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標~進むべき道~  作者: 渋谷幸芽
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迫りくる脅威

好美は思わずパニックに陥りそうになりながらも思考をフル回転させた。

「でも、きっと、たまたまだよね、このアパートに私が居る事は特定されてないんだもんね」

『うん・・・・・たまたま地図アプリで、そのアパートの周辺の様子を美音子が見たとしても、おばさんの乗ってる車を知ってる訳ないと思うし、そのアパートに好美ちゃんたちが居るだろうなんて目星は付けれないと思うんだけど」

そんな話をしていると、突然、家のチャイムが鳴らされた。

「ごめん、ちょっと待ってて、誰か来たみたい」

『うん、行っておいで、一回切るから、また電話して?』

「判った」

好美は魚眼レンズから外を確認した。

立っていたのは初めて見る中年の女性だった。

両手に紙袋を()げていたが、別段、何かしらの営業という印象は受けなかった。

一瞬迷ったが、とりあえず外に出て対応した。

「・・・・・はい」

「こんにちは、初めまして、今度ここの真上の部屋に越してきました、犬飼(いぬかい)と言います、引っ越しの挨拶に伺いました、今後、よろしくお願いします」

言いながら袋に入った洗剤とタオルを好美に差し出してきた。

「ご丁寧にありがとうござます、為末です、よろしくお願いします」

丁寧に頭を下げ合って、玄関先で別れた。

受け取った挨拶の品を、そのままリビングのテーブルに置いて、早速自分の部屋に入ると由美に電話した。

「もしもし、ごめんね」

『平気、それで、さっきの話の続きだけど、卒業以来、あの2人に別に接触されたりしてないんだよね?卒業から随分経つし、今更嫌がらせとかの目的で好美ちゃんを探し始めるなんてことも無いと思うんだけどね』

