前進
好美も思わず岸本の退職を期待した。
「うそ、嬉しい!寿退職してくれたら平和になるね」
『うん!それにしても物好きが居るんだね!岸本でも結婚できちゃうんだね!まぁ、あの性格だし絶対に失敗すると思うんだけどね』
真希が確率が高そうな予想を立てた。
「うん!私もそう思う!姑とかと絶対に揉めそう!まぁ寿退職でも異動でも何でも良いから早く居なくなって欲しい!もしも3年でも岸本だったら最悪だもん」
『本当にね!今年は運よく難を逃れたけど、3年でも平和なクラスという保証は、どこにも無いもんね』
「とりあえず担任は岸本じゃなければ良いや!あと武川と乾と絶対に違うクラスになりたい・・・・・その前に絶対に、あの2人に勝たないと!」
『うん!頑張ってね!!応援してる』
「うん!じゃあ勉強に戻るね!また明日学校でね」
2人、手を振り合って通話を終えた。
時に有意義な息抜きを挟んでり、若干寝不足になりながら勉強に励み瞬く間に迎えた期末試験初日。
好美は1時限目の理科の問題文を読んだ瞬間、今までに感じ得なかった「余裕」を実感しつつも、問題数の多さに懸念を抱いた。
直ぐにでもシャーペンを手に取りたい気持ちを抑え教師の合図を待った。
「それでは始めてください」
好美と悠太は同時にシャーペンを手に取り殺気立って回答欄を埋めていった。
2人、順調に回答していきながらも、好美はチラリと時計を見上げた。
可能なら見直しまで済ませたかったが、問題数が多く全問に回答するだけで精いっぱいだった。
終了のチャイムが鳴る直前までシャーペンの音を響かせていた好美と違い、武川も乾も、ゆったりと見直しの時間を確保していて必死の様子の好美を内心バカにした。
バカにしつつ、チラリと悠太の様子も伺い、好美同様、目の色を変えて回答を書き込んでいる悠太を見て小さく吹き出した。
2人、乾達に内心バカにされてる事など気にも留めず最後まで目の前の問題に向き合った。
一カ所も見直せないまま終了のチャイムが鳴り響いてしまい、好美が若干の不安を抱きつつ自分の解答用紙を見下ろしていると程なく後ろの席の歩から解答用紙が送られてきた。
自分の解答と、ほぼ同じ感じの歩の解答用紙をチラ見した後、自分の解答用紙を重ねて前の席の生徒に送った。
その直後に突入した5分間のトイレ休憩も惜しんで復習に時間を費やした。
その横で悠太も、ブツブツ言いながらノートを捲っていった。
そんな、いつになく必死の様子の2人を乾と武川は早くも自分たちの勝利を確信して教室から出て行った。
迎えた2時限目の数学の試験も好美は穏やかな気持ちで解く事が出来た。
例によって見直しの時間は確保できなかったが万が一にも時間切れで全問への解答が不可能になった時の為に配点が高そうな応用問題から取り組む作戦で試験に臨んだ。
結果、ギリギリ全問に回答を果たし過去最高得点を確信した。
3時限目の保健体育の試験に関しても不安要素は全くなく、今回は見直しの時間の確保も可能で納得するまで見直せた。
下校した後、好美たちはコンビニで軽食を買って、そのまま歩の家に向かった。
4人で空腹を軽く満たした後、歩が本日行われた3教科の問題用紙を並べた。
その問題用紙には答えが書き込まれていた。
「とりあえず、勉強の前に、まず答え合わせしよう」
「・・・・・悪くない結果だけど配点が、どうなんだろう!」
悠太が不安げに呟いた。
「配点か・・・・・ちょっとした事で勝敗を分けるから気になる所だね、でも鏑木さんのおかげで過去最高の出来をマークできたよ!っていうか最後の応用問題なんだけどさ」
好美は自分の中で非常に不安が残る数学の一番最後の問題の部分を凝視して答えを求めた。
「ああ、ここ?」
「うん、そこの解答も知りたいんだけど・・・・・・」
「ちょっと待ってて!今やってみる」
言って歩は問題を読んでスラスラと解き始めた。
その場で解き始める歩に思わず3人顔を見合わせた。
