告白
「メール?」
「え?届かなかったのか?」
一瞬、ピンとこなかったが、昨夜、未確認のままだったがメールが来ていたことを思い出した。
「あー・・・・・届いていたかも!でも昨日はタイミング悪くてスマホに余り触れなかったんだよね、触る前にタイムリミットを迎えちゃったから」
「タイムリミット?そんなのあるのか、もしかして迷惑かけた?」
「別に迷惑じゃないけど!帰ったら確認してみる!っていうか急な用だった?」
とりあえずメールが、好美にとって、それほど迷惑や負担になってない事を把握できて悠太は少しほっとした。
「全然!勉強のポイントをまとめたメールを勝手に送っただけだ、返信とかも全然要らない感じの、少しでも参考にしてくれたら良いかなぁ~位のメールだから気にするな」
言いながらも悠太は少しだけ寂しそうな顔を見せた。
返信は要らないと言い切って見せたものの少しだけ返信を期待したい気持ちになった。
何となく一緒に教室に向かっていると、教室の前のロッカーで乾と武川に鉢合わせた。
「うわ!何お前ら、いつの間にかデキてたのか」
武川が幼稚なセリフと態度で2人を茶化した。
乾も悠太の肩に手を回し挑発した。
「良いのか?恋愛なんかに現を抜かしてて!期末で俺達を負かすんだろう?」
「ああ!絶対に2人でお前らを負かしてやるから安心しろ!って言うか別に付き合ってねぇし」
睨み合う3人に好美が緊張を覚えたが、乾達は馬鹿にしたように大袈裟に笑って見せ、余裕を見せつけながら教室に入って席に着いた。
正直、もう少し間をおいて教室に入りたかったが、階段の踊り場に岸本の姿を見つけた。
何なら、もう少し早く来てくれたら絡まれずに済んだのにと内心毒づきながら好美は教室に入った。
悠太も同じ思いで階段の踊り場を一瞥すると好美に続いて教室に入った。
その日も悠太は休み時間の度に乾達による執拗な嫌がらせを受けていた。
自分なりに授業を振り返り少しでも復習しやすいようにとノートをまとめる悠太を、とにかく邪魔した。
使おうとしていた消しゴムを取り上げたり机を蹴飛ばして邪魔をしたりと、周りから白い目で見られている事にも気づかず妨害を続けた。
絶対に悠太と好美に2人に勝ってもらいたい若林は、どうにか2人の意識を悠太から逸らせることができないかと考えを巡らせた。
そして4時限目終了後、お馴染みの方法で悠太を妨害するところを目の当たりにした若林は意を決しアクションを起こした。
敢えて筆箱を落としたりしながら教科書とノートを片付け注意を引きつけ、マスクを外し鼻をかんで見せた。
そんなアクションに思惑通り乾と武川が若林に注目し、2人で歩み寄ってきた。
「煩せぇぞ!メガネ猿、静かに片付けろ!って言うか歯並び悪いんだからマスク外すなって言ってるだろう!」
武川に凄まれて直ぐにマスクを着けて詫びて見せた。
「ごめん、何か手が滑った、でもさ鼻かむ時くらいマスク外させてよ、絶対に2人に口元見せたりしないから!」
たじろいで見せる若林の被害が拡大しないように好美も意を決して意見した。
「っていうか、甲本の妨害とか人の口元にケチ付けてる暇が有ったら早く給食の準備しなよ!あんたたち今週、給食当番でしょう!ほら、重い物を女子と若林に押し付けるなんて最低だよ」
好美に促され、乾が大袈裟に耳を塞いで見せた。
「あー耳障り!マジで耳障り!他所の班の奴が俺達の班活動に口出しするな!」
すぐさま歩も加勢しようとしたが、先に動いたのは若林だった。
「とにかく行こう!岸本が来るまでに終わらせておかないと!今日なんか機嫌悪そうだったから!帰りのホームルームとかで無駄に説教されても嫌だし」
若林にも促され武川も盛大に溜息をついて見せた。
「はいはい、行けば良いんだろう!」
2人が教室を去った隙に悠太は急いでノートをまとめた。
程なくして、2人は結局、重い物を若林達に押し付け、たいして重くもない物を運んできて配膳した。
そんな非協力的な2人に皆、苛立ちを覚えた。
けれど何とか岸本が教室に上がってくる前に配膳を済ませる事が出来た。
「遅くなって悪かったわね、さぁ食べましょう」
その後、5時限目と6時限目の体育の授業も滞りなく終了し、この日も勉強会の為に好美たちは歩の家に集まった。
