思惑
驚きを禁じ得ない様子の好美は、根掘り葉掘り聞かない方が良いのか、一瞬迷って見せたが思い切って近況を聞いてみた。
「じゃあ今は、どこか別の学校で保健室の先生やってる、とかじゃなくて違うお仕事をされてるんですか?」
「実はね、病気になった母の面倒を診る為に今年の春から仕事をしてないの」
少しだけ疲れた表情を見せたが、懐かしい再会に直ぐに笑顔に、すり変えて見せた。
「好美ちゃんは、学校の方は、どう?楽しい?」
悪気無く投げかけられた問いに好美は一瞬、思わず沈黙していた。
生じた間に海野は申し訳なさそうに確認した。
「あれ・・・・・聞いたらダメだった?」
「いえ・・・・・」
思わず色々と打ち明けたくなったが、久しぶりに果たせた再会に水を差す事も避けたかった。
「何か変なこと聞いちゃったみたいで、ごめんね、気にしないで?気を付けて帰ってね?」
「因みに先生は、お出かけですか?」
「うん、久しぶりに友達から軽く、お茶しようって誘われて、すぐそこのコンビニで待ち合わせ、行く方向が同じなら良かったらコンビニまで一緒に歩かない?」
「はい!」
好美は、ほんの数百メートルの距離を一緒に歩いた。
そして思い切って打ち明けた。
「実は、久しぶりに、お会いできたのに、こんな話して心配させてしまうのは気が引けるんですけど、今クラスでイジメが有って・・・・・私がイジメに遭っているわけじゃないんですけど」
好美の告白を受け海野は目を伏せて呟いた。
「そうだったんだ・・・・・・イジメって、どうしたら無くせるんだろうね、傍観者にならざるを得ないのも本当に辛いわよね」
「そうなんですよ!本当はイジメなんてしたくないのに、標的になりたくなくて結局、状況を変えることが出来なくて、何だかクラスで息苦しくて」
「大丈夫?その辛さ、1人で抱え込んでない?友達とシェアできてる?これ、言って良いのか分からないけど、実はね、好美ちゃんの友達の由美ちゃんがね、去年、泣きながら中学でイジメに遭ってるって相談に来たのよ、その時にね、好美ちゃんが辛い時に裏切り続けてしまったって、凄く後悔していて」
「そっか、由美ちゃん、先生の所に相談に行っていたんですね」
「あ、何か色々知ってる雰囲気・・・・・」
「はい、由美ちゃんとは、色々あったけど、去年、無事に以前の良い関係に戻れました」
関係は修復されていることを知って、海野はホッとして見せた。
「良かった!由美ちゃんとも、あれ以来会っていなかったから、その後、どうなったのか心配だったんだけど」
「今更だけど私、すっかり、ご無沙汰してしまって、ずっとお世話になっておきながら、引っ越しや新しい生活とかでバタバタしていて結局は伺うタイミングも逃して一度もあいさつに伺わないまま今日まで来ちゃいましたね」
「そんな事気にしないで」
「保健室の先生」だった頃の優しい眼差しで微笑まれ少しだけ気持ちが軽くなった。
ほんの僅かな時間だったが旧交を温め合い、あっという間にコンビニに到着してしまった。
「じゃあ、ここで・・・・・」
名残惜しそうに頭を下げて見せる好美に、海野が慎重に前置きしながら、言葉を選びながら助言した。
「・・・・・・好美ちゃん、簡単じゃないと思うけど、ちゃんと自分の身を守りながら、今イジメに遭ってる子の味方、出来るだけ、してあげて?良い方向に進むことを諦めないで」
「はい」
胸に染み渡る言葉を真摯に受け止めながら、もっと早く海野と再会出来ていたなら歩を、あれほどまで傷付けたりせず、或いは共闘も可能だったのではないかと、内心、遅すぎた再会を嘆いた。
そして歩の時は保身に重きを置きすぎて完全に良い方向に進むことを早い段階で諦めてしまっていた事を痛感した。
今一度、二度と同じ失敗をしないと心に誓った。
中間試験は滞りなく2日目も終わった。
そして数日後、好美が可もなく不可もなくのテストの結果を受け取った横で、過去最低の点を取った様子の悠太は点数が書かれた部分を厳重に折って見えないようにして、悔し気に答案用紙を握りつぶした後、盛大にため息をついて、何とか気持ちを切り替えて険しい表情を崩さず正解を答案用紙の余白に書き込んでいった。
チラリと見えた点数は、それでも好美より、まだ上だった。
傍から見たら充分すぎる健闘で悠太はギリギリで上位者ランキングに食い込んでいた。
