前に進む為に
酷く思いつめた眼差しで高浜を見る若林を3人で訝し気に見た。
若林は周囲に乾と武川が居ない事を確認した後、打ち明けた。
「・・・・・少し前、乾と武川に脅されて、高浜さんのフェイク写真を作りました、とんでもないご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
震えながら罵声を覚悟しながら深く頭を下げ謝罪を続ける若林。
「え?何それ」
2人の引き気味の声音が重なった。
「あー・・・・・・俺が覚醒剤の売人みたいになってた、あの写真か、なかなかの出来だったぞ」
当の高浜が、もっと不快感を露わにするかと思ったが。
若林の予想を大きく裏切る、ひどく穏やかな声音が逆に怖かった。
どんな感情も汲み取れない声音に若林は顔を上げられなかった。
「でも同時に目安箱で、あの写真はフェイク画像だって真実を投書してくれただろう」
「・・・・・はい」
若林が顔を上げないまま小さく頷いた。
「そもそも流石に、校長もあんなの信じてなかった上に投書があったから大して迷惑は被ってない」
自分が思っていたような甚大な迷惑が掛かっていなかったという結果に安堵して顔を上げた刹那。
「でも」
高浜の冷たい声音に若林が身構え、直ぐにまた深々と頭を下げた。
「怒ってない!だから、ちゃんと顔を上げて聞け」
若林が顔を上げたのを確認して、高浜は努めて穏やかな声音で言い聞かせた。
「間違った事に「NO」と言える強さは身に着けた方が良い、自分の為にも」
高浜の言葉は若林に向けられたアドバイスだったが、好美と悠太の胸にも響いた。
簡単に乗り越えられそうにない課題に3人で顔を見合わせた。
「それにしても高浜さんも思わず感心する出来のフェイク画像って・・・・・・その技術、もっと良い事に活用しろよ」
「そうだよ!」
「あー、本当に、とんでもない黒歴史を作っちゃったな、もう、これ以上黒歴史を作らないためにも本当に高浜さんが言うように断れる強さを身に付けないとな」
「うん!ズバリ、来年の抱負は、まず一つ目は、それだね!もっと強くなりたい!っていうか、なる!」
好美が力強く2人に抱負を聞かせ、曲がり角で立ち止まった。
「じゃあ、また3学期ね」
唐突に離脱した好美を2人が訝し気に振り返った。
「え?家そっちだっけ?」
「ううん!お姉ちゃんと駅で待ち合わせしてるの」
2人、ワクワクしたオーラを隠しきれてない好美を姿が見えなくなるまで見送り解散した。
「じゃあ、また、3学期な」
「うん」
「それにしても、本当に今回、頑張ったよね!クラスで堂々の2番!」
「うん!絶対に負けられない戦いだったからね!」
駅で合流した後、帰宅の途につきながら、2人、クリスマスケーキを事前予約しておいたコンビニに立ち寄った。
店内に入って、真っ先に丁度良い感じに温まっている肉まんが目に入り、寛子は財布の中を確認した。
「肉まん・・・・・奢ろうか?」
「え?!良いの?」
「うん」
「ありがとう!」
ケーキと肉まんを受け取り店を出ると、丁度、悠太と鉢合わせた。
お互い気まずそうに立ち止まったが悠太の方から切り出した。
「お前もケーキ取りに来たのか?」
「うん・・・・・」
「そうか、じゃ」
悠太が吹き抜ける風の冷たさに身を縮め小さく手を振ると店内に入っていった。
「何か、妙に気まずそうだったけど、同じ学校の子?」
「うん、何なら同じクラスで今回の戦いを共に戦った戦友」
「へぇ、あの子が・・・・・」
例年通り、平和にクリスマスを愉しんだ好美と燿子はアパートに戻ってきた。
車を降り、部屋のドアを開けようとした時、どこか慌てた様子の物音が二階の犬飼時子の部屋から響いた。
慌ただしく階段を降りてきて車へと駆け寄る時子に、燿子が思わず声を掛けた。
「犬飼さん、こんばんは」
「・・・・・あ、為末さん、こんばんは」
「どうしたんですか?そんなに慌てて」
「あ、煩くしてしまいましたよね、すみません」
「いえ、全然・・・・・」
「ちょっと実家の母が体調を悪くして、救急搬送されたって、たった今、連絡が」
「まあ!大変じゃない!気を付けて行ってください」
燿子が口にした「気を付けて」のキーワードに時子は幾分、冷静さを取り戻した。
忘れ物など無いか確認した上でタクシーを利用する事を選択した。
タクシーが来るまでの僅かな時間、2人は寒空の下で時子に付き添って、取り留めのない話をして気持ちを落ち着かせた。
配車を頼んでから10分もしないうちにタクシーは到着した。
「寒空の下、どうもありがとうございました!おかげで冷静さを取り戻すことが出来ました」
時子は何度も申し訳なさそうに頭を下げ、タクシーに乗り込んだ。
