王子の婚約者だけど冤罪をかけられました。彼らを嘘つきにしないように冤罪内容を全部ほんとにしてあげようと思います!
王子の婚約者だけど冤罪をかけられました。彼らを嘘つきにしないように冤罪内容を全部ほんとにしてあげようと思います!
感想、レビュー等ありがとうございます!!
場所は学園の大広間。そこでよく見知った男が私に向かって一枚の紙を突き出してくる。
「ステラ! ここに書いてあるのがお前の罪だ! 俺はお前が婚約者だとは認めない!!」
そう言う男の隣では、この式典の主役である私よりも着飾っている女が周囲にバレないように私を見てほくそ笑んでいる。
いや普通に考えておかしいよね? 主役である私も含めて学生はみんな制服で参加してるのになんであんただけ夜会で着るようなドレス着てるの?
私と同じことを参列していた生徒の保護者達も思っているらしく、貴族としては中々に分かりやすく彼女を見て顔を顰めている。
そう、学園内で行われている授賞式とはいえ今回の式典は王家に依頼された仕事をこなした私を表彰するものだ。いわば、主体は王家なので学内のイベントなどとはわけが違う。
それを、このポンコツ王子とそれに絡み付いている女、そしてその取り巻きの男達は分かっているのだろうか。
参列している生徒もわざわざこのために学園に足を運んできた大人達もほとんどが貴族のおかげでそこまで騒がしくなることはないが、小さなざわめきが広がっている。
もしかして、というか私を陥れるために私が留守にしていたこの一か月で動いていたのだろう。
ねぇねぇ、そこで意地悪く微笑んでる彼女、勝ち誇るのはいいけどあなたとんでもない勘違いしてると思うよ?
思えば、彼女がこの学園に転校してきた時からこうなる前兆はあったのかもしれない。
私は彼女がこの学園に来た、ほんの三か月前に思いを馳せた―――
「―――転校? この時期にですか?」
場所は学園長室。そこで私は学園長に言われた言葉を聞き返した。
私が疑問に思うのも当然だろう、まだ新学期が始まってから一か月も経ってないのだ。
「ああ、ボーデン男爵の庶子が聖魔法に目覚めたらしくてね、急遽この学園に入れてほしいというので許可した」
「ふ~ん、どこかで聞いたような話ですね」
「そうだねぇ。まあ、彼女は半分は貴族の血が流れていることだし、国内の貴族が集まるこの学園としては特に断る理由はないので許可したよ」
学園長はにこやかにそう言った。幼い頃からこの人のことは知ってるけど微塵も老けていないのが不思議だ。二十代後半でずっと時が止まってるんじゃないだろうか。
「それで、ステラちゃんには暫くの間その子が問題を起こさないように見ててほしいんだ。ほら、急に力に目覚めて引き取られた系の子って問題起こしがちじゃない?」
「……分かりました。でも王家から仕事の依頼があったらそっちを優先しますからね」
「うんうん、それはもちろん。そうしないと僕が兄上に怒られてしまうからね」
コクコクと頷く学園長も庶子だ。だけど、今回転校してくる男爵令嬢とはわけが違う。学園長は何を隠そう先王の庶子だ。つまり現王は彼の半分血が繋がった兄ということになる。
それで学園長も若い頃はそこそこ荒れていたらしい。
「その彼女はいつから転校してくるんですか?」
「ん? 今日」
「は?」
「今日だよ。もう着いてると思うから迎えに行って教室まで案内してあげてね」
「そういうことはもっと早くいえ!」
それだけ言い残して私は学園長室を飛び出した。
やたらと大きい玄関に到着すると、なぜか一部に人だかりができていた。しかも男ばかりの。
私は一般的な同世代の女子よりも大分小柄なので、背の高い男達が何を囲んでいるのか、少し離れたこの場からは見えない。
嫌な予感がしつつも近付いていくと、よく見知った顔がその集団に混ざっているのを見てうげっとなる。
そして、男達の中心に一人の少女の姿を見つけ、あれが今日から転校してきた男爵令嬢かとあたりをつけた。
「うわぁ……」
嫌な予感が的中している気配がヒシヒシとしつつもその集団に近付いて行く。
すると、私よりも一学年下でポンコツ王子のエドが私に気付いた。
「おいステラ! 遅いぞ! リリアを何時間待たせるつもりだ!!」
……リリアねぇ。この短時間で随分仲良くなったこと。
「私もさっき学園長から話を聞いて急いで駆けつけたところよ。文句なら学園長に言って」
「うっ……」
エドは学園長が苦手なのでこれ以上文句は言われないだろう。
私の返答でエドは引き下がったものの、その周りの金魚の糞はエドの陰から私を睨みつけている。見たところ、男爵、子爵、そして伯爵家の令息のようだ。伯爵家といっても伝統だけで力はない家だけど。
公爵家の人間で王子の婚約者でもある私にそんなあからさまに敵意剥き出しだと家に累が及んでも仕方がないんだけど、彼らはそのことが分かってるんだろうか。
それとも、真ん中にいる彼女の魅力がこの短時間で彼らを惑わせたのか。
ムカッとしたのでポンコツ王子も纏めてボコろうかと考えていると、男達の後ろから少女がひょこっと顔を出した。
