水面下の攻防
若林には殴られるような心当たりは全くないが、それでも何故か殴りかかってきそうな2人から間合いを設け、誰かが通りかかってくれる事を切に願いながらチラチラと通りに視線を走らせた後、諦めたように対峙した。
「何?こんな所に連れてきて、俺、2人に何かした?」
警戒しながらマスクにズレがない事を確認した。
露骨に警戒する若林を2人で見下ろし顔を見合わせ失笑した後、乾が若林に上から目線で「仕事」を与えた。
「お前の得意分野をまた生かす時が来たんだよ」
「?」
武川が若林の首に腕を回し絶対に断れない状況を作った。
理解しきれてない若林の耳元で武川が「仕事」内容を指示した。
「何も聞かず、大人しく言う事聞けば良い、また傑作を作ってくれれば良い」
瞬時に嫌な記憶が蘇った。
「あの時」は、乾達を納得させる、まずまずの出来栄えで目にした多くの人たちの注目を集めたが、それを誇りに思う事は毛頭なかった。
「テーマは俺たちが考える、お前は、そのテーマに合った写真をまた作れば良い」
「まだ鏑木の事、陥れたいのか?」
「何も聞かなくて良いって言っただろう、鏑木なんて今は、どうだって良い、とにかく明日の放課後、パソコン教室に来い」
明日、どのように2人から逃れようかと思考を巡らせていると釘をさすように武川が首に回した腕に力を込めた。
「早退やズル休みなんて卑怯な手を使ってみろ、お前も甲本みたいな目に遭うだけだ」
「そういう事だ!」
乾が背後から若林の両肩に手を乗せ軽く揉んで2人は立ち去った。
颯爽と立ち去る2人の後ろ姿を立ち尽くしながら見送った後、若林も足早に帰宅した。
若林が絶望の只中に居る頃、2人は塾に行く前にファーストフード店で軽く腹ごしらえしながら「テーマ」を出し合った。
そして方向性が固まってきた所で、今度は「発表」の場所とタイミングを決めた。
「今回は掲示板に貼ってもあまり意味ないよな、何なら早々に高浜に片づけられる可能性も有る」
乾がコーラを飲み切って紙コップの中に残った氷をストローでザクザクと潰して、微かにコーラの風味を感じられる水分を吸い上げた。
武川も紙コップの蓋を外し残ったオレンジジュースの濃度を確認してストローで撹拌してジュースを最後の最後まで堪能し「名案」を捻りだした。
ワクワクするようなプランに人目を気にする事も忘れ、思わず2人で盛り上がった後、正気に戻り辺りを見回した。
思いのほか自分たちに誰も興味さえ示してなかった事を確認してホッとした。
そして店内の時計を確認して盛大に溜息を漏らして腰を上げた。
翌日の朝。
若林は、いつも以上の憂鬱感から、なかなか布団から出られなかった。
「ちょっと、いつまで寝てるの!遅刻する気?!早く御飯食べなさい」
「・・・・・判ってる」
盛大に溜息をつきながら起き上がりパジャマを脱ぎ捨て、制服に手を伸ばす息子の冴えない顔色に気付いて念のため確認した。
「具合でも悪いの?」
「ちょっとね・・・・・」
「どう具合悪いの?」
「・・・・・何かよくわからない、強いて言ったら怠い?たいした事無いから大丈夫だよ」
一瞬、このまま欠席する事も考えたが、昨日の「警告」が耳の奥に蘇り、それは保身に繋がらない。
何なら自分の首を絞めるだけと言い聞かせ無理やり制服に袖を通しながら洗面所に入って身支度を整えた。
そして食卓に着いて箸を取り上げ冷めかけた朝ご飯を完食した。
その頃、武川と乾は張り切って一番乗りで登校して生徒玄関で若林の登校を待った。
若林の下駄箱前で待ち構えてる2人を目にした好美がウンザリした眼差しで2人を一瞥して上履きに履き替えた。
そのまま教室に向かおうとした好美を武川が追いかけてきた。
「おい」
「何?」
「若林、来る途中で見なかった?」
「見てない」
そっけなく答え、立ち去ろうとしたが、不意に2人の会話が耳に入り思わず立ち止まった。
「あいつ、まさか逃げた?」
「いや、でも釘差しといたし、そんな勇気無いだろう、あ、来た」
2人は好美が訝し気に様子を窺ってる事など気にも留めず若林に駆け寄り肩に腕を回した。
「・・・・・?」
若林が何かに巻き込まれた事を察し、思わず気になったが関わりたくない気持ちが先に立って好美は足早に、その場を離れた。
登校した若林は最後まで逃げ出す勇気を出せなかった。
誰にも相談することも出来ず、憂鬱な気持ちを抱えて授業を受け続けた。
授業を受けたものの憂鬱が邪魔して全く集中できなかった。
どうにかして現状を打破する手立てはないかと思考を巡らせたが、選択肢が浮かんだものの、どれも自分の首を余計に絞めるものばかりだった。