「大丈夫かな、犬飼さんの、お母さん」
「年齢的にも心配よね・・・・・」
2人が時子の母親の身を案じている頃。
高浜はマフラーを完成させた達成感に陶酔しながらホームビデオを再生させ、今は亡き家族に思いを馳せ静かにクリスマスの夜を過ごした。
久しぶりに再生させたホームビデオは経年劣化によって映像は荒くなっていたが、リビングに散らかったクラッカーや食卓に所狭しと並んだケーキやチキン、ノンアルのシャンパンや妻が焼いた絶品のピザ、プレゼントの映像を見つめていると、楽しかったその日の記憶は昨日のことのように鮮明に思い出すことが出来た。
「なんで、こうなっちゃったんだろうな」
「ヨッシーあけおめ!」
テンション低めで一人で登校し、玄関で上履きに履き替えていると、背後から元気に声を掛けられた。
「あ!おはよう!真希ちゃん、朝練お疲れ!改めて今年もよろしくね!冬休み、あっという間に終わっちゃったね」
「ねー!そして受験の事も考えないとならない年になっちゃったね」
「受験か・・・・・憂鬱だなぁ、本気で考えないといけない時期に来たんだろうけど、危機感を覚える位、目標が漠然としすぎてる」
「大丈夫!私も同じようなものだよ、お姉ちゃんも行きたい高校を絞り込めたのは3年になってからだったし、焦らず、やりたい事を見極めて適した高校に行こう」
「そうだね!」
そんな2人の会話に悠太が密かに耳を傾けていた。
そして自分が、進路をどうしたいのか考えてみながら教室に向かった。
思い思いの場所で生徒たちが雑談に花を咲かせていると程なく始業式の開催の為、体育館に集まるように促す校内放送が流れ、続々と生徒が体育館に集った。
相変わらず、上の空で聞いていても全く支障が無いような話を冷え切った体育館の中で聞かされた後、教室に戻り各自掃除分担先へと散っていった。
体育館が掃除分担になっていた好美達は急いで、その場を後にする理由もないので体育館の出入り口の混雑が解消するまで少し離れた所で待った。
全員が体育館から出て行った事を確認した後、掃除用具を取り出し掃除に取り掛かった。
短くない距離のモップ掛けは意外にも苦にならなかった。
「明日、班替えだね・・・・・」
不意に歩に話しかけられ好美は一気にテンションが上がってしまい力強く頷いていた。
「うん!」
「何か嬉しそうだね、班替え楽しみなの?」
若干引いて見せられ好美は慌てた。
「全然!だって、3学期も鏑木さんと同じ班になれる保証なんてないし、大人しくなったとは言え、武川達と同じ班にならない保証もないし!班替えなんて無くて良いのにね、3学期もこのメンバーで行きたい!」
好美が吐露した思いに悠太も強く共感したが、関心ないフリを貫いて教室に戻った。
全員が教室に戻り程なく、岸本が入ってきた。
「みんな揃ってるわね、じゃあ早速HRを始めます、まずは決める事を決めちゃいましょう!明日の班替えなんだけど、期間も短いし、どうしても変えないとダメかしら?」
(ダメじゃない!)
好美は心の中で思わず叫んだ。
良い方向に進みそうな事態に喜んでいると、すかさず今の班構成に不満を持つ生徒から班替えを希望する声があがった。
教室内は、瞬く間にザワついた。
「もー!煩いわね!委員長さん、前に出てきて決めて頂戴!」
言われて悠太が腰を上げて前に出た。
話し合えば平行線で何も決まらない結末は目に見えていたので多数決を取った。
「今から多数決を取るので皆、机に顔を伏せて下さい、伏せたまま、班替えに反対の人は手を挙げてください」
悠太が全員伏せたのを確認して挙手させた。
周囲の様子をコッソリ窺う者が居ないのを確認した上で人数を数えた。
その時点で結果は明白だったが、賛成と考える者にも挙手を求めた。
結果を黒板に記した上で全員に顔を上げさせた。
「結果は、このようになりました」
班替えに反対の人数が僅かに上回った結果に好美を含む多くの生徒が安堵した。
「じゃあ、うちのクラスは班替えしない方向ね!甲本君、ありがとう、もう席に戻って良いわ」
「はい」
班替えをしないという決定事項に悠太は顔に出さないまま安堵感を噛み締めて椅子に座った。
『へぇ!良かったね、班替えは3学期の大きな不安要素だったもんね』
「うん!これで3学期も、少しだけ平和に過ごせそう!まぁ学年末試験とか進路の話とか避けて通れない事も軒並み迫ってくるけど」
『気が重いよね』
2人、不安をこぼし合っている時、好美は上の階から聞こえてくる物音に気付いた。
訝し気に天井を見上げた好美に真希が確認した。
『どうかした?』
「あ・・・・ごめん、何か上の階が騒がしいから、どうしたのかなって」
『子供が鬼ごっこしてるとか?』
「ううん、上の階、女性の一人暮らしなんだけど・・・・・」