由美の冷静な分析で少し気持ちが落ち着いた好美。

「そうだよね」

『まあ、2人が何の目的でアパートの近くに居たか判らないんだけどさ、とりあえず気を付けてね』

「うん!気を付ける!教えてくれてありがとう」

通話を終えた後、好美は改めて戸締りを確認した。

そして、外の様子を窓からそっと確認して異常がない事に胸をなでおろした。

胸をなでおろしながら、何だか落ち着かなくて、しばらく何も手に付かずテレビを見ながら燿子の帰りを待っていた。

程なく迎えた燿子の帰宅時間。

その帰宅時間を少し過ぎた頃、外で話声が聞こえた。

魚眼レンズを覗くと燿子と、先ほど引っ越しの挨拶に来た犬飼が挨拶の為に燿子を呼び止めている所だった。

思わずドアを開けると2人が振り返った。

「どうしたの、好美」

「好美ちゃんって言うのね、改めてよろしくね」

犬飼に会釈され、好美も会釈を返した。

「・・・・・お母さん、こちら真上に越してこられた犬飼さん、さっき引っ越しの挨拶に来られて、これ、頂戴したから」

言って、先ほど受け取った引っ越しの挨拶の品を燿子に見せた。

「まあ、ご丁寧に・・・・犬飼さん、ご家族は?」

「いえ・・・・・単身で越してきましたので」

急に気まずさを滲ませた事に気付き、これ以上、詮索する意思がない事を明確にするために、2人、部屋の中に入ろうとした。

そして何気なく視線を通りに流した刹那、好美は思わず凍り付いた。

通りを行く複数の通行人の中に美音子と宮原の姿を認めた。

「え・・・・・何で?!」

好美は警戒するあまり、我先にと部屋に駆け込んだ。

「どうしたの?」

「あいつらが居た・・・・・気付かれなかったかな」

青ざめ避難する好美同様、急激に顔色を変えた犬飼。

思わず好美に続いて中に入っていた。

露骨に訝し気に2人に見られても出て行こうとしなかった。

「あの・・・・・・」

「ちょっと、会いたくない人を通りで見かけたもので・・・・・」

燿子は青ざめる犬飼をとりあえずリビングに通した。

外の様子を気にしながら、勧められるままコーヒーを啜った。

何か事情が有りそうだと思いながらも2人、不要な詮索しなかった。

何かに怯えながら、ジッと外の気配に警戒する犬飼を見守った。

「私、とりあえず、外の様子見てきますね」

好美は、犬飼が、誰に警戒しているのか判らなかったが魚眼レンズから外を確認した。

「今は誰も居ないみたいですよ」

「本当?じゃあ今のうちに・・・・・」

犬飼は腰を上げ、玄関で申し訳なさそうに何度も2人に頭を下げドアを開けた。

そして自分の目でも誰も居ない事を確認して足早に階段を登って行った。

犬飼が無事に部屋に入ったのを音で確認してから2人も部屋に入った。

「何で今更あいつら、こんなところに居たんだろう、偶然じゃなかったのかな」

「え?」

「・・・・さっき、由美ちゃんから電話が有って、美音子と宮原が、昨日も、この辺に居たみたいなの」

「え、何で今更?大丈夫?自転車とか何かされてない?!」

言われて急に自転車が気になった。

「判らない、でも別に危害を加えたくて私を探している訳ではないと思うんだけど、とりあえず確認してくる」

言いながら、突き当りの階段脇に設置されている駐輪場に停めてある自分の自転車を確認するために外に出た。

結果、自転車に特に異常は無かった。

「どう?大丈夫だった?」

燿子が台所で夕飯の準備をしながら、キッチンに入ってきた好美を振り返り確認した。

「うん」

「良かった」


 夕飯を食べ始めて程なく、またLINEが届いた。

一瞬、傍らのスマホを見たが、好美は箸を動かし続けた。

夕飯を終え、スマホを確認すると真希からLINEが届いていた。

『ヨッシー辛いよ、歩との距離が広がる一方だよ、今からでも保身は捨てて一緒に戦えば元の関係に戻れるのかな』

危険を顧みない勇気ある発言に、それでも肯定的は返事は送れなかった。

チラつく苦い記憶と、今まさに再び危害を加えられる可能性が有る事に懸念が有る中、言葉を選ばず真希にも身の安全を確保して欲しくて自分の考えを送った。

『シビアな事言うけど、そんな保証、どこにも無いと思うよ、そして前にも言ったけど自分の身を守ることも疎かにしたら駄目だと思う、一緒に戦う選択は自分の身を守る手立てを確立させてからの方が良い、普通に学校に通えるのは決して当たり前じゃないんだから、そういえば、さっき、歩ちゃんと何を揉めてたの?』

真希は好美の考えにモヤモヤしたものを抱えながら返信の為の文を作成した。

好美の意見も決して間違っていないが、その温度差は、そのまま誤魔化しようがない(わだかま)りに比例した。

作成しては消す作業を複数回繰り返し、時間をかけて返信を送った。

『あれね、歩の靴がゴミ箱に捨てられてるのを見つけて、下駄箱に戻しておいてあげようとしたんだけど、そんな絶妙なタイミングで、その瞬間を歩に目撃されて、疑われた、何でそこまでされないとならないの!友達なのにって!友達なのに信じて貰えなかった( ノД`)』

『辛いね、だからさっき、歩ちゃんの靴持ってたんだね、それにしても本当に最低だね甲本の奴!』

『ねー、おかげで部活でも歩、口きいてくれなかった、誤解なのに、日記でも一応説明するけどさ』

『日記、真希ちゃんの番なんだね、不幸中の幸いだったね、交換日記、私も本当は加わりたいけど難しいよね』

歩とつながっていたかった好美の切実な言葉が真希の罪悪感を刺激した。

『ヨッシーも陸上部だったら何とかなったんだけど、色んな人の目に気を付けないとならないからリスクが高いよね、それで万が一にも私だけじゃなくヨッシーにも火の粉が降り掛かる事態に陥ったら大変だし』

一方の好美も、真希が常に自分と歩の安全も考えて、その都度行動していることを実感し、文句ばかり送ってしまってる自分を恥た。

『まー日記、読んでくれるか判らないけどね、読んでも信じないかもしれないし』

『信じてくれるよ、きっと、歩ちゃんなら信じてくれると思う、ちゃんと仲直りできると良いね』

送りながら自分は既に歩とケンカさえも出来ない関係になってしまった事を痛感した。

それは、歩の所為でも真希の所為でもなく保身を優先にしすぎた自分の所為だと自覚していた。

『ヨッシー、何か歩に伝えたい事とか有る?前のように日記を回す事は難しいけど歩に言いたいことが有る時は言ってくれれば代弁するよ、歩もきっとヨッシーと話したいと思うよ』