「今やってみるって、その問題、鏑木さん、やらなかったの?」
「うん、実は、この問題、情けないけど時間切れでやり切れなかったんだよね、ペース配分間違えちゃったみたい、はい、こんな感じになったけど」
「ああ・・・・・良かった!合ってる!っていうか鏑木さんでもそんな事あるんだ?」
「あるさ!勿論」
「俺も間に合わなかったんだよな、間に合っても解けていたか怪しい限りだけどな」
元気を無くしていく若林を歩が励ました。
「・・・・・まあ、そう落ち込まないでさ!とにかく、明日は、採点後に、もっと明るい気持ちになれるように頑張ろう!」
2日目は英語と音楽と美術の試験が実施される事になっていた。
暗記が最も有効になりそうな音楽と美術は帰宅後、各自取り組む事にして4人で英語の勉強に集中した。
そして、より一層の自信がついた頃、大地が帰宅してきた。
緊張しながらも好美は率先して会釈しながら第一声を発した。
「どうも、お邪魔しています」
すぐさま悠太と若林も緊張した様子で会釈した。
3人の会釈を無表情で受け止め軽く頷いた後、大地が変わらず悠太に冷たい視線を浴びせた。
思わず息を詰めた悠太を横目で窺った時、フォローするように歩が大地に笑顔を向けた。
「お兄ちゃん、お帰り、お疲れ様」
「ただいま」
「試験問題、持って帰って来たけど、後で挑戦してみる?」
「ああ、今日は2人とも来られないから3人揃う明日やってみる、教科は?」
「保健体育と数学と理科」
違和感を覚える会話に好美は思わず2人と顔を見合わせた。
戸惑う3人に大地は飄々と語った。
「俺、音楽やりたいから再来年、駿河南を受験し直すんだ」
「駿河南の音楽科なんて難関じゃ無いですか!頑張ってください!」
好美が力強く応援した。
「ああ、難関だし私立だし、母子家庭で私立なんて目指したらダメだと思って受験を迷っていた時期もあったけどバイトリーダーに昇格させてもらって時給も上げてもらって、片割れも向こうでバイト始めて給料の大半を仕送りに回してくれて家計を助けてもらって、おかげで駿河南を目指す事が出来ている、こんなに助けられておきながら落ちるわけにいかないから猛勉強の最中だ、時間はたっぷり有るからな、しっかり勉強して、並行して、その間に学費を貯める計画」
大地のしっかりしたビジョンに3人が力強く応援した。
「頑張ってください!」
「おう!お前らも頑張れ!」
「はい!」
期末試験は滞りなく3日間の実施期間を終えた。
その日も4人で答え合わせをしながら過ごした。
「あとは結果を待つだけになったけど・・・・・勉強教えてくれて本当に、ありがとう鏑木さん!おかげで、まったく負ける気がしないよ」
無事に全教科に於いて過去最高得点を叩き出せた好美は丁寧に頭を下げた。
「凄く頑張ってたもんね、絶対に、あの2人に勝ってると信じてる!若林も頑張ってたよね!ランクイン出来ると良いね」
「ああ!でも、まあ流石に上位ランキングには食込めないだろうけど、自己採点の結果は全教科、過去最高だった!ありがとう、何かお礼したい!」
「それ!私も思ってた!」
「・・・・俺も!」
悠太も緊張気味に2人の意見に乗った。
「お礼なんて、そんな・・・・・!」
3人からの感謝の気持ちをヒシヒシと感じながらも釘を刺しておかないと、それなりに高価なお礼を用意してしまいそうな勢いだったので丁重に断った。
「ありがとう!気持ちだけ貰っておくよ、お願いだから、お金掛けて何か用意したりとか絶対に止めて?結果発表の時に3人が喜んでいる所を見せてくれたら、それが一番のお礼だから」
「為末好美」
「はい」
通常授業に戻った、その日、教科担当教諭に呼ばれて腰を上げ、採点済みの数学の答案用紙を受け取るため、教卓の前に進み出た。
「凄いな為末!今回、鏑木を抑えて堂々の3位だぞ」
数学の試験では初めて目にする「95」の数字に改めて喜びを嚙み締めた。
「ありがとうございます!今回、死ぬ気で勉強しました」
