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自作小説倶楽部 第28冊/2024年上半期(第163-168集)  作者: 自作小説倶楽部
第165集(2024年03月)/テーマ 「人形」
11/26

03 柳橋美湖 著 『アッシャー冒険商会 18』

〈梗概〉

 大航海時代、商才はあるが腕っぷしの弱い英国の自称〈詩人〉と、脳筋系義妹→嫁、元軍人老従者の三人が織りなす、新大陸冒険活劇オムニバス。

 ――今回は純文学ごっこ(⌒∇⌒)


挿絵(By みてみん)

挿図/©奄美「ノルン嬢と人形」

    18 人形


 ――ノルンの日記――


 英国王ウイリアム三世陛下の御代のこと。

 私はノルン。このころの私は碧玉の瞳、波打つ黄金の髪を青いリボンで飾った十二歳になる女の子で、マサチューセッツ植民地にあるロデリック様のお屋敷の別棟を間借りして診療所を開業した母と、二人で暮らしておりました。

 

 ようやく雪が解けたころ、家主であるロデリック様の縁戚にあたるという、二歳年上の女の子がやってきました。ミシェルという名で、紅玉の瞳、縦ロールにした銀色の髪をした奇麗な子でした。

 ミシェルは穏やかで礼儀正しく、行李こうりの中から服と一緒に、人形を私にくれました。――紅玉の瞳、銀色の髪をした人形はまるで、ミシェルの分身のようです。


 ロデリック様の奥様でいらっしゃるマデライン様は母のご友人でした。

「ミシェルと年も近いことだし、良かったら、彼女が滞在している間、空き部屋に住まわせてやることってできないかしら?」

「いいわよ。彼女付のメイド・ルーシーも一緒にね」

 そういうわけで、ミシェルとメイドのルーシーが、我が家に住むことになった次第です。


     *


 穏やかな陽射しの午後、少し年上のお姉さん・ミシェルと私は手をつなぎ、ロデリック様のお屋敷の庭園をお散歩したものです。風に揺れる葉音や遠くから聞こえる小鳥のさえずる花々が彩った小道を歩くと会話がはずみ、ふと振り返った彼女のドレスの裾が風にひらめき、なぜだか私は頬が火照ったのを憶えています。

 散歩道に佇む東屋には時折、シェークスピアの物語を子供向けにした絵本を持ち込んで、二人だけの読書会もしました。――いえ、正確にはシェリーと名付けたお人形も一緒。だけどシェリーはいつも聞き役です。

「それでロミオとジュリエットの恋の結末は――」

 残念というか、納得いかないというか。

「これを愛の勝利っていうのよ!」

 お姉さんのミシェルが急に立ち上がって宣言すると、その言葉が正義になりました。


     *


 ある日、枕を持ったミシェルが、私の寝室のドアを叩いたので、同じベッドで夜を明かすことになり、私がまぶたを閉じるまで、とりとめもないお話しが続きました。

「ねえ、ノルン。実をいうと私って、本当は十四歳じゃないの」

「じゃあ、いくつ?」

「永遠の時を生きている」

「寂しくない?」

「夕暮れの東屋に一人でいると、本国での革命、前の王様の惨めな処刑を見た記憶が蘇るの。孤独と絶望に暮れていた時代だった――」

 ランタンの日を消す間際。棚の上のお人形・シェリーと、遠い目をしたミシェルの横顔が目に入った。暗闇になった部屋、寝間着姿の私達。ミシェルは急に私の上にのしかかり両の腕の自由を奪って、唇にキスをした。それから美しい声で、私の耳元にいた。


「例えばここで私が貴女の首を絞めて殺したとしましょう。それでお終いだとお思いになる?」彼女からいい匂いが漂ってきます。私は魔法にかけられたように、抗うことができません。「貴女が死んだら私も死ぬ。だからそこから二人は生きることになる」

 風で窓が開き、満月が彼女の顔を照らしていました。

「幸せ……」ミシェルを受け入れよう。

 ミシェルがもつ紅玉の瞳には常に虚無の影があり、抗えない私は、彼女の幻想世界に引き込まれていったのです。


     *


 夢うつつ、寝間着姿のままのミシェルと私はお屋敷の別棟を抜け出し、幽霊のように庭園を彷徨いました。錆びついたブロンズ・ゲート、そこはまるで遺跡のよう。苔むしたギリシャ風の彫像が掲げているお盆からは、噴水が溢れ出し、水面に波紋を拡げています。満月の廃園は、荒廃と美しさが交錯した世界でした。――私達は誰からも忘れ去られている。でも一人じゃない。だから幸せ。――そうやって私達は手を取り合ったまま眠ってしまい、朝を迎えたのです。


     *


 ミシェルとの別れは夏の始まりで、私にとってはあまりにも唐突でした。執事だという方が、ミシェルとメイドのルーシーを馬車でお迎えに来たのです。

 

 私の母・ブリジットは正確に言うならば育て親で、医師資格を持った修道女でした。大人になってから母から聞くところによると、――ミシェルのお母様は大病を患い、感染の心配があったので、親戚筋のロデリック様のところへ、彼女を託された。マデライン様が、母にミシェルをお預けになられたのは、万が一にも彼女のお母様の病が、ロデリック様のご家族に感染しはしないか危惧しておられたからだといいます。――そして、ミシェルのお母様が亡くなったので、彼女のお父様は、手元にお戻しになられたのです。


 ええ、ミシェルから戴いたお人形のシェリーは今も私の部屋の棚の上にあります。そして床に就く前、その姿に目を遣ると、ミシェルの残り香が漂ってくるのです。


 了

〈登場人物〉


アッシャー家

ロデリック:旧大陸の男爵家世嗣。新大陸で〝アッシャー冒険商会〟を起業する。

マデライン:男爵家の遠縁分家の娘、男爵本家の養女を経て、世嗣ロデリックの妻に。

アラン・ポオ:同家一門・執事兼従者。元軍人。


その他

ベン・ミア:ロデリックの学友男性。実はロデリックの昔の恋人。養子のアーサーと〝胡桃屋敷〟に暮らしている。

シスター・ブリジット:修道女。アッシャー家の係付医。乗合馬車で移動中、山賊に襲われていたところを偶然通りかかったアラン・ポオに助けられる。襲撃で両親を殺された童女ノエルを引き取り、養女にした。

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