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自作小説倶楽部 第28冊/2024年上半期(第163-168集)  作者: 自作小説倶楽部
第166集(2024年04月)/テーマ 「掃除」
14/26

01 奄美剣星 著 『エルフ文明の暗号文 04』

【概要】


 新大陸エルフ文明〈廃都〉遺跡での事件を解決した考古学者レディー・シナモンと、相棒のブレイヤー博士に新たな勅命が下る一方で、新たな事件に巻き込まれる『エルフ文明の暗号文』(ヒスカラ王国の晩鐘 51/エルフ文明の暗号文 04)


挿絵(By みてみん)

挿図/©奄美「ピアニスト」


   04 掃除


 四日、日曜日。

「ブレイヤー博士、前日までの雪が、溶けて、路面が見えますわね」

「新大陸のメディアが旧大陸向けに撮影したシルハの町は、瀟洒な石敷き路の写真ばかりだけど、裏路地に来ると安物の、木っ端とかアスファルトの路面だなあ」

 ボンボンのついた外套を羽織った若い貴婦人が颯爽と歩くので、私も、彼女に合わせて歩いた。

 裏路地を抜けて広場に出、そこから市街地の真ん中を縦断する川に架かった石橋を渡る。川の中には軍艦のような形をした小島があり、上部に尖塔のある大聖堂が佇んでいた。

正面玄関のある外壁・ファサードの地上に接したところには、砲弾型の窪みが、横に三つ連なっている。上に丸窓があり、下に大扉がある。そのうちの正面玄関が依頼主・バティスト大尉との待ち合わせ場所だ。

 大尉は、ヘビー・スモーカーだった。足元にある吸殻の数から三十分前にはきて待っていたようだ。


               *


 大聖堂付近の通りにシルハ警視庁があり、そこの前に昆虫羽根のような屋根アール・ヌーボー様式の地下鉄入口がある。

 バティスト大尉が、

「駅近くの路線は、地下二十メートルまで掘り込んである」

 入口から途中の踊場を経て、ホームに降りる。すると、アーチ形のトンネルにはタイルが貼られ、これまた、リンドウの花をあしらったかのような、ランプが、等間隔で並んでいてお洒落に思えた。

 そうやって我々は、警視庁前駅からメトロで、洒落たカフェが集まった街区のある駅で降りた。

 大尉が気さくに、

「このあるあたりは、同名の十六区の行政区になっていてね、詩人たちが好んで集るんだ。洗濯船の下宿で殺された、新聞記者のアベラールも詩人だった」

 かくいう偉丈夫の大尉も詩人のひとりだった。


 シルハの市街地は、高さの建築規制があり、だいたい三階になっている。リップもそういう三階ビルに収まっていた。

 大尉にエスコートされて、黄金の髪の貴婦人と私が店に入る。すると、吹奏楽器の管のようなヒーター、それから、カウンターと十席ほどのテーブルが目に入った。冬場なので、オープン・カフェはやっていない。

 私達は席に着き、給仕に珈琲を注文した。

 シナモンが切り出した。

「シルハ警視庁に知り合いがおりますので、捜査ファイルを拝見させて頂きましたわ」

「警視庁に……ほんとに貴女は顔が広いな」

 シルハの生家はレオノイズ伯爵家なので、多方面でパイプがある。――最近は、代々宿敵だったというホルム伯爵家出自の令嬢警視・グラシア警視まで、人脈に加えてしまった。


               *


 警察の捜査ファイルによるとこうあった。


  ――洗濯船二階部屋で亡くなったアベラールは、オーナーの親爺がいうように、床に突っ伏した格好で倒れていた。ポットには珈琲が残っていたが特に各種触媒で毒性を調べたが、特に反応はなかった。机や書棚をみてみたが、特に荒らされた跡はない。記者だから、机の上にはタイプライターとカメラが置かれていた。そういったものも持ち出されたような形跡はない。遺体は司法解剖されたが目だった外傷がなかった。


 しかしだ。船の親爺が証言しなかった、不審な男と、洗濯船を利用に訪れた老マダムが、すれ違ったという証言を得た。

 老マダムの供述によると、

「不審な男は、トレンチコートに鳥射帽を被っていたよ。年齢は四十歳前後かな。――ちなみにいい男だったよ」


               *


 バティスト大尉がレディー・シナモンと私を誘ったのは、洗濯船で殺害されたアルベールの詩人仲間が集まって、偲ぶ会が催されるからだ。――関係者が集まれば、殺害された理由が判るかもしれないのではないか? ――という大尉の初安打。