いつものように滞りなく勉強会に突入するかのように思われたが、鏑木家の客間で教科書を開いた好美が放心した。
「何コレ・・・・」
好美の教科書を覗きこんだ3人も放心した。
「乾達だ!まさかノーマークだと思っていた為末の教科書までやるなんて・・・・・」
「本当に卑怯にも程があるね!」
4人で激しい憤りを覚えたが、使えなくなった教科書を見下ろしていても何も始まらないと、歩が気持ちを切り替えた。
「仕方ない、為末さん、私の教科書で一緒に勉強しよう、甲本は若林に見せて貰って」
相応に3人、数学の知識が深まった所で英語の勉強に移った。
「私、英語でも解らない所が有って鏑木さんに聞きたい所が有ったの、教えてくれる?」
言いながら英語の教科書を開いたが・・・。
「うそ!これも・・・・・まさか他の教科書もやられた?」
好美は鞄の中身をテーブルに全て出して一通り教科書をパラパラ捲り確認した。
「あ!これも、やられている!」
「・・・・ゴメン、俺の所為だ、事ある毎に為末に庇って貰っているから、きっと面白く無くて、お前にまで・・・・」
「もう!男のくせにウジウジしないでよ!」
好美に一喝され悠太は俯いた。
「ちょっと!いつまでもウジウジしていると怒るよ!良いよ!せいぜい、あいつらを油断させておこうよ!あいつらが油断していた方が私達には好都合だよ」
強がりながらも好美は2人の嫌がらせの的になりつつある気がして、次こそ自分がイジメのターゲットになってしまう気がして不安を感じていた。
強がりながらも表情が曇って行くのを隠しきれない好美に歩が心配そうに声をかけた。
「為末さんが解らなかった所って、どこ?」
歩が自分の教科書を好美の前に差し出した。
「ありがとう・・・・・ここの英文なんだけどね」
「あ、それ、俺も疑問だった」
若林も身を乗り出した。
聞かれて歩は自分のノートを見直した。
「ああ、ここね、うん、授業終了間際に、口頭で説明しつつ黒板にも書いてた」
「書いてたんだ?説明もしてたんだ?私、全然覚えてない、ノートに書いた記憶も無い、居眠りでもしちゃってたのかな」
「そんな事は無いと思うよ、でも無理もないよ、ゆっくり黒板を写してられない6時限目の時に説明してたから、その後、教室の掃除当番の誰かがキレイに黒板消してたからね、このポイント写し損ねた人も多いんじゃないかな」
「って言うか、そんなポイントもしっかり書き留められてる鏑木のノート、写して良い?」
歩が若林の依頼を快諾した。
「勿論、じゃあ、好きな時に見れるように今度コピーしてあげるよ」
「ありがと、でも俺は良い!書き写した方が覚えられる気がするし」
言いながら若林が目の色を変えて写しだした。
「コピー、そうだよ!その手が有った!鏑木さん、お兄さんの教科書貰ったんだよね?」
「うん、家でしっかり勉強する用にね、学校には、塗りつぶされた方を持って行っているけど」
「・・・・その無事な方の教科書、コピーさせて?私もダミーで塗りつぶされた方を学校に持って行くようにする」
「・・・・俺も、俺もコピーさせてくれ」
「良いよ、じゃあ、明日までには用意しておくね、あいつらに見られると面倒だから明日ここでコッソリ渡すね」
「ありがとう!」
しばし、3人は歩のノートを写す事に集中してシャーペンを走らせ続けた。
「じゃあ!今日もありがとう!また明日ね」
「うん」
好美達は歩と家の前で別れ帰路についた。
程なく若林とも別れ、好美と悠太は、口数少なく、黙々と同じ方向へと歩いた。
気まずさのあまり好美は鞄から単語帳を取り出し、英単語を発音しつつ前方と単語帳を交互に見ながら悠太の横を歩いた。
「・・・・・・おい」
「何?発音おかしかった?」
「そうじゃなくて!あれ、高浜さんだよな?」
言いながら迷わず高浜に駆け寄る悠太を好美は慌てて追った。
「高浜さん!どうしたんですか?こんな所で」
「・・・・ああ、ちょっとな」
多くを語りたくないような様子で「編み物教室」の看板が掲げられた民家の前で、佇んでいた。
「編み物教室・・・・・?高浜さん、編み物教室に通っていたんですか?」
「・・・・・通ってない、ただ通ったら俺もマフラー完成させられるのかと思っただけだ、でも流石に、やっぱ敷居が高いな」
溜息をつきながら看板に背を向けた。
「でも出来たら、この冬の間にマフラーを完成させたいんだ」