「はじめまして。今日からこの学園に転校してきましたリリア・ボーデンといいます。あなたは誰ですか?」
「「「!?」」」
リリアの物言いにエド以外の男達の顔が真っ青になる。
貴族御用達と言っても過言でないこの学園に入るにあたって主要な上位貴族の顔と名前を知っておくのは当たり前だし、たとえ知らなくてもそのことを自分よりも明らかに身分の上の相手に悟らせるのはご法度だからだ。
私が訴えたら転校初日で即退学になってもおかしくない言動だということをリリアは気付いてないらしい。
まあ、その程度じゃ怒らないけどね。
「私はステラ・フェティスリーです。学園長からボーデンさんの案内を頼まれたので迎えに来ました」
「そうなんですね! あ、でもエド様とかこのみんなが案内してくれるって言うから大丈夫ですよ?」
そう言ってリリアはコテンとかわいらしく首を傾げる。
一応は王子のエドをいきなりファーストネーム呼びなんて、時代がもうちょっと前ならそのかわいらしく傾げた首をスパンとやられてもおかしくないんだけど、分かんないんだろうなぁ。まあ今はそこまで厳しくはないけど、貴族ならば夢の中でもしない行為だ。
もはや取り巻きの顔は青を通り越して土色になっている。
可哀想だから私は退散してあげよう。
「じゃあボーデンさんの案内とか諸々の説明はあなた達に任せるわね」
そう言うとエドを除くリリアの取り巻き達は可哀想なくらいコクコクと首を上下にさせていた。
よしよし、リリアの世話はあいつらに任せて私は遠くから見張るだけにしよっと。なんか関わるとめんどくさそうだし。
―――と、思ってたけど現実はそう甘くなかった。
「―――先生? これはどういうことですか?」
「いや~、学園長からの命令でね。同じ稀少な聖属性の魔法の使い手同士だし、リリア・ボーデンの魔法の授業はステラ・フェティスリーに任せるようにと」
「それは職務怠慢じゃないですか?」
「まあまあ、俺達は聖魔法は教えられないから頼むよ」
「……分かりました」
初等部のころから知っている先生に頼まれたら強くは断れない。
私が了承すると、先生はニコリと笑って去って行った。―――訓練場に私と取り巻き達を引き連れたリリアを残して。
ほんと、学園長も含めてなんでこの学園には食えない教師が多いんだろう。
なんの躊躇いもなく去って行った教師の後ろ姿を見て私は小さく溜息を吐く。そして男達と楽しくお話をしているリリアに向き直った。
てか、今授業中なのになんでこの取り巻き達はここにいるんだろう。授業はしっかり受けるように言われているからか、さすがにエドの姿はないけど。もしあったら私が報告するし。
でも、よくエドがいないのに授業サボったな。ポンコツ王子は何も言わなかったんだろうか。まあ、エドは基本的に言葉が足りないから彼らには伝わらなかったのかもしれない。
「ボーデンさん、時間なので魔法の授業を始めましょう」
「え? ステラさんが授業するんですか?」
今目の前でその話してただろうが。取り巻きの男達と話してたから聞いてなかったんか。
ちょいイラ。元々私はそこまで心が広い方ではないのだ。
「貴方達は自分のクラスの授業に戻ったらどう?」
「いや、でも……」
一応注意してみたら取り巻き立ちは煮え切らない態度だ。
「ステラさん! みんなは私が心配でついて来てくれたんです! そんなに怒らないでください!」
……逆にそんなに怒ってるように見えますか?
極めて優しく言った気がするけど。これが薬草学の爺様だったら出会い頭に雷魔法飛ばされて怒鳴り散らかされるとこよ?
あんまり顔立ちもきつくないし、むしろ狸っぽいって言われるくらいだけどそんなに怖い顔してたのかな。ちょっとショックだ。
リリアの援護があったからか、取り巻きの彼らはなぜか「そうだそうだ」と強気に出てきた。女子一人が味方しただけでどうしてそこまで強気になれるのか不思議だ。
「まあ別にいいけど」
私に授業を押し付けて帰って行った教師から話は行くだろうから。
「じゃあボーデンさん、まず魔法を使う前に魔法の基礎についておさらいしましょう」
「はい」
実技じゃないの? という顔をしつつもリリアは私の言葉に頷いた。
それからリリアにいくつか基本的な質問をしたけれど、ま~あ何も答えられなかった。首を傾げてニコニコするばかりでまともな返答は得られずじまいだ。そうしておけば何とかなるだろという思考が透けて見えてげんなり。周りの男共はそれを見てリリアかわいいしか言わないし。どんな手を使ったらこの短期間でここまで誑し込めるんだろう。案外間諜とかの才能はありかもしれない。
リリアの知識のなさはさすがにこのまま魔法を使わせたら近くにいるこちらも危ないんじゃないかと思うレベルだ。このまま魔法の実技の練習には入れない。
「ボーデンさん、まずは座学からやりましょうか」
「え~、早く魔法使いたいんですけど」
「座学からやりましょうね」
私は有無を言わさず場所を移動し、リリアに基本的な魔法の授業を始めた。
―――一時間みっちり授業をした感想として、リリアの脳味噌はまあすごかった。
