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自作小説倶楽部 第28冊/2024年上半期(第163-168集)  作者: 自作小説倶楽部
第165集(2024年03月)/テーマ 「人形」
10/26

01 奄美剣星 著 『エルフ文明の暗号文 03』

【概要】


 新大陸エルフ文明〈廃都〉遺跡での事件を解決した考古学者レディー・シナモンと、相棒のブレイヤー博士に新たな勅命が下る一方で、新たな事件に巻き込まれる『エルフ文明の暗号文』(ヒスカラ王国の晩鐘 50/エルフ文明の暗号文 03)


挿絵(By みてみん)

挿図/©奄美「地下鉄駅」

   03 人形、否、妖精


 新大陸シルハ・同名副王府市。その地下にも滅亡した古代エルフ文明の遺跡があった。


 古代エルフ人は格闘技を好んだ。

 平面楕円形をした闘技場アリーナ。――剣闘士が戦い合う中央の広場。一段高くなった千七百人を収容する観客席が周囲に巡らされ、すり鉢状をなしている。見上げれば頭上に、天蓋〈リネン〉の日除けで覆われている。

 広場に臨んだ特等席は、一等市民である戦士の特等席。女性、貧民、奴隷は後方の一般席で観ることになる。

 剣闘士は、戦場で捕虜になった戦士が奴隷となったもので、魚や狼といった意匠の奇抜な兜を被り、剣技を競い合った。


 昨今、地下鉄工事の最中に、発見された遺跡だ。

 古代エルフ文明は高度な技術力を誇り、現代文明が備えている道具やインフラは、だいたい持っていたことが知られている。


 シルハの古代都市遺跡は、写真撮影や測量図作成がなされた後、大部分が破壊されたのだが、格闘技場や神殿など、いくつかの重要遺構は、著名な文化人達の署名・募金活動によって破壊を免れ、現在に至っている。


 ――美しい、まるで人形? いや、妖精のようだ!――


 二月三日、土曜日。

 黄金の髪を後ろで束ねた貴婦人は、競技場の広場を俯瞰できる観客席の一番後ろに立ち、写真を撮ったり、手帳にメモを綴ったりしていた。――公的な調査報告書は、すでに刊行されているのだが、個人的な論文作成のために、遺跡を観察していたのだ。


「貴女がレディー・シナモン少佐、特命遺跡調査官にして著名な探偵。そしてお隣にいらっしゃるのがブレイヤー補佐官ですね。――自分がお手紙を差し上げた第三十三連隊第二飛行大隊第三中隊所属のバティスト空軍大尉です。――あなたの所作を拝見したとき、まるで、舞っているかのように思えました」


「ザ・ライト・オノラブル・レディー・シナモン・セシル・オブ・レオノイズ」

 貴族上流階級の人が初対面の相手に対し名乗るときは、称号を含めたフルネームで名乗るのがエチケットだ。――ザ・ライト・オノラブルで貴族を表し、レディーで伯爵以上の令嬢であることを示している。セシルは家名、レオノイズは所領を表す。――女性考古学者は、「よろしければ、シナモンとお呼びください」と続けた。


「旧大陸本国での貴女のご名声は、ここ新大陸でも耳にします。――警察が解明出来なかった、いくつもの事件を解決した。僕の友人が関った、ある事件を解明して戴きたい。もちろん、捜査費用はお支払いする」


「バティスト様、被害者とのご関係は?」

「友人です。雑誌社の記者をやっていました。――博打好きでいつもスッカッピンだったけど、いい奴でした」

「怨恨関係は?」

「仕事柄、いろいろいたようです。共和主義者を気取っていたから、特に右翼系の連中には、目の仇にされていましたよ」

「警察はなんと?」

「不整脈による突然死ってことになっていますが、奴はまだ三十六です。博打はやっていましたが、麻薬や酒はやらなかったし、持病もこれといってない。――個人的には、誰かに殺されたとしか考えられないのです」

「それで真相究明を――」

「昔の哲学者が、友誼とは相互承認だと言っています。――友の痛みとか死にざまとかは、知っておくべきではないでしょうか」


 副王府の市街地外縁には、いくつかのターミナル駅があって、メトロ(地下鉄)で連結されていた。

 二人は、メトロ(地下鉄)の駅から列車に乗った。

 地下鉄車両の外装は緑にカラーリングされた、四両編成の軽便鉄道車で、車掌が乗っている。内装は、一人掛けの椅子を対面式にしたクロスシートだった。二人はやってきた列車の一等車クロスシートに腰掛けた。


「考古学には、ある哲学者の思想が一枚絡んでいると小耳に挟んだことがあります」

「ああ、時間軸と空間域で宇宙が構成されているというお話のことですか」


 黄金の髪の貴婦人、小顔で、大きな双眸をしている。紺碧の瞳、抜けるような白い肌をしていた。

 問題の哲学者は自然科学をやっていた。科学者としても一流で、地球を含んだ太陽系が、銀河の一隅にある恒星系の一つに過ぎないという論文まで出し、当時としては画期的な宇宙観を持っていた人だ。


「考古学は、文献史学の系譜と地質学系譜とが、融合したものです。そのうちの地質学が、時間軸と空間域という考えを、重視していました。地質学の時間軸は、地層累重の法則を使います」

「古い地層ほど下にあって、新しい地層ほど、上にあるってこと? 当たり前といえば当たり前の話ですね」


「地層累重の法則が時計になります。新しい地層から順に、つまり、上から下へむかって、1・2・3・4・5……と、番号をふって行きます。例えば、第4層にある、ローマ時代の遺物が出る〈示準化石層〉を調査するとしましょう。このとき、上の第3層までは除去して、第4層を横に、面的に広げて行く、というわけです」

「ある時間を輪切りにした面。――なるほど、それが考古学の空間域……。ところで《示準化石》って?」


「考古学に影響を与えた、地学を例にとりましょう。遺物を古生物に置き換えてみます。アンモナイトが、フランスのA地点で発見されたとき、それを《示準化石》とします。他方、イギリスのB地点で《示準化石》のアンモナイトが見つかったとします。このとき、A・B両地点のアンモナイトが、同じ時期の地層として、調査されるわけです」


 バティスト大尉は、身長百九十二センチ以上もある偉丈夫だった。だが、彼の容姿をもっとも特徴付けるのは、ギョロ目と反った鼻の形にある。お世辞にも美男子とはいえない。しかも、この年の六月末ごろには、四十歳になる。しかし、ご婦人方の受けはよく、ダンディーな魅力があった。


「考古学はアンモナイトとか恐竜とかはやらないのですか?」

「ああ、皆さん、よくそういう誤解をなされますね。絶滅した生物の化石は、地質学のカテゴリの一つである、古生物学で扱われます。考古学は、研究方法こそ地質学と類似していますけれども、研究対象が人間です。どういう道具を使い、どういう施設を造ったかに主眼が置かれます。その点では民族学とか人類学に近い学問です」


 地下鉄列車が目的のターミナル駅に着いた。


ノート20240306

【登場人物】


01 レディー・シナモン少佐:王国特命遺跡調査官

02 ドロシー・ブレイヤー博士:同補佐官

03 グラシア・ホルム警視:新大陸シルハ警視庁から派遣された捜査班長

04 バティスト大尉:依頼者

05 オスカー青年:容疑者。シルハ大学の学生。美術評論家。

06 アベラール:被害者。ジャーナリスト。洗濯船の貸し部屋に住む。

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