 そのバティスト大尉だが、伯爵を自称しているが実際のところは、紋章院に登録がなく爵位もない。ただ先祖に伯爵がいたこと、また、親戚筋に正式な爵位を持って城館に住んでいる人達が多かったことがあるので、〈伯爵〉で通っている。


 この人は地方都市の名士の家の出自で、少年時代を旧大陸本国・ヒスカラ王国の王都にある寄宿学校時代で、青年時代をシルハの美術学校で過ごした。それから軍役に就いて飛行機の操縦訓練を受けて少尉に任官したところで予備役に入り、トラック販売代理を経て、民間航空会社のパイロットになった。――民間航空会社時代の体験を小説に著し、同年代の親戚達に読ませると、なかなかの高評価だった。作品は、彼らのつてで出版社に持ち込まれ、印刷製本されて世に広まることになる。

 大尉には珈琲農園主の娘で、画家で作家でもあるマリエンヌという夫人がいるが、この人は天性の飛行機乗りであるため、定まった居所というものを持たず、転々としていた。


 処女作『シルハ大陸郵便機』は、冒頭から、主人公の飛行が砂漠で消息を絶ったところから始まる。主人公には、幼馴染の恋人がいた。彼女は夫のある身だったが仲が悪く、主人公と再会したことで不倫関係に陥った。主人公の飛行機は、アフリカの砂漠地帯に不時着し、航空会社が、懸命に飛行機の行方を捜索した。僚機が出て、ついに不時着地点を見つけたとき、大型昆虫の襲撃を受けて殺されていたと判った。しかし郵便物は無事で、任務を全うしたことが会社に報告される、という内容だった。

 冒険小説なのに、無理に恋愛要素をねじ込んだため、小説のテンポが悪いと評論家達のウケは悪いがともかく売れた。


 大尉を作家デビューさせた親戚の一人に、レオンという人がいて、興味深い証言をした。

「アベラールは、殺される少し前に、故郷の町・アラスの取材に行った。町では妹が教師をやっている。その妹に会いに行くっていうのも、奴のアラス行きの理由だ。奴が駅を降りたところで、理由はよく判らないが、『ちゃっちゃと掃除しようぜ』と口にした男達・四人組に、追いかけられたのだそうだ。それから、活劇映画みたいな追跡劇になり、三日月湖の縁に追い詰められた奴は、そこに飛び込んだ――」

「それでアベラール様はどうなさいました?」シナモンが大きく目を見開いた。

「アベラールにとっちゃ、三日月湖は、子供時代の遊び場の一つで、泳いだこともあったから、深さなんかも把握していた。湖の底は総じて浅い。ところが、いくつか地下水が湧き出すところがあって、窪んでいるところがあった。奴はそこを上手く迂回して逃げた。他方、追手は本能的に近道をしたがる。結果、窪みに直進して溺れた」

「追手は全員泳げなかったのですか?」

「服を着て水に入ると、手足の自由が利かなくなる。アベラールは、追っ手がもがいている間に、対岸の林に逃げ込んで難を逃れたってわけだ」


 一通り故人のアベラールについての話が終わると、追悼という意味か、この人が好きだという歌を皆で歌ってお開きになった。

 バティスト大尉はピアノを弾くことができた。曲目は、「さくらんぼうが実る頃」という、四節で構成される、古いシャンソンだ。


 さくらんぼうが実る季節になると、娘たちが桜の園に実を摘みに行く。さくらんぼうの実はイヤリングのようで、初潮のそれをも彷彿とさせる。つまりは恋の季節だ。失恋して胸が痛む思いをするかもしれないけれど、それでも僕は好きなあの娘を口説きたい。だって恋の季節は短すぎると思わないか。

 

 ――そんな内容だ。


 偲ぶ会がお開きになり、バティスト大尉が私達を、地下鉄駅まで送ってくれた。

 

               ノート20240428

【登場人物】


01 レディー・シナモン少佐:王国特命遺跡調査官

02 ドロシー・ブレイヤー博士:同補佐官

03 グラシア・ホルム警視:新大陸シルハ警視庁から派遣された捜査班長

04 バティスト大尉:依頼者

05 オスカー青年:容疑者。シルハ大学の学生。美術評論家。

06 アベラール:被害者。ジャーナリスト。洗濯船の貸し部屋に住む。

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