すごいと言っても悪い意味のすごいだけど。水をざるで濾しているのかと思うほど、何を教えてもリリアの脳味噌には全く残らないのだ。全てスルスルとすり抜けていってしまう。
もし聖魔法に目覚めなかったらたとえ正式な男爵令嬢でもこの学園に入ることはできなかったと断言できるレベルだ。
こんな体たらくだと到底本格的な魔法の練習なんてできない。
暫くはずっと座学かな。
そして初日に決めた方針の通り、リリアとの授業はひたすら魔法についてのお勉強をした。
何を教えても理解しない、というか理解しようとしないで取り巻きといちゃいちゃするリリアだったけど、最近おかしなことを言い始めた。
「ステラさんは私に魔法を上達させたくないんです! 聖魔法使いとしての立場を私に取られたくないんでしょう!!」
「……」
面と向かってそう言われた時は呆れて言葉も出なかった。
「ボーデンさんが座学を真面目にやればもうとっくに魔法の練習に入れてるんですけど」
「ひどい! ステラさんは私が真面目にやってないって言うんですか!? ステラさんにはがんばってもできない人の気持ちが分からないんですね!」
「すぐに彼らに答えを聞いちゃうんだから真面目にやってないと思われても仕方がないのでは?」
「ステラさんも私が男性を侍らせてるって言うんですか!? 自分だって色んな男性とお茶してるじゃないですか! しかも身分が高い男性ばかりを選んで。ステラさんは私が平民出身だからって馬鹿にしてるんでしょう!!」
ダメだこの子、言語は同じなのに言葉が通じない。
呆れて言葉も出ない私を見てリリアはなぜか勝ち誇ったような顔をした。いやいやあなた、周りの学生の顔見てごらんよ。
周りの学生と言っても金魚の糞のごとくリリアにくっついている彼らではない。普通に生活をしている良識ある生徒達だ。なぜか人通りの多い廊下を歩いている途中に突然リリアが騒ぎ出したのでそこそこの人数がこちらを見ている。みんな揃って宇宙人を見るような目でリリアを見ているけど。
リリアは身分が高い男性を選んでと言うけれど、お茶会の場には必ず女の子もいる。王太子の婚約者の私が一人で男性達とお茶をするのはさすがにまずいからだけど、どうやらリリアの目には男性の姿しか映らなかったようだ。お茶会のメンバーは基本的には固定で、みんな初等部からの幼馴染だ。初等部は上位貴族しか入れないので、私がお茶をする幼馴染たちが皆揃って身分が高いというのは仕方がないことじゃない?
教室では身分関係なくクラスメイトと仲良くしてるし、むしろ容姿の優れた男性にしか声を掛けない自分を問題視しなよ。
とまあ、頭の中では色々思うけど口に出すのは自粛する。今の私は婚約者に相応しくあるべく猫を被っているからだ。
婚約者や幼馴染たちはありのままのステラでいいって言ってくれるけど、私はやっぱりダメだと思うので必死に猫を被っている最中だ。
まあ、初等部から一緒のみんなは私に激甘なのでたとえ被っている猫が剥がれちゃってもなんとかしてくれるっていう安心感もあるしね。
この時も、勝手に勘違いしてぺちゃくちゃとリリアに責め立てられる私を幼馴染のカーラが助けてくれた。どこからか駆けつけてきたカーラが私の手を引いてリリアから強制的に引き離してくれたのだ。
「私のかわいいかわいいステラがあんな下品な者に好き勝手言われるなんて耐えられませんわ。せっかくのステラの授業も蔑ろにしているようだし。私ならステラに二人っきりで勉強を教えてもらえる機会なんて逃しませんのに」
「カーラは私が教えなくても十分成績優秀じゃない」
「ステラの授業があったら私は勉強で天下をとれるわ」
真顔で冗談を言うカーラに笑い、その後少し話して私達は解散した。
***
その件があってからリリアは私に対して何を言ってもいいと判断したらしい。私はそれから連日、リリアやその周りから浴びせかけられるチクチク言葉にうんざりしていた。
そんな時に王家から出張の依頼を持ちかけられたので、ストレスを感じていた私は一も二もなく快諾した。
話は冒頭に戻り、一か月間の出張を経て現在、私はなぜか自分の授賞式で断罪されようとしている。
「ステラ! ここに書いてあるのがお前の罪だ! 俺はお前が婚約者だとは認めない!!」
「エド、あなた本当に言葉が足りない人よね」
今の言葉でエドにべったりとくっついている彼女がさらに勘違いを加速させたのが分かる。
そして、私の堪忍袋の緒もプチンと切れた。
エドの手から私の罪状が書いてあるであろう紙をバッと奪い取る。
そして満面の笑みでエドに言う。
「ねえエド、私達、一応昔馴染みじゃない? この断罪は大人しく受けるから私に一週間くれない? 私も昔からこの学園にいるわけだし、みんなとの別れを惜しみたいの」
一週間後にはあの方も帰って来るだろうし。
「……分かった」
「エド様!?」
エドの隣にいるリリアがギョッとした顔で隣を見上げる。うんうん、一週間も時間を与えて私が無実だと証明されちゃったら困るもんね。でも安心して、私は可哀想なあなたを嘘吐きにはさせないから。