大切そうに答案用紙を受け取り席に戻ってきた好美を歩が後ろで穏やかな眼差しで見守っていた。
「鏑木歩」
「はい」
歩は88と記された答案用紙を飄々と受け取った。
「珍しいな、最後の問題、空欄で出すなんて」
「ちょっとペース配分間違えて間に合いませんでした」
全員に答案用紙が返されたところで上位者発表と答え合わせが行われた。
「今回は武川と乾が満点で文句なしの1位で2位が甲本の96点、3位が為末の95点だった」
過去最高得点を目の当たりにして有頂天になっていたが、2人が満点だったという結果に焦燥感を覚えた。
焦ったところで結果は、もう出てしまってるので、どうにもできないのだが上位者発表を控えて95点の喜びより不安の方が勝ってしまった。
「そんな浮かない顔するなよ!大健闘じゃん」
一時限目終了のチャイムが鳴り終わった所で悠太が教科書を片付けながら冴えない顔色の好美を励ました。
「うん・・・・でも、あいつら満点って」
「大丈夫だって!あと8教科もあるんだ!絶対に巻き返せるって」
「そうだね・・・・・うん、そうだよね!こんな点差、すぐに引っくり返せるよね」
好美は今一度、過去最高得点の「95」という数字を見下ろし気持ちを切り替えた。
二時限目の保健の授業で返された答案用紙は好美も悠太も文句なしの満点だった。
が、保健担当の教師は、あえて上位者発表を行わないので、乾と武川が何点だったのかが把握できなかった。
その日一日、不安な気持ちと自信が何度も入れ替わり、気持ち的に忙しかった。
何だか妙な疲労感を覚えつつ、今週の掃除分担先の生徒玄関の掃除を終わろうとした時、丁度若林がゴミ捨てから戻り通りかかった。
何となく一緒に教室に戻りながら、若林が声を潜め確認した。
「なぁ、どう?あの2人に勝てそう?」
「きっと勝てる!と思いたい・・・・・でも数学の時点で5点負けてるからね、他の教科で、どれだけ差が縮まってるか、或いは広がってるか把握できないから不安なんだよね、とりあえず保健に関しては私も甲本も満点だったから仮に負けていても充分に巻き返せると思うけど」
「満点だったんだ?凄いな!」
大いに感動され、はにかんで見せた後、明日に控えた運命の結果発表に緊張を高めた。
「まあジタバタしても始まらない!とにかく、鏑木さんと一緒に猛勉強してきた自分と甲本を信じて明日を待つよ!」
「大丈夫だよ!3人とも凄く頑張ってたし!私は明日の良い結果を信じて待てるよ、2人なら絶対に1位と2位にランクインしてると思う、若林も今回ランクインしてるかもよ?」
「してたら良いけどな!」
上位者発表の当日、4時限目の国語の授業で岸本からテストが返された。
「今回は凄いわね!うちのクラスから満点が5人も出たわよ、為末さん、鏑木さん、武川君、乾君、甲本君、おかげで平均点もグッと上がったわ」
好美と悠太の名前が読み上げられた刹那、乾達は憎しみの込められた眼差しを向けた。
けれど数学のテストで2人よりリードしていた事実があったので直ぐに余裕の表情を浮かべた。
岸本は、いつもより上機嫌で授業を進めていったが武川と乾の気持ちは授業とは、かけ離れた所にあった。
どうやって「ダサい」発言の犯人をあぶり出し、どうやって制裁を科すのが一番愉しいかシミュレーションして過ごした。
その後、給食と5時限目6時限目が滞りなく終わり、迎えた掃除の時間。
例によって掃除をサボっている乾達が生徒玄関の掃除をしている好美達に近づき変わらず威圧的に迫った。
「お前ら放課後逃げるな!結果発表一緒に見に行くんだから」
「あんた普通の言い方が出来ないの?そんな風に釘刺さなくても逃げないし、何なら楽しみだし!それより教室の掃除しておいでよ!」
好美も舐められまいと強気に言い返すが内心は不安で一杯だった。
悠太もタイルにモップを掛けながら不安な気持ちで一杯だった。
2人を追い払った後、好美は思わず歩に懇願していた。
「ねぇ、鏑木さん!放課後付き合って!」
