開いている。ロデリック様が鍵をかけ忘れたのかなあ?」
倉庫の大扉は見開き式で、大扉の片側には、勝手口がついてある。たまたま鍵が駆け忘れていたので、僕ら三人は中へ入った。
倉庫の中は、案外と奇麗に掃除がされていたので、埃っぽくない。
「おい、ハレルヤ、ノエル、ケースに手を触るなよ」
壁際にはガラスが張られた陳列棚があり、中には、骨董品が納められている。
陳列棚の中に、一振りの木剣が置いてあり、目を引いた。
「なんだ、これ?」僕は思わずつぶやいた。
両辺に溝を穿ち、そこにフレイク状にした黒曜石をはめている。
僕にはその木剣から、黒い霧のようなものが、発しているように見えた。
このとき外からハンドベルの音が聞こえた。
薔薇の垣根に囲まれた芝地に、ぽつんと東屋が立っていて、午後四時になると、お茶時間になるのだ。
きっと、ハレルヤの母君であるマデライン様と、ノエルの義理の母君であるシスター・ブリジット様が先に来て、お喋りを楽しんでいらっしゃるのだろう。
扉を振り返った僕だが、ガラスケースが、ばりん、と割れる音がしたので、正面に首を向き直す。――どうやらノエルが棒でガラスを割ったようだ。さらに彼女は、ガラスケースの中にあった木剣を手にすると、
「あの方を起こして差し上げるの。だから首をちょうだい――」
声色がノエルと違う。大人のものだった。
異変はまだあった。彼女の足元にハレルヤが血を流して倒れていたのだ。
あのキュートなノエルが悪魔のような形相で、木剣を持ち、僕のところへにじり寄って来た。
ノエルが木剣を上段に構え、そこから打ち込んできた。
そのとき咄嗟に僕は木剣を払ったわけだが、無意識のうちに手を、狼化させていた。――、義父の話しだと母方の血筋は人狼らしい。僕自身は煩わしく思っていたのだが、このときばかりは感謝した。
無意識のうちに、身体が動いて後ろに跳び退く。
そんなこんなしていると、ハレルヤとノエルの母親達が異変に気付き、駆けつけて来た。
シスター・ブリジットが、
「マデライン様、あの木剣は?」
「あれはマクアフティル、夫が魔法商から買ったアステカ帝国時代の遺物よ。木剣とはいっても、刃物にした黒曜石を列にしてはめ込まんでいるから、金属製の剣なみに人の首を斬り落とすことが出来るって話しだわ」
「どうやら、あの木剣に首を斬られた人たちの怨念が宿っているようね」
シスター・ブリジットが、福音を唱え始めた。
義母の詠唱を聴いたノエルが耳を塞いでたじろぐ。
その隙に、マデライン様が、間合いを詰めて、渾身の回し蹴りを決めようとした。
ところが、ノエルも敏捷に反応して、紙一重でかわす。
武闘派であるママ友ペア二人がかりでも、木剣を持った幼女一人に、押され気味だったのだ。
事態を収拾したのは、意外にも、ハレルヤだった。
血だらけの彼は、起き上がる際、聞いたこともないような魔法呪文を詠唱していた。
するとノエルは金縛りとなり、ママ友二人が近寄って、木剣を取り上げた。
「シスター・ブリジット、危ない木剣だわ。重石をつけて湖に沈めてしまいましょう」
シスターは激しく同意していた。
早速、重石を鎖で固定した木剣を携えた二人は、岸辺のボートを湖に出して漕ぎ出して行った。
――数日後、ロデリック様と義父が、執事のアラン・ポオが御者を務める馬車に乗って、ボストンから帰って来た。
マデライン様から話しを聞いたロデリック様は、エントランスホールに膝をついて嘆いておられた。
よほど骨董的な価値があり、お高かったのだろう。
了
〈登場人物〉
アッシャー家
ロデリック:旧大陸の男爵家世嗣。新大陸で〝アッシャー冒険商会〟を起業する。
マデライン:男爵家の遠縁分家の娘、男爵本家の養女を経て、世嗣ロデリックの妻に。夫・ロデリックとの間に息子ハレルヤをもうける。
アラン・ポオ:同家一門・執事兼従者。元軍人。
その他
ベン・ミア:ロデリックの学友男性。実はロデリックの昔の恋人。養子のアーサーと〝胡桃屋敷〟に暮らしている。
シスター・ブリジット:修道女にして医師。乗合馬車で移動中、山賊に襲われていたところを偶然通りかかったアラン・ポオに助けられる。襲撃で両親を殺された童女ノエルを引き取り、養女にした。アッシャー荘の別館で診療所をしている。