―――その冤罪、私が全部ほんとのことにしてあげる。
エドから奪い取った紙をなくさないようにしっかりと握りしめ、私はエド達に背中を向けてギャラリーに向き直った。
その時の私の顔を見て保護者、生徒の一部がニヤリとする。
元いたずらっ子、久々に本気を出そうと思います。
その日はぐっすり眠り、次の日の朝を迎えた。朝と言っても冤罪内容を本当にすべくかなり早起きをしたけど。
私の体のサイズに合わせた特注制服に袖を通す。この制服を作る際、婚約者である王子が色々と口を出したので少しデザインもオシャレなものになっている。
そう言えば、これも私の犯した罪一覧に書いてあった気がするな。「権力を笠に着て一人だけ特注の制服を身に纏い、スタンダードな制服を着ているリリアを馬鹿にしている」みたいなそれこそバカげた内容だった。これはリリアの愚痴リストかと思ったほどに。
さて、じゃあ手始めにこれを本当にしていこう。なんでもまずは軽めのものからだよね。
早朝、私は馴染みの服屋に向かった。
***
「な、なにこれ……」
遅刻ギリギリに来て呆然とするリリアの顔がおかしい。
顔をひきつらせたリリアの瞳は道行く女生徒の制服に釘付けだ。
そう、私はリリア以外の女生徒の制服を全て特注品、しかも大分デザインがオシャレになったものに変えたのだ。リリアに女の味方はいないし、特注制服には憧れるものだからみんな快く受け取ってくれた。
朝から複製魔法を使いまくった甲斐があったわぁ。
リリアはなんだかんだ周りより自分が上じゃないと嫌なタイプなのでこれは堪えるだろう。案の定授業の準備もそこそこに自分も特注制服を発注しようと手配している。リリアの注文は受けないように学園御用達の服屋たちには通達しておいたからリリアが特注制服を手に入れることはないけど。
よし、次だ。
次に実現する罪は『自分の容姿のよさをひけらかして周囲を馬鹿にしている』だ。いや、まったく心当たりないけど、元々全部が冤罪だし関係ないか。
と、言うわけで私はこの罪とも言えないような罪を実現すべくちょっくら学園長にかけあって校則を変えてきた。
学園長は「昔のステラちゃんが帰ってきたみたいで嬉しいよ」と言って快く校則を弄ってくれた。ありがたいね。
実は、学園では華美な化粧や髪型は禁止だったのだ。だから令嬢たちも化粧は必要最低限だし、髪型も至ってシンプルなものだ。
無論、リリアはこの校則をバッチリ破ってバチバチに化粧をしている。むしろこんな校則リリアは知らないんじゃないかな? 彼女の頭に都合の悪いことは入らないっぽいし。
知らないまま校則を破るのも可哀想だし、そんな校則なくしてあげた方がいいよね?
そして、女生徒にとって煩わしいその決まりがなくなるとどうなるか。そう、みんながみんな普段よりも数段階かわいくなるのだ。
今日は特別に家の使用人を呼んで、休み時間に希望者にはお化粧をしてあげるように言ったからね。休み時間を経る毎に増えていくかわいい女の子達にリリアの取り巻き達も目を奪われていた。
うんうん、正直リリアは一人だけがバッチリ化粧をしていたから特別可愛く見えていただけで、リリアくらいの素材の子は貴族令嬢にも普通にいる。
「よし、今日はこのくらいかな」
今日でリリアのアイデンティティである特別かわいいは消えた。そのことで取り巻き達の心は割と離れたようだ。……単純すぎる。
彼らは私の断罪には関わっていないので、私に対する無礼な振る舞いが多すぎたとして両親から彼らの家に抗議をしてもらった。してもらったというか、昨日の断罪劇で両親が私の学園内の環境を調べて激怒し、気付けば抗議をしていた。エドとリリアに関しては私が自分でやり返すだろうとなにもしなかったらしいけど。流石、私のこと分かってるね。
次の日学校に行くと、幼馴染ズに出迎えられた。出会い頭、カーラが私をむぎゅっと抱きしめる。
「ああ、私のかわいい子だぬきちゃんが帰ってきたわ! 子だぬきちゃん、次は一体なにをするの?」
「カーラ、ステラは聞いても教えてくれないぞ。そうだろ?」
幼馴染のロイがそう言って私にウインクする。
「うん。でも周りを巻き込むのはこれで最後だよ」
「あら残念。私達のステラをあんな公衆の面前で辱めたおバカさん達にお灸を据えてあげたかったのに」
「ありがとうシシー」
幼馴染達にギュッと抱きしめられ、その日は帰宅した。
次の日。
「いやあああああああああああああああああああああああ!!!」
実技の時間、リリアの悲鳴が当たり一面に響き渡った。
何事かと教師や生徒が集まって来る。
「どうしたボーデン」
「そ、その女がっ! 私の魔法を……!」
リリアが指さした先にはもちろん私。そして、教師の目も私に向いた。
「フェティスリー、何かしたのか?」
「いえ、特に新しいことはしてません」
「嘘よ! その女のせいで魔法が使えなくなったの!!」
リリアが叫ぶ。
「あれ? 上手く魔法が使えないのは元からじゃないの? 私が同じ聖魔法使いのあなたを疎んで魔法を使えないように練習させなかったから上手に魔法が使えないってここ一か月間先生に言ってたんでしょ?」