「うん」
ホームルームも滞りなく終わり、職員室前に貼りだされた上位者発表を確認するために教室を出て一階に降りて行った好美達。
「為末、鏑木、甲本」
後ろから若林に呼ばれた。
「・・・・俺も行って良い?あいつらは?」
声を潜めながら武川達の所在を確認した。
「きっと先に行ったんだと思うよ、私が足を引っ張っていたらゴメンね若林、出来るだけ庇うようにして危害が及ばないようにするから安心して」
「え?なんか凄く不安になってきた、頼むよ為末!今更どうにもできないけど」
そんな話をしながら、職員室前に行くと乾と武川が好美たちを待っていた。
「来たな、って言うか何で関係無い鏑木と若林まで一緒についてきているの?」
乾が鬱陶しそうに歩と若林に視線を走らせた。
「良いでしょう別に、関係ない2人が一緒でも結果に何にも影響無いんだから」
「俺は今回、猛勉強したから、この目で結果を確かめたくて」
武川が失笑して見下すように若林を見た。
「お前の名前なんて載っているわけないだろう!まあ、その目で現実を受け止めて、せいぜい落胆すれば良いよ」
「あんた本当に性格悪いね!もしも若林の名前があったら馬鹿にした事を土下座して謝りなよ!」
「そんな事より、影響無くてもデカい女に後ろに立たれるとムカつくんだよ!こんな奴、連れて来るな!」
露骨に乾に嫌われたが歩は聞き流して見せた。
「良いじゃん、私も何番目か見たいの!絶対に後ろに立ったり締め上げたりしないから許してよ」
「当たり前だろう!何もしてないのに締め上げられて堪るか!」
言いながら6人で結果の貼り出された掲示板の前に背を向けて立った。
既に返された複数のテストでは好美は自分史上過去最高得点をマークしていたが、他のテストがまだ返ってきてないので正直言って自信は無かった。
「・・・・ねぇ、変な事聞くようだけど仮に同点だったら、どうなるの?」
「あ?意味無い事聞くな!そんな奇跡はまず起きない、負けるのは、絶対にお前らの方だから安心しろ」
「大した自信だね、まぁ良いや、4人、せーので見よう」
「じゃあ、いくぞ、せーの」
余裕を滲ませた武川の合図で緊張したまま、けれど覚悟を決めて好美と悠太は勢いよく掲示板を振り返って結果を見た。
「・・・・よし!」
悠太が歓喜の声を上げた。
次に声を上げたのは好美だった。
「やったよ!鏑木さん!ほら、2番目に」
歩は好美の指先に視線を流した。
「やったね、凄いよ2人とも!」
自分達の勝利を確信して背中を向けたままだった乾と武川も思わず顔を見合わせて慌てて掲示板を振り返った。
悠太は堂々の1位に返り咲き、好美も僅差で2位につけていた。
「あ、俺の名前は、やっぱ無かったか、今回は結構いい手応えだったんだけど」
若林が落胆して見せながらも、無事に好美と悠太が勝利した所を確認して心底安心した。
「って言うか相変わらず凄いな鏑木は、今回も名前載っている」
思わず若林が感嘆を漏らした。
歩は堂々の3番目にランクインして乾たちは4番と5番にランクインしていた。
「さあ、勝負は付いた!約束守ってよ」
好美に迫られて悔しそうに顔を見合わせた。
「・・・・こんなはずない!判った!お前達不正しただろう!」
この期に及んで見苦しすぎる乾の言いがかりに4人、呆れ返った。
「いい加減にしなよ!フェアじゃない事していたのは、あんた達でしょう!」
好美が塗りつぶされた教科書を武川に投げつけた。
「妨害したんだから俺たちに勝てるわけが無いって?馬鹿じゃないの!?授業しっかり聞いてノートを取って勉強すれば勝てるから!」
「そこまで卑怯なことして尚且つ負けたんだから認めて謝れよ」
いつもビクビクしている若林も我慢の限界を迎え、面と向かって意見した。
「マスクも何で風邪でも花粉症でもないのにしてないとならないんだよ!気持ち悪くなるなら人の口元見なければいいだけだろう!」
「おい、何を騒いでいるんだ!職員室前で」