そのメッセージに好美は何故か、上手く言葉がまとまらなかった。

打っては消す作業を繰り返した後、送信した。

『ありがとう、でも今は無いよ、何を言っても歩ちゃんに不信感を与えるだけになると思うから、今しばらく口をつぐんでおこうと思う』

『わかった、じゃあ、今日はこの辺で!また明日ね』


数日後、陸上部の部室で誰も居ない事を確認したうえで歩が真希のロッカーに日記を入れた。

そして一人立ち去った。

翌日、その日記を回収した真希は帰宅後、早速確認した。

“あれね、真希じゃないって判ってたよ、だから勿論、怒ってないよ、でも何か影から甲本が凄い顔で見てたからケンカして見せた方が安全な気がしたんだけど、結果的に嫌な思いさせちゃったね、ごめんね、あと、危ないからクラスでは私に関わらないようにした方が良いよ、私なら平気、真希がこうして交換日記してくれるだけで充分だよ”

歩の日記を目にした真希は自分を恥じた。

そして何が有っても自分は歩の友達で居続けようと誓った。

誓いながら早速ペンを取り返事を書いた。

“甲本に見られていたんだ?気付かなかった、そして、あれは私を庇う為の芝居だったんだね、ありがとう、陸上部でなら安全の筈だから、部室とかで話そう、ヨッシーに何か言いたい事が有れば私から伝える、遠慮なく言ってね”

ノートを閉じ、早速、好美にLINEで報告した。

着替えを済ませ、好美は直ぐに返信した。

『そうだったんだ、歩ちゃん、冷静に周りを見て、真希ちゃんの安全の為に、怒って見せてたんだ、もし私だったら、そんな風に冷静に周りを見たり出来ないだろうな・・・・・それにしても本当に鬱陶しいね、甲本の奴、早くクラス替えしたい!甲本と違うクラスになりたい』

『ねー、まだ我慢の時が続くけど、2年生では甲本と別れて3人で同じクラスになって、また普通に楽しく学校生活送りたいよね、でも勝手な想像だけど、歩もヨッシーの苦しい立場、理解して心配してると思うよ』

好美は悠太によって日常が崩されていく事に改めて憤りを覚えた。

そして傍観者の立ち位置から勇気が出せず一歩も動けない自分自身に対しても嫌悪感を募らせた。

『そうだよね、歩ちゃん、そういう子だよね、決めた!この先、甲本の奴が、どんな妨害してきても、また歩ちゃんを信じられなくなるような何かが起きたとしても、歩ちゃんの事、信じ続ける』