冤罪その三、『ステラ・フェティスリーによって魔法の練習の妨害、および魔力の流れを乱されたためリリア・ボーデンは上手く魔法が使えない』。
これもとんだ言いがかりだ。
「私なら魔力の流れを乱すどころか完全に魔力の流れを絶って魔法を使えなくさせることもできるんだよ?」
もし私が本当に同じ聖魔法使いのリリアを疎んでいたのならそんな中途半端なことはしない。最初から容赦なく魔法を使えなくするだろう。これは、私の固有魔法と言っても差し支えないので同じ聖属性でもリリアにこの魔法は使えない。
つまりこれは間接的に私がそんなことをしていないという証拠なんだけど、多分リリアは気付いていない。
私がここまでやっても教師に咎められないのは理由がある。今回のリリアに対する処分は私に一任されているのだ。
陛下と話し合い、程よい落としどころも大体見当を付けている。嬉々としてリリアに対するイタズラを考える私を見て、陛下も懐かしそうに目を細めていた。
まあ、この先生に関してはリリアに粉を掛けられたのが鬱陶しかったから黙っているというのもあると思う。めちゃめちゃ顔いいけど愛妻家だからね。しかも奥さんも超美人。
そして、その後も私はリリア達を嘘吐きにしないようにすべく努めた。
冤罪その四、『ステラ・フェティスリーにいつ嫌がらせをされるか分からないので夜も眠れない』。
夜も眠れないとのことなので、寝かさないために夜通しリリアの部屋に私の歌声が大音量で流れるようにしてあげた。恥ずかしながら私、歌はあんまり得意ではないのだ。
冤罪その五、『ステラ・フェティスリーはテストでカンニングをしている』。
あいにく私はカンニングはしていないのだが、期待には応えなければ。ということで、小テストでリリアの答えをカンニングしてみた。教師が注意しないのをいいことにガン見してリリアの回答を丸写しした。すると、どうだろう、私もリリアも点数は散々だった。まあそれはいいとして、問題はその後だ。
実はリリア、今までの小テストは全て満点だったのだ。それが今回は0点。
訝しんだ教師陣が調査した結果、リリアのカンニングが発覚した。リリアにとってはまさかだよね。
それからも、私は冤罪を実現し続け、五日目には私の顔を見るとリリアは叫んで逃げるようになった。
「いやあああああああああああああああああああああああ!!」
「あはは、どうして逃げるの?」
すっかり令嬢らしい口調も抜け落ち、私はリリアを追いかけて生き生きと廊下を走っていた。そんな私を幼馴染ズがうっとりと見つめるというなんとも不思議な光景を強制的に見せられた一般生徒の心中はどんなんだったんだろう。
「―――うふふ、私達の子だぬきちゃんがあんなにも生き生きしてますわ」
「やっぱり生餌の方がいいのね」
「婚約者にしたせいでステラが大人しくなっちゃったって殿下も嘆いてたからな、この光景を見たらさぞ喜ぶだろう」
「だな」
女生徒が泣きわめきながら逃げるのを見てほのぼのと話す私の幼馴染達を見た一般生徒は、「上位貴族こえ~」で頭がいっぱいになったと後で聞いた。みんなほんとは優しいんだけどね。
リリアがここまで怯えるのには理由がある。
連日のあれやこれやで、流石のリリアも私が冤罪内容をなぞっていることに気付いたのだ。そして、まだ実現されずに残っているのはがっつり犯罪系ばかり。さすがの私でも実現は無理だ。やろうとしたら間違いなくリリアの命がなくなる。
そんなこんなで、リリアは死に物狂いで私から逃げているのだ。
私がおもちゃを追う猫のごとくリリアを追っていると、校内放送が入った。
『全校生徒に告ぐ。至急大広間に集まるように。繰り返す―――』
その放送を聞いた瞬間、リリアがこちらを見てなぜか勝ちを確信したようにニヤリと笑った。そして大広間へと走って行く。私もリリアを追うのを止め、歩いて大広間に向かった。
―――思ったよりも少し早かったなぁ。
***
私が大広間に着くと、既に大勢の生徒とエド、リリア、そして学園長を含めた教師陣が揃っていた。幼馴染ズと来た私の姿が見えた瞬間、リリアの顔が歪む。たぶん、私がいい男を侍らせているのを見せつけられていると思ったんだろう。ちゃんとカーラ達女性陣もいるのだが、やっぱりリリアには見えないみたいだ。
ちなみに、リリアの取り巻き達はエドを除いてみんな自主停学をしている。彼らの家がこれ以上恥の上塗りを許さなかったみたい。あとうちへの謝罪の意味もあるようだ。
役者が揃い、さて話が始まると言ったところで入り口の扉が再びギィッと開いた。
そう、話を始めるにはまだ役者が一人足りない。
その場にいた全員の視線が大広間に入ってきた人物に釘付けになる。
入ってきたのは、すらっとした長身の青年だ。まるで精巧に作られた人形のように一分のズレもなく整った顔に女子たちがほぅと溜息を吐く。それはリリアも例外ではなかった。
そして、一見冷たく見える青年の碧眼がこちらを向いた。
「ステラ!」
青年がこちらに駆け寄り、私を抱き上げる。
「レイ、久しぶり!」