悠太は悔し気にランキングの一番下に記された自分の名前を一瞥して、一分でも早く下校して予習復習に励みたくて足早に立ち去った。
満身創痍の悠太の後ろ姿は相応に乾達を喜ばせた。
好美は自分の名前が載ってない事は百も承知だったが何となくランキングをチェックしていた。
「凄いね甲本、だいぶ順位は下げたけど、それでも上位ランキングにしがみついてるね」
不意に話しかけられ振り返ると真希が学級日誌を片手に立っていた。
「あー、真希ちゃん今日、日直だったんだね」
「うん」
「って言うか、そういう真希ちゃんは、もっと凄いじゃん!堂々の8番にランクインしてるし!」
「ありがとう、運よくヤマが当たったからね、奇跡のランクインを果たせたよ、とりあえずコレ出してくる」
颯爽と職員室に入っていくと、すぐに戻ってきた。
「じゃあ今日も部活有って一緒に帰れないけど、気を付けて帰ってね」
「うん、バイバイ」
ランキングが貼りだされ個々に一喜一憂して数日が経った、ある日の放課後。
下校の為に生徒玄関に降りてきた好美は、若林が周囲を気にしながら、自分の下駄箱から悠太の靴を出している、何とも気になる光景を目にした。
「・・・・・それ、甲本の靴だよね、何してるの若林」
好美は思わず声をかけていた。
「びっくりした!急に話しかけるなよ」
「そんな怒らなくても・・・・・」
「いや、別に怒ってないし」
露骨に驚いて見せながら周囲を見回して悠太の靴を、そっと悠太の下駄箱に戻した。
そして周囲をもう一度確認してコッソリ打ち明けた。
「掃除の時間にさ、甲本の靴をゴミ箱の中で見つけたから、帰る時に戻しておいてやろうと思ってとりあえず自分の下駄箱に一緒に隠しておいたんだ」
「そういう事だったんだ」
「って言うか、俺がこっそり甲本の下駄箱に戻したこと、絶対に誰にも言うなよ」
「大丈夫!絶対に言わないよ、誰にも言わない、良いとこ有るね若林」
若林を高く評価し、約束して好美は学校を後にした。
そして若林も乾達と接触する前に帰るため足早に生徒玄関を離れた。
そんな、やり取りが有ったことを露ほども知らず、悠太が下校の為に生徒玄関へと降りてきて下駄箱を開けた。
そこに、ちゃんと自分の靴が有る事に安堵しながら、最近、靴が無事な事が多い事を不思議に思いながら履き替えて、武川達と接触する前に足早に校舎から離れた。
その頃、乾達は2階の渡り廊下から、靴を隠されているにも関わらず苦にしてる様子を微塵も見せず下校する悠太を見下ろし顔を見合わせた。
「あいつ最近、すぐに探し出すな」
武川が不満そうに溜息をつきながら呟いた。
「パターン化してる所為かもな、簀の子の下かゴミ箱か、誰も使ってない下駄箱かの3通りだもんな・・・・・隠す場所変える?」
乾の提案に武川が嬉々として賛成した。
「良いな!」
「それで、今、候補に考えてるのは、雨樋の配管パイプの中も良いかなって思うんだけど、どうよ?雨樋は、あちこちに有るからパターン化しないようにランダムにさ」
「ああ!良いじゃん!天才じゃん、お前!」
「任せろ!明日、移動教室有るし、早速・・・・・・久しぶりに困って探し回る姿が拝めるぞ」
翌日、掃除の時間、女子3人と掃除するのが当たり前になっていた若林が、玄関の掃除をしながら、さりげなく悠太の靴が、いつものようにゴミ箱に入っていないか確認した。
悠太の靴が目につかない事に違和感を覚えていると、不意に班の女子に声を掛けられた。
「今日は私たちがゴミ捨て行ってくるね」
「・・・・ああ、高浜さん、分別に厳しいから充分に気をつけろよ」
「うん」
ゴミ箱から抜き取られたゴミ袋を凝視しながら忠告した。
女子達を見送った後、周囲に誰もいなくなったのを確認して、若林は、そっと悠太の下駄箱を開けて中を確認した。
中は、靴が片方しか無かった。
「・・・・・・どこに?」
「何してるの、お前」
背後から突き刺さる2人の視線と、冷たく響く武川の声に、若林は嫌な汗が滲むのを感じた。
けれど務めて冷静に若林は咄嗟に保身の為の嘘を目を見て口にした。
「え、いや、折角良い場所に居る事だし、あいつの靴、どこかに隠してやろうかなって」
「ふーん、どこに?」
「どこが良いのかな、そこら辺の誰も使ってない空いてる下駄箱とかかな」
言いながら周囲に気を付けて、下駄箱の空きスペースに適当に靴を押し込んで蓋を閉めた。