声を聞きつけ職員室から両角が出てきた。
「鏑木!こんなところで油売って、また遅刻する気なのか!」
「まだ遅刻するような時間じゃないですけどね」
「言い返してなくて良いから早く行け」
「鏑木さん、ありがとう、ゴメンね、付き合わせちゃって」
「ううん、じゃあ行くね・・・・」
足早にグラウンドに向かう歩の後に両角も続いた。
「あー馬鹿らしい!帰ろう、乾」
「ああ」
「待ちなよ!約束守ってよ!約束したよね?甲本と鏑木さんに心から謝るって」
「だって鏑木、部活行っちゃったし、今日は塾があるから無理、明日謝ってやるよ」
「鏑木が無理でも甲本は此処に居るだろう」
2人の怒りを纏った眼差しに鋭く射抜かれて顔を見合わせ面倒臭そうにけれど謝った。
「悪かった!どんなに気に食わなくても今後2度と何もしません、為末達にも何も強要しません」
「確かに聞いたからね!そして明日朝一で必ず鏑木さんにも謝ってよね」
「はいはい、解りました」
苛立ちを滲ませながらも2人立ち去った。
「・・・・・あれ、何か安心したら」
悠太が思わずペタリと座り込んだ。
「あ・・・・私も何か今更だけど膝が震えちゃって立ってられないや・・・・・」
好美も思わず座り込んだ。
「ありがとう!2人とも」
若林も膝を折り、2人に頭を下げた。
「・・・・・何してるの?あなたたち」
冷ややかな声に振り返ると、岸本がマグカップを片手に給湯室から出てきて3人に冷たい視線を向けていた。
「そんなところに座り込んでたら通行の邪魔でしょう、早く帰りなさい」
何一つ間違ってない指摘に3人、顔を見合わせ何とか立ち上がり学校を後にした。
『やったね!ヨッシー、頑張ったね!上位者発表、私も見たよ!凄いじゃん!』
「ありがとう!」
『あいつらが大人しくなったらA組も、やっと平和になるね』
「うん、そして岸本が寿退職してくれたら、なお良し!って感じだね」
『3年の担任が両角先生になったら尚一層良し!』
「乾達とは別れて歩ちゃんと真希ちゃんと同じクラスになって、担任が両角先生だったら言うことないね!」
翌日、好美は生徒玄関で乾と武川を待ち構え、きっちり約束を守らせた。
何なら攻撃しそうな目つきだったが、悔し気に奥歯を食いしばり盛大な溜息の後、謝ると返事も聞かず、走って行ってしまった。
「やったね、鏑木さん!遂にあいつら自分たちの非を謝ったね!まぁ、謝り方としては、ほぼ0点だけど」
呆然と立ち尽くす歩の傍に、好美が駆け寄った。
「・・・・うん!」
2年A組の中で起こっていたイジメは収束して穏やかに時間は過ぎ終業式を迎えた。
無駄に長い校長の話と大掃除等を経て午前中のうちに解散に至った。
久しぶりにワクワクした気持ちで迎える休みに心も軽かった。
部活動に励む運動部を横目に、ふと前方を見ると乾達が歩いていた。
勝負に負けたことで大人しくなったとはいえ極力関わりたくなくて好美は進路を変え裏門へと回った。
学校の敷地の外に出る為、職員駐車場のエリアを通り掛かると、丁度高浜が1時間のお昼休憩を自分の車内で満喫中だった。
その首元にはマフラーが巻かれていた。
「高浜さん、そのマフラー・・・・・」
「どうした?為末」
一台の車の前で立ち尽くす好美に気付いた悠太と、何となく一緒に歩いていた若林が訝し気に近づいてきた。
「あ!高浜さん、今年も大変お世話になりました!良いお年を」
「ああ、良いお年を」
「あ・・・・そしてマフラー完成したんですね!」
「やっと、どうにか完成させた」
「え?!自分で編んだんですか?」
事情を何も知らない若林が自然に会話に加わりながら驚いた。
「ああ、ものすごく時間がかかったけどな、死んだ女房が途中まで編んでくれたマフラーを絶対に完成させたくて」
遠い目で亡き妻が編み上げた部分を愛おしそうに指先で辿る高浜の横顔を目の当たりにして若林が徐に口を開いた。
「あの・・・・・俺、実は、高浜さんに話しておかなければならないことが有るんです」