「どなたかにプレゼントさせるんですか?」
好美が思わず興味本位で確認すると。
「俺にそんな相手は居ない」
余計な情報を一切含まない素っ気ない答えに気まずさを滲ませ助けを求めるように悠太を見た。
困ったように、その視線を受け止めたが気まずさを解消する術が見つからず沈黙した。
そんな2人に高浜が打ち明けた。
「女房がマフラーをプレゼントしてくれる筈だったんだ、でも、病気で・・・・・俺のマフラーを完成させる前に逝っちまった、だから編みかけのマフラーを完成させたいんだ」
高浜の絶望感を纏った悲し気な眼差しが好美には衝撃だった。
そして、そんな悲しみを抱えながら、そんな素振りを微塵も見せず日々の業務をこなしている事に思わず尊敬を覚えた。
同時にマフラーの完成を全力で応援したくなった。
応援したくなったが、目上の人に、不快にさせず、その思いを伝える術が良くわからず好美は押し黙っていた。
そんな好美の横で悠太が臆せず自分の思いを告げた。
「俺、高浜さんが、そのマフラー巻いてる所を絶対に見たいです!」
「ああ・・・・俺も、お前らに見せたい!だから諦めずに頑張って完成させる!」
「はい!俺たちは勉強を頑張ります!」
「おう!がんばれ!俺も編み物を頑張る!じゃあ気を付けて帰れよ」
帰宅した後、とりあえず昨日、悠太が送ったと言っていたメールを早速確認した。
メールの内容は、先ほど歩に教えてもらったポイントを含め、他にも自分が聞き逃しているポイントも送られてきていた。
充分に参考にしながら先に復習を進めた。
そして自分なりに自信がついた所で、返信した。
『ポイント教えてくれてありがとう、教科書が使えなくなって不安要素が多くなったけど、おかげで自信がついた!絶対に勝とうね』
『ああ』
即行で届いたシンプルな返信を確認して、更に勉強に熱中してると外から燿子に呼ばれた。
「夕飯」
「はい」
直ぐにでも勉強を再開したい好美は、しっかり燿子の手料理を堪能しつつ、いつもよりテンポ良く箸を動かした。
「そんなに急いで食べて!おなか空いてたの?おかわりは?」
「平気!おなか一杯食べると眠くなっちゃうし!」
「寛子も言ってたけど・・・・・最近少し痩せた?体を壊すような頑張り方したらダメだからね」
「うん・・・・・」
別段、自分の中では痩せた感覚は無かったが、燿子が露骨に心配して見せるので、本音を言えば今は食欲より勉強を優先にしたかったが「おかわり」してみせた。
「でも、やっぱ、おかわりしようかな」
言いながら席を立ち、鍋の中から好きな肉じゃがの具を掬った。
夕飯の後、充分な食休みを経て燿子が入浴の準備を進める横で好美は炬燵で暖を取りながら勉強に励んでいた。
「じゃあ、先に、お風呂入ってきちゃうけど」
「うん」
ノートから視線を動かさずに軽く片手を挙げて燿子を送り出した。
序盤、有意義に勉強を進める事が出来たが、炬燵の程よい温かさと満腹感の所為で猛烈な眠気に襲われた。
どこかで鳴り続ける電話に好美は強く耳を塞いだ。
それでも、どんどん大きくなっていく電話の呼び出し音。
やがて自分の意思に反して受話器をあげ対応した。
『ねぇ、もう消えてよ!為末さん』
直ぐに乱暴に受話器を戻し、振り返ると何故かクラスメイトが家に大集合していた。
瞬く間に取り囲まれて暴言を投げつけられて耳を塞いでみたが全く効果なく、暴言のボリュームはどんどん大きくなっていった。
「やめてよ!私が何をしたの!」
「出たよ!お得意の嘘泣き!良いから早く選んで!」
突き付けられたのはロープとカッター、そして謎の白い粉。
クラスメイトに迫られて外に飛び出し駆け出したもののスローモーションのようになり全く走れない。
瞬く間に追いつかれ、首にロープを掛けられた刹那、目が覚めた。
「また炬燵で寝て!もう、風邪ひくわよ!」
お風呂上がりの燿子が濡れた髪を拭きながら好美を見下ろした。
「あんたも、早くお風呂入っちゃいなさい」
「うん・・・・」
「はい、昨日約束した教科書のコピー」
「ありがとう!」
好美が真剣に目を通す横で悠太も目の色を変えてコピーに視線を走らせた。
「考えたって始まらない!とにかく勝てば良いんだから!」
不安を払拭したくて好美は無意識に声に出していた。
そんな好美を不思議そうに3人で見た。