2人の意識は、この日、若林に向いていた事で悠太には比較的、被害が少ない1日になった。
悠太は何が起きてるのか、よく判らなかったが、マークされてる若林の様子をチラチラ見ながらも2人からの被害を被る前に足早に下校した。
「さあ、時間がない、ほら、他の奴らが来る前に座って早く作れ」
結局若林は誰にも助けを求める事も出来ずパソコンの前に居た。
強引にパソコンの前の椅子に座らせパソコンを起動させUSBを差し込むとフォルダーを開いて披露した。
そして「テーマ」を発表した。
「こんなショットよく撮ったな、って言うか相手が悪すぎる気がする、確かに鏑木の時は上手くいったけど高浜さんのフェイク画像なんて、流石に誰も信じないだろう」
「判ってないな」
武川が失笑しながら横の椅子に座ってゴロを滑らせ距離を詰めた。
乾も椅子のゴロを滑らせ距離を詰め囁いた。
「どんなテーマだって信じさせるように作るのがパソコン部のお前の役目だろう」
「そういう事!苦労して撮った渾身のワンショットなんだから絶対に活かせよ!判ったら早く作れ」
若林はキッパリ断れない自身を呪いながら嫌なことを早く終わらせるために2人に突き付けられたテーマに沿って2人を納得させるフェイク画像を作り上げた。
「これで良い?」
教室の出入り口で見張りをしていた2人が若林の声に振り返った。
「「良いじゃん!」」
若林の憂鬱など露ほども判ろうとせず、2人は若林の技術を高く評価して嬉々としてUSBに情報を取り込んだ。
そして、あっさり若林を解放すると教室を後にした。
待ち望んだ解放だったが、自分の「力作」が、どのように高浜に迷惑を掛けるのか、考えるだけで気が滅入った。
今日は、もう自分も部活は休んで下校しようと腰を上げかけた時、別の男子部員が入ってきた。
「あー、珍しい、若林が一番乗りなんて」
「うん・・・・・」
鞄を手に扉に手を掛けるのを見て訝し気に確認した。
「え?もしかして帰ろうとしてる?」
「うん、してる!やってく予定だったけど、今日、やっぱり、ちょっと調子悪いから帰るわ、先生に言っておいて」
「えー、そういえば顔色あまり良くないもんな、平気かよ、まぁ良いや、お大事に」
盛大な溜息とともに若林が退室した所に好美が通りかかった。
「あれ、帰るの?若林」
「ああ」
冴えない顔色の若林に、面倒な2人が周りにいない事を確認した上で朝から気になっていた事を聞いてみた。
「・・・・・・ねぇ、何か今日、朝あいつらに待ち伏せされてたみたいだけど、あいつらと何かあったの?」
「別に、あの2人の神経を逆撫でするような事は何もしてない」
「そう?なら良いんだけど」
とりあえず納得して見せてパソコン教室の前で別れた。
そのまま玄関へと降りて行った好美は顔を合わせたくない2人の姿を見つけて思わず柱の陰に隠れた。
そして何かを企み、その「何か」が上手くいった時のテンションで下校していく2人の姿を見送った。
「おい」
不意に聞こえた低い声音に好美は瞬時に体がこわばった。
「時計を直すから、ちょっと退け」
思わず大きく体を引いて見せると天井から、ぶら下がった時間がズレた時計の下に脚立を置いた。
そして、あっという間に時間を合わせてると、また忙しそうに脚立を肩に引っ掛け足早に立ち去った。
「これで、きっと邪魔者が間もなく居なくなる・・・・・はず、じゃあ、入れるぞ」
武川がポストの投入口に半分ぐらい封筒を押し込みながら乾を振り返り最終確認した。
「ああ」
学校を後にした2人は着替えを済ませ、電車に乗り込み一駅分離れた上で、その駅の近くに設けられているポストから封書を投函した。
乾に促され、武川の手を離れ重みのある音を伴い封筒が下へと落ちた。
2人、周りの目を気にせず思わず手を合わせていた。
脇を行く通行人に訝し気に見られたが気にせず、気が済むまで手を合わせた。
そして、やがて乾が顔を上げた。
「よし!全てが上手くいく前提で前祝い、しようぜ」
「おう!」
この日、2人は塾の予定など無かったので時間と予算が許す限り駅ビルで遊び尽くした。
「あー、今日は遊んだなぁ、久しぶりだな、こんなに遊んだの」
ホームで電車を待ちながら武川が満足げに濃厚で楽しめた短い時間を振り返って目を細めた。
「ホント、久しぶりだよな、なぁ、高浜、いつ辞めると思う?」
「いつ位かな、早くて来月、遅くとも3学期には居なくなってるんじゃないかな、希望も込めて来月には居なくなってる方に100円!」
「じゃあ俺は2学期一杯で辞めてるに100円!」