「久しぶりステラ、会えて嬉しい」
ちゅっと頬にキスが贈られるこの感覚も久しぶりだ。
そんな私達の感動の再会に水を差したのは、もちろんリリアだ。
「な、なにしてるの? そんなの浮気じゃない!!」
レイの目が冷たくリリアを射抜く。
「……浮気?」
「ええ! ステラさんはここにいるエド様の婚約者なんですよ! それも今では危ういですけど」
そう言ってリリアはエドに腕を絡ませる。
おお、どうやらリリアは格段に顔のいいレイよりもエドをとったようだ。
そうだよね、エドと婚約できれば未来の王太子妃、そしてゆくゆくは王妃になれる―――って、リリアは思ってるから。
レイの視線がゆっくりとエドに向いた。
「エド? いつから俺のステラはお前の婚約者になったんだ?」
「ち、違います兄上! それはこの女が勝手に勘違いしただけです!!」
「俺がいない間に随分好き勝手してくれた件は?」
「ごめんなさい!!」
エドはリリアの腕を振り払い、躊躇いなく土下座した。
「え? エド様?」
「まず、お前の誤解を解こう。そこの愚弟はステラの婚約者でも王太子でもない。ステラの婚約者は俺だし、この国の王太子も俺だ」
「で、でも、この前『俺はお前が婚約者だとは認めない』って言ってたし……」
「ああ、これは致命的なところで言葉が足りないからな。『俺はお前が(兄上の)婚約者だとは認めない』ってことだろう?」
レイが聞くと、エドがコクリと頷く。
「俺の兄上好きは有名だし、まさか王太子の名前や年齢を知らないやつがいると思わなかった」
エドはエドでまさかリリアが自分を王太子だと勘違いしているとは思っていなかったようだ。このポンコツ、レイに関すること以外は本当にポンコツだから。
だけど、レイの不利益になる人物に関しての彼のレーダーはかなり信用できる。今回はそれがリリアだったのだろう。リリアとリリアに引っかかるような使えない人物を排除するとともに、大嫌いな私に嫌がらせをしようというのがエドの考えだろう。
なにせ、エドはレイに関する勘以外は本当にポンコツなので今回のようなやり方しか思いつかなかったのだろう。絶対もっといいやり方あったよね?
リリアの事を好き好き言いながらレイには真面目に勉強するように言われてるからリリアそっちのけで授業に出るしテスト勉強するし。途中からリリアと一緒にいるのがしんどくなったのかあんまり近寄らなくなってたし。
学園に入る前どころか貴族になった瞬間に王族の名前くらいは頭に叩き込まれるわけだけど、その知識はリリアの頭をすり抜けたらしい。
かろうじてエドが王族なのは分かったらしいけど。
私が王太子の婚約者だって情報と、エドが私の婚約者ぽいってことで勝手にエドが王太子で私から婚約者の座を奪い取ればゆくゆくは王妃になれるって勘違いしたっぽい。
まあなんていうか、自業自得だよね。
というかまともな思考してたら人の婚約者奪おうなんて思わないし。それは貴族とか平民とか関係ない。
「っ! 元平民だからって、その女だけじゃなくみんな私を馬鹿にするのね!」
「バカにするわけないでしょ?」
「なんで断言できるのよ」
「だって、私も元々平民だもん。それも、あなたと違って半分も貴族の血が入ってない生粋の平民」
「……は?」
私の言葉にリリアがポカンとする。
「聖魔法に目覚めたから今の両親に引き取られたの。元々孤児だったし、無理矢理とかじゃなかったけど」
「あの頃のステラはとんでもなくかわいかったな。学園に子だぬきが迷い込んで来たのかと思った」
レイの言葉に幼馴染ズがうんうんと頷いて同意する。その頃も同年代に比べたら小さかったからなぁ。
「今よりも大分いたずらっ子だったし、俺達も手を焼かされたけどそれもたまらなくかわいかったな」
「今はそんなにかわいくないってこと?」
「まさか。ステラがかわいくない瞬間なんてないさ」
レイがふわりと笑うと周りの者が見惚れるのが分かる。
だけど次の瞬間、レイの雰囲気がガラリと変わった。
「さてステラ、この者達はどうする? 刑はステラに一任されてるんだろ?」
「ああ、それはもう決めてあるよ」
***
あれから数日が経った。
結論から言うと、リリアは平民に戻った。
私が魔法を解かない限りリリアは魔法を使えないし、魔法を使えない以上特に勉学に優れているわけでもないリリアを学園に在籍させているわけにはいかない。男爵としてもこれ以上醜聞を広められるのは困るとのことだ。
全校生徒の前で王太子を間違えたし、私を蹴落として王太子妃の座に就こうとしてたこともバレバレだったからね。その全校生徒を集めたのはレイだけど。
レイは大層ご立腹だったので私がやられたことと同じことをやり返してやりたかったそうだ。
また、王家としても聖魔法を使えることを加味してもリリアは国の利益にはならないとの判断となった。まあ、元々魔力もかなり少なかったしね。あの魔力量だと実際に役に立つかどうかは微妙なところだ。