「ゴメン、気にしないで・・・・・」
気まずそうにして見せる好美に歩が積極的に寄り添った。
「何か不安に思う部分が有れば教えるよ?」
「ゴメン、勉強の事じゃなくて士気を下げる事を言うようだけど昨日、塗りつぶされた教科書を見た所為か昔の夢を見ちゃって」
悠太が一瞬若林と顔を見合わせた後、心配そうに好美を見た。
「昔の夢?え、為末、前にもそういう嫌がらせされた事が有ったのか?」
封印してしまいたい忌まわしい記憶を打ち明けるのは苦しく感じたが好美は小さく頷いた。
「鏑木さんに書いた手紙で少し触れたんだけどね、実は私も小学生の時にイジメに遭っていたの」
「・・・・・うん、書いてあったね」
意外な好美の真実に悠太と若林は一様に驚いて見せた。
「教科書に落書きされたり無言電話かけられたり、友達だって思っていた子からLINEブロックされたり、物を隠されたり、靴の中に画鋲を敷き詰められたり、ランドセルの中に教室のゴミを詰め込まれたり」
「酷いね!」
イジメの内容までは知らなかった歩も思わず憤った。
「それで思い切って両親と話し合って小学校卒業と同時に在住していた地域から学区外に母親と引っ越して西浜中の生徒になったんだけどね、父親と姉はそのまま、実家に残り私達と別れて暮らしているんだけどね、色んな事を犠牲にして逃げてきたのに、どこに逃げてもイジメは有るんだね」
大袈裟なほど肩を落として見せた好美が懸命に自分を奮い立たせた。
「でも、それなら、もう逃げずに戦うしか無いよね!そう言っても結局、鏑木さんの時はまたイジメに遭うのが怖くて自分が加害者になっちゃったんだけど、でも一学期に本当に後悔して、今度こそ何が有っても絶対に戦うって決めたの!でも正直、あの2人とやり合いながら常に恐怖心は付き纏っていて、自分を守る為に虚勢張り続けていたけど塗りつぶされた教科書を目の当たりにして、その恐怖心が凄く大きくなって、でも逃げて回っても何も解決できないんだから私達を認めさせて、イジメを止めさせるしかないんだから」
「うん・・・・止めさせよう!その覚悟が有るなら出来るよ、為末さんなら出来る!」
「ごめんね、変な話聞かせて、でも話したらスッキリした!全ては私達に掛かっているんだよね、頑張ろう、甲本!」
「ああ!」
勝利を誓い合って、いつも以上に勉強に集中して、この日も適当な時間に解散した。
3人で相変わらず会話も少なく途中まで一緒に帰りながら若林が自分なりに抱えていた葛藤をポツポツと語り始めた。
「俺、為末に謝らないとならないな」
「謝る?何で?」
心当たりがない好美が思わず若林を振り返った。
「だって俺、ホント自分が卑怯だと思うんだ!果敢に、あいつらに食って掛かる為末の陰に隠れて!誰かが何とかしてくれるのを待ちながら時々コッソリ小さな仕返しをしてスカッとした気になって」
「小さな仕返し?」
2人に訝し気に確認され、若林は周囲を見回した後、打ち明けた。
「ドン引きされるかもしれないけど、まぁ、目には目をって事で、実は時々、甲本の靴を戻してやりながらノーマークの2人の靴にゴミをコッソリ詰めたり水浸しにしてやったりして仕返をしていたんだ」
2人も思わずスッキリして若林を絶賛していた。
「ドン引きなんて!そんな!逆だよ!!それ、称賛に値するよ!!」
『そうだったんだ?謎が解けたね、若林も良い仕事するね、晴れてあいつも味方認定だね』
「うん!」
この日、好美は久しぶりに真希とLINE電話を楽しんだ。
『でも合成写真で歩にも両角先生にも迷惑掛けた事は許される事じゃないから・・・・・・前言撤回!味方認定は、お預けだね』
「うん・・・・・でも歩ちゃんは合成写真の件は水に流していたけどね、若林も被害者だからって」
『歩って心広いよね、私だったら理由はどうであれ、やっぱ、そんな簡単に許せないと思う』
「私もだよ・・・・・」
歩の懐の広さに2人で感嘆を漏らした後。
『あ、そうだ!ところで話は変わるけどさ!ヨッシーあの噂、聞いた?』
「噂?って言うか真希ちゃん何か嬉しそう!何か良い情報でもゲットした?」
『あれ?聞いてない?岸本の噂』
「岸本が何?何か有ったの?」
『岸本が近々、寿退職するんじゃないかって噂・・・・うちのクラス、その噂で今日、結構盛り上がっていたんだけど』