「何か全く目立った動きが確認できないけどさ、どうなってるんだろうな、4つの曇りの無い目で確認したから住所が間違ってた!なんて事はなかった筈だし」
万が一にも凡ミスが無かったか、武川が必死に記憶の糸を辿った。
掃除の時間、2人は相変わらず女子と若林に掃除を押し付け屋上から校庭を見下ろした。
そこには、いつも通り労働する高浜の姿があった。
「ああ、何一つ間違ってなかった筈、だから手紙は届いてる筈、にも拘らず、高浜が、のうのうと働いてるって言う事は、校長でさえ、高浜には逆らえないのか?」
乾が悔し気に金網を握りしめた。
「これからは、これからも高浜に特に注意しながら動くしかないって事か・・・・・ああ、良い案だと思ったんだけどなぁ」
「ああ、間違いなく良い案だった!上手くいく未来しか見えなかった!」
武川が何度目かの盛大な溜息をついた時、掃除の終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。
とりあえず岸本が来る前に戻ろうと扉に手を伸ばした時、中側から扉が開いた。
そこにいたのは顔を合わせたくなかった高浜だった。
何事も無かったように、すれ違おうとした瞬間、高浜の冷たい声音が響いた。
「こんな時間に、こんな所で何をしていた」
咄嗟の言い逃れが浮かばず、2人、固まった。
「屋上の掃除なんて任されてる生徒は一人も居ないと記憶してるが・・・・・何をしていた」
判り切ってる事を敢えて聞かれ何も答えられず視線を泳がせ続ける2人を一瞥して「言い訳」を聞く気も失せた様子でそのまま2人に体当たりしながら押し退け小休憩の為にベンチに腰を下ろした。
2人、肩の辺りに蟠る鈍い不快な痛みに顔を顰め高浜を睨んだ。
「・・・・・最悪」
不快感をコントロールしきれず乾が思わず率直な感想を口にしていた。
「ホント、マジで最悪だよな、何なら足も、ちょっと踏まれたし」
「とりあえず行こう、岸本が戻ってくる前に」
武川の意見に賛同し、身の安全の確保の為に、とりあえず屋上を後にして教室に戻った。
教室に戻ると、先ほど運悪く高浜に足止めされた影響で他の生徒たちも皆戻ってきていて岸本も既に教室に来ていた。
面倒だったので、そのまま堂々と席に着こうとしたが。
「ちょっと、あなたたち、掃除の時間に、どこで油売っていたの?ダメじゃない!」
一応動向を確認し、掃除に参加しなかった事を注意してみたものの、2人が反省などしない事は百も承知だった。
「まぁ良いわ、とりあえず皆には後で、ちゃんと謝りなさい、あなたたちが居なかった所為で掃除にも時間が余分に掛ってホームルームも始められなかったんだから」
皆に冷たい視線を向けられつつ席に着くと、帰りのホームルームが始まった。
始まったが、相変わらず心に留める必要さえない話ばかりだった。
ボンヤリ聞き流していると、岸本の口から不意に「高浜」のキーワードが飛び出した。
身を乗り出しそうになるのを何とか堪えて無表情を維持した。
「最後に高浜さんからの連絡事項です」
2人、遂に退職の知らせかとワクワクしながら姿勢を正し耳を傾けた。
「うちのクラス!とは言われてないけど、ゴミの分別がいい加減すぎる!とのお小言を頂戴しました、大丈夫と思うけどゴミ捨ての際には皆さん充分に注意してください」
全てを伝え終えて連絡事項等のメモを挟んだファイルを閉じてホームルームを〆た。
どうにか憂さ晴らしをしたい武川達だったが生憎、塾の日だったので足早に学校を後にした。
「・・・・・あ」
「どうした?」
乾が不意にコンビニ前のポストを見て立ち止まった。
「何か、また良い案でも浮かんだ?」
「いや、まだ上手くいくか判らないけどさ、そういえばさ、生徒会室の前に目安箱と意見箱があったな・・・・って思って」
「目安箱?確かに有ったけど・・・・・・」
一瞬、首を捻ったが直ぐに武川も同じ考えに至った。
「もしかして!」
「そう!」
「よし!明日早速、投書してやろう!!」
翌日・・・・・。
下校を促すチャイムが鳴り響く中、高浜を糾弾する内容を認めた用紙を入れた封筒を握りしめ生徒会室の前に向かった。
そこで階段を下りてきた若林と鉢合わせた。
若林の手にも大事そうに封筒が握りしめられていた。
「若林じゃん、まだ居たのか?」
「うん、たった今。部活終わったから、帰る所だけど」
言いながら少々乱暴に封筒を箱に押し込んだ。
「・・・・・って言うか、お前、何を投書した?」
乾に迫られ若林は思わず目を泳がせた。
「何って・・・・・何でも良いだろう?少なくとも2人に迷惑を掛けるような事は書いてないし」
「だったら答えられるだろう!良いから教えろよ」