リリアに関しては私に逆恨みをして復讐に来るかもしれないので本人には気付かれないように監視がついている。本来なら私に冤罪を被せるなんて無一文で国外追放か悪ければ処刑されてもおかしくない。だけど、今回は私が冤罪内容を実現したことで冤罪とも言い切れなくなった。だから魔力を封じたまま平民に戻るだけで済んだのだ。むしろ感謝してほしいくらい。やっぱり自分が関わることで人死にが出るのは後味悪いからね。
まあ、もしこれ以上私に突っかかってくるならがっつり犯罪級の冤罪も実現してやるからとしっかり脅しておいたけど。
リリアの取り巻きをしていた下級貴族の彼らは未だに自主停学中だ。この先復学するか退学となるかは各々の家の判断になる。
そしてエド。こいつに関して私はご立腹だ。
エドはとんでもないことをやらかさない限り重罪にはならない。王族とその他では命の重みが異なることを分かっていて私に対する嫌がらせのためにリリアを利用したのだ。まあメインは直感でレイの害になると判断したリリアの排除だったんだろうけど。
だとしても、もっとやり方はあったはずだ。王族であるエドが手を貸さなかったらリリアはあそこまでのことをやらかすことはできなかった。それを考慮してリリアの処分は軽くしたんだけど。私が調整しなかったらリリアは今頃この世にいなかった可能性が高い。手ぶらで国外追放されたら無事に隣国に辿り着けるかも分かんないしね。
つまり、人一人の命を軽く見ているエドに私はご立腹だ。
本当に考えが足りない。だから私はまだエドをきちんとした王子とは認めておらず、心の中でポンコツ王子と呼ぶことでれっきとした王子であるレイと区別しているのだ。
エドに対してご立腹の私は陛下に進言した。
「陛下、私に罪状を突き付けたのはポンコ……エド殿下でしたね?」
「ああ」
「その時は全くその内容に心当たりはありませんでしたが、結果的にその内容は本当になりました」
「そのようだな」
「つまり、殿下は未来が読めるのではないでしょうか」
私の言葉に陛下がニヤリと笑う。どうやら私の茶番に付き合ってくれるようだ。
「確かにそうかもしれぬな」
私も陛下も実現されていない内容については暗黙の了解でスルーだ。
「殿下のお力は魔獣の森に常駐している騎士団で役立つのではないでしょうか。ためしに一年程殿下を派遣されてみてはいかがでしょう」
「そうだな、未来を見る力があれば魔獣の森ではさぞ役立つであろう」
魔獣の森とはその名の通り魔獣がうじゃうじゃいる森のことだ。その森から魔獣が出てくる頻度はそこまで高くはないが、しばしばあるので騎士団が常駐している。
この魔獣の森、結構辺鄙なところにあるのだ。一度行ったら中々王都には帰ってこれないし、気候の変動も激しい。ポンコツ王子の性根を直すにはうってつけだろう。
中々王都に帰ってこられないということは彼の大好きなレイに会えないということだ。これからはレイも本格的に王位を継承するための仕事に取り掛かるのであまり王都から離れることはないだろうし。
さらに、魔獣の森に常駐する騎士団にはエドの天敵とも言える騎士がいる。昔エドの面倒を見ていた騎士だ。彼ならきっちりエドの性根を直してくれるだろう。
こうしてエドの処遇も決定し、今回の一件は解決した。
今回私結構頑張ったし、レイとまったりしよ~っと。
疲れた心を癒してもらおうと、私は大好きな婚約者の元へと向かった。
***レイ視点***
ステラと初めて会ったのは俺が初等部の頃だ。
子どもながら、俺はかなり冷めていた。特に何かを感じるわけでもなく、ただ課せられたことをこなすだけの毎日。
子どもらしく泣き笑いする周囲を見てぼんやり、自分は感情の回路が壊れているのだと思った。
そんな時、毛色の違うのが入ってきた。
若干垂れ目気味のクリクリとした目の少女は、周りの者よりも一回り小さい。
『子だぬき』
誰かがその子を見て言った言葉が妙に印象に残った。
その子だぬきはみるみるうちに交友関係を広げていった。子だぬきも子だぬきで環境の変化からそこそこ荒れていたが、それでも一生懸命環境に適応する子だぬきが周囲の者はかわいくて仕方ないらしい。
かく言う俺も、子だぬきがいたら無意識に目で追っていた。
子だぬきが来てから暫くすると、子だぬきはイタズラをするようになった。
学校中のカーテンや窓を開け放ったり、学校内で話すと遠くまで拡散されるような魔法を使ったり。
人を柔らかい結界で包み、物や人にぶつかりそうになると結界同士がゴムのようになって反発するような魔法を使ったりしていた。
この年でそんなことができるのかと、その魔力量と魔法の扱いに感心したものだ。
当初、急に始まった子だぬきのイタズラを訝しむ者は多かったが次第にその動機が明らかになっていった。
当時、初等部の環境は腐っていた。
初等部に通う生徒は上位貴族と言えどまだ子どもだ。魔法も上手く使えず、世間一般のことも知らないのをいいことに教師陣は生徒にかなり高圧的な態度をとっていたのだ。今思えば虐待スレスレの。
本来自分達が首を垂れねばならない身分の者を虐げることで悦に浸っていたのだろう。初等部は中等部、高等部からは隔離されているので、まともな中、高等部の教師達にも気付かれていなかったようだ。
