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自作小説倶楽部 第28冊/2024年上半期(第163-168集)  作者: 自作小説倶楽部
オープニング
1/26

00 奄美剣星 著 『シーサイドカフェ・春 』

挿絵(By みてみん)

挿図/©奄美「恋太郎と愛矢」



 季節は巡って、春が訪れた。


 潤んだ瞳をした流し髪の青年・田村恋太郎と、長い髪を背中まで伸ばし途中で束ねた川上愛矢かわかみ・よしや、二人の高校生は、自転車に乗って、「シーサイドカフェ」を訪れた。

 路面電車の停車場から海にむかって数百メートルのところにある、取り壊し寸前みたいなくすんだ二階建てビルで、外付け階段からアールデコのパブに入ってゆく。


 若いマダム・夏夜が厨房からでてきた。

「お久しぶりね、恋太郎君、愛矢君。そこの窓枠が見晴しいいわ。はい、これメニュー」

 すっかり名前まで憶えられてしまった。

 二人は勧められた窓際の席に座った。

 大きな窓からは砂浜がみえる。

 恋太郎はスケッチブックを開いた。


 夏夜が注文をとりにきたとき、愛矢がいった。

「あれ、マスターは?」

「あそこ――」

 若いマダムが指さした先に、ウェットスーツ姿をした逆三角形の男が、サーフボードを小脇に抱えて歩いていた。

「今日は波が割れていない。沖から風が吹いている」

「沖から吹くといい波なんですか?」

「そうよ。海岸沿いに吹く波が一番よくないの。やたらに白っぽくて砕けたように泡立った波。あれが駄目。堤防をみて、サーフボードを積んだ車がどんどん、海岸駐車場に集まってきたでしょ」

波は海岸に押し寄せる潮が、浅瀬の凹凸にぶつかって、跳ね上がるものだ。波が立ち上がる地点は波間から数十メートルといったところだろうか。


 サーファーたちは群れをなし、人気のない海岸に、いつの間にか五十人くらいが飛び込んでいった。皆、長板に腹ばいとなり、両手で掻いて、沖合に漕ぎだした。

「まさか、サーファーって、いい波を追いかけて、海岸から海岸を車で渡り歩いている?」

 愛矢が驚いた顔をした。


 すると、若いマダムが、「もちろん」といって笑った。それから彼女は、「ご注文は?」と、愛矢をむいてつけ加えた。

「ミルクティーを――」

「恋太郎君は?」

 恋太郎は、スケッチブックに思いつくままに絵を描き、至福の世界に浸っている。

 愛矢は苦笑した。


「面倒だから、一緒でいいです」

 伝票にボールペンで書きこむ若いマダムの指先は長く優雅にみえた。

 ジーンズにエプロン姿、それにソバージュの髪だったのだが、恋太郎には、だんだんと、金髪碧眼の若い貴婦人にみえてきた。その人が笑みを浮かべて語りかけてきた。


               *


 なだらかな丘陵に、大きな牧場があって、牛や羊が往来している。

 オークの森があり、そこに、ぽつりと、荘園屋敷・マナーハウスがたたずんでいる。

 部屋はヴィクトリア様式だ。赤じゅたんに暖炉、テーブルの上には、銀ポットとティーカップ二つが置かれている。

 マダムが、銀ポットから紅茶を注いだ。


  “One, for you.”

  “One, for me.”

  “And one, for the pot.”


  一杯はあなたのために。

  一杯は私のために。

  そしてもう一杯はポットのために。


 なつかし特集・紅茶メーカーのキャッチコピーみたいだ。


 するとだ。

 恋太郎は横から頭を何度も叩かれているのに気づく。

「恋太郎、おい、恋太郎、戻ってこーい!」

 恋太郎が正気に戻ると、いつも店内に流れているロックではなくて、フォークギターが演奏されていた。


 楽器を抱えていたのは、灰色のジャケットにシャツ姿の痩せた老紳士だった。どこかでみたことがある。

 恋太郎と愛矢が不思議そうにみていると、マダムが微笑んだ。

「紹介するわ、常連さんの教授よ。近くで遺跡調査をなさっているんだて。ポモリ教授ってみんなが呼んでいるわ」

「ああ、やっぱり――」

 愛矢が両手を打った。


 教授は系列大学で教鞭をとっている人で、恋太郎たちは高等部の生徒だった。直接講義を受けるということはないのだが、校内で何度かすれ違うことがあったのだ。

 ポモリ教授と呼ばれた考古学者の紳士は微笑んで、

「どうだい、うたってみないかい?」

 と恋太郎たちに提案した。


 教授はくわえ煙草をしていた。霜を混じえた頭はナチュラルヘア。細面、口髭。いつもスーツを着こなして、蓋のない懐中時計をズボンのポケットにしのばせていた。そしていつも煙草をくわえている。

 ポモリ教授はむかしの音楽家、ポール・モーリアそっくりだ。恐らくは、その名を縮めて教授の仇名にしたのだろう。

 レコードのアルバムが終わったので、マダムが針をはずした。教授が奏でだす。


「『ドナドナ』はね、楽しげに唱ってバランスをとるんだ。音楽というのはそういうふうにやるんだよ」


 ──なるほど。


  ドナドナドナ

  仔牛を載せて、  

  ドナドナドナ

  荷馬車が揺れる


 ポモリ教授と過ごす時間はとても愉快だった。教授は恋太郎たちにいったものだった。「恋太郎君はもう大人になる。もう少ししたら愛する人とアパートの軒先に洗濯物を並べてもいいんだよ」

「困りました。相手がいません」

「残念だねえ」

「はい、残念です」

「恋人ができるといいねえ」

「はい、できたら嬉しいです」

 二人のやりとりをきいていた、カウンターのむこうの若いマダムと、一緒にいる愛矢が、目を合わせると一緒に噴きだした。


 教授はマンドリンをケースにしまいながら、珈琲とナポリタンを三人分注文し、恋太郎と愛矢にご馳走してくれた。


 ――春は獅子のように現れて、羊のように去ってゆく――


 花を満開にした桜木の枝が揺れていた。

 羊のように去りゆく、ゆるい季節の夕暮れ。

 やがて恩師となる教授との出会いが、そんな風景のなかであったのを、恋太郎と愛矢は記憶している。


               ノート20140214

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