説明しながら好美の脳裏に去年のクリスマスの夜の事が過った。
頭の片隅で時子の事を気にかけながら真希との他愛ない会話を愉しんでいると、程なく駐車場から車が走り去る音が聞こえた。
昨年のクリスマスの事も有るので何となく心配していると、外から燿子に声を掛けられた。
「お風呂、空いたわよ」
「はい」
『あ、お風呂?』
「うん」
『行っておいで、また明日ね、おやすみ、バイバイ』
それから数日後の休み明けの月曜日。
朝一で進路調査票が配られた。
第三志望まで問われた調査票に、まだ一校も記入できずに好美は用紙を持て余していた。
ふと、後ろの席から何かを書く音が聞こえて歩を振り返った。
「鏑木さん、志望校書いた?」
「うん!」
第一志望に書かれた高校は非常にレベルの高い文武両道の高校だった。
その下に書かれた第二志望、第三志望も、とても自分なんかが目指せるレベルではなかった。
「すごい所を目指すね!文武両道でスポーツ全般強いよね、鏑木さんなら絶対に合格すると思うし、通用すると思うけど」
「ありがとう」
「ねぇ、今日、一緒に帰ろう!部活終わるまで正門で待っているから」
「うん!良いよ」
好美は一緒に帰る約束を取り付けた。
たった、それだけの事で、その日ずっとソワソワしてしまった。
何とか授業に集中したかったが抑えきれない高揚感が集中力を妨げ上の空になる事がしばしばあった。
「お待たせ、為末さん」
しっかり部活動に参加した後だったが、歩は全く辛そうな様子を見せなかった。
実際、顔色も以前のように悪くなってなかった。
体力も充分に回復した様子の歩に思わずホッとしながら、まず最初の言葉をチョイスした。
「お疲れ様、鏑木さん、相変わらず足速いね」
「ありがとう」
直ぐに終了してしまった会話に好美は内心、凹んだが気を取り直して緊張の面持ちで歩の横を歩いた。
ふと、後方を見ると、真希の姿も確認できた。
そのすぐ後ろには翔の姿も確認できた。
2人の進展を密かに応援しながら、自分の進展も意識して、ずっと内に秘めた思いを口にした。
「あのね、お願いがあるの」
「・・・・何?」
「また歩ちゃん!って呼んで良い?友達になって!私と」
「何を言うのかと思ったら・・・・・私は、ずっと、また好美ちゃんが、そう呼んでくれるのを待っていたんだよ、私たち1年の時から、ずーっと友達でしょう」
「・・・・・・ありがとう!歩ちゃん」
喜びを噛み締めながら歩いていると、アッと言う間に歩との別れ道に着いてしまった。
「じゃあ!また明日ね、好美ちゃん」
「うん!」
好美が歩と別れた直後、少し前に翔と別れた真希が追いかけてきた。
「待ってヨッシー」
キレイなフォームで好美に迫る真希を見て思わず感想を述べていた。
「真希ちゃん、鞄とか持っていてもフォームが凄くキレイだね」
「任せて、両角先生の指導の賜物だよ!って言うか、ヨッシー何か凄く嬉しそう」
「うん!嬉しい事あったからね!そういう真希ちゃんこそ!」
「まあね!私、ついに翔君と付き合う事になったから、まぁ最初は友達として、なんだけど」
「本当?!大きく進展したんだ?良かったね!」
「うん、後、明日、歩と仲直りするって決めた!そして翔君と付き合うことも歩に宣言する」
真希の決意を好美が力強く応援した。
「頑張ってね!無事に仲直り出来たら久しぶりに一緒に帰ったり試験勉強したりしたいね!」
「うん、そういうこともしたいけど、ちゃんと仲直り出来たら、私、絶対やりたい事あるんだよね』
「絶対やりたい事?」
「ずっと行けてないけど、キングパフェ3人で食べたい」
「私も食べたい」
「近いうちに絶対に行けるように、頑張るね!」
「うん!頑張って、じゃ、また明日ね」
次の日の夜、好美は真希から絵文字が豊富なラインをを受け取った。
『ちゃんと仲直りしたよ♪交換日記も復活した!ヨッシーも交換日記復活する?』
『うん!復活する、3人でまた交換日記しよう』
『順番は以前と同じで良い?』
『良いよ♪』
『了解♪』
懐かしさと尊さを噛み締めつつ暫く交換日記を続けて迎えた週末。
それぞれ、お小遣いや予定の都合が合致した所で3人で念願のキングパフェを時間を掛けて堪能した。
「何回食べても凄い量だね!でも何回食べても美味しいね」
歩が感激しながらスプーンを動かし続けた。
「うん!抹茶ベースだからか甘すぎる感じが軽減されるし」
「量は凄いけど美味しいまま食べれるね」
好美も脳裏にちらつく「無謀な挑戦」という言葉を捻じ伏せキングパフェを消費することに専念した。
一時間近く掛けて食べ切った後、少々の食休みを経て席を立ちレジに向かうと。
呼び出しボタンに呼ばれて厨房から出てきたのは。
「あれ?犬飼さん?」