これ以上、この場に留まってもメリットがないので立ち去ろうとしたが。
「待てよ」
「・・・・・何?」
「良い隠し場所を共有させてやる、来いよ」
言いながら2人は近くの駐輪場に案内して雨樋の配管パイプを指さした。
「凄い、難易度高いな、あいつ絶対に探し当てられないだろう、こんな場所・・・・・参考になったよ!次回から使わせてもらうよ」
気持ち大袈裟なリアクションで感動して見せて若林は教室に戻った。
その後ろを2人が監視するようにピッタリ付いてきた。
自分の席に着きながら、放課後、悠太が困る姿が容易に想像出来て、保身の為に嫌がらせに加担してしまった事実に気が滅入った。
どうにかして、後でコッソリ悠太に教えたいと思考を巡らせていると、悠太が掃除分担場所から好美たちと一緒に戻ってきた。
それでも2人のマークを外せず結局、何も出来ず迎えてしまった下校の時間。
武川と乾は困り果ててる悠太の様子を高見の見物をする為に、生徒玄関が良く見える2階の非常階段へと急いだ。
何も知らない悠太は乾達との接触を避ける為、多くの生徒たちと共に足早に玄関へと降りた。
そして最近、靴が無事な日が多かったので少しの安心感が有った状態で下駄箱の扉を開けたのだが。
きれいに靴が消えた下駄箱を呆然と見つめた。
皆、困った様子の悠太を見て見ぬふりで校舎を出て行った。
とりあえず下駄箱の扉を閉めた後、人の往来が一旦落ち着いたところで悠太は適所に設置された簀の子を一枚ずつ持ち上げて行った。
そして、さりげなくゴミ箱を覗いた後、下駄箱の空きスペースを片っ端から開けていった。
程なく、若林が隠した一方は見つかったが。
悠太が懸命に思考を巡らせても、流石に雨樋の配管パイプには思い至らなかった。
「お、若林が隠した方は早くも見つけたみたいだな、でも俺たちが隠した方は見つけられずに困ってる」
武川がワクワクした様子で実況を中継した。
「あいつ、何分で見つけられるかな」
乾もワクワクしながら玄関を眺めた。
花壇の草木を掻き分けて覗き込んでいると心配そうに高浜が近寄ってきた。
「どうした?」
「高浜さん・・・・・・」
「靴が無いのか?」
「はい、片方は割と直ぐ見つかったんだけど、もう片方が全然見つからなくて・・・・・・どこに隠したんだろう、あいつら」
「判った、一緒に探してやる、とりあえず俺の靴を持ってきてやるから、ちょっと待ってろ」
「すみません」
遠目で、ペコペコと高浜に頭を下げる悠太を見ていた2人は、慎重に状況を静観した。
程なく、2人で玄関を出ていくのを目撃して思わず顔を見合わせた。
「思ったより早いな、もう生徒玄関に見切りをつけたみたいだな?」
「高浜の入れ知恵か?かなり注意したし流石に高浜に隠すところを見られたりしてないと思うけど、2人と鉢合わせる前に帰った方がよさそうだな」
頷き合って、2人足早に下校した。
それから暫く、高浜が悠太の靴を見つけ出した。
「おい!有ったぞ」
配管パイプにトングを差し入れ通学靴を引っ張り出した。
すっかり変形してしまった通学靴を2人で見下ろした。
「ありがとうございました」
変形し、非常に足に馴染まない通学靴に無理やり足を捻じ込み、高浜から借りたスニーカーを丁重に礼を述べながら返却した。
悠太が漸く下校を果たした頃。
乾達は河川敷の公園でブランコに腰掛け高浜に対抗する為の作戦を練っていた。
「高浜、ガード堅いよな、平気で犯罪犯してそうな顔してるのに全然スキャンダルとか見つからないし」
武川が悔し気に嘆いて地面を力強く蹴ってブランコを漕いだ。
その横で乾も高浜を蹴落とす為の策を必死に考えた。
「・・・・・あ!」
突然、乾が立ち上がった。
驚いた武川が両足でしっかり地面を捉えブレーキを掛け立ち上がった。
「どうした?」
「見つからないものを、いつまでも尻尾を出すまで待ってても仕方ないんだよ!だからさ、でっち上げれば良いんだよ」
「そうか!そういうのが得意な奴が居たな!」
翌日。
部活動を終えた若林が1人で下校していると。
「若林」
正門を出て少し進んだ所にある神社の前で武川と乾が進路に立って妨害した。
「話がある」
「話?」
「良いから顔貸せ」
武川が荒っぽく腕をつかんで神社裏の人々から忘れ去られたような寂れた公園に引きずり込んだ。