『私も信じ続ける事にした!信じて貰えなかった!って疑ってかかった自分が本当に恥ずかしいよ』

『これからは信じ続けよう』

送信した直後、外が騒がしい事に気付いた。

よく耳を澄ませてみると、美音子と宮原の声だった。

「此処と此処が怪しいよね、表札付いてないけど入居者募集の看板も無いし郵便物溜まってないし!」

表札が付いてないというキーワードに好美は思わず凍り付いた。

もう一軒、どこが表札が無い家か判らなかったが、そのうちの一軒は確実に好美の所だった。

誰かを探してる様子の2人に、脅威を感じ、音を殺して玄関まで移動して鍵がかかってる事を確かめた。

そしてベランダに続く窓も問題なく施錠されてカーテンもしっかり閉められてる事を確認してリビングの炬燵(こたつ)の中で息をひそめた。

息を潜めた直後、遠い所で何かを喚きながら激しくドアを叩く音が聞こえた。

「どこ?」

何を言っているのか聞き取るために、炬燵の掛け布団を持ち上げ、更に耳を澄ませた。

けれど明らかに興奮している様子という事は判ったが、喚いている内容が聞き取れなかった。

程なく遠い所でドアが開く音と微かな話声が聞こえた後、一度音は止んだ。

そのまま立ち去ってくれる事を願ったが、諦めるような相手ではないと判っていたので再び炬燵の中で息を潜めた。

暫くすると、すぐ近くでドアを叩く音がした。

「出て来いよ!!卑怯者」

喚きながらドアを我武者羅(がむしゃら)に叩いているのは宮原だった。

少し声変わりも始まっているようだった。

卒業以来、一度も会っていないし在籍中も、それほど恨まれる事をした覚えがないのに、何故ここまで執拗に追い詰められなければならないのか理解できなかった。

憤りながらも息を殺し耐えていると美音子の声も聞こえた。

「逃げてないで出て来いよ!卑怯者!!あんたの所為で私がどれだけ嫌な思いしてると思ってるんだよ!」

好美には2人から卑怯者呼ばわりする心当たりがまるでなかった。

むしろ嫌な思いをしているのは自分の方だと、憤りを重ねた。

けれど、面と向かって言ってやる勇気もなく息を殺し続けた。

此処に自分が居る事を明かしてしまえば、引っ越してきた事も無駄になってしまう。

延々と続くと思っていた耐えるだけの時間。

けれど、それは唐突に終わった。

「何してるんだ君たち」

初めて聞く、まだ比較的若い男性の声だった。

そっと炬燵を出て音を殺し玄関に張り付き、魚眼レンズを覗くと、目の前にパトカーが止まっていて制服姿の美音子と宮原が2人の警察官と対峙していた。

2人身を縮め顔を見合わせ気まずそうにしていた。

「何をしていたんだ、答えなさい」

答えない2人に、もう一人の警官が冷たく2人を見下ろしピシャリと言い切った。

「君たちがやった、そのドアを蹴ったりする行為、下手したら器物破損になるんだぞ」

気まずそうに宮原が靴跡が残ったドアの下の部分に視線を走らせた。

「ごめんなさい、むしゃくしゃしてて」

目を合わせる事無く宮原が告げた。

「・・・・・とりあえず、生徒手帳見せて、2人とも」

「あの!学校に連絡するんですか?!」

美音子が警戒した眼差しで見上げた。

「良いから出しなさい」

冷たい声音に促され顔を見合わせ仕方なく差し出した。

2人から受け取り確認するとメモを取り、用が済むと2人に手帳を返し、直ぐに帰るように促した。

あっさり解放された2人は意外そうに顔を上げた後、早々に立ち去った。

2人が戻ってこない事を確信した好美は思い切って外に出た。

「あの!ありがとうございました!」

「・・・・・あなた、此処の家の人?」

「はい、あの2人、小学校時代の同級生で・・・・本当に助かりました、ありがとうございました」

「よく、こんな嫌がらせされてるの?大丈夫?解決できそう?お家の人に相談は?」

「大丈夫です!でも、また困ったことが起きたら相談して良いですか?」

「もちろん!」

頼もしさに好美は笑みを浮かべ、玄関でパトカーを見送った。

パトカーと入れ替わりに、2階の犬飼が軽乗用で帰宅してきた。

「こんにちは、好美ちゃん」

「こんにちは」

「何か、今、ここからパトカー出てったけど、何かあったの?」

「実は、ここに立ち寄って、複数の家のドアを蹴とばしていた中学生が補導されて、因みに、うちも蹴られました」

言いながら靴跡が付着したドアを見せた。

「もしかしたら犬飼さんの部屋のドアもやられてるかも・・・・・・」

言われて、犬飼は慌てて2階の部屋へと上がっていった。

そして、自分の部屋の扉も靴跡で汚されているのを見て息を飲んだ。

嫌な気持ちになりながらもドアを洗っていると隣の部屋の住人が出てきた。

「こんにちは、犬飼さん、お帰りなさい」

「こんにちは」

隣人は辺りを見回し、犬飼に確認した。

「ねぇ、変な事聞くけど、犬飼さん、2人組の中学生に恨まれるような心当たり、何かある?」

「え?!」

「犬飼さんが帰ってくる少し前にね、すごい剣幕で暴言吐きながら中学生の男の子と女の子が部屋のドアを叩いたり蹴ったりしてたのよ、思い切って出て注意したらすぐに止めたんだけど、此処は犬飼って人の部屋ですかって聞かれて」

「え・・・・それで、なんて答えたんですか?!」

「少し前に引っ越してきたみたいだけど、挨拶もした事ないから引っ越してきた人の事は何も判らないって、何か、まずかったかしら」

「いえ、ありがとうございます・・・・・」

憂鬱感に頭を抱えたい気分になりながら部屋の中に入った。

犬飼には中学生2人組に心当たりがあった。

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