ただ、外から来たステラは大人達の態度が普通ではないことにすぐ気が付いた。
俺達がイタズラだと思っていたのは、子だぬきが一生懸命考えた抵抗だったのだ。
眩しいという苦情も無視してカーテンや窓を開け放ち続けたのは外から中の様子が見えるようにするため。
学内の声が拡散されるようにしたのは教師達の怒鳴り声を外部の大人に届けるため。
初等部の全員を結界で包んだのは生徒が教師に暴力を振るわれるのを防ぐため。
まだ小さく、未熟だったからそれらは中々上手くいかなかったが、子だぬきは確かに俺達を守ろうとしてくれていた。
子だぬきは幼いながらも、平民から引き取られたばかりの自分の証言では大人達が動いてくれないことを分かっていたのだ。
実際、子だぬきが穏便に初等部のことを誰かに伝えても相手にされなかったか、初等部の教員によって簡単にもみ消されていただろう。
何を考えているか分からず、いつもキョトンとした顔をした子だぬきの行動はただのイタズラだと信じて疑われなかった。
もちろん、イタズラをしたと思われていた子だぬきは毎日のように怒られていたのを覚えている。
俺達よりもはるかに怒鳴られ、罵声を浴びせられた子だぬきは、それでもイタズラを止めることはなかった。
そしてある日、沢山のイタズラの中に隠された子だぬきの努力が、漸く功を奏した。
子だぬきは、教育と言うには行き過ぎた罵声を、鬼のような形相で物を叩くその教師の姿を学園中に届けることに成功したのだ。
声は初等部の外にだけ拡声され、中等部と高等部の校舎から見えやすい場所には生徒を脅す教師の姿がでかでかと投影されたという。光の屈折などを上手く利用したようだと後に学園長である叔父も感心していた。
初等部の教師達も魔法の気配は感じていたが、またいつものイタズラだろうと気に留めなかったようだ。
だが、学園長を含め心ある大人達はすぐに初等部へと向かい、初等部はかつてないほど教師で溢れかえった。逆に中等部と高等部からは一瞬で教師が消え、それはそれで騒ぎになったそうだが。まあそちらは笑い話だ。
一番最初にこっそりと駆けつけた学園長により、教師が生徒を理不尽に怒鳴りつける現場は押さえられた。また、子だぬきがこっそりと様々な証拠を保管していたこともあり、教師達は連行され、俺達生徒は保護された。
叔父は自分と似た境遇の子だぬきのことを気にかけていたが、当時はすぐに会えるような環境にはなかった。
叔父が膝を突き、保護された子だぬきと視線を合わせる。
「ごめんねステラちゃん、すぐに駆け付けてあげられなくて」
そう言って叔父が頭を撫でると、それまでどんなに怒鳴られてもキョトンとした顔を崩さなかった子だぬきの瞳がうりゅりと湿り気を帯びた。
その時、俺達は子だぬき―――ステラがずっと一人で戦ってくれていたことに気付いた。
堰を切ったようにわんわんと泣き出したあの子はどんなに怖かっただろう。異常な大人とそれが当然だと思っている周りに囲まれて、一人で戦うのはどれだけ大変だっただろう。
気が付いたら、俺はステラを抱きしめていた。ステラが泣き止むまで、ずっと抱きしめていた。
それを見ていた叔父が「おや」と目を丸くし、俺の両親に報告をしたのがその日の夜のこと。
この件で完全にステラに惚れた俺がステラと婚約を結んだのが、それから六年後のことだ。
ステラよりも一歳年下で当時まだ入学していなかった愚弟はこの事件を知らない。もし愚弟もその場にいたら俺や幼馴染達のようにステラにべったりとくっついて離れなかっただろう。
初等部は人数が少ないから学年関係なく割と一緒にいるからだ。だからステラより二歳年上の俺もステラといられたのだから、その制度には感謝しなくてはならない。
今回も、俺の子だぬきは俺が隣国に行って不在の間に色々と頑張ってくれたようだ。
あのバカげた断罪劇の後、ステラが何もしなかったらこんな生ぬるい処分にはなってなかった。俺が帰ってきた瞬間、バカ二人とその取り巻きを容赦なく裁いただろう。
俺や父上に、一応身内であるエドに対して重い処罰を下させないためにもステラは頑張ってくれたのだ。まったく、俺の子だぬきはどこまでも優しいな。
そんなことを考えていると、ちょうどステラが俺の部屋を訪ねて来た。
すぐに出迎えてステラを抱きしめる。その手には高そうな酒瓶が握られていた。
「レイ! 今回頑張ったからお酒のんでもいい~?」
「だ~め。ステラにはまだ早いぞ。隣国でおいしいブドウジュースを買ってきたからそっちにしなさい」
「は~い」
俺がそう言うとステラは素直に酒瓶を机の上に置いた。素直すぎる。こっちが拍子抜けするくらい。
―――だけど、そんな素直な子だぬきのことが、俺は愛しくて仕方がないのだ。
「王子の婚約者だけど冤罪をかけられました。彼らを嘘つきにしないように冤罪内容を全部ほんとにしてあげようと思います! その後の小話」投稿